君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
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第七十話 光と影の薔薇

公開日時: 2022年4月16日(土) 18:45
文字数:2,725

 ――ローズさん、やっぱり強い。でも、アルジェさんやグラディスさんに比べたらまだどうにかなりそう。


 同様に武器を構えるローズを見て、そう考える。

 彼女の武器はかけると同じ直剣で、騎士であるグラディスやアルジェの従者コスコルと似た雰囲気を感じる構えをとっていた。

 ――騎士の剣術、かな。それなら習った事あるし、やりやすい。


「それじゃ、私の合図で初めてね。二人とも、用意はいいわね?」

「はい」

「大丈夫です」


 互いから視線を外さずに返事を返した二人。アルティカはニッと笑みを作ると、右手を前に出した。


「始め!」


 アルティカが腕を振り上げるのと同時にまず飛び出したのは翔だ。今の彼が格上に待ちの姿勢では、主導権を握られるだけと判断したのだ。


「[光槍フォトンランス]!」

「[闇槍ダークランス]


 無詠唱で生み出された四つの槍は、少しタイミングをずらしてローズへと飛翔する。しかし殆ど同時に放たれた魔法に相殺された。

 ――今の、読まれてた……!?


 あまりにも的確過ぎるタイミング。警戒レベルを更に上げる。

 牽制けんせいという目的は達成できなかったが、もう止まれない。そのまま万全の体勢のローズに向かって袈裟切りに剣を振り下ろす。左手側に誘導するように振るったそれは今度こそ翔の目論見通りに行った。しかし続く右からの一撃は、彼女の細腕からは想像できないほどの力でがっちりと受け止められてしまった。


「くっ……!」


 至近の距離でローズは、涼しげな笑みを浮かべる。。

 ――受け流すまでもないって事か……!

 

「精霊種は他のヒト種と体の作りが違うのよ。見た目で侮っちゃダメ」


 両手で押し込もうとする翔の剣は、ローズの片手で握る剣に阻まれて動かない。筋力よりも魔力に依存しやすい彼女らがその気になって訓練をすれば、見た目はそのままに『吸血族』など剛腕で知られる種族に準じる膂力を得られる。アルジェから教わっていたはずだが、翔はまだ地球の常識が抜けきっていなかった。

 押し切ることを諦め、右方に跳んで空いた右手から放たれた反撃の魔法を躱す。そして体勢を立て直し、再度踏み込もうとした次の瞬間、目の前にはローズの姿があった。

 振り下ろされる剣をどうにか自身の剣で弾き、続く斬撃も捌いていく。辛うじて拮抗している状態だ。


「[空爆くうばく]!」


 しかしこのままでは押し切られる。そう判断し、翔は自身とローズの間で圧縮空気を解放した。解き放たれた空気は双方を弾き飛ばし、距離を空ける。

 ――あ、危ない。でも、体勢を崩してても捌ききれた。剣の実力はたぶん同じくらい。


「思いきりはいいみたいね。でも、そろそろ意識を変えた方がいいわよ?」

「どういうことですか」


 切っ先を向けてくる彼女をじっと睨みながら、翔は問いかける。


「あなた、私のこと心のどこかで嘗めてるんじゃない? アルジェに比べたらどうにかなりそうだとかって」


 一瞬、翔の剣先が揺れる。それを見たローズは不敵に笑い、さらに続けた。


「知ってるわよ、あなたのスキル。心の在り方で強くも弱くもなるその力。あんまり油断してると、すぐ死んじゃうんだから」


 それは、よく知った感覚だった。上に立つ者の覇気と全てを見透かしたような視線。彼の師が纏うのと同じ雰囲気だ。だからこそ、翔の心は思い出せた。目の前にいる女性が、自身よりも確実に格上の強者だという事を。

 翔の視線にいつかの様な強い光が宿り、全身に力が漲る。


「行きます」


 返事代わりに跳んで来た闇魔法を左右へのステップで躱しながら一気に距離を詰める。生半可な攻めは通用しないと、先ほどの攻防で分かっていた。更に、駆け引きをしようにも、その点で彼は彼女の足元にも及ばない。ならばとる手段は一つ。


「はぁっ!」


 兎に角攻める事。

 上段から振り下ろした剣は当然の如く受け止められるが、変化が一つあった。ローズは両手であるにもかかわらず、確実に翔の剣が押し勝っているのだ。


「その調子よ!」


 初めて受け流しという防御手段をとらせる事に成功した。しかしここで気を緩めては、先刻の二の舞にしかならない。流れそうになる身体を制御して、次の一撃を叩き込む。最初の攻防を焼き直すように右から打ち込んだそれは、先ほどよりも深く、彼女の剣を押し込んだ。

 衝撃を逃がすように跳んだローズの表情にはしかし、まだまだ余裕がある。

 ――く、剣をどうにか弾かないとダメかっ……!


 反撃の隙を与えないように光の槍で追撃を試みるが、初めと同様に相殺される。どころか、相殺して尚自分の撃ちだした以上の槍が迫ってくるのが見えた。これを避けながら、今度はローズから目を離さない。にも拘らず、彼女は翔の意識を抜けて接近している。

 横薙ぎを一歩下がって避け、手を狙って小さく切り付ける。当然避けられるが、構わず切り返して振り下ろされる一撃に合わせた。

 それから幾合も互いの刃を合わせるが、いずれも届かない。

 ――でも、確実に押してはいる!


 強引な受け流しは明らかに増えている。それでも、決定打にならない。このままでは千日手であり、長引くほど経験に劣る彼の分が悪い。

 この状況を打破するのに必要なのは、受け流せない程に強く、速い一撃。

 ――やるしかない。


 そんな技は、一つしか思い浮かばなかった。


 流れるように放った横薙ぎはローズを一歩下がらせ、反す一太刀に『鎌鼬かまいたち』を選べば彼我の距離は十分なものとなる。

 ――今!

 

 勢いをつけ、前へと身体を倒す。その見覚えのある動作に、ローズの雰囲気が変わった。

 警戒を顕わにする彼女を視界に収めながら、魔導を使い、全身の筋肉が強化して、力強く一歩を踏み出す。

 ここまでは確実に、模擬戦の中での最高速度。あとはそれを剣に乗せ、放つだけだ。


「なるほどね」


 迫りくる翔の刃を暗紫の瞳に移しながらローズが呟いた。それは翔の耳にも届いていたが、その意味を考える暇はない。

 その一撃は、防御の為に掲げられたローズの剣を弾き、首筋へと吸い込まれる、筈だった。


 カンっと言う音共にローズの剣が宙に舞い、地面に落ちる。しかしそれを為した刃は目標には届かず、空を切った。彼女は剣を弾かれながらも確実に軌道をずらしたのだ。それは、『迅雷』が失敗した事を示していた。

 完全な『迅雷』であれば、今ので終わっていた。

 翔はまた上手くいかなかった事に奥歯を噛みしめる。それでも今は模擬戦に集中しようとトドメの一太刀を振るおうとした。


「言ったでしょ。油断してたら、すぐ死んじゃうって」


 剣は、二人から遠く離れたところにある。彼女の魔法の展開速度では、彼の剣に間に合わない。『迅雷』に失敗したとは言え、勝負はあったとアルティカを除く翔たちの誰もが確信していた。

 しかし今、翔の手に剣は無く、首筋には堅く鋭い感触。ローズの手には、今まで握っていた剣と同じ木製の、二振りの短刀が握られていた。



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