君の為に翔ける箱庭世界

――神々は彼らを役者に選んだ
かかみ かろ
かかみ かろ

第八十三話 星を護るモノ

公開日時: 2022年5月22日(日) 19:37
文字数:3,320

 幹の中にあったのは、広く、高く、一面真っ白な部屋だった。面積は野球場ほど。見上げても、天井が見えるのはずっと遠くだ。もし壁や天井を覆う蔓草の存在がなければ、床やそれらの境目を認識できなかったかもしれない。

 その中央に一本、翔の腰ほどの高さまで育った若木があった。掌に収まるような葉を茂らせた細い木だ。

 それ以外に特におかしな物は見当たらず、一先ずはそれを警戒しながら部屋の中へ入る。


 彼らの背後で何かが擦れる音がした。振り返ると、門がひとりでに閉まったらしい。直後、広間の中央から眩い光が溢れ、同時に膨大な魔力が迸る。

 各々が武器を構え直しながら光と魔力の源へ目を向けると、若木を中心に巨大な魔方陣が展開されていた。

 魔力を吸った若木は彼らの視線の先で瞬く間に成長し、その身を変形させていく。太く、高く、勢いよく伸びながらその根元を二つに分け、枝を広げる。特に太い二本の枝が地へと付くと、その太さは更に増し、根元と変わらぬ程になった。そして魔力の奔流が収まったとき、そこには、巨大な亀の形をした常識外の巨木があった。


「お、大きすぎじゃないですかー?」

「これと戦う、んだよね?」

「他にあるまい。残念だがな」


 自らを象の足元をうろつく蟻と錯覚させるそれに、ただ唖然とする。彼らが絶望しなかったのは、ひとえにアルジェというそれ以上の絶望を知っていたからに過ぎない。

 彼らの視線の先で巨亀が己の後ろ足、根元であるそれを、床から引き抜く。そして亀にも樹にもあるまじき、鼓膜を裂かんばかりの咆哮を広間に響かせ、戦いの始まりを告げた。


 耳を塞ぎたくなる絶叫に翔たちは正気を取り戻し、散開する。


星護ほしまも霊樹亀れいじゆき、Sランク! 核を破壊しないと無限に再生してくるよ!」

「つまり、トレントと同じというわけだな。で、その核は、如何にも堅牢そうな甲羅の中で間違いないか」

「残念ながらね」


 煉二はあからさまに顔を顰めながら[雷矢]を発動し、自分たちに向かってくる光の槍の雨を相殺する。それに留まらず、雷は霊樹亀の顔面に突き刺さった。


「ちっ、少し焦がすので精一杯か」


 しかし意に介した様子もなく、霊樹亀はその前足で翔を踏みつぶそうとする。いくら地球にいた頃より大幅に頑丈になっているとはいえ、そんな大質量を支えられるほどのものではない。巨体は、ただ動くだけで彼らの命を奪い得る。幸い動きは俊敏でないため、万全に動けるなら躱すのは難しくない。

 

「ついでに〈固定の魔眼〉スキル持ちだから、気を付けて!」

「スキルなら私でもどうにかできますねー!」


 もしこれが体質による魔眼だった場合、それは世界の理そのものだ。『理外のアウタースキル』もそれに対抗し得るユニークスキルも持たない翔たちでは手の打ちようがない。しかしスキルのそれならばせいぜいユニーククラスでしかなく、燃費も悪い。それでも一瞬の隙が生死を分ける相手だ。寧音が対処できるのは幸運だった。

 

「よろしくね! 陽菜はあいつの視界に入らないよう剣の舞で!」

「分かった!」


 踏みつけをよけた直後に前足を切り付けた翔の全力攻撃でも、うっすらと傷をつけるのがやっとだったのだ。攻撃力の強化に特化した舞を選択する他ない。それでもまともなダメージを与えられるかは自信がなかった。そもそもが樹の身体である上に、再生力も非常に高いのだ。

 ――せめて痛がってくれたらやりようがあるんだけど、これ、痛覚無さそうだよね。


 情報を共有し、指示をしている間にもそれぞれが攻撃を加えていたが、どの攻撃に対しても反応らしい反応を見せていない。

 とにかく、どうにか核を露出させる必要があった。


 陽菜の舞が効果を現した瞬間、翔は一瞬だけ〈限界突破〉を発動して右前足を切り付ける。体勢を崩すのが目的だったこれは、どうにかその中ほどまでを切り裂いた。更に強化された[雷矢雨]が降り注ぐが、追撃を加えるのが一瞬遅かった。残り半分を削りきる前に翔のつけた傷は再生されてしまい、切断に至らない。


「いくら何でも早すぎるだろう!」

「でも、上に登れさえすればどうにかなりそうだよ!」


 思わず悪態をつく煉二に内心では同意しつつ降り注ぐ光の槍を躱し、どうにか甲羅の上に乗れないか思案する。しかしあまりに激しい攻撃は、翔に考える時間を与えてくれない。一度だけ〈限界突破〉を乗せた『鎌鼬』を放てたが、甲羅には傷一つつけることが出来なかった。


「翔君っ、前!」

「っ!」


 光に照らされ眩しいくらいだった彼の視界が、突然暗くなった。それは、眼前に迫る巨木が作る影だった。光の槍は、翔の目を眩ませるのが目的だったのだ。

 霊樹亀の脚は寧音の張った多重障壁を容易く砕きながら彼へ迫り、蹴り飛ばす。サッカーボールのように弾かれ吹き飛ぶ翔。それを水で満たした結界を作り、寧音が受け止めようとするがしかし、あまりの勢いに受け止めきれない。彼は結界を突き抜け、地面を転がった。

 ――息が、できない……!

 

 どうにか不壊ふえの剣を盾にしたおかげで即死は免れたが、全身の骨がいくつも折れてしまっている。彼の通り抜けた水には赤い靄が混じり、かなり出血していることも示していた。


「陽菜ちゃん舞い続けて! 煉二君っ、大きいので足止めを!」

「ああっ! みかど けまくもかしこき凍える雷霆らいてい 我が敵は汝が敵なりて――」


 寧音の制止に陽菜は、思わず舞を止め四肢のあらぬ方向に曲がった恋人へ駆け寄ろうとするのを堪える。顔色の真っ青になった彼女の瞳が寧音に縋りつき、恐怖に揺れる。寧音の指示に従えたのは、舞を止めることこそ翔を殺しかねないと分かっていたからだった。


「大丈夫です、もう二度と、誰も死なせません!」


 翔を覆うようにドーム状の障壁を張り、寧音は彼の元へ走り寄る。今の彼女なら遠隔での治療行為も可能だが、翔の受けたダメージでは時間がかかりすぎる。

 当然、霊樹亀も黙って見ているはずがない。寧音たちを魔法で狙いつつ、煉二へと近づいていく。煉二の詠唱はぎりぎり間に合いそうにない。


 焦燥を露にする煉二だが、動こうとしない。唯一『星護る霊樹亀』を止められると踏んだその魔法は魔方陣を利用するがために、動くとまた初めから詠唱しなおさなければならないのだ。そうなると確実に、時間的余裕のできた眼前の巨亀は狙いを翔たちに変えてしまう。


「絶対、行かせないっ!」


 霊樹亀の目を覆うようにいくつもの爆発が生じた。陽菜が〈火魔法〉の[大爆発エクスプロージヨン]を多重に発動したのだ。の魔物にとってそれは、本来であれば無視してもまったく問題のない魔法だ。しかし〈光魔道〉で限界まで強化されていた上に目を狙われたものだから、堪らず顔を逸らし、足を止める。

 稼げたのはほんの十秒にも満たないような僅かな時間。だがしかし、それが両者の命運を分けた。


「――が祈りを糧にその怒号を解き放たれよ [凍雷万招とうらいばんしよう]!」

 

 漆黒の杖はその機能で自らに蓄えた魔力も解放し、主人の祈りに力を与える。青白く輝く魔方陣から召喚された冷酷なる天帝の怒りは、かつて見たものよりも猛々しく、苛烈だ。それはユニークギフト〈廻星煌昂かいせいこうこう〉の影響ばかりでなく、彼の成長を示すものでもあった。

 その成長の証は霊樹亀を穿ち、凍らせ、その場へ縫い付ける。非常識なまでの巨体も関係ない。幾条もの青白い雷は霊樹亀自身の体を伝わり、全身を氷の内に封じていく。

 その力は、何のために得たものか。


「いざ地球へ帰るときに、お前だけ冷たくなっていると寧音が悲しむだろう。さっさと起きて手伝え、翔」


 大亀を睨んだまま障壁の中へ向けて発されたそれは、照れ隠しだらけの言葉だ。だが、彼の力を求める理由を推し量るには十分すぎる。

 

「リーダー使いが荒いよ、まったく」


 寧音の〈天衣抱擁てんいほうよう〉が生み出した光の中から、そんな声が聞こえた。返ってきた返事に煉二が口角を上げ、陽菜の表情がパッと輝く。

 一切の外傷が無くなった翔は剣を一振りし、氷の内から自分たちを睨む守護者を見上げる。


「仕方がないから、お勧めのカレーで手を打つよ」

「全種類食べきるのに一週間はかかるが、問題ないか?」

「それは、ちょっと勘弁してほしいかな」


 笑みを浮かべたまま冗談を交わす二人に、寧音と陽菜は呆れたように笑う。そしてピシリ、という音で武器を構えなおし、表情を引き締めた。



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