僕は、河野刑事と波多野刑事と一緒に覆面パトカーに乗っている。今回でパトカーに乗るのは2回目だが今回僕の手首に重い金属はついていない。
「それで赤髪。まだ言ってない話ってなんだ?」
車が警察署を出てから少しして河野刑事が聞いてきた。
「そうでした。実は、大杉署長が巡査部長時代にこの事件に関わっていたんです。」
「そりゃあ昔からいる警官だったら操作に加わることぐらいあるんじゃないか?」
波多野刑事が言った。僕もはじめはそう思ったが、どうやらそうで無いと思われる状況があったのだ。
「当時、大杉署長、大杉巡査部長は本庁勤めでした。事件が起こった当時、大杉巡査部長は長期の休暇をとっていたんです。」
「あぁ、そういえばそんなこと聞いたことある気がするぞ。なんだったか大病をして入院してたって。」
「でも、4番目の事件の時に本庁刑事の中で一番早く臨場してるんです。」
車の中という密室の中に「まさか」と言う雰囲気が流れた。河野刑事がアクセルを強く踏み込見込むと、それと阿吽の呼吸で波多野刑事がパトランプを取り付けた。
同じ頃、代々木公園。
「加藤さん。お久しぶりです。」
老年期に差し掛かろうとしている男が同じ年くらいの女に話しかけた。
「まさか、あなただとは思わなかったですよ。大杉刑事。」
女はゆっくりと振り返り、声の主を確認した。一見彼女の目は衰えているように思えるが、芯の部分は細く鋭くなっている。
「30年という時間は凄いですね。あの頃私は巡査部長だったけど今では署長にまでなりましたよ。」
そう語る大杉の姿は、普通の中年男性のようだった。まるで警察官、犯罪者のようには見えなかった。
「私は、あなたが怪しいと思ってた。でも、まさか警察官があんな事するだなんて。」
「心外ですよ。加藤さん。私が何をしたって言うんですか。」
「あんたがここに来た時点で分かってる。あんたは、30年前の事件の犯人だろう。」
加藤千恵子の鋭い言葉が、辺りを冷たい空気に変えた。
「それがどうしたって言うんですか?実際、私が犯人だったとしても罪に問われることは無い。」
「許さない。私は絶対に許さない……」
加藤は上着のポケットから果物ナイフを取り出した。カバーを抜き取り、大杉の方へ先を向ける。
「物騒なことしないでくださいよ。逮捕しますよ?」
このような状況にあっても、大杉は軽く笑えるほどの余裕を見せた。それが一層、加藤千恵子と言う一人の母親を怒らせたのだろう。彼女の手に込められる力がだんだんと大きくなっていく。
「待ちなさい!」
河野刑事が叫んだ。僕も右側に並ぶ。
「加藤さん。復讐なんてやめましょうよ。そんなことしたって…」
「死んだ娘は喜ばないよ。」
大杉署長の態度が急変した。安否のわからない被害者たちの死を知っているということは、大杉署長が30年前の事件の犯人ということだ。
「あんたまさか、恵美子を殺したのかい?」
老いた母親の答えに大杉は一度笑ってから答えた。
「あぁ。殺したよ。誘拐した娘は全員。ヤり切ったら早々にな。」
千恵子の瞳から一筋の涙がこぼれた。僕たち三人の眼にも悲しみのしずくが浮かんでくる。
「それからどうしたんだ。死んだ恵美子をどうしたんだ!」
「死んだ奴らは全員焼いたよ。骨は砕いて粉にしてから川に流した。だから、遺体はこれっぽっちも残っちゃいないよ。アハハハハ。」
「大杉。あんただけは殺す。絶対に殺して道ずれにしてやる。」
娘を亡くした母親の顔は、決意の色に満ちていた。僕は時間はあまりなさそうだと悟った。
「加藤さん。僕の話を聞いてくれますか?」
「いやだね。」
「復讐って、何にも生み出さないって言いますけど本当は悲しみとか恨みとか、そういう負の感情をたくさん生み出すんですよ。だって、今ここで大杉さんを殺しても、その遺族さんがあなたのことを恨んで、あなたや佐藤さん。その他親族に危害を加えたらどうするんですか?原因はあいつだからって逆行しますか?それからまた復讐、報復をするんですか?」
千恵子が果物ナイフの鋭い先端を僕らの方へ向けた。一直線上に僕と千恵子さんの視線がぶつかっている。
「確かに、大杉さんを法律で裁くことはできない。でも、あなたが法律で裁かれる必要はないはずだ。あなたや、あなたの周りの人々にこれ以上罪を重くさせてはいけない。」
「もう遅いよ。どうせ……」
「裁判では僕が弁護します。僕が、千恵子さんたちにかかるものを少しでも小さくします。だからお願いです。これ以上罪を重ねないでください。娘さんを、恵美子さんを殺人者の娘にさせないでください。」
「う、うぅぅ…」と泣きながら、加藤千恵子はナイフを地面に落として泣き崩れた。それと同時に、河野刑事が加藤千恵子を「銃刀法違反」で現行犯逮捕、波多野刑事が逃走しようとした大杉宗道舎人署長を重要参考人として連行した。
誰も居なくなった公園に僕だけがぽつんと立っていた。誰も僕のことを気にしないかのように作業を進め、帰っていった。
「えっ⁉僕だけ置いてけぼり⁉」
悲しい春の出来事だった……
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