ロストエタニティ

~異世界シャル・アンテール編~
退会したユーザー ?
退会したユーザー

信じてはいけない

公開日時: 2020年10月23日(金) 17:20
文字数:6,006

 グラディー村に常駐している領土防衛隊治安維持隊は仮設テントと二軒の平屋の軍舎で過ごしている。軍舎の場所は、村の入り口近くで何かあったら村全体に飛んでいけるようになっている。人数は全員で二十名程だ。隊長のフレンツ、グラディー村担当のノエルと、グラディー村出身の三名はほぼ常駐で、その他はセロストーク共和国から交替で派遣されている。


 ジェイド団が軍舎に着くとフレンツが出迎えてくれた。フォウマンで騎士のような甲冑を着ている。先程会ったノエルの同じような甲冑だ。年齢は五十歳くらいだろうか。鼻の下に髭を生やしていて威厳がある。髪も髭もグレーだ。


「やあ、マリタ。よく来たね」


「フレンツさん、もう少し私達にも手伝わせて。絶対に証拠を見つけるから」


「ハハハ! 強情な所はオリバーさんそっくりだな。無茶はしないでくれよ。先輩の娘を危険な目には合わせられないからな」


「はい」


 そういうとフレンツは俺たちを誘導して、平屋の軍舎の中へと招き入れた。シンプルに長テーブルと椅子があり、その奥にパーティションが区切られた部屋がある。その一室の前でフレンツは止まった。


「マリタ。凶悪な容疑者ではないが、何をされるかはわからんから気を付けなさい。手錠もしているし、アンチマジックの魔道具も付けてはいるが、万能ではないからな」


「了解です」


 フレンツは一度頷くと、扉を開けた。中は真ん中にテーブルが一つ、その向かい合わせで容疑者ハンスとノエルが椅子に座っていた。入口近くにはもう一人兵士のフォウマンが立っていた。フレンツが中に入っていくと、ノエルが振り向いた。


「フレンツさん……それにさっきの」


 ノエルの視線がジェイド団を舐める。


「あぁ……もう少し協力を要請しようかと思ってな」


「何のです?」


「彼が犯人だという証拠探しをだ」


「お、俺は犯人じゃない! 殺してなんていない!」


 急に大声で犯罪を否定するハンス。髪は黒く若いフォウマン。憔悴しきっているが、犯行を強く否認している。よれて所々破けているシャツとズボン。手錠と盾のエンブレムのようなアンチマジックの魔道具を胸につけられている。


「なんで、俺なんだよ! 誰かが侵入したんだ! もっと良く探してくれよ!」


 前のめりになって訴えるハンス。

 その思いを遮るようにノエルが静かに口を開く。


「ハンス。あの部屋から出て行ったのも、戻ってきたのもお前ひとりって証言が取れているんだ。仮に誰かが侵入して魔法や刃物で殺したんだったら外傷が残るはずだ。ユッタさんには傷一つなかったんだ。食事に入れた毒物以外考えられない」


「し、知らない。俺はわからない……会わせてくれ……ユッタに……なんで……」


 ハンスは混乱し、項垂れしまった。ノエルは一つため息をついてこちらに向き直った。


「御覧の通り、あとは彼の自白を待つだけです」


 ハルトトが前に出てきて話し始めた。


「ちょっとハンスさんと話をさせてもらってもいいかしら?」


「何のためにです?」


「確認したい事があって……」


 ノエルはハルトトを少し見つめた後、フレンツに向き直った。


「……フレンツさん」


「まあ、いいじゃないか。見つかれば御の字だし、自白を待つより証拠があった方が決定的だろう」


「……そうですね、わかりました。では、私が残って彼らと一緒に話を聞きます」


「そうしてくれ。おい」


 フレンツは入り口近くにいた兵士を手で合図しながら、一緒に部屋を出て行った。

 部屋にはジェイド団とノエル、ハンスだけになった。マリタとハルトトが少し話して、ハルトトがハンスの前に座った。というより、背丈が足りないので椅子の上に立った。


「ハンスさん。あなたはヒアマ国に行ったことがありますか?」


「いや……生まれも育ちもグラディー村で、洗礼を受けにセロストーク共和国とレイロング王国に行った事があるくらいです……」


「ジョブは?」


「登録は戦士です」


「魔法は?」


「日常生活に支障がない程度には……」


「ユッタさんのジョブは?」


「赤魔導士です」


「じゃあ、攻撃も回復もできたって事ね」


「はい……」


「……なるほど」


 ハルトトは考え始めた。少しの沈黙の後、椅子から降りた。


「わかったわ、私からは以上よ。ありがと」


「あぁ……」


 ハルトトが後ろに下がるとマリタが椅子に座った。


「私からも少しいいかしら」


 ハンスはおびえたようにうなずく。


「ユッカさんと何かあった?」


 するとハンスの顔が少し雲った。何かバツの悪い顔をしている。


「……そ、その……夫婦喧嘩みたいなのは増えて……いました……」


「うん」


「些細な事で喧嘩になったりはしていましたが、その日は仲直りの食事だったんです……」


「仲直り?」


「そ、そうです。昨日、飼っているドルグ(犬)の世話の事で揉めて……」


「どんな食事だったの?」


「少し豪勢に……アゼドニア湖で獲れるアゼドニアマスとか、その卵とか……ラッタの肉……キュウンクとスパーシのパスタとか……」


「その豪勢な料理は誰が作ったの?」


「俺は料理ができないから……ほとんどユッタが……」


「じゃあ、ユッタが自分で毒を盛ったって事?」


「わ、わからないよ! そんなこと! 俺はやってないって!」


「でも、喧嘩はしていたんでしょ?」


「そんな、どこの夫婦だって喧嘩くらいするだろ! それと同じだ! 殺したいなんて思っていない!」


 マリタは黙ってハンスの目を見つめた。少し怯えたような眼をするハンスだが殺してないの主張に強い意志を感じる。


「そう……ありがとう。東陽は何かある?」


 マリタは俺の方に振り向いた。


「そうだな……一度、外に出たって聞いたけど、どこへ?」


「仕事場です。明日の漁で使う網を船に入れていたんだ」


「時間はどれくらい?」


「三十分くらいだと思う」


「で、戻ったらユッタさんはどうなっていた?」


「ただいまって言っても返事がないから部屋に入ったら、倒れていたんだ」


「どんな状況? 泡を吹いていたとか、血を吐いていたとか」


「いや……特には……肩をゆさぶって声をかけたんですが一向に動かないので……治安維持部隊に連絡を……」


「それで……」


「もういいだろ、そろそろ」


 東陽が話を続けようとしたが、ノエルが割って入ってきた。


「ノエル。ハンスの一連の行動を証言した人に会わせてくれないかな」


「君たちに頼んでいるのは証拠の捜索だ。事件を解決する事ではない」


「同義だろ、証拠を得るのは事件を解決する事と同義だ」


「証言した人に会って証拠を得れるとは思えないが」


「それはわからない。証言者が嘘をついている可能性だってあるんじゃないのか」


 ノエルは東陽の押しに少し考えこんだ。そして、一つため息をした。


「……わかった。明日、朝、軍舎前に来てくれ。手配しよう」


「了解」


 ジェイド団は、そのまま部屋を出た。みんながいる部屋でフレンツさんを見つけて、明日、ノエルと一緒に証言者に会うことを伝えた。無理をするなと労いの言葉かけてもらいながら軍舎を後にした。

 帰り道、四人で考えながら歩く。ハルトトが重い口を開いた。


「どう考えてもあの人じゃあ、魔法の知識も技量も足りない気がするわ」


 マリタが答える。


「そうよね……殺す動機も無さそうだし……東陽はどう思った」


 頭をかきながら俺は答えた。


「まだ何とも……」


「ハンスが犯人って事も?」


「可能性としては捨てきれないね。ただ……」


「ただ?」


「うーん……妻が死んだわりには、淡々と答えたなってな……」


「そうね……大きく悲しんでいる感じではなかったわね」


「あれは殺したという達成感で満たされているのか、それとも犯人扱いされているので焦っているのか……どのみち、証言者に話を聞いてみないと進まない気がするな……」


「なんか証拠って言われてもね……違う気がしてきたわ」


 すると今まで黙っていたファビオが声を出した。


「難しい話はわからないが、一度宿舎で整理したらどうだ」


 マリタはうんうんと頷きながら答えた。


「そうね。夕食食べて、温泉入ってから寝る前に一回集まりましょう」


 マリタの言葉にみんな頷いて、宿舎へと入っていった。



 部屋に戻ると夕食の前に温泉に入った。

 五人ほどの洗うスペースがあるが、シャワーはない。石鹸があったのは助かった。ずっと水浴びばかりだったので、何だかんだで垢や脂が溜まっている気がしていた。瓜だかヘチマだかの身体をこするものもあり、さっぱりとすることができた。

 温泉は乱暴に作られた感じで、地面に窪みを作って、下に石を敷き詰めて、そこに温泉が湧いているという感じだ。ただ広さはまあまああり、十名ほどは入れるだろう。お湯に身体を入れると自然と声が出てしまう。


「あぁ~……はぁ~……」


 これはもう生理現象みたいなものだ。抑えられるものではない。温度もちょうど良い。最高だ。

 十分ほどゆっくりと浸かって、疲れを取り、部屋へと戻った。


 夕食は食堂があるので、そこで食べるようだ。食堂に着くとジェイド団一向は既に椅子に座っていた。みんな軽装なのが少し違和感がある。俺も椅子に座った。


 夕食はパンにスープ、魚とサラダの簡単なものだったが、今までキャンプ飯ばかり食べていたので随分とバランスの取れた食事だと感じた。

 みんなも温泉に入ってさっぱりした顔をしている。夕食でお腹一杯にして、このままベッドにダイブしたいもんだが……。


 夕食後、マリタの部屋に全員集まった。


「みんな来たわね。今日の出来事、一旦整理しましょう」


 ハルトトが腕組みをしながら話す。


「毒殺の証拠を探してくれって言われたけど、見つからなかった。痕跡を消すことができる禁術を使ったと思ったけど、容疑者のハンスは魔法に長けてはいなかった」


「私の光魔法は毒だけに反応するわけではなく、もし魔法で人を殺すほど攻撃をしたのならその痕跡も追う事もできるわ。だけどそれすらなかった。ほんとにあそこで殺されたのかと疑いたくなるレベルよ」


「被害者のユッタが赤魔導士というのも気にかかるわよね。明らかにハンスより魔法を使う事には長けていたはずよ。ハンス程度の魔法なら防ぐのも造作はないはず」


「それにハンスの動機も弱いわよね。夫婦喧嘩はしてたみたいだけど……ほんとに険悪なら仲直り会みたいな事するかしら……」


「だよねー。はっきり言ってハンスが殺したと思えないんだよねー」


 うーっと唸るハルトト。マリタも眉間にしわを寄せている。そんなマリタと目が合った。


「東陽は、どう思った?」


「ん? そうだな……ハンスが犯人かどうかはともかく、毒殺が怪しい気がするな。遺体を調べる事が出来ればいいけど……さすがに無理だろうな」


「……そうね」


「まだどれも絞り切れるだけの材料が揃っていない。毒殺か、毒殺じゃないのか。ハンスか、ハンスじゃないのか。その日、他には本当に誰もいなかったのか。明日の証言者から詳しい状況を聞いてみて、何か出ればいいが……」


「んーとにかくまだ結論は出ないって事ね」


「こういう事件は絞っちゃダメだ。的が外れるとそれで終わりだ。可能性があるものをキチンとした証拠で潰していくしかない。刑事のか……」


「ケイジノカ……??」


「あ、いや。何でもない。もう今日は寝よう」


「そうね。明日は朝からその証言者に会いに行くわよ」


 マリタが気合を入れるとみんなが頷き、それぞれの部屋に戻って行った。


 俺は少し夜風に当たりたくて、宿舎の外へ出た。

 優しい風がアゼドニア湖から吹いてくる。水辺近くに行くと柵があり、その奥にザーノンやワニのような動物がいる。ザーノンは三匹だが、ワニのような動物は十数匹はいそうだ。ザーノンは長い首を巻いて器用に寝ている。


「気持ち良さそうに寝ているな……」


 今日のようなやり取りには懐かしさを感じた。俺と千堂、そしてタツさんで事件を追いかけていた時のことを思い出した。俺が所属していた特別事件対策本部第二課は警察でも暗部だ。表に出せない事件や国家などの重要な人間が絡んでいる事件を担当する。メディアなどでも徹底的に名前は伏せられている。

 だが、一度だけ特別事件対策本部の名が世間で話題になった事があった。


 ――ロストエタニティケース


 「失われた永遠事件」だ。


 まだ、特別対策本部が発足間もない頃、国家要員、大手企業が一丸となって進めたスーパーシティ計画があった。その特別エリアの権力を巡り、永井建設と遠方電鉄の二派が争った。しかし、同時期に双方のTOPを含む幹部連八名が暗殺された事により特別エリア計画は一旦お蔵入りとなった。

 権力争いにおける一連の殺人事件は霜中 央一人が起こしたものと断定され、その霜中を逮捕したのが特別事件対策本部だった。

 この事件は後に、永井と遠方の頭文字を取り、失われた永遠事件、またはロストエタニティケースと呼ばれるようになった。


 その二年後、俺と千堂は警察に採用された。現場で場数を踏んで、その六年後に本部長の神奈岡さんにスカウトされ、二人で特別事件対策本部に入る事となった。


 タツさんの下について、難事件中の難事件を何件も担当した。

 二人でしごかれたなぁ……。可能性を消すな、思考を止めるな、全部信用するなってね。


 今回の事件もそうだ。何も信じちゃいけない。裏が取れるまでは。

 死因も、ハンスも、その証言者も……。


「ふぅ~……こっちに来ても同じような事をするとはね……」


 柵に手を置き、湖を眺めていると、初老のフォウマンの男性に注意を受けた。


「おい、何してる! 危ないぞ!」


 ザーノンを管理している人だろうか。身なりは作業着っぽいのを着ている。


「あ、すいません」


「柵があるからって油断するな。リガーニは人を襲う事もあるんだぞ」


「リガーニって? ザーノンじゃないんですか」


「リガーニはホレ。そこにいるだろ」


 男はワニのような動物を指して言った。


「あ、あぁ……このワニか……」


「ワ……なんだって?」


「あ、いや。なんでも……ないです。随分近くにいるんですね、リガーニ」


「昼間は湖の中で過ごしているんだが、夜になるとこうやって岸に上がって寝るんだ。身体の大きなザーノンには攻撃はしない。だが、人間を襲う事があるんで、岸辺は柵で囲っているんだ」


「へぇー……実際に襲われたことはあるんですか」


「あぁ……一番近いのは三年前かな。若い女性がリガーニに襲われて殺されたよ。群れの中に引きずられて、ズタズタにされたらしい」


「……むごいですね」


「恋人の男は随分と泣いていたな……可哀想に……」


「魔法で攻撃したりしなかったんですか?」


「抵抗はしたみたいだが、こいつらは一匹を刺激すると群れで襲い掛かってくるんだ。一人じゃあとてもとても…」


「なるほど……」


「そういうわけだから。あんまり柵の近くをうろつかないようにな」


 そういうと男は去っていった。

 俺は柵の中で寝ていているリガーニを見て呟いた。


「ザーノンに手を出さないっていうのは、正解だよ、リガーニ。ザーノンが暴れたらやばいそうだ」


 身体も冷えてきたんで、俺は柵を離れて、宿舎へと戻っていった。久し振りのベッドだ。今日は良く寝れそうだな。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート