ロストエタニティ

~異世界シャル・アンテール編~
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キルドラヴァー

グラディー村 到着

公開日時: 2020年10月7日(水) 17:01
文字数:4,263

 薪はすでに熾火(おきび)となっている。薪は燃え切った後、熱量を出し赤くなっているが、炎を出さない時間がある。そのまま放置すれば自然と消えていくが、実はこの熾火の状態が一番料理などをする際に適している。なぜなら火力をコントロールしやすいからだ。

 よく吊るし鍋などで下から火がゴウゴウと点いている描写がある。見た目のインパクトは強いが、火力の調整が難しく料理などは一瞬で焦げてしまうのだ。キャンプを長くやっていれば、火力調整のしやすいこの熾火に着目するはずだ。炭とはまた違う趣があるのもいい所だろう。


 そんな焚き火を囲んでそれぞれの出会いを聞いてみた。


「マリタとファビオはどうやって出会ったんだ?」


 マリタが答える。


「私が兄さんの情報を集めにウルミ連邦に行ってギルドとかバーを回っていたんだけど。バーに行ったら絡まれているファビオがいてね。それで助けに入ったんだけど相手がしつこいから一緒に逃げたの」


 なかなかドラマチックな出会い方だ。


「それでも追いかけて来てね。そのまま路地裏でそいつらを返り討ちにしたわ。そこでファビオの腕っぷしが良かったらジェイド団にスカウトしたって感じね」


「へー。確かに、ファビオの槍はすごかったもんな。何でファビオはウルミ連邦に居たんだ?」


 ファビオが薪を突きながら話す。


「……まあ、色々あってな……」


 言いたくないのか、言えないのか……。ファビオは言葉を濁した。俺もそれ以上は聞く事はしない。ハルトトの方に向き直った。


「あ~……じゃあ、ハルトトは?」


「私は、杖を買いにセロストーク共和国に行ったのよ。やっぱりトワイコンの産地の方がいい杖があるのかな~って思って」


「なるほどね、それで杖は買えたの?」


「それが高くってさ~持ち金じゃ足りなかったから、スプルレースで増やそうと思ってね。そしたら全額持っていかれちゃったわ。それで無一文になってさ。そういう時に限ってお腹が空いてきちゃうのよね。近くの屋台のゴミ箱を漁っていたら、廃棄の肉串を見つけたのよ。そこに野良猫が来てさ。私の持っていた肉串を咥えて逃げたから、追いかけてさ。角を曲がった所でマリタとぶつかったの」


 こいつ、何言ってんだ……そして、何やってんだ……一体、何なんだ……

 笑いながらマリタが言う。


「そうそう。血相変えて私の肉~って言ってたわよね、ハルトト」


「それでマリタにご飯を奢ってもらってさ。ジェイド団の話を聞いて、じゃあまずはセロストーク共和国の洗礼だ~って話になって、私とファビオはオウブの洗礼を受けに行ったってわけ。そういえば、マリタはその時どうしてたの?」


「私はギルドで色々と調査団設立の説明を聞いたり、一人でも出来る簡単な依頼をこなしたりしてたわ。久し振りに実家に戻ったら東陽が意識不明で運ばれててびっくりした。私は居住区に自分の家があるから、ずっとはいなかったけどね。ハルトトとファビオが洗礼から戻ってきたタイミングで、東陽もスカウトしたってわけ」


 そういえば俺をスカウトした理由ってなんだろうな……。


「なんでマリタは俺をスカウトしたんだ? 変な話、得体のしれない人間じゃないか」


「まあ、だからよね。パパから話は聞いていたけど、なんか不思議な男を助けたみたいな感じで興味は湧いたわ。友達を探しているって言ってたから、セロストーク共和国にいるよりかは事態が好転するじゃないかなって思って」


 オリバーさんの娘らしいというか、何というか……。優しい人なんだな、マリタは。そこにハルトトが水を差す。


「魔法を使えない上に無鉄砲だとは思わなかったけどね」


 こんのやろう……


「悪かったって。今度は気を付けるよ」


 ハルトトの無鉄砲って言葉に昔を思い出した。確かに俺は無鉄砲でバカだった。周りが見えなくなる時が何度もあった。それを千堂やタツさんに言われて冷静に対処できるようになったと思っていた。

 だが、今日の出来事で自分でもびっくりする事があった。オリバーさんの依頼を完遂させようと仲間を危険な目に晒してしまった。もっとクールに、もっとクレバーにやれていたはずだった。


 シャル・アンテールに来て、色々と落ち着いてはいない。まだどっかで現世と異世界というのに納得がいっていないし、ジェイド団での立ち位置も確固たるものではない。千堂がこっちにいる事はわかったが、それも本当に千堂なのかもわからない。もしかしたら、もう現世に帰っているかもしれない。


 そういう複雑な不安、事情が重なって、それを払拭するために起こした行動なのかもしれない。もっと考えよう。もっと冷静に。現場では冷静さを失った人間から死んでいく。忘れちゃダメだった。


 その後、一通りの話が終わり、見張りの順番を決めて、俺たちは就寝した。




 セロストーク共和国を出て三日目の朝を迎えた。まずは恒例の水浴びだ。目が覚めると既に誰もいない。そこら辺の葉っぱの付いた枝を折り、歯ブラシ代わりに使いながら川の方へ歩いていくと、草むらから何かを覗き込むようにハルトトがいた。


「朝早いな、ハルトト」


 声をかけると、ハルトトは素早く俺の足元に潜り込み膝裏を叩いた。バランスを崩し、膝をつくと目の前にマリタとファビオが水浴びをしていた。


「シーっ!」


 ハルトトが口を塞いでくる。お互い小声になった。


「なんだよ、あいつらあーいう関係なのか」


「どうだかねぇ~。これからなんじゃないかしら」


 ハルトトがニヤニヤしながら見ている。


「これ、何で見てるの?」


「邪魔しちゃいけないと思って……」


「……俺はあっちで水浴びしてくるわ」


「いってらっしゃい」


 ハルトトは二人の姿を食い入るように見ている。現世もここでも女の子は恋愛好きだな。

 俺は、一旦森林に入って少し離れた所で水浴びをした。朝の水浴びはいいもんだ。身体がピリって引きしまる気がする。


 一通り洗ってテントの所に戻ると、着替え終わったマリタとファビオがいた。ハルトトは遅れて水浴びをしているようだ。ハルトトが戻ってきたのを機に、焚き火の始末をして、荷物を持って出発した。


 グラディー村まではあと十日程。歩いて野営地、歩いて野営地を繰り返していく。広い場所もあったり鬱蒼とした場所もあったりしたが、焚き火を囲んで料理を食べれば一日の疲れが吹っ飛んだ。いや、一番の癒しは朝の水浴びかな。


 この十日間で更にいろんなことを話した。特に俺の警察の話や現世の話には三人とも食い入るように聞いていた。警察という職業は、シャル・アンテールでは軍や調査団も似たような事をやっているみたいだ。まあ、自警団的な要素もあるからな。だが、ビルとか家電とかの話になるとファビオとハルトトがそんなのは嘘だ!魔法で解決!とかマウントを取ってくる。わからないながらも不思議とショックは受けているようだ。さすがに飛行機とか説明してもピンと来てなかったが、地面に絵を書いたりして説明をした。


 その中で気になった事があった。『アルトトの書記』というものだ。現世の機械や生活習慣などを言うと決まって「『アルトトの書記』みたいね」という。

 アルトトの事を聞くと、プルル族で今から数百年前の人らしく、ナイシアス連邦を起ち上げ、初代首席になった人らしい。また、全世界に探検隊を派遣し、各国の文明の手助けをしたとされる。

 何よりすごいのはその幅広い知識と実行力だ。魔法、政治、芸術、文化……およそ、シャル・アンテールに存在するすべてにアルトトが関わっていると言っても過言ではない。話を聞くだけで、彼は千年の文明を早送りしたような人物だ。

 そのアルトトが後世に残したのが『アルトトの書記』と呼ばれる雑記帳だ。最初は一個人が残した雑記帳くらいに思われていたが、そこに書かれていたものが開発され、現実になるようになると未来の予言書として名を馳せることになる。今、なお謎の多い書物であり、幅広い分野で『アルトトの書記』の具現化に挑戦している。


 そういえば、セロストーク共和国の工房でアクセルが作っていたな、変な乗り物だがなんだかわからないヤツが。あーいうのが沢山書いてあるんだろう。ほんとに預言かな。でも当たっているんだもんな、不思議なもんだ。魔法も十分不思議だけど……。


 ちなみにナイシアス連邦の人々たちはアルトトを称え、また崇めており、それにあやかる形で全国民の名前の語尾をトトにしている。




 グラディー村への道のりの最中で、ヴァルティペほどの魔物と出会うことはなかった。歩いていれば一日に三回くらいは魔物が襲ってきたが、とにかくファビオの槍とハルトトの魔法が強かった。マリタの光魔法で疲労回復もでき、順調に十日間を乗り切って、グラディー村に着いた。


 グラディー村は海のように大きなアゼドニア湖に隣接している。アゼドニア湖を渡るとレイロング王国だ。現在、政治と貿易などの理由によりアゼドニア湖はセロストーク共和国とレイロング王国で共有している。

 アゼドニア湖を渡るには船かザーノンという動物を用いて渡るのだが、魔物が出るようになってからは船は襲われる事があり、ザーノン一択となっている。

 魔物は他の動物を襲わない、または襲いにくいというのは旅をしていて肌感的にも感じられ、魔物は人間を襲うが自然界の動物を殺戮する事は稀であった。原因はわかっておらず、魔物と動物は共存関係となっている。現在、その謎に一部の調査団が挑戦しているようだ。もし、謎が解けたら魔物と人間の共存も可能になるかもしれない。


 ジェイド団はとりあえずギルドに行き、宿舎を紹介してもらった。その宿舎に行く最中に、オリバーさんの知り合いだという領土防衛隊の隊長格がマリタに話しかけてきた。随分と親しい感じで、少し話し込んでから宿舎に向かった。


「宿舎に入ったら話があるわ、荷物を置いたら私の部屋に集合して」


 みんなは頷いて、宿舎に入った。宿舎と言っても素泊り宿で、部屋もベッドしかないような所だ。だが、それでも随分と快適だ。テントと違うのは魔物が襲ってこない事と、ベッドで寝れる事と、お風呂に入れる事だった。

 セロストーク共和国、レイロング王国を分断しているユルゲンス山脈群は火山だった事もあり、温泉も豊富に湧いている。アゼドニア湖も火山が原因で出来た湖で、その周りには豊かな温泉水が溢れている。つまり、この宿のお湯は温泉というわけだ。


 さっさと温泉に入ってゆっくりしたいが……とりあえずは、荷物を置いてマリタの部屋に行くか。


 自分の部屋の片隅に荷物を置いて、マリタの部屋に行くと全員揃っていた。


「来たわね、早速依頼よ。この村で殺人事件が起きたわ」

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