相変わらず、疑似餌の千堂は動かない。ただじっとそこに佇んでいる。今思うと違和感だらけだ。マリタのタイミングが狂わないように一定のスピードで近づいていく。
千堂の前に立った。ピンっと空気が張り詰める。そして、手を千堂にかけようとした。
瞬間!
草木から大口を開けた魔物が飛び出してきた。反射的に身体を後方へと飛び退けたが、マリタが魔法を撃ってこない。バッキン!というすさまじい音ともに口は閉じられた。
わかっていた分、何とか避けられたが、何故マリタは撃たないのか。魔物から視線を外すことなく、マリタに問いかけた。
「マリタ! 何をやっている!」
「ちょっと! 放して!」
すると、マリタが大きな声で叫んでいた。振り返るとアルムデナとマリタがもみ合っている。
「アルムデナ?!」
驚いたが、やはりという感情もあった。だが、タイミングが悪い。最悪のタイミングで出てきた。
「マリタを放せ! よく見ろ! こいつはお前の妹じゃない!」
アルムデナは泣きながらマリタにしがみついている。俺の言葉は届いていないだろう。魔物は一撃を避けられたため、離脱しようと後ずさりしている。
まずい、ここで魔物に逃げられたら……。
その時、ロサにお願いした事を実行させた。
「ロサ! 言え!」
「は、はい! おねえちゃーーーん!!」
ロサは大きな声で叫んだ。その声にアルムデナも視線を移す。そして、ロサを見るや、驚愕して妹の名を叫んだ。
「アリオナ?!」
アルムデナが一瞬、気を取られた瞬間、マリタに向かって叫んだ。
「やれ! マリタ!」
言葉が届くか、届かないかのタイミングでマリタが光る球の魔法を魔物に放った。状況を見て先に放っていたのかもしれない。抜群のタイミングで魔物にヒットした。
魔法は魔物に当たると網状に広がり、魔物に絡みついた。魔物はもがくが抜けずに、その場で暴れている。そして、疑似餌となっていた千堂はゆっくりと消えていった。
マリタとアルムデナの方を見ると、アルムデナはロサの方に走っていき、ロサに抱きついた。
「アリオナ?! アリオナなのね! やっぱり生きていたのね?!」
「はわわわ……」
ロサは抱きつかれて身体を硬直させ、怯えながら答えた。
「い、いえ! す、すいません! わ、私はロサです!」
その名前を聞いてもアルムデナは怯まなかった。なぜなら自分に瓜二つ、つまりアリオナに似ていたからだった。
「もう一回呼んでちょうだい。お姉ちゃんって」
その迫力に飲まれたロサは、なぜか言ってしまう。
「お、お姉ちゃん……」
なんで言うんだ、ロサ……。
「やっぱり!」
アルムデナはロサに抱きついた。ロサはあわあわしている。
「あ、い、いえ! ち、違います!」
「いいえ! あなたはアリオナよ! 良かった! 本当に良かった!」
そう言ってワンワン泣くアルムデナ。ロサを強く抱きしめていた。しばらく落ち着きそうにはない。ロサには申し訳ないが、アルムデナが落ち着くまで我慢してもらおう。
俺とマリタはまだ暴れる魔物の近くへ。さて、どうするか。
「どうする、マリタ」
「うまく捕まえられたからね。このままギルドに連絡して運搬班をよこしてもらうわ」
「そんな班があるのか」
「えぇ。お金はかかるけど、依頼に関するものなら何でも運んでもらえるわ」
「じゃあ、問題なさそうだな。にしても手強かった」
「厄介だったわね」
二人はまだ抱き合っているロサとアルムデナに視線を移した。
「いろいろな……」
その後、マリタはギルドの運搬班に連絡して、来てもらう事になった。一時間もせず来てくれるらしい。その間にロサとアルムデナをどうにかしないという事で、アルムデナが落ち着いた所でロサから引っぺがした。
マリタが冷静にアルムデナに話しかける。
「アルムデナさん、こんにちは。私はジェイド団団長のマリタと言います。その娘はウルミ連邦のロサって言います。あなたの妹ではありません」
単刀直入とはこの事だ。
「ロサ……。そんな事ないわ! アリオナにそっくりじゃない!」
「アリオナさんは亡くなったと聞きました」
「な、亡くなってなんていないわよ!」
「リアス村で聞きました。妹さんと二人で過ごしていたそうですね。ちゃんとよく思い出してください。もう向きわないといけないと思います」
「いや……。いやよ……。いやぁああああああああああああああああああああ!!」
アルムデナは頭を抱えたまま、その場に泣き崩れてしまった。妹の死をどう受け止めればいいのか、わからなかったのだろう。そこにあの魔物……。向き合わないという方法を選んでしまった。
「アルムデナさん。辛いと思いますが、どうか強く生きて」
「うぅ……うわぁぁあぁんん!!」
静かな森にアルムデナの鳴き声だけが響いていた。これで妹の死と向き合ってくれれば……。辛いだろうけど……。
小一時間ほどその場で待ち、感情が不安定になっているアルムデナを見ているとギルドから派遣された運搬班がやってきた。マリタが手短に話すと、すぐに作業に取り掛かった。魔物を魔法で更につなぎ止め、魔法で空に持ち上げてそのまま颯爽と持って行ってしまった。何ともスピーディーな事だ。
アルムデナは泣き疲れたようだが、どこから迷いから解放されたようなところもある。俺たち三人はアルムデナを抱えながらリアス村へと帰った。
リアス村に帰ると、入り口からアルムデナの姿を見るなら一気にざわつき始めた。この騒ぎでアルムデナの機嫌が損なわなければいいと思ったが、本人は意外にも気にしていない様子だった。
そのまま奥のギルドに向かおうとすると、空から一人の戦士が降ってきた。ラウラだ。一目散にアルムデナに駆け寄ってきた。
「アルムデナ! 良かった! 本当に良かった!」
アルムデナを見るなり、喜びを爆発させるラウラ。アルムデナも少しにっこりと笑ってラウラに話しかけた。
「ラウラ……。アリオナがね……。死んでしまったの……」
「……あぁ。そうだ……。アリオナは亡くなった」
「もういないのよ……。ラウラ……」
「あぁ……。もういない……」
「私はどうすれば……」
「アリオナの分まで生きるんだよ、アルムデナ。私たちと一緒に生きよう!」
「うぅ……」
アルムデナはまたその場で泣き崩れてしまった。ラウラが優しく肩を抱く。
「アリオナの死を受け止めてくれたんだな。もう大丈夫だ。今は難しいかもしれないけど、きっと前を向ける。アルムデナ。一緒に生きよう」
アルムデナはそのままラウラにしがみ付くように泣き叫んだ。ラウラはアルムデナを抱きしめるように肩を抱いて、その胸を貸した。アルムデナが少し落ち着くとラウラは俺に話しかけてきた。
「ありがとう。アルムデナを見つけてくれて」
「あぁ。あとは頼んでも平気か」
「えぇ。私の軍の宿舎で預かる。報酬もギルドでもらってくれ」
「さんきゅ」
俺はマリタに向き直り、指でギルドを指差した。マリタは、アイコンタクトで了承した。俺たち三人はアルムデナをラウラに預けて、ギルドへと向かった。
ギルドに着くと、一気に視線がこちらに降り注がれた。アルムデナを連れてきたことがもう伝わっているようだ。
「噂は早いな、本当に」
「そうね。でも、報酬はもらわないとね」
マリタは物怖じせずに、その視線の中をスタスタ歩いてギルドの受付に行ってしまった。俺とロサは近くのベンチに腰を下ろした。その瞬間、一気に人が集まってきた。
「おい、アルムデナを連れてきたのか?」
「どこにいたんだ?」
「その娘、アルムデナに似てないか?」
「どんな魔物だった?」
「ラウラからどんな事を言われたんだ?」
もはや誰が何の質問をしているのか、わからないほどの大盛況。矢継ぎ早に質問攻撃を食らう。
「ちょっと、落ち着いてくれ。俺たちは任務をこなしただけだ。魔物を捕まえてくれ、アルムデナを見つけてくれってな。それを遂行したまでだ」
俺の言葉に周りは「おぉ……」となぜか歓声を上げる。そして、また質問攻撃を受けた。ロサは周りの反響にただただオロオロしている。あまりにもウザいので、俺とロサは外へと出た。
それでもついてくる輩もいたが、任務で疲れているからもう勘弁してくれと謝って、戻ってもらった。
「何だって大変なことになったな」
「そ、そうですね。つ、疲れますね」
「こんなの外を歩くたびにやられたらたまらないぜ。早くこの村を出なきゃな」
「そ、そうですね。ア、アルムデナさんは大丈夫でしょうか」
「大丈夫だろ、ラウラも付いているし」
「よ、よくわからないのですが、結局なんだったんですか?」
「アルムデナの妹が亡くなって、それを受け止められなくて死んだんじゃなくて、どこかに行ったと自分で思い込んでしまったんだろう。だから森の中を探していた。まあ、そのおかげで俺は助かったわけだけど……。そこに来てあの魔物だ。タイミングよく俺らと一緒に見つけちまった。きっとあの疑似餌は妹に見えていたんだろうな」
「そ、それはわかるのですが、なんで私が似ているんでしょう」
「え? 確かにそうだけど……」
アギュラ族は猫のような顔と耳に、しなやかな筋肉を持つ狩猟民族だ。確かに顔かたちは似たり寄ったりだが、個性はある。目が少し吊り上がっていたり、鼻が少し大きかったり……。アルムデナとアリオナは姉妹だからよく似ているのは分かるが、血縁関係のないロサがここまで似るというのもな……。
「他人の空似とも言うけど、アルムデナと似すぎているよな」
「は、はい。な、何だか気持ち悪いです」
「ラウラに聞いてみるか?」
「そ、そうですね」
そういうとロサは少し目を伏せた。何か思い当たる節があるのだろうか。
「アルムデナの事、知っていたりするのか」
「い、いえ。で、でも、生まれはリアス村なので。わ、私がウルミ連邦に行くまで、何かあったのかなって思いまして……」
「あーそうか。でも、ロサはリアス村に知り合いはいないんだろう」
「は、はい。き、記憶もないです。は、初めて来ました」
「とりあえず、ラウラに会おう。まだ、そこら辺にいるだろう。マリタに連絡をしてくれ」
「わ、わかりました」
ロサはリフォンを出してマリタに連絡をとり始めた。数分するとマリタが手続きを終えて、出てきた。
「遅くなったわ。で、ロサの出生の秘密を暴くんだって?」
「喉に突っかかったままじゃ、寝つきが悪いだろって話していてね」
「そうね。なんであんなに似ているか不思議だものね」
ロサに視線を移すと少し不安な顔になっている。
「不安そうだな」
「は、はい。も、もし血のつながりがあったら、どうしようかと。べ、別に知らなくてもいいかなって」
「知っても知らなくても一緒だろ」
「え?」
「オウブ参りは辞めないだろ? それにロサはロサだろ。ウルミ連邦のロサじゃないのか」
俺の言葉にロサは少し明るい顔になって、頷いた。
「そ、そうですね、はい」
「おし、ラウラを探そう」
三人は頷き、ギルドから歩き始めた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!