ファビオと一緒に宿舎を出ると、すっかり日も暮れていた。外灯もないので、辺りは真っ暗だ。周りを見渡すがマリタとハルトトの影はない。ザーノンの柵の所だけ松明が焚かれているので、あそこが湖沿いだという事はわかる。
「さすがに真っ暗な所に行きはしないと思うが……ファビオ、検討付くか」
「いや……でも、湖沿いだろう」
「そうだな」
ファビオと二人で湖に向かい、管理棟近くを通過。湖沿いの柵の近くを捜し歩いた。少し歩くと薄っすらと人影が見える。マリタとハルトトだ。二人して湖を見ながら話をしているようだ。
「どうする、行くか? ファビオ」
「こういう時、東陽たちの世界ではどうするんだ?」
「どうするって……まあ、女性同士の会話には立ち入らないって感じだな」
「ふっ……こっちでも同じだ」
「なら、黙って待ってようか」
顔を見合わせて、ニヤリと笑う。そのまま、少し離れた所から様子を見る事にした。
湖から吹いてくる夜風が心地良い。こっちに来て不快な思いをしなかったのは、この気候のせいでもある。20~25℃くらいを行ったり来たりで心地が良い。朝晩は少し冷えるが凍える程でもない。そりゃオウブ参りなんて流行るわけだ。
時間にして20分程度。二人の話はまとまったようだ。宿舎に戻ろうと歩いていく。ファビオと腰を上げた。
「行こうか、ファビオ」
「あぁ……」
マリタの後ろから声をかける。
「マリタ」
二人が振り向き、驚く。
「東陽?! どうして、ここに」
「で、俺はどうすればいい?」
ハルトトが前に出てきた。
「東陽が魔法を使えた方がいいという思いは変わらないけど、強要はしないわ」
「いいのか」
「はっきり言って、よくわからないのよ」
「何が?」
「あなたの事が」
「俺の事が?」
「そう」
「……」
「なんかよくわからないファッションだったり、言葉だったり、料理だったり、戦い方だったり、考え方だったり……言葉は悪いけど異質に感じるわ。でも、じゃあそれが異世界から来たとか、未来から来たとかって言われてもピンとこないのも事実よ。それにここはシャル・アンテール。あなたがどこで何者かはわからないけど、ここで生きていくための最善策を私は言ったつもり。この世界では魔法と共に生きているのよ」
「わかっている」
「魔法はあなたの世界では無いのかもしれないけど……正直、それを想像するのすら難しいわ」
ハルトトの言う事はもっともだ。何も間違えてはいない。シャル・アンテールは魔法で成り立っている。それが生活だけでなく、狩猟や旅行、果ては戦争にまで使われているんだ。
「それにね。シャル・アンテールでもっとも魔法の研究が進んでいるナイシアス連邦でも、そんな時空だか何だかを超える魔法の存在なんて発見されていないのよ。どうにかすればできるのかもしれないけど……だから、考え方を変えて……無ければ作ればいいのよ」
「作る?」
「そう。新しくね。あなたを元の世界に戻す、魔法をね」
魔法にはまだまだ可能性がある。この事は全てを否定しない思考を生み出していた。今は無いけど、もしかしたら今後できるようになるかもしれないとみんなが考えているんだ。ハルトトだけでなく、マリタやファビオもどこか突拍子もない俺の話を信じてくれる。それは生活に密着している魔法に、そういう希望を持っているから、豊かな想像力に繋がっているんじゃないかって思った。
「ありがとう」
「お礼はその魔法ができてからね」
「あぁ」
「それと、魔法を使えないんだからもっと体術などを覚えないとね」
ハルトトがそういうとファビオが反応した。
「俺が教える。カイン流槍術は体術も兼ねている」
「お願いね、ファビオ」
そういうとハルトトは伸びをした。
「この話はもうおしまい。明日は早いから早く寝ましょう」
欠伸をしながら宿舎に向かうハルトトを三人も追いかけた。
俺は洗礼を受けなくてもいい免罪符を手に入れた。これがいいのか、悪いのか……。
四人は、そのまま宿舎へと戻り、各々の部屋と帰っていった。明日はザーノンでレイロング王国へ入国だ。
朝は小鳥のさえずりで目が覚めた。天気も良く、出発にはいい日だ。四人は食堂で朝ご飯を食べてから、ザーノンの乗り場へと向かった。乗り場にはフレンツさんも来てくれて、挨拶をした。
「みんな、色々とありがとう。レイロング王国でも気を付けてな」
マリタが答える。
「ありがとうございます、フレンツさん。昨日の今日で色々と大変な時に……」
「いやいや。もう身柄はセロストーク共和国に送られたからね。ノエルの後任が来るまではのんびりだよ」
「そうですか」
二人の話が一段落するとザーノンが岸辺へと着いた。何度見てもネッシーだ。管理人が大声で合図する。
「ザーノン、レイロング王国に行くお客様! こちらです!」
「それじゃあ、フレンツさん。またです」
「あぁ。君たちに幸あらん事を」
フレンツは静かに敬礼をした。その姿に全員、会釈をした。
みんな荷物を持ち、ザーノンの近くに集まった。ザーノンの近くにはリフトがあり、背にあるベンチまで簡単に運んでくれる。ちょっとしたアトラクション気分だ。
ザーノンに乗ったのはジェイド団だけで、すぐに出発した。ザーノンの頭に船頭さんが居て、どうコントロールしているのかわからないが、ザーノンは言う事を聞いている。
水面から数メートルの所を静かに進んでいくのは楽しい。風も心地良いし、天気も良い。そうなれば自然と睡魔が襲ってくるもんだ……。
ぼやぁ~っと寝落ちする寸前、マリタとハルトトの声がそれを遮った。
「ハルトト! 魔法使えなくなってる!」
「ほんとだ!」
二人はキャッキャッ言いながら、魔法を出そうとするが、ガスが少なくなったライターみたいにプスンとなり出せない。それが面白いようだ。
「同じようにやっているのにねー」
「全然でないね! あはは!」
つまり、セロストーク共和国のオウブの影響範囲外に出たという事だろう。ここはもうレイロング王国という事だ。
「ファビオは使えるのか?」
「もちろん」
そう言って手の上に水玉を作る。それをみんなで覗き込んだ。
「おぉ~~」
いや、みんなはさっきまで出来ただろうに……。
何かを思い出したかのように、あっという顔をしてマリタがファビオに聞き始めた。
「ファビオ、レイロング王国へはどうやっていくの?」
「この湖の先にグラディー村のようにロンダ村という村がある。まずはそこで一泊。その後、アゼドニア湖からレイロング王国の先、海まで流れているシュロ―川を船で一日下るとすぐだ」
「そんなに遠くはないのね。野営はしない感じかな?」
「あぁ」
「そっか。ファビオたちはどうするの?」
「レイロング王国の入口までは俺が案内する。その後は洗礼が終わるまで少し離れたワルデマール森林で待機している」
「野営地はあるの?」
「旅人用の野営地は無い。オウブ参りでは行かない所だからな。昔、所属していた黒龍騎士団の小屋があるはずだ。そこで身を隠す」
「なるほどね」
にしても騎士団多いなぁ……一体、何個あるんだ?
って疑問に思っていたらハルトトがそのまま聞いてくれた。
「その騎士団って何個あるの?」
「全部で六隊ある。王の身辺を守る親衛隊、白龍(ハクリュウ)。攻撃部隊、赤龍(セキリュウ)と蒼龍(ソウリュウ)。防衛の要、黄龍(オウリュウ)。強襲部隊、紫龍(シリュウ)。そして、諜報などを行う黒龍(コクリュウ)だ」
「ふーん。それも三大貴族が率いる感じ?」
「基本はそうだがルカのように素質が伺わしい場合は外される」
「結構、厳しいのね」
「オウブ大戦ではないが、その昔、貴族を優遇するあまり、魔神との戦いで滅ぼされそうになったからな。そこからの教訓で能力主義に変わったそうだ」
「そういう場合は、民間の人をって感じ?」
「あぁ。そもそも三大貴族が隊長を担っている方が珍しい。今はレイロング王国最強と言われているよ」
「『星の十傑』が二人もいるもんね。レイロング王国で会えたら会ってみたいね」
その言葉にマリタも反応する。
「あぁー! 会いたい! 会いたい!」
「ねー! 会いたいよねー」
その星の十傑って、まるでアイドルだな。
「なあ、その『星の十傑』ってなんだよ」
ハルトトが咳払いをして、答えてくれた。
「オウブ大戦時に結成された最強軍団スターブレイク戦魔隊って部隊があってね。その隊長格を『星の十傑』って言うのよ」
「へぇ~……」
「オウブ大戦後期、魔物は倒せてもどうしても魔神まで攻撃が届かなかった。その時に少数精鋭の最強組織を作る事が提案されたの。そして、全世界から集められた最強と呼ばれる人たちを集めて結成されたのがスターブレイク戦魔隊、通称『星の十傑』よ。簡単に言えば、オウブ大戦を終結させた英雄たちね」
「そんなに強いのか、その軍団は」
「もちろん、魔物を抑え込んだり、魔神を弱らせたりしたのは他の隊のサポートがあっての事だけどね。でも、魔神を貫けるだけの力を持ったのはその『星の十傑』たちだけね」
「オウブ大戦って何年前だっけ?」
「十二~三年前ね」
「セロストーク共和国にも居たの?」
「もちろん。セロストーク共和国陸軍隊長ビロル=リヒツェンハイン、領土防衛隊長フーベルト=ルーカスの二人ね」
「おぉ……会っておけばよかったな。領土防衛隊ってオリバーさんとかフレンツさんの?」
「そうよ。それの隊長がフーベルト。最強の白魔導士って言われていたわ」
オリバーさんやマリタより上なのか……凄そうだな……
「で、ファビオ。レイロング王国では、そいつらに会えるのか」
どこから心が落ち着かない感じのファビオが答える。やはり、色々と気がかりなんだろうな。
「いや……さすがに表には出てこないだろう。城の中にいるか、練兵で外に出ているはずだ」
「なるほどな」
そうこうしている内にザーノンがロンダ村へ着いた。グラディー村と同じようにリフトで降ろされる。
すでにレイロング王国だが、空気はあまり変わらない。まあ、アゼドニア湖の向こうにはグラディー村が見えるし、そんな急に気候が変わったらそれはそれでおかしい話になる。
こっちの村も多くは平屋でグラディー村と似た感じだが、住んでいる人達がバルド族だ。手足が長く長身。少し首も長いか。ファビオもそうだが、胸を張って歩くから、大きく見えるし、風格もよく見える。だが、よくよく見てみるとファビオは小さいかもしれないな。
「ファビオはバルド族の方では小さい方か」
「あぁ。180センチくらいだ。大きいバルド族では210センチ近くにもなる。平均はその真ん中くらいだ」
ひゃー……でけぇ……
逆にプルル族は小さすぎるけど……
俺の視線にハルトトが気付く。
「なに?」
「いや、なんでも」
四人は荷物を持ちながら、宿舎を探す。こっちも村の入口近くにあった。
全員チェックインし、個々の部屋に入る。中に入って驚いたのは、その広さと高さだ。ベッドの大きさもバルド族用だ。
こりゃあ、快適かもな。逆に考えると今までファビオは大変だったかもな。
荷物を整理しているとマリタがノックしてきた。ファビオと買い物に行くらしい。いってらっしゃいと声をかけて、また荷物整理に戻ると、今度はハルトトが現れた。
「東陽! 行くわよ!」
「え? どこに」
「決まってるじゃない。あの二人を追うのよ」
「買い物だって言ってたぞ」
「買い物から始まる恋もあるわ」
あんのか、それ……
「あー俺はそういう趣味ねぇぞ」
「いいから、行くわよ!」
ピューっと走り出すハルトト。
「ったく……」
しょうがないから追いかけるが、他人の恋路を見守る趣味なんてないんだがな。ハルトトはほんとに好きだな、全く。
適当な所で切り上げる予定で俺はハルトトの後を追った。
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