ナイシアス連邦の宿はこじんまりとして可愛い。壁は土で窓枠が竹のような物で作られており、窓はすだれの様な細い竹である。ご察しの通り、通気性は大変良く、少々亜熱帯的な気候によく合っていた。
モンロが窓枠などに塗られており、虫はあんまり入ってこない。布団は麻のようなもので、そんなに良いものではなかった。少し体もチクチクする。こう言っては悪いが客船の方が良かったかもしれない。
朝食はみんなで食堂に集まって食べた。オウブ参りに行く、マリタ、ファビオ、ロサは荷物をまとめに一旦部屋へと戻った。その間、俺とハルトトは食堂で待つ事となった。
「ハルトト、家には一回も顔を出さないのか」
「うーん……まあ、一回くらいは顔を出そっかな」
「親御さんとか心配しているんじゃないのか」
「何言ってんの。十八にもなったら自立するのが当り前よ」
こっちでの成人年齢は同じくらいだが、自立を強制される辺りは現世とは違うみたいだ。
「へー……十八になったら自立って大変だな……男も女もか」
「男も女もよ。基本は家を出て行くわ」
「仕事とか探してって感じ?」
「別に仕事なんかしなくったって、水のある所で畑でも作ればどこだって生きていけるわよ。大体が結婚するか、調査団になるか、何かの仕事に就くけどね。別に野菜作って売ってもいいし、魚捕って売ってもいいし……生きていく術なんて沢山あるわよ」
そこら辺の感覚は凄い気がした。現世では何をするにも金、金、金。物々交換も生きているシャル・アンテールでは自分の持っているもので解決しようする文化があった。それを可能にする莫大な自然があるからだろう。
「土地って勝手に開拓していいのか。国とかが管理してないのか?」
「都市部はやっているけどね。こっから外の世界はわからないわ。調査団ができてから色々分かった事だけど、全国で森や山、川のほとりなどに小さい村や人が住んでいる所が発見されているのよ。普通に考えればそうよね、魔法が使えなくても世界中に人はいるわ。私たちはオウブによって魔力にとらわれすぎなのよ。だから、そういう想像力が欠落しているの」
「魔力を持っていない人も大勢いるって事か」
「ナイシアス連邦の周りは少ないわよ。確認できるそういう村に通達を出して、オウブ神殿に召集しているから。他の国はどうだかわからないけどね」
「懐が深いな、ナイシアス連邦は」
「そういうのもアルトトの考え方ね」
「あー……ほんとに色んな所にアルトトって出てくるな。アルトトって何者なんだ?」
「自分で見てきたら? アルトト博物館があるわよ」
「お、そんなのがあるのか。是非行ってみたいな」
たわいない会話をしているとみんなが戻ってきた。ホテルを出て、オウブ神殿へと向かう。ロサは久しぶりの洗礼で緊張しているようだ。マリタとファビオはリラックスしている。
ニ十分も歩くとオウブ神殿前と着いた。聖樹ウヴヴの大きさは凄まじく、こんな巨木を見たことがない。神殿への入口は根っこで覆いかぶさっており、トンネルのようだ。
一言、二言話してマリタたちは神殿へと洗礼を受けに入っていった。手を振って一週間程度の別れを告げた。残された俺とハルトトは今後、どうするかと相談し始めた。
「ハルトト、俺らはどうする?」
「とりあえず……」
「とりあえず?」
「……スプルレースね」
「いやいや……まずは実家に顔を出しに行こうぜ。嫌な事なら早めにやった方が気持ちも楽になるだろ」
「別に嫌なわけじゃないわよ。まあ、そうね。一回顔を出しておけば文句ないでしょ。じゃあ、行きましょう」
「そういうのはやっておいた方がいいよ」
何かおっさんくさいなって自分でも思ったが、ほんとにこういう事って心のつっかえになる。おっさんの気配りって事でハルトトには許してもらおう。
「あ、でも東陽は入れないわよ」
「なんで?」
「家が古いから天井高く作ってないもの」
「なるほど……」
ハルトトが歩き始めた。その後を追っていく。小さい背中が少しめんどくさそうな雰囲気を出していた。
ナイシアス連邦はすり鉢状の真ん中に都市を作っている。上から見ると丸く、北に湖、西と南に森、東には山がある。壁は、高さ十メートル程度あり、都市を囲っている。入口はトンネルのように掘ってあるのが印象的だ。
内部は北に大統領府、軍事施設があり、高い建物が並んでいる。他国の使者なども多く来るからだろう。そのまま南に降りてくると学校などの教育施設や、研究、開発施設、工場などが見える。こちらもまだまだ高い建物が並んでいる。博物館などは一番居住区に近い場所に作れており、大変な観光スポットになっている。
次が居住区で一番広く大きい。建物は大小さまざまでホテルなどはそれなりに天井が高いが、プルル族しか入れないような天井の低い家も散見される。丸い家が多く、平屋だ。
そして、最も南方にある入口近くは商業区で宿泊施設や露店、飲食店などが並び、西側に聖樹ウヴヴとオウブ神殿がある。
ハルトトの実家は居住区でも一番奥で古い民家が並ぶ所にあった。
「かわいい家だな」
「東陽は入れないから、そこで待ってて。一応、呼んでくる」
そういうとタッタッと走り、「ただいまー」と実家に入っていった。なんだ、意外にフレンドリーじゃないか。
数分経つと三人のプルル族と一緒にハルトトが出てきた。
「お待たせ。左から父のキトト、母のセツトト、妹のフユトトだよ」
俺は三人会釈をした。みんな小さいが父は髭を生やして筋肉隆々で、母は優しいおばさんって感じだ。妹のフユトトはハルトトによく似ているが物静かで優しい笑みを浮かべている。
「あと兄貴が二人いて、長男のカトトはヒアマ国に軍事派遣されていて、シュウトトはナイシアス連邦の護衛部隊土星魔珠隊(どせいまじゅたい)に所属して家からは独立しているわ」
「なるほど。初めまして。東陽と言います」
父のキトトが返事をしてくれた。
「やあ、いつもハルトトがお世話になっています」
母のセツトトも続く。
「家がこんなだからお構いもしないでごめんなさいね。古い家だから他種族の方には窮屈なの」
「あ、いえ……」
言葉の音程から優しさを感じる人だ。フユトトも話し始めた。
「姉がお世話になっています。すぐにどこかに飛んで行っちゃうから大変でしょう」
「あはは……」
よくわかっている妹さんだ。
「余計な事はいわなくいいのよ! はい、挨拶が済んだら終わりー!」
ハルトトがみんなを家に帰るように促す。父と母が更に二言、三言、挨拶とお礼を述べて家の中へと帰っていった。妹のフユトトはハルトトと話をしている。
「お姉ちゃん、ダメよ。みんなに迷惑をかけちゃ。スプルレースも程ほどにね」
「わかっているわよ」
「今日はどこに泊まるの?」
「ホテルに泊まるわ。もう部屋も取ってあるし」
「そうなんだ……たまには実家に顔を出してね」
「また、帰ってきたら顔出すわよ。父さんと母さんは元気なの」
「うん。お父さんも毎日工場に仕事に行っているし、お母さんも料理店に手伝いに行っているわ」
「兄さんたちは?」
「カトト兄さんはヒアマ国で頑張っているみたい。家族で移住するかもって……。シュウトト兄さんも毎日国中を飛び回っているから、その内会えると思う……」
「そう……みんな元気そうで何よりだわ。フユトトはどう? 旦那さんとうまくいってる?」
「うん、港で働いているわ。良かったら顔を見せてあげて」
「そうね、気が向いたらね。それじゃあ、私たちは行くね」
「うん、気を付けて」
「はいはーい」
そういうとハルトトは俺の元へと走ってきた。
「もういいのか」
「うん」
二人はフユトトに手を振って、ホテルへと歩き始めた。帰りたがらなかった割には関係は両親、兄妹ともに仲が良さそうに見えた。
「別に悪くないじゃないか」
「だから、関係は悪くないって言ってるでしょ」
「じゃあ、なんで帰りたくないんだよ」
「何かね……古いのよ」
「古い?」
そういうとハルトトは顔を曇らせた。
「そう古いのよ」
「何が?」
「全部」
「全部?」
「そう」
「……」
「考え方も社会との関わり合い方も何もかもね」
「……」
「元々ね。私はあんまりアルトトの考え方と好きじゃなかったのよ。何か変な慣習に縛られているみたいで。ナイシアス連邦を出て改めて思ったわ。本当に古臭い世界に居たんだって」
「……」
「ウルミ連邦の近代的な物を見て感動して、セロストーク共和国の魔導具に驚嘆して、レイロング王国の建築物に鳥肌が立ったわ。世界は確実に進んでいるって思った。でもナイシアス連邦はそうじゃないのよ。閉鎖的で同じ事をずっと繰り返しているみたいな気がして……」
「窮屈に感じたってわけか」
「一言でいえば、そうね。だから、別に家がどうとかってよりナイシアス連邦の文化が合わないのよ」
ハルトトは爆弾みたいな感情を持っている。裏表がなく、感情のままに表情や行動に表すのだ。古い慣習、全てが悪いとは言わないが、ハルトトみたいな人間には少し窮屈なのだろう。そういった意味でも自由な調査団という職業はハルトトに打ってつけなのかもしれない。
「なるほどな。でも、まあ、家族に挨拶して良かっただろ」
「……そうね。ありがとう、東陽」
「お礼を言われる事じゃないよ。おっさんの余計なお節介ってやつだ。じゃあ、あとはスプルレースでもやってのんびり洗礼が終わるのを待つか」
「だね! 明日はスプルレースの大きいレースがあるのよ! これは絶対に取るわよ!」
ハルトトの目がお金に変わる。本当にコロコロと感情が動く奴だ。
「そういえば、ハルトト以外はみんな結婚しているんだな」
「うん。さっきも言ったけど十八になったら、すぐに自立しろ!って社会だからね。他の国も似たようなもんよ」
「でも、大変だろ。金を稼いだり子供育てたり……」
「お金なんて別になくても平気よ」
「なんでだよ、食べるのに困るだろ」
「だからなんで困るの?」
「買えないだろ。食材を」
「作ればいいじゃない」
「作るって言ったって……」
ここまで話を聞いて、俺はハッとなった。そうか、ここはシャル・アンテール。魔法で解決のシャル・アンテールだ。
「あーそうか。魔法で作れるのか」
「そうよ。お金は道具を買うために必要だけど、食べる分には問題ないわ」
納得の答えだ。じゃあ、自立も早いはずだ。話を続けるハルトト。
「だから、さっさと家を追い出されるのよ。結婚する人もいるし、自分で商売を始める人もいるし、調査団に入る人もいるし、まあ、色々よ。私はさっさと世界に出ちゃったけどね」
思ったよりハルトトも色々と考えていたと分かった。もっと刹那的かと思っていたが、それなりに考えていたんだって。
そんな話をしながらホテルへと着いた。ハルトトは結局スプルレースに行くというので、俺はホテルに残り、少し経ってから街をぶらりと散策した。
土の臭いが強い街で、原始時代に来たような雰囲気もある。これがハルトトの言ってる古臭いって奴なんだろう。確かに他国に比べて建築などは劣っているが、大統領府、官庁、工場などは見劣りはしない。しっかりとした建物だ。つまりは慣習が国民の生活をこうさせているのだろう。必要最低限の文化に、何でもありの魔法のギャップにアンバランスさを感じた。
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