ロサと一緒にホテルに戻るとマリタがロビーでくつろいでいた。
「あれ、マリタ。どうした」
「東陽。ロサも一緒だったのね」
「あぁ、外で会った」
「二人そろっているならちょうどいいわ。さっきハルトトから連絡があったの。ハンガクさんが調子よくなったので、こっちに向かってくるみたい」
マリタの話を聞きながら、俺とロサはマリタの前にある椅子へ腰を下ろした。
「ハンガク、良くなったのか。不治の病とか言っていたのにな。正規ルートで来れば、三日後くらいには着きそうだな」
「どうかしら。でも、思ったより早かったわね。その前に魔物は倒しておきたいわ」
「そうだな」
そう言いながら、俺は腕を回してみた。光魔法のおかげで痛みはほぼない。
「俺はイケるぜ」
「だったら、話は早く進めましょう」
マリタが立ち上がった。
「まさか、今から?」
「善は急げって言うでしょ。ロサも大丈夫よね」
「は、はい」
こういう所でのマリタの決断は早い。
「さ、みんな荷物をまとめて。もう対策も分かっているわね。森の中で知っている人に会っても決して近づかない、大声を上げない。それが例え、大切な人であっても一旦止まりましょう」
「あぁ。わかった」
三人は一旦部屋と戻り、戦闘用の荷物のみ、まとめた。再度ロビーに集合すると、森へと歩き出した。時間は昼過ぎ。ワンチャンスあるかどうか……。
森の中に入り、指定の場所に着くと静かに索敵を始めた。森は静かで、風が通り抜け、草木が揺れる音だけが響いた。動物、魔物の気配は一切ない。
三人は目印を決め、そこからゆっくりと三方へと別れた。
三十分程度、歩き回っているとロサから連絡が入った。
「と、東陽さん。せ、千堂さんがいます」
「いたか。てか、ロサも千堂に見えるのか」
「あ、はい。も、森の中でただボーって立っています。に、匂いが違うので千堂さんではないと思います」
なるほど。ロサの鼻はそういうのにも使えるんだな。
「なら、ビンゴだ。すぐに向かう。マリタにも連絡を」
「は、はい」
リフォンを切って、ロサが指定した場所へと向かう。ロサが草木の先に目をやって、しゃがんでいた。その視線の先に千堂がいる。この前の千堂と全く一緒だ。
「ロサ」
「と、東陽さん。あ、あれです」
「あぁ。スーツを着ている千堂だ」
「え? ふ、普通の服を着ていますが……」
見えている千堂が違うのか。どこまでもすごい能力だな。多分、一番印象に残っている時の姿を映し出している。だから、同じ千堂を見ていても俺は現世の千堂が見えているというわけか。
千堂を見張っていると、マリタもやってきた。これで合流だ。
「マリタ。あれだよ、誰に見える?」
「……」
マリタは少し驚いたようで、絶句している。多分、兄さんが見えているんだろう。
「マリタ」
俺はもう一度呼びかけた。
「……あ、ごめんなさい。確かにすごいわね……」
「俺とロサは千堂が見えている」
「私は兄さんだわ」
「これではっきりしたな。あれは魔物の作り出している幻影だ。要は誘い餌だな。魔物の姿は……」
餌の周りを見渡したが、草木も生い茂っており、姿は見えない。
「……まあ、見えないか。誰かひとり、囮になるか?」
マリタは神妙な面持ちで餌の兄さんを見ている。
「おい、マリタ」
「……あ、ごめんなさい」
「あれは餌だ、惑わされるなよ」
「わかっているわ」
「で、どうする?」
「私が行くわ」
「無理だ」
「無理?」
「今のその状態を見ていると感情が入っている」
「……否めないわね」
「だから無理だ。それを利用される。いや、されている」
「……」
「ターゲットの魔物は一瞬で出てくる。その一瞬に合わせられるのはマリタの魔法か、ロサの弓しかない。俺が襲われる瞬間を狙え。俺が囮になる」
「わかった、そうして」
マリタは複雑な表情を浮かべている。無理もない。初めて見た時は誰でもそうなる。それくらい魅惑的な餌だ。
「俺が囮に近づく。どこから魔物が現れるのかわからない。俺がかじられた時は右側から来た。つまり餌から見て左だ」
そう言った時、自分たちがその右側にいることに気付いた。その瞬間、ロサが何かに気付いた。
「わ、わ……。い、います」
ロサが右側を指差すと、そこに丸く岩のようにじっとしている物体があった。その姿を見た瞬間、三人は後ずさりした。距離としては十メートルないくらいだ。
「こいつだ……。間違いない。口は閉じているが……」
「……こんなに近づいても動かないのね」
「餌だけに集中しているのかな……。または、単純な動きしかできないのか……。どっちにしろ、これはチャンスだ。一斉に攻撃して仕留めよう」
「そうね」
そういうとマリタは魔法を練り始めた。その瞬間、魔物がその魔法に反応した。三人は草木に素早く隠れた。
魔物は耳や目を動かし、周りを警戒している。少し経つと、またさっきの岩のように動かくなった。
三人はゆっくりと草木から身を出した。
「今、私の魔法に反応したわよね」
「あぁ……。魔法だとダメだ。俺が雷の魔導弾で奴を痺れさせるから、そこを二人で一気に畳みかけてくれ」
「そうね。それがいいわね」
「じゃあ、行くぜ」
三人が構えて、俺が魔導銃を向けた瞬間。餌の方から声が聞こえた。
「アリオナ!! やっぱりいたのね!」
そちらの方を振り向くと俺を山小屋で助けてくれたアルムデナがいた。そして、餌に駆け足で近づいて行っている。
「アルムデナ……さん?! は、離れろ!!」
俺が叫ぶと同時に魔物が狙いを定めるような動きを見せる。アルムデナはこっちの声に気付いていない。魔物はめいっぱい地面を蹴っ飛ばし、アルムデナの方へ飛んで行った。
「逃げろっ---!」
俺は絶叫した。魔物の口が大きく開き、笑顔のアルムデナに向かっていく。もうだめだ。
そう思った瞬間、ロサが素早く飛び出しアルムデナを弾き飛ばした。
だが、ロサは魔物から逃れられずに、右足を噛まれてしまった。魔物は乱暴にロサを空中に放り投げ、下で大きな口を開けて待っている。
「させないわよ!」
その魔物に向かってマリタは炎魔法をぶつけた。魔物はギャッとうめき声をあげて、すぐに森の中へと消えてしまった。ロサは魔物が居たところに力なく落ちた。すぐに俺とマリタが駆け寄る。
「おい! ロサ!」
「大丈夫?! ロサ」
ロサはうめき声をあげながら、右足を押さえている。歯型しっかりと残り、青あざになっている。血も出ているが、どちらかという骨を砕かれたようだ。
マリタはすぐに手を当てて、光魔法をかけ始めた。するとロサの険しい顔が和らいできた。痛みが取れているのだろう。
「う、う……」
ロサが小さく呻いた。マリタが魔法をかけながら顔を覗き込む。
「大丈夫? ロサ」
「だ、大丈夫です。ほ、骨は折れたみたいですけど……。く、空中だったのでダメージは軽減されました」
ロサは大丈夫そうだ。周りを見渡し、アルムデナを探す。だが、すでに姿はなかった。
「いないか……」
マリタがロサに魔法をかけながら聞いてくる。
「さっきの女の人?」
「あぁ……。俺を助けてくれた人なんだけど、妹を探しているらしい。だけど……」
「だけど?」
「どうやらその妹は亡くなっているみたいなんだ……」
「そうなのね……。それで妹を見てしまったからって事なのね」
「だろうな。あんな笑顔、初めて見たよ。俺を看病してくれている時も仏頂面だったし、何より表情が暗かった。色々あったんだろう」
「そうね……」
「とりあえず、今日はロサもそんな具合だし、早く村に戻って治療をしよう」
「えぇ。そうしましょう」
ロサを抱えながら、三人はその場を後にして村へと戻った。
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