ロストエタニティ

~異世界シャル・アンテール編~
退会したユーザー ?
退会したユーザー

馴染む

公開日時: 2021年10月2日(土) 22:27
文字数:3,018

 ナイシアス連邦へ行く船は前回と同じように大きな豪華客船だ。旅路は十四日間。かなりの長旅になる。

 今日は魔神の眷属に出会って、全員が何も話さずに割り当てられた部屋に入っていった。余程、ショックだったのだろう。

 俺も荷物を適当に置き、ベッドに身体を投げうった。何だかんだでスプルでの移動は疲労が蓄積する。もう既に夕方。出港を待たずに、心地良い疲れと共に眠りついてしまった。



 窓から入ってくる朝日が顔に当たって、目が覚めた。十時間近く寝ていた事になる。寝過ぎて少し腰が痛い。船は既に昨日の夕方に出港し、窓から見える景色は大海原だ。

 汗も流さずに寝たので身体はベタベタ。共有のシャワーへ行き、眠気と汚れを落とした。そのまま、腹の虫が導くまま食堂へと足を運ぶ。200名は座れるような大きな食堂だ。四~八人掛けのテーブルと椅子が綺麗に配置されている。まだ人はまばらで少ない。窓際の席を見るとジェイド団の面々が神妙な面持ちで集まっていた。


「おはよう。なんだ、随分と早いな」


 つとめて明るく挨拶したが誰からも返事がない。


「なんだよ。まだ昨日の事を気にしてるのか」


 俺は空いている椅子に座った。するとハルトトが大きなため息をした。


「はぁ~……東陽は事の重大さがわかっていないわ。まあ、魔力を感知できないからしょうがないかもしれないけど。アレはとんでもないものよ。みんなはどう感じた?」


 ハルトトが問うとマリタが答えた。


「とにかく計り知れない魔力を感じたわ。雄大過ぎて、何なのかわからなかった。思考が停止するほどの魔力よ」


 続いてファビオが答える。


「だが、恐怖と言うより圧倒された感じだ。恐ろしいというより、デカすぎて何も考えられなくなった。感覚的にはその雄大さに包まれているような……支配されているような……」


 ロサがうんうんと頷きながら


「そ、そうなんです。敵ってよりかは……もっと上から見られているような……そ、そういう存在の一種のように感じました」


 俺は腕組みをしながら、話を聞いていたがよくわからない。敵ではないってことなのか。


「俺は特に何も感じなかった。攻撃してくるならやらなきゃって思っただけだ。なんていうか……アレは危害を食わえてくるものなのか?」


 マリタが頬杖を付きながら


「それすらもわからないわね……私たちをどう見ていたのか、もしかしたら見てもないかもしれない。信じられないくらいの大きなエネルギーは感じたけど、それがこちらに向かっている気はしなかったわ」


「でも、魔神の眷属とかなんだろ?」


「そう思っていたけど……聞いていた話とは少し違う印象だったわね。もっと攻撃的でもっと残忍だと思っていたけど……感情というものが感じられなかったわ。と言うか、意志や意識すらわからなかった」


 それを聞いたハルトトが言う。


「大戦中の話なんて、色々と尾ひれが付くものよ。悪いけど、アレが魔物を率いて襲ってくるイメージはないわ。ただ、漂っているような……そんなイメージの方が的確よ。意志や意識を感じられなかったから、殺意も感じられなかった。何故、あそこにいたのか、あそこで何をしていたのか、どこへ向かうのか……そういうのが全くない、空気のような感じだった」


 その言葉に一様に頷く面々。何だか話が見えてこない。


「うーん……じゃあ、なんでみんなはそんなに悩んでいるんだ?」


 マリタが言う。


「わからないから悩んでいるのよ。あれだけ巨大で強大な魔力を持っているのに、何も感じないなんておかしいわ……」


「確かに得体の知れないものほど、怖いもんはないな……」


「あ……でも、東陽にだけ反応したわね。一瞬だけど、あなたに向かって行ったような……すぐに消えてしまったけど……」


「最後、振り向いた時か? 確かに目は合ったけど、一瞬だったし、何かを感じたわけじゃないな」


「そうよね……とりあえず、ギルドに報告しておくわ」


 マリタが立ち上がるとハルトトが言う。


「それがいいかもね。他に目撃者がいるかどうかも聞いてみて」


「わかったわ」


 そのままマリタはリフォンを持ちながら食堂を出て行った。他のみんなはその間にご飯でも食べようという事で、食堂で好きな食事を取った。

 数分後、マリタが戻ってきた。


「おう。どうだった、マリタ」


「私達だけじゃなかったわ、各地で目撃情報が出ているみたい」


 一気にみんなの顔が変わった。


「同じように魔力を感じたが、何も感じなかったとか、空気のようだったとかの証言が集まっていて、大戦時とは違うものかもという人もいるわ。この件はもうギルド側が動いているから、また出会ったら何もせずに報告が一番いいわね。もし攻撃されてもまずは全力で逃げましょう」


 みんなが静かに頷く。続けてマリタが話を進めた。


「それともう一つ。一応、ギルドに団員募集を出していたんだけど二人から連絡が来たわ。ちょうどナイシアス連邦にいるみたいだから合流しようと思っているけど、いい?」


 マリタの問いにも全員が頷いた。ジェイド団ってアットホームな印象だったが、ちゃんと調査団として活動しようとしているんだな。ウルミ連邦の調査団で戦う奴にも最低登録人数は7名からだし……。俺は魔法は得ていないから出場できないしな。



 話は一旦落ち着き、前と同じように夕飯時に集まると決めて部屋へと戻っていった。

 部屋に戻ると窓からは、陸地の鬱蒼と茂った森林が見えた。その空には鳥か、翼竜かわからないが大きな動物が飛んでいる。たまに所々で火柱が立ったり、風が吹き荒れたり、砂埃が走っているが、アレは魔法だろう。アマゾンのような熱帯雨林で調査しているのか、喧嘩しているのかわからないが人が居る事は確かだ。


 海の方も穏やかではない。時折、クジラより大きな動物が獲物を取って飛び上がったりしている。時折、凄まじい渦が発生したり、津波のような波が立ったりしている。この巨大な豪華客船でなければ瞬く間に飲み込まれてしまうだろう。


 シャル・アンテールにあるものは基本、理由があってこうなっているというのが分かる。意味もなくあるというのがあまりない。文化も感じられるし、進化や歴史も感じられる。もっと異世界って魔法が使えるがゆえに乱暴な感じかと思ったが、ことシャル・アンテールに関しては違うようだ。不可思議なモノでも、考えたり、歴史を知れば、なるほどなって思う事が多い。


 だから、自分がすんなりと馴染めた気がする。もし、千堂がいなくて、現世にも戻れないのなら、魔法を身に付けてシャル・アンテールで過ごしてもいい気がしてきた。


「……現世に帰っても……また悪人を殺す日々だし……」


 でも、誰かがやらなきゃいけない仕事なのだ。現世では既に法外の罪が散見される。それを今までの法律や判例で裁くこと自体、無理というもの。光で対応できないなら、闇で対応するしかない。それが特別事件対策本部という光の中にある闇の組織だ。

 現世に戻り、特別事件対策本部に復帰できれば、また任務にあたるだろう。だが、どこかでシャル・アンテールに残った場合の事も考えなきゃいけないと思い始めた。


 理由は二つ。

 千堂が帰れていない可能性がある事、つまり現世に戻る手段がないかもしれないという事だ。もう一つはシャル・アンテールの住み心地が思ったより良い事だ。このまま魔法を得て、過ごしてても悪くないんじゃないかって思い始めている。


「……住めば都か……よく言ったもんだな……」


 その後、十数日間、優雅な旅は続き、ナイシアス連邦へと着いた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート