ウルミ連邦の中心地、海上都市バブルへ行くには、ここからスプルで約一日。すでに昼を回っているので、途中で野営を挟んでいくようだ。
客船からは半分程度が降りてきた。あとはそのままナイシアス連邦へと向かうのだろう。人の流れに沿って露天商や屋台が立ち並んでいる。
四人はその雑多に並ぶ路上販売と屋台を抜けて、スプルレンタル場へやってきた。マリタが手続きを済ませて、手でOKの合図をする。適当にスプルを選んで荷物を積んだ。全員が乗った事を確認して、海上都市バブルへ向けて進み始めた。
道はすぐに白い砂浜から土へと変わった。道の左右にはヤシの木のような植物が生えており、照りつける日差しを和らげてくれている。やっぱりどことなくリゾート気分だ。道はくねりながらもバブルの方へと向かっている。
ファビオが俺の手綱さばきを見て言ってきた。
「東陽。随分とスプルの扱いが上手くなったな」
「そうか。そりゃ嬉しいね。俺の世界にも似たような動物がいてな。少しだけ乗った事があるんだよ」
とはいえ、大学のサークルで旅行に行った時に、軽い気持ちで寄った乗馬クラブでだけど。身体は覚えているもんだな。
「これは荷物運搬とか移動用のスプルだから乗りやすい」
「そうなんだ。他にはどんなのがいるんだ」
「有名なのはスプルレースのスプルだな。コブはほぼ無く、スピードに特化している」
「へー……コブが無かったら馬みたいだな」
「ウマ?」
「さっき言った似た動物ね」
「そっちだったら乗りにくいぞ。乗り心地は度外視で暴れる馬も多い。レースに勝つために調教されているからな」
「レースで勝つためか……経済動物にされているんだな」
「あとは農耕用のスプルだな。こっちはバカでかく、力が強い。筋骨隆々でスピードは出ないが重い物を運ぶ力は随一だ」
「同じスプルでも、姿形が全く違うんだな」
「あぁ。今、そういう動物や植物などの系統を確立させようとしている調査団もいる」
「へぇー! それは凄いな」
現世では既に何から進化して、何が産まれたというのは当たり前の知識になっている。だが、現世でもコツコツと一つ一つ、こうやって先人たちが切り開いていったんだろう。
特に食に関しては食べられる、食べられないを見極めるのに数十万人レベルで死んだ人達がいるなんて話も聞いた事がある。野菜、きのこ、魚……。身近にあるたくさんの食べられる食物たちは先人たちの死によって選び抜かれた結果なんだろう。
「特にナイシアス連邦ではそういう研究が盛んだ。だから始まりの国って呼ばれたり、学術の都なんて言われ方もしている」
「ハルトトの故郷だよな。なんだかナイシアス連邦は凄い国なんだな」
ナイシアス連邦って言葉に反応してハルトトが会話に入ってきた。ハルトトはマリタと一緒にスプルに乗っている。
「別にそんな凄い国でもないわよ。勉強、勉強ばっかりで。自然を大事にし過ぎて何も作らないし、何も産まない。魔法が無かったら何もできない国よ」
「随分と辛らつだな」
「セロストーク共和国やレイロング王国を見たでしょ。いろんな建造物や魔導具があって確実に技術は進んでいるわ。今行く、ウルミ連邦だってそうよ。あんな凄い建造物作っちゃってさ。ナイシアス連邦はそういうのを毛嫌いして全く発展していないのよ」
「それは……自然に悪いからって事で?」
「知らないわよ。でも、建造物を建てたら自然を害する? 魔道具を使ったら自然を害する? そういう所の議論が全然ないまま、頭ごな
しにダメって言うのが今のナイシアス連邦よ。私には耐えられないわ」
何か……現世でも似たようなところはあるよな。技術推進派と環境保全派で常に分かれている気がする。 色々と互いの理論を発表するが、ほんとに問題ってそこなのだろうかという疑問も多い。そして結局のところ、金がある方に傾いて、金のない方が批判をする。ここでもそんな構図があるみたいだ。
「それで家を飛び出してきたとか? 家出か?」
「そんなわけないでしょ。前にも言ったけど杖を探しにセロストーク共和国に来たのよ。ナイシアス連邦の杖は自然由来の木材ばっかりで飽きていたから。最初はウルミ連邦で杖を探したけど、もっといいものがセロストーク共和国にもあるのかなって思ってね」
「それで全財産スプルレースにつぎ込んだってわけか」
「ほんとに悔しいわ! なんであそこで……!」
「いや……まあ……でも、杖はレイロング王国でも買ったんだろ?」
「あ、そうだそうだ。いい杖なのよ、これは」
そういうとハルトトはスプルに積んでいる荷物から、杖を引き抜いた。
「見て見て。ここに龍の装飾がしてあるのよ!」
ハルトトが杖の上部を指差す。確かにかなり凝った龍の装飾があった。
「おぉ、確かに。これは細かい仕事をしているなぁ」
「でしょー!」
「魔力とかも上がるのか?」
「そういうのはどれも変わらないわね」
「え? そうなの?」
「爆発的にって意味でね。魔導具の杖はわからないけど、杖は魔法の方向性とか集約性を高めるために持つものよ」
現世のゲームのように装備品で大きく能力が変わる事は無いのか。所詮は全て木材や金属。材料によってある程度の違いはあれど、魔力が大きくアップするわけではなさそうだな。
そんなたわいな話をしながら、一日目の野営地に着いた。さすがに慣れたもんで、さっさと用意を済ませて、持ってきたパンをかじりながら夜食を食べ、そのまま就寝をした。
次の日は照り付ける日差しで目が覚めた。暑い……。夏の日差しだ。近くに川も海も無いから水浴びもできない。汗でベトベトのまま、野営地を出発した。
ひたすら進んでいくと、段々と海上都市バブルの全容が見えてくる。薄っすらと建物が空中に建っているように見える。建物は見えるのだが、地面が高い感じだ。とにかく遠目からでは違和感があり、もっと近くで見たい欲求に駆られた。
そのまま進んで夕方くらいになると、やっと海上都市バブルの橋に辿り着いた。橋の大きさは横に二十メートルほど、高さは十メートルくらいだろう。
海上都市バブルは、近くに来れば来るほど、凄まじい建造物で、現世でも似ているものがない。視線の先には、確かに海に浮かぶ無数の島の残骸が見え、そこから柱が何本も出ている。海面より十メートルほど上に作られており、建物で言えば三階程度だろう。透明な床なので海面もキラキラと光を反射している。
スプルは橋の下にあるスプルレンタル屋に返却した。
もうこの海上都市近くは観光客でごった返している。離れないようにみんなで集まって階段を上がっていった。
階段は透明ではないのでスタスタと登れる。登りながら周りを見渡すと数々の島が見えた。どこも透明度の高い海に、白い砂浜、そしてヤシの木に似た植物が生えており、現世の南国チックは否めない。
暖かい気候だとやっぱりこういう風情になるのかな。そんな景色を見ていると……。
「……どうしてもテンションが上がるな」
「なんで?」
マリタが不思議そうに聞いてきた。
「いや、うちらの世界では南国って言ったらリゾートだからな。遊んで飲んでリフレッシュする所だよ」
「そうなんだ。ウルミ連邦はずっとこんな気候よ。暖かくてね。町の人達もエネルギッシュよ」
そう言いながら階段を登り切ると普通の街が広がっていた。違う所は、地面が透明な事くらい。足元には海が見えた。ガラスのような、そうじゃないような……。
ただ、建物の下は透明ではなく、海に影が出来ていた。
「マリタ。何で地面を透明にしてるんだ」
「一応、環境保護よ。海にちゃんと日差しが届くようにってね」
それを聞いたハルトトが入ってきた。
「どうだかねー! あの首相の考える事だから、どうせかっこいいとか派手だからってだけじゃない?」
「それもあるかもね」
マリタはケラケラっと笑った。
ウルミ連邦の首相は相当派手好きのようだ。この海上都市バブルを見ればそれも垣間見れる。
「ウルミ連邦の首相はそんなに有名なのか」
マリタが答える。
「有名よ。いつも上半身裸で、民族の刺青なんかも入っててね。人気も高いわよ。人を惹きつけるオーラがあるんじゃないかしら。いつも豪快に笑って、気軽にみんなによろしくなんて挨拶する人よ」
「へー種族は?」
「フォウマンよ。ウルミ連邦はオウブ大戦時にフォウマンが中心となって作られたから。元々は色んな種族がウルミ島の島々で争いもなく共同生活をしていたわ。でもオウブ大戦の時に魔物に対抗できなくてね。カムチー首相が声をかけ回って、ウルミ連邦を作ったのよ。前にも言ったけど、その後、ウルミ島は魔神により消滅。オウブ大戦が終わった時に、ここの中継地が無くなって大陸同士の交易が上手くいかなくなったのよ。そこで巨大交易都市を作る計画を立ち上げて四ヶ国にお金を出せたってわけ」
「それがこの海上都市バブルか……」
「セリオとかの施設もあって、今や世界で一番の都市国家よ。とりあえず、まずは宿を取りましょう」
「わかった。それにしても凄い人出だな。何か大会してるんだっけ?」
「確かに凄い人だね……。最近まで世界総合魔術大会(マジックカップ)が行われていたと思うけど……。まだやっているのかしら」
マリタがそういうと、近くの人が話しかけてきた。紳士的な服装をしたフォウマンだ。
「知らないのかい? マジックカップは終わったけど、エキシビションマッチがあるんだ」
「え? エキシビションマッチ?」
「あぁ。しかも火の王(キングオブファイヤー)と雷の王(キングオブサンダー)のチーム対決だ。元々予定には無かったが、あの二人は何かと因縁があるからな。カムチー首相が話を付けてチームで戦わせるみたいだぜ」
「セリオでやるんですか」
「あぁ。セリオのランクマッチ専用フィールド『濃縮された世界(コンセントゥレイティドワールド)』でな。時間は夜の七時だ。あと数時間だぞ」
それだけ言うと男はワクワクしながら手を上げて人波に紛れて行った。どことなくテンションが高い人が多い理由はそれだったのか。
「エキシビションマッチだってよ、マリタ。何とかの王と、何とかワールドで戦うとか言ってたけど、わかるか」
「凄い事よ、それって……」
マリタが少し興奮している。よく見るとファビオもハルトトも落ち着きがなくなっている感じだ。なんだかよくわからないがとにかく凄い試合があるようだ。
「何か、みんな興奮し始めているけど……とりあえず宿を探そうか」
そっけない態度の俺にハルトトが噛みついてきた。
「東陽は知らないだろうけど、とんでもない事よ! 宿探しなんて適当でいいわよ! マリタ!ファビオ! 荷物置いて行くから宿は取っておいて! 東陽は一緒に着いてきて! いい席取るわよ!!」
そういうとハルトトは、荷物を置いてピューンっと走り出してしまった。
「あ、おい! 何だよ、あいつ」
マリタの顔を見ると、荷物を置いて行ってと言っていた。よくわからないけど、ハルトトに着いていくために、俺は持っていた荷物を置いてハルトトの後を追った。
人混みをかき分けて、ハルトトに追い付くと、目の前にセリオが見えてきた。建物はコロッセオというよりスタジアムに近く、野球観戦をしに行くみたいだ。出店なども多く、人の種族も様々で賑やかだ。
ハルトトはそんな人混みをものすごいスピードで走り抜けて、チケット売り場へと向かって行った。
「待てよ! ハルトト! 早いって!」
「東陽が遅いのよ!」
チケット売り場を見つけるとすぐにハルトトは並んだ。二十名ほどが並んでいる。俺も追い付き、ハルトトの後ろに並んだ。
「東陽! ちょっと持ち上げて! 前が見えないわ!」
「あ、あぁ」
言われた通りにハルトトを持ち上げる。体重は……言わない方がいいが両手で持てるくらい軽い。ほんとに子供を持ち上げているみたいだ。
先頭の方を見てハルトトが言う。
「何か書いてあるわね……」
「え? う、売り切れか?」
「いえ、スタジアムの席はありますだって!」
「マジか! やったじゃん!」
「やったね!」
ハルトトを降ろし、順番を待つ。どんなものを見るのかわからないけど、イベントごとはやっぱり楽しい。やるのは魔法対決だろう。生で魔法対決を見れるなんて、そうそう経験できないぞ。
十分も並ぶとハルトトの番になった。ハルトトを持ち上げて、受付の人と同じ目線にさせる。ハルトトが話しかけた。
「大人四枚。なるべく前の方でお願い!」
受付の女性はフォウマン。長い黒髪にキリっとした制服を着ていて凛としている。優しい口調で返答する。
「承りました。アリーナ席でよろしいでしょうか」
「アリーナ席?! 空いているの?!」
「はい。ございます」
「じゃあ、アリ……」
席を取ろうとしたハルトトが止まった。怪訝な顔をしている。
「どうした?」
「……おかしくない? これだけ騒いでいるエキシビションマッチでアリーナ席が空いているなんて……」
「うーん、確かに。高いとか?」
ハルトトは受付に向き直った。
「アリーナ席って高いの?」
「五万バルです」
「普通だわ。なんでアリーナ席が空いているの?」
「新しくできたバブルビジョン席が大人気です」
「バブルビジョン?」
「はい。世界初、リアルタイムで映像をお届けするパネルでございます」
「どういう事?」
「セリオにたくさん設置された球型の魔力集約装置から、その現場から発している光を観測します。それを鏡のように魔力で遠く離れた場所へと送りますと、その場で起きている事が見れるという画期的な魔道具でございます」
「え? え? 何? 遠くで見れる?」
ハルトトが驚くのも無理はない。これは現世で言うところのオーロラビジョンだ。
テレビのないこの世界では遠く離れた所が見れるなんて理解しがたいことだろう。電波で行う事も魔力で応用できるのなら、ほんとに魔力は使い方次第だってことだな。その内……インターネットみたいなものも魔力で行われたりしそうだ。
受付の人は更に続ける。
「本日のエキシビションマッチで初めて稼働させます。そのため、生で見るよりそちらの方が売れております。第二会場で見られますが、既にソールドアウトです」
「何かよくわからないから、アリーナ席でいいわ。四枚ちょうだい!」
「はい、ありがとうございます。では、アリーナ席ですね」
ハルトトが受付にお金を払って、チケットをもらう。そのままハルトトと一緒にセリオに向かった。
セリオの入口はスタジアムのように入口が沢山ある。上の席には、階段を登って、下の席には階段を下がって入っていく。今回は、アリーナ席なので下から入るが、一旦マリタたちに連絡をすることになった。
ハルトトがリフォンでマリタに繋ぐ。
「あ、マリタ? アリーナ席ゲットしたよ! え? そんなことするわけないでしょ。何か新しいものが出来たとかでそっちに人が流れているんだって。このビッグマッチもそれのデモンストレーションかもね。うん……うん……わかった。じゃあ、待っているね」
リフォンをしまうハルトト。
「マリタは何だって?」
「こっちに来るって。宿も取れたみたい。そこら辺で待ちましょうか」
そういうとハルトトは空いているベンチに飛び乗り、腰かけた。その隣に俺も座る。
人が行き交う姿を見ていると、現世を思い出す。ただ、ここでは色んな種族がいるから、現世の風景とは違うのだが、何かがリンクするのだろう。
「嫌だねぇ……俺もおっさんになってきたって事か」
「え? なに?」
「いや、何でもないよ」
俺たちはただ、何となく、ただ、行き交う人を見て、マリタたちを待った。それは何故か、自分がシャル・アンテールに馴染んだ感じがした。
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