ロストエタニティ

~異世界シャル・アンテール編~
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二人の最愛の人

公開日時: 2020年11月7日(土) 18:48
文字数:5,640

 軍舎を飛び出した俺を、マリタたち三人が追ってくる。だが、振り向いている暇はない。ノエルが向かったハンスの家へと走った。

 ノエルが何を考えているのかはわからない。だが、あいつがこの事件の中心にいる事は確かだ。


 ――これか? これが刑事の勘って奴か?

 ――俺もいよいよ……

 ――染まってきたな……


 そんな感傷に浸りながら走っていると、ハンスの家へと到着した。弾ませた息のままハンスの家へと入っていく。

 扉の鍵は開いていた、ノエルたちが先着しているからだろう。中に入ると、ノエルと一緒にいた隊士たちが居た。


「おい、ノエルはどこだ」


「え?」


 隊士の男、一人を捕まえて聞く。隊士は驚いた様子を見せつつも。


「さっき、ハンスと一緒に外に出て行きましたよ。何かを確認するとかで」


「何かってなんだ? どこへいった」


「わからないけど……近くじゃないかな」


「くそっ!」


 俺はハンスの家を飛び出した。そこでマリタとファビオに合う。二人とも、肩で息をしている。ハルトトは遅れているようだ。


「ちょっと! 早いわよ! 東陽!」


 息を弾ませながらマリタが言う。


「一歩遅かった。ノエルがハンスを連れてどこかに消えた。俺は岸辺の方を、みんなはハンスの家の裏手と家のある方を探してくれ。見つけたらリフォンで連絡を」


「わかったわ」


 マリタとファビオはハンスの家へ入っていった。

 俺は岸辺に向かい、村の入り口近くにあるローガーさんがいる管理棟に着いた。その近辺から、村の奥へと走って探したが、思ったより人が多く、こっちに連れてきて何かするというのは考えられなかった。半分も行かない内に足を止めた。


 ――違うな、ここじゃない。

 ――人が居ない所だ

 ――村の外か?


 岸辺を走り、村の入口へ向かう。入口は、柵とゲートがある程度であとは外へ続く道があるだけだ。村の外を見渡す。真ん中に道があり、草木は整理されている。両脇は森林だ。湖の方は山へと続いており、湖との接地面は崖にもなっている。


 ――ここを歩いていたら一発でわかる。

 ――道から外れた所か……

 ――森林の中か……


 道の両脇を丹念に調べる。草木が折れ曲がっていたり、足跡を探すが見つからない。百メートル近く進んで、折り返しながらもう一度見てみるがそういうのはなかった。

 村の入口に戻ってきて、ふと柵に手を置くとその下に踏みつぶされた草が見えた。柵沿いは草が生えにくくなっているが、うっすらと踏んだ足跡がある。


 ――いた! 見つけたぞ!


 その足跡を追うと湖の崖の方へと続いている。ゆっくりと銃を抜き、その足跡を追った。少し崖を登った所にノエルとハンスを見つけた。ノエルがハンスを後ろに立って、ザーノンの乗り場を見渡している。何かを話しているようだが、聞こえない。一旦、リフォンを取り出し、小声でマリタに連絡をする。


「マリタ、見つけた。入口から湖の方面、崖の上だ。ハルトトにも連絡を」


「わかったわ、すぐに向かう」


 すぐにリフォンを切って、岩場に隠れながら近付く。すると二人の会話が聞こえてきた。


「お前の犯した罪は、『死』でしか償えないんだよ、ハンス」


「な、な、なんで……なんでこんなことをするんだ……」


 ハンスは酷く怯えている。両手を後ろに縛られ、身動きが取れないようだ。胸にアンチマジックの魔道具も見える。


「どうだった? 愛する人を失った感想は」


「……そんなの……頭がおかしくなりそうだ……悲しいなんてもんじゃない……」


「そうだろ……その悲しみをお前は俺にくれたんだよ」


「えっ……」


「三年前、リガーニに食い殺された女性は……俺の! 最愛の人だった!」


 ノエルの身体から凄まじい怒気が発せられた。身体を震わせ、拳は強く握られている。ハンスは声を震わせながら答えた。


「ま、まさか……あの時の……」


「そうだ! お前らがあんな所で遊んだから! そして、柵を開けっ放しにしたから! 逃げ出したリガーニが俺の彼女を食い殺したんだ!」


 ハンスの顔が固まる。思い当たる節があるみたいだ。ゆっくりと膝をつき、項垂れるハンス。それを怒りに満ちた目で見降ろすノエル。


「後ろから襲われ、魔法も何も使う暇なんてなかったよ……そのままリガーニの群れの中に連れていかれて一瞬で八つ裂きだった……」


「……」


「……お前は『俺の全て』と思っていた人を奪った。一瞬でな!」


「……なんて……ことを……す、すまない……」


「今更だ、もう戻らない。俺の彼女も、お前のユッカもな!」


 ノエルの右腕が炎に包まれる。


「お前にも味合わせてやりかった。最愛の人を失う悲しみをな。そして、これで終わりだ。何もかもな」


「ち、違うんだ!」


「なにがだ!」


「遊んでいたわけじゃないんだ……ユッカのためにリガーニの背中に生えるという苔を取りに行ったんだ……」


「?!……」


「だ、だけど、一匹も生えていなくて……す、すまない……ほんとうに……」


 ハンスが力なく頭を下げた。だが、ノエルの表情は変わらない。


「……もう何だっていい事だよ、どういう理由であれ……。俺の彼女は消えて、お前のユッカは殺した。お前は殺す! これは復讐だ!」


 ノエルが炎をまとった右腕をハンスに向かって振り上げた瞬間、俺は撃鉄を引きながらノエルの後頭部に銃口を置いた。


「おっと……そこまでだ、ノエル。腕を下ろせ」


「……?! その声は東陽か……」


「腕を下ろせ」


「銃か……」


「早く下ろせ」


「ふっ……」


 ノエルは腕から炎を消し、腕を下ろした。


「よしよし……」


 俺が気を一瞬緩めた瞬間、足元の地面に亀裂が入った。バランスを大きく崩した俺は、後ろに倒れた。


「いてっ……ちっ……」


 立ち上がろうとする俺をノエルが蹴り上げる。顔面を蹴り上げられ、更に後ろにぶっ飛んだ。鼻から血が噴き出る。


「邪魔をするな!」


 ノエルは地面を片足でパンと踏みつけると、俺の背中の地面が盛り上がり、羽子板で打たれるようにノエルの方に吹っ飛ばされた。


「うぉ!」


 そこへノエルのパンチがヒット。また、ぶっ飛ばされた。更に、もう一度同じように地面が盛り上がり、ノエルの方に吹っ飛ばされる。今度は蹴り飛ばされた。


「ごふ……」


 もんどりうって倒れた。魔法を使えないから感知もできない。大地の魔法で全身を強く打たれ、ノエルにはフルスイングでパンチとキックをもらった。さすがにダメージは甚大だ。


「ちくしょう……いてぇ……」


 ゆっくりと立ち上がるが、噴き出す鼻血と全身の痛みで思うように体が動かない。

 ノエルはそれを見て、魔法を唱え始めた。前に構えた手に炎が集まる。


 ――やべぇ、アレを食らったらマジで死ぬんじゃ……


 周りを見渡すが、すぐに隠れそうなところはない。


「死ね!」


 ノエルは槍のような炎を飛ばしてきた。何とか身体を動かそうとするが、炎の槍のスピードは速く、間に合わない。


「くっ……!」


 突き刺さる瞬間!


 俺の目の前に氷の壁が出てきて、炎の槍を弾き返した。


「東陽!」


 ハルトトが俺と同じように崖を上がってきて、間に合ってくれた。


「ハルトト……わりぃ、助かった」


「また、ボコボコにやられているじゃないの!」


 またって言うな。


「どこに行ってたんだ? 一体」


「そんな事より、ノエルを止めるよ!」


「あぁ」


 二人はノエルと対峙する。だが、余裕たっぷりにニヤリと笑うノエル。


「わかっていないな、君たちは」


「何がだ」


「私の目的は……!」


 そういうとノエルは振り返り、ハンスに右腕を振り上げた。


「彼を殺すことだ!」


 ふっ飛ばされて距離が空いた東陽と、魔法を警戒したハルトトでは、間に合わない。

 ハンスの身体にノエルの腕が当たる瞬間、どこからか飛び出してきた男がノエルに体当たりした。


「ごふぅ!」


 ノエルは吹っ飛んだ。男は槍を構えてハンスの前に立つ。その姿は見覚えのある仲間だ。


「ファビオ……」


「ボコボコだな、東陽……マリタも来てる」


 ファビオがあごでマリタの方を指した。マリタは既に魔法を詠唱し、光の輪をノエルにぶつけた。その光の輪はノエルを縛り上げて、拘束する。


「ぐっ……くそ……くそぉ!」


「これで終わりよ、ノエル。その輪は詠唱に時間がかかるけど、私が解かない限り、破れる事はないわ」


 ノエルは光の輪を取ろうともがくが、取れない。魔法を使って何とかしようとするが、光の環が魔法の力を抑え込んでいるようだ。


「その輪は、魔法を使おうとするとそれを吸い取ってより強力に締め付けるわよ」


「ふん……俺がどうやってユッカを殺したのか、知らないようだな」


 そういうとノエルは光の輪に更に強力な魔力を吸収させた。光の環はより強く、大きくなり、ノエルの身体を締め付ける。


「止めなさい! あなたが死ぬわよ!」


「うぉおおおおお!」


 強烈な魔力を吸収した光の環は大きく膨らみ破裂した。破裂した光の輪は離散し、周りの木や岩を破壊した。その一部がマリタに当たった。


「キャッ……」


 マリタはその場で気を失ってしまった。


「マリタ!」


 ファビオが叫んでマリタに向かった。頭から血が出ているが、重症ではなさそうだ。ファビオがマリタを抱きかかえて安全な場所に移動する。ノエルは全身の至る所を骨折したり流血しているが、魔法は使えるようだ。


「フフ……ハンスを……殺すだけの力が残って……いれば……それでいい……」


 ノエルはハンスに向き直った。


「ふふ……ハハハ! これで終わりだ!」


 ノエルが魔法をハンスに向けて放とうする。

 その直前、またノエルを光の環が包んだ。


「なに?!」


 ハルトトがノエルに光の環をかけていた。だが、今回は内側に棘がある。


「バ、バカな……こんなに早く……」


「マリタは優し過ぎるのよね……」


 ハルトトはマリタが長く詠唱をした魔法を即時に放った。よく見るとハルトトの身体には模様が浮き出ている。


「魔刻紋(まこくもん)……禁止されていないけど、受け入れられてもないわ。一時的だけど飛躍的に魔力を高める事ができるのよ。マリタが気絶してくれて良かったわ。知ったら怒られるちゃうかもね」


 魔力の無い俺が、ハルトトの魔力が増幅しているのを感じる。とてつもないプレッシャーだ。腕や顔、見えないが身体にもファイヤーパターンと魔法陣のような模様が浮き出ている。


「よくも、マリタを攻撃したわね。さあ、さっきのように抜けてみなさい。痛みで気絶するのが先か、失血で気絶するのが先か、試してみなさい」


「くそぉぉぉぉ……」


 ノエルは魔力で破壊を試みるが、棘が身体に刺さって思うように集中できない。血反吐を吐きながら、倒れ込んだ。


「頑張るわね。でも、即死しないと何度でも治療して生き返らせるわよ。そうならないように棘はあなたの急所を外して配置してあるけどね」


 ハルトトの目が邪悪に光る。身体の魔刻紋が魔力を増幅して、凄まじいオーラを放っている。

 自己中心的だが、仲間がやられるとここまで怒る奴なんだな。

 ノエルはその言葉を聞き、逃れられないと観念したように大人しくなった。



 その後、フレンツさんに連絡をして、治安維持部隊に来てもらった。ノエル、ハンス含め、ジェイド団も一緒に軍舎へと行くことになる。そこで、事の経緯について話をした。


 発端は、三年前のリガーニの事件だった。

 ハンスとユッカは、ユッカの虚弱体質を治すために色々と試していた。そんな時にどこからかリガーニの苔の噂を聞きつけた。二人は、夜に柵を乗り越えてリガーニを見に行ったが、苔は見つからずに、退散する。その時に、柵のカギをかけ忘れてしまう。

 その後、ノエルと恋人は柵近くを歩いていた。柵から出てきたリガーニはノエルの恋人を背後から襲い、一瞬にして八つ裂きにされてしまった。


 ノエルは怒りと悲しみを持って、治安維持部隊に入り、独自で調査。あの時、鍵をかけ忘れた犯人がハンスとユッカだと突き止めた。

 そして、頃合いを見てハンスに愛する人を失う悲しみを体験させて、殺すつもりだった。


 誤算は、実行した際にジェイド団が捜査に協力した事だ。最初は毒物は見つからなかったという動機付けにしようとしていたみたいだが、より深く関わってきて目障りになっていった。

 本当は、もう少しハンスの様子を見たかっただろうが、早めに事を仕掛けた感じだ。


 ノエルも……ハンスも……


 二人とも、愛する人を失った、悲しい事件だった。



 フレンツさんは正式にハンスを釈放、ノエルはセロストーク共和国に送り、裁判にかけるように手配した。


 ジェイド団は、軍舎でフレンツさんに光魔法をかけてもらい、俺とマリタの傷も回復した。そのまま報酬を受け取り、宿舎に戻ることになった。


 一段落したら、ジェイド団全員で食堂に集まった。マリタは頭に包帯を巻いているが、傷はほぼなくなっているようだ。明日には取れるという話だ。


「みんな、揃ったわね」


 全員が頷く。


「今回の件、東陽頑張ったわね。助かったわ」


「いやいや。最後はみんなに助けてもらったよ」


「さすがケイサツなだけあるわ」


 ――わかってないやろ


「これで一応ギルドでの評判も上がり、色々な相談も増えてくるからね」


「はーい、報酬も上がるねー」


 ハルトトがニシシって笑いながら言う。


「そういえば、ハルトト。魔刻紋、使ったわね?」


 マリタの目が厳しくなり、ハルトトがドキッとする。


「だ、だれよ! 告げ口したのは!」


「告げ口じゃないわ、意識は戻っていたのよ。ファビオが揺らすから」


「あ、あの場合はしょうがなかったのよ!」


「まあ、ノエルは赤魔導士としても優秀な人みたいだったからね。まともにやったらこっちが危なかったもしれない」


「で、でしょー!」


「けど! 魔刻紋はまだ実験段階でしょう。どんな症状が身体に出るかわからないわ。極力使わないようにね、ハルトト」


「は、はい……」


 ――魔刻紋ってそんな副作用があるんだ……確かにあの時のプレッシャーは凄かった、反動があってもおかしくないな……


「それと明日は朝からザーノンに乗ってレイロング王国に行くわよ。その前にファビオから話があるから聞いてちょうだい」


 呼ばれたファビオが深刻な顔をして話し始めた。


「ちょっと長くなるが、聞いてほしい……。俺の生い立ちとマリタと出会う前、何故ウルミ連邦に居たのかを……」


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