ファビオと二人でシュロー川沿いに生えている森の中を五時間歩く。この辺りは、セロストーク共和国よりやや湿度が低い。茂ってはいるが、セロストーク共和国とは植物も違いそうだ。聞こえてくる獣や魔物の合唱も若干違う気がする。生い茂る草は自然そのもので乱雑に生えていて、槍や棒なので倒しながら進んでいた。
そろそろ五時間くらいは進んだと思うが……。
「おい、ファビオ、まだか」
「……まだだな」
草木が邪魔をしてなかなか前に進めていないのはわかる。その宿舎には誰も通っていないのだろう。その方が今回は都合がいいが、それにしても過酷な道だ。
「これ、一日で着けないんじゃないか」
「……かもな」
認めやがったよ……。全然進めてないしな。
「あとどれくらいってわかるのか」
「川沿いに進めばわかるのだが……」
「ここから川は見えないぞ」
「半分……くらいかな……」
「わかってないな、ファビオ」
頭をかくファビオ。どうやら隠れながら進むのに森の中を選んだが、思ったより困難で方向もわからなくなっていたようだ。
「じゃあ、さっき戦いがあった広場は俺らの後ろだ。あそこからはどうなる?」
ファビオは思い出したかのように頷いた。
「あそこからは東だ。だからここから左だな」
「ほんとかよ。西の川を目指した方がいいんじゃないか?」
「いや、大丈夫だ」
大丈夫じゃないから、今迷ってんだろ……
「まあ、野営でも構わないけど。方向だけでも確認しておきたいよな。高い所はないのか」
「あそこが高そうだ」
ファビオの指差す先に大きい岩がある。
「十分だね、登ろう」
二人してその岩に登ると、カルタス城が見えた。って事はその下が川って事になる。
「どうだ、ファビオ。わかるか」
「あぁ。あそこがカルタス城なら、宿舎はあっちだ」
「どれくらい来てる」
「半分……」
「まだ半分か」
「……の半分」
「え?」
「……くらいだ」
「半分の半分って1/4か?」
「いあ、もう少し来てる」
「大して変わらんやろ、それ……もう野営だな」
やれやれとした気持ちで岩を降りると、どこからともなく笛の音が聞こえてきた。
「……笛? 誰かいるのか」
「こんな所に……軍隊の連中か」
「だとしたらやばいな……どこからだ」
「……あっちか」
ファビオの長い耳がぴくぴく動いている。バルト族は聴覚も優秀なのかな。
二人は静かに近づいていくと、獣だか、魔物だかの鳴き声も聞こえてくる。笛の音と一緒に歌っているように鳴いているようだ。
もう少し近付いていくと、その姿を捉えることができた。若いフォウマンで中肉中背。ホースブランケットをアウターにしてオカリナみたいな笛を吹いている。
真ん中で焚火を起こし、周りには獣や鳥たちが集まっていた。
「……軍に所属している感じではないな」
「そうだな……吟遊詩人か」
「吟遊詩人? へーいるんだな、やっぱ」
二人は一息ついて、その男に近付いて行った。獣や鳥たちは俺らの気配に気付くと散り散りになって森へと消えていった。
その姿を悲しそうに見つめる吟遊詩人。ファビオが話しかけた。
「失礼。こんな所で何をしている」
「……軍人さん?」
「いや」
「野営だよ。今日はちょっと疲れたからね。ここで一休みさ」
そういうと吟遊詩人はオカリナみたいな笛をポケットにしまった。
「ここは魔物も獣も出てくるから危ないぞ」
「大丈夫、みんな友達だ。君たちこそ、こんな森の中で何を?」
「……同じだ、野営だ」
「なんだ、じゃあ一緒にどう?」
ファビオと顔を見合わす。悪い奴ではなさそうだ。俺はいいよって意味で頷いた。ファビオも頷く。
「そうだな」
「良かった。自然や動物と一緒も楽しいけどたまには人ととも話さなきゃね。僕の名前はてる」
「テル?」
「そう。てるちゃん」
「テル……テルチャン?」
いや、違うだろ。ファビオ。『てるちゃん』だろ。
「あはは! いいよ、テルテルチャンで」
「俺はファビオ。こっちは東陽だ」
「よろしく、ファビオ、東陽」
俺はてるちゃんに会釈した。
「よろしく、てるちゃん。その笛は何ていうんだ?」
「あぁ~これはリカナオだよ。セロストーク共和国に伝わる伝統的な楽器だね」
つまり、笛だな。結局はオカリナだな。
「吟遊詩人なのか?」
「まあ、そうだね。諸国を旅しながらってわけじゃないけど、自然と動物が好きでね。こうやって囲まれる所に来ては、笛を吹いて聞かせているよ」
ファビオと東陽は焚き火の周りに座った。まだ、点けたばかりで火の勢いが強い。
「動物もいれば魔物もいるだろう。襲われたりはしないのか」
「魔物もこの笛の音でおとなしくさせるのさ。動物より魔力が強い魔物の方がかかりやすいんだ」
「凄いんだな、その笛。魔導具とか?」
「魔道具って程でもないけど、トワイコンは入っているよ。だから、音色には魔力が入っている。長く聞けば心もハッピー、穏やかになって平和が訪れるのさ」
心から戦いを避ける吟遊詩人。こういう魔力の使い方もあるんだな。
「ま、とりあえずは飯でも作りますか。ファビオ、食料の調達に行こうぜ」
「あ、ちょっと待って」
てるちゃんが俺らを制した。
「ん?」
てるちゃんは、棒で焚き火の中を少し掻きまわすとこんがりと焼かれたラッタ(うさぎ)が出てきた。ファビオがのぞき込む。
「ラッタか。捕まえたのか」
「殺生は好きじゃない。鳥に襲われて重傷を負って死んでしまったんだ」
「そうか」
「男三人じゃ少し少ないかもだけどみんなで食べよう」
てるちゃんは屈託のない顔で笑った。その笑顔だけで優しい人なんだって思えた。ラッタの肉を見ると脂身が少なく、赤身が多い。こってりとはしてないようだ。
「俺が料理するから。そのままで」
「料理?」
「あぁ。ファビオ、カバンを取ってくれ」
ファビオからかばんをもらって、中身を見る。調味料の他に保存用の肉や野菜なども入っていた。だが、漬け込んであったりしているので、使えるのは芋くらいだ。また、レモンとオレンジの間くらいの大きさで薄いオレンジ色をした果物もあった。
「ファビオ、これは?」
「それはパジェリだ」
あぁ……初日の野営でワインの材料になっている奴か。これは酸味もあるから使えるかも。
「そういえば、初日で食べたスープに入っていた、この芋や豆って名前があるのか?」
「芋? 豆? あぁ、それはタロテト。小さいのはカルンズだ」
「じゃあ、これを使わせてもらうわ。あと緑のフレッシュなのが欲しいなぁ……。この辺で食べれる野草はない?」
「あるぞ。ちょっと待っていろ」
そういうとファビオはそこら辺をグルグル回り始めた。何個か草をつまんでこっちにもってきた。
「これは?」
「ホウルクという野草だ。そのままでもお湯に通してでも食べれるぞ」
見た目はほうれん草だが少しちぢれなどが多い。野性味が溢れる感じだ。手に取って香りを嗅いでみるが、刺激臭などは感じないから平気だろう。そのままでもいけるなら、このまま行こう。
「ありがとう。じゃあ、ちょっと作るわ」
ホウルクを手際よくサラダにする。芋はフライドポテトだな。細かく切って油で揚げる。そして塩を振って出来上がりだ。
ウサギの肉は足を切り離し、一番おいしい所は二人に食べてもらい事にして、俺の分は胸にした。軽く味を付けようとした時にてるちゃんが何かを手渡してきた。
「これ、使ってよ」
「?? なんだい? これ」
「野営が長いと楽しみは笛と食事くらいしかなくてね。何にでも合う僕のお手製スパイスさ」
小さいな瓶に入ったスパイスをもらって、開けてにおいを嗅いでみる。複雑な香りがするが現世にも似た香りがある。ガーリックにバジル、コリアンダー、オレガノなどなど……。こんなのがシャル・アンテールにもあったんだな。今度、市場でスパイスも買ってもらおう。
「これはいいね! 最高だよ、てるちゃん!」
てるちゃんはニコって笑ってその賞賛を受け止めた。このスパイスがあれば、うさぎ肉はより美味しくなる。サラダのドレッシング用にこのスパイスと油、パジェリを絞って入れる。肉にもパパっと振りかけて、作った副菜を木皿に乗せたら出来上がりだ。
「できたよ。ローストラッタ、副菜付きだ」
ファビオ、てるちゃんは覗き込むように料理を見ている。その料理のサラダにドレッシングをかける。
「こうやって、これをかけて食べてみな」
二人はフォークを持ち、サラダを口に運んだ。嫌みや臭みのないホウルクは、ドレッシングの味をダイレクトに伝えた。複雑なスパイスが口の中に広がり、パジェリがすっきりさせてくれる。てるちゃんが吠えた。
「美味い! 美味い!」
「そうか? 良かったよ」
「僕のスパイス最高だ!」
そっちか……まあ、確かにてるちゃんスパイスは美味しい。
ファビオは相変わらずに、肉を口に入れて、目をつむって天を仰いでいる。美味い証拠だな。
そのままみんな、肉に食らいつく。ラッタの肉は思ったより柔らかい。もう少し筋張ったものかと思ったが、肉の旨味がしっかりしている。脂身が少なく、鳥肉のような味わいだ。それにこのスパイスが実に良く合う。しょっぱさ、ハーブの香りが絶妙だ。思わず声に出た。
「てるちゃんスパイス、美味い!」
「いいでしょ!」
「もうこれで売っちゃえば? 絶対売れるよ」
「いや~……どうだかねー」
あれ? 思ったより乗り気じゃないな。この世界の事はよくわからないから何とも言えないけど……簡単に売れないのかな。市場とか適当に売ってそうだけどな……。
ファビオの方を見ると、相変わらず天を見上げながら味わっている。あれはあれでいいのかもしれないな。
更にある野菜と肉はすぐに無くなってしまった。美味い料理というのは、あと少し食べたいと思う量が重要だ。
「それにしても東陽。サラダにかけたオイルみたいな奴は美味しかったね」
「あぁ、ドレッシングな。簡単だよ。オイルと酸っぱいもんと味の主役になるのがあればいつでもできる。今回の主役はてるちゃんスパイスだったけどな」
「ドレッシングっていうんだ。そっちの方が売れそうだな」
「俺も市販のドレッシングはあんまり買わなかったな。醤油とゴマ油、サラダ油にニンニク、少しの砂糖を入れてシェイクすれば出来上がり。味の素や白ごまを入れるとより深みが増すよ」
「え? な、なに?」
あ、やばい。勢いに任せて現世の記憶が出てきた。自分で作っていた特製ドレッシングは現世で評判良かったから教えてやろうって思ってしまった。
「いや、何でもない、何でもない」
「東陽は不思議な人だね。生まれはどこ?」
「あー……セロストーク……かな」
「そうなんだ。僕はヒアマ」
「お? ヒアマ? あ、さっきのマサムネ?」
「ハハハ。そうだね、星の十傑のマサムネさんがいる国だよ」
「おぉ……あの、ヒアマには侍がいるってホント?」
「ほんとだよ」
マジか……異世界じゃないのか……
頭の中に日本の情景が浮かぶ。ヒアマが日本だという証拠が欲しくなり、てるちゃんに矢継ぎ早に質問を浴びせた。
「侍ってあの刀? 刀を差している?」
「うん、ヒアマ刀を差しているよ」
「頭は、あのあれ。あのちょんまげ?」
「ちょんまげっていうのがよくわからないけど……僕みたいな髪な人もいるよ」
てるちゃんの髪は髷を結っている感じでもない。少しくせ毛だが、短くまとまっている。
「あ、じゃあ……えーっと……に、忍者は?!」
「忍者はいるよ。ヒアマの部隊は侍と忍者が主力だよ」
「主食はご飯?」
「そうだね、世界で一番田んぼがある国だよ」
「あ、城は? 城とかあるでしょ?」
「もちろん」
「あとはなんだ……ビルは?」
「びる?」
「そう! でかい建物!」
「一番大きい建物は城だよ。首都セントにあるヒアマ城」
ど、どういう事だ……日本ではない? 刀があって、侍と忍者が居て……。合致する所と合致しない所がある。現世の日本ではなく、昔の日本って感じだ。ダメだ、頭が混乱してきた。
「あの、その……なんだ……日本なのか?」
「え? ヒアマだよ、ヒアマ国」
「ヒアマって何……」
「何って……国だよ。ここのレイロング王国と同じ。調査団もいるし」
「調査団もいるのか」
「ヒアマ国もシャル・アンテール調査協定に入っているからね。特にオウブ大戦で活躍した兵士たちの多くは調査団になっているよ。元何組~とか、みんな言ってる」
「組?」
「ヒアマ国の軍隊は蜻蛉組とか雀蜂組とかって名前だったんだよ」
「あ~レイロング王国だと赤龍騎士団とかって感じか」
「そうそう。セロストーク共和国だと領土防衛隊とか陸軍、海軍とかね。調査団同士でいざこざもあるみたいで、何組だったかでマウントを取るみたい、あはは」
「どこも似たようなもんだな……その軍隊崩れが調査団に?」
「そうだね。でも最近、軍隊出身じゃない調査団が凄い勢いで名を上げているよ」
「へぇー」
「シバ団って所。討伐、伐採、採掘と何でもこなすオールマイティーな活躍をしている」
「伐採、採掘って……まあ、そっちの方が調査団の本質なんだろうけど……。他にヒアマってどんな感じなんだ?」
「どんな感じって言われてもなぁ……オウブ参りに行ってないの?」
「今、その途中だ」
俺はオウブの洗礼は受けてないけど……
「じゃあ、この後はナイシアス連邦、ヒアマ国って感じなら一か月後には自分の目で確かめられるんじゃないかな」
確かに……少しでも情報がほしいという気持ちが溢れたな。ヒアマって国は、日本とダブっている。もしかしたら、現世との繋がりもあるかもしれない。そういう期待をどっかでしているから、情報を得ようとしてしまった。
「いやー悪かった、てるちゃん」
「いえいえ。でも、今のヒアマ国はよく知らないんだ。こうやって野営ばかりしてるからね。だから話半分で聞いてくれ」
「てるちゃんは次、どこに行くんだ?」
「うーん……とりあえずはレイロング王国をぶらりかな。適当に野営して、適当に街に戻ったりしてね。目的とかはないけど、自然と触れている事が今の僕には大事かな」
「そっか」
今、一番ハマっている事をできる世界。そんな気がした。
社会が未成熟な分、自由もある。もちろん危険と引き換えに……。
こんな森の中で焚き火を囲んでいるが、それはファビオがいるから俺は安心している。
ここには人を殺す獣や魔物が普通にいる。それをあの笛一つでというのはさすがに無理があるだろう。もちろん魔法も使えるんだろうが、不意をつかれれば魔法もクソもない。
もしかしたら、その危険さえも楽しんでいるのかもしれないが……。
その後、焚火を囲みながら色々と話した。日が沈む前に、ファビオが風のテントを出して、みんなで中に入った。ほんとに便利な魔道具だ。
パジェリの酒も少し飲み、そのままみんなで就寝した。
次の日、朝目覚めるとてるちゃんはもういなかった。自由な吟遊詩人っぽくていいなぁ。
二人は荷物をまとめて宿舎へと向かう。
「ファビオ、今日は頼むぜ」
「もう方向はわかっている。こっちだ」
「そう言って昨日はダメだったんだろ。ったく」
朝日が優しい。二人はその中を歩き始めた。
てるちゃんのように自由で優しい風が吹いたような気がした。
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