野営地で目が覚め、そのままみんなで水浴びに出かけた。いつもの朝の光景だ。朝の水浴びは最高に寒く、最高に気持ちがいい。
さっさと荷物をまとめて、スプルに跨り、ランボヴィル港に向けて出発した。
特に問題もなく旅路は進み、数時間後にはランボヴィル港に到着した。ここはかなり大きな港町となっており、レイロング王国の貿易の要となっているので発展が著しい。貿易の主な輸出物は豊富な木材だ。俺とファビオが泊った黒龍騎士団の宿舎もあったワルデマール森林は、更に東に膨大に拡がっている。また、生えているトルレルという木は成長が早く、密度が高く、保存性が高いので建築資材としては最高の木材とされている。その他、生えている樹木たちは現世より圧倒的に成長が早い。魔力が満ちている事と関係しているのかは定かではないが、もし現世にあったら森林伐採の問題なんて吹き飛びそうだ。
いや……そうでもないか……。人間は愚かで欲望が底知れない。あったらあったで、また違う形で問題を起こすのだろうな。
つまり、どんなに便利なモノ、どんなに凄いモノを作っても、何かを壊すほど発展しないと気が済まない。シャル・アンテールに来て、自分が自分の星、地球に対して何一つ向き合っていない事に気が付いた。
何か……違うよな……。環境問題って……何かを削減、何かを減らすとかじゃなく……そこじゃない気がして……。
もっと一人一人地球に慈しみ、優しく接する心から育てないといけないんじゃないのか……このシャル・アンテールに生きる人々みたいに……。
そんなことを考えながら港町を通り抜け、船着き場へと歩いて行った。途中でスプルをスプルを扱う業者に戻し、水産市場のような所を抜けていった。ハルトトが目をランランとさせて、ホンビノス貝みたいな貝を見ている。
「ねぇねぇ。東陽は魚とかも捌けるの? この貝とかも料理できる?」
「できるけど、船の上だろ? 保存が効かないから今日の夜だぞ、食べるのは」
「いいよ、いいよ。おいちゃん! このピーノ貝ちょうだい!」
ハルトトは店の人に話しかけて、ピーノ貝とやらを二十個くらい買った。さすがに重そうだ。
「ちょっと買い過ぎじゃないのか、ハルトト」
「いつも十個くらいはペロリよ!」
「あ、そう……いつもはどんな感じにして食べるんだ?」
「大体、焼いて食べるわね」
「それが一番おいしいんじゃないかな」
「他に料理できないの?」
「できるけど……」
酒蒸しにしたって、日本酒に似た酒が必要だし、バター醤油にしたってバターと醤油が必要だ。ありそうでなさそうだしな……。
会話を聞いていたファビオが入ってきた。
「レイロング王国では、タリーネで食べるぞ」
「なんだ、タリーネって」
「小麦粉を練って、押し出して作った細い食べモノだ」
「ん? それってこの市場にあるか」
「向こうの普通の市場にあるぞ」
ファビオが指差した方向には、普通の市場が並んでいた。話を聞いた限り、それはパスタだ。それならピーノ貝のパスタができるんじゃないか。
ファビオに案内されて市場を歩くとパスタがめっちゃ並んでいるお店があった。細いのから太いのまで、乾燥パスタまである。
「おぉ! パスタじゃないか! 何でもっと早く言わないんだよ、ファビオ」
「え? 乾燥タリーネは常に持っていたぞ。ただみんなはランシェの方が食べ慣れているかなって思って……」
「ランシェって? あのパンみたいな奴?」
「パン?」
「あ、いつもマリタが捏ねて少し焼いた奴だろ」
「そうだ」
「いやーこっちの方が料理の幅が広がるよ」
早速、今日の夜に食べる生タリーネと船旅で食べる乾燥タリーネを買った。ここで思ったが、俺も一通り市場を回った方がいいと思った。
「マリタ、船が出るまでの時間は?」
「そうね、一時間程度かしら」
「じゃあ、軽く市場を見てくるよ」
「遅れないようにね」
「あぁ。すぐ戻る」
そういうと俺はみんなと別れて、市場を回った。するとパジェリ酒にも種類があった。白と赤のワインみたいなもんだろう。また、バターのような物もあった。ハーンという動物らしいが、書いてあるイラストは牛にしか見えない。ちょっと角が大きいくらいか……。
試食をさせてもらったがバターで間違いないだろう。ハーンローンという名前らしいがランシュ……つまり、パンに塗って食べるみたいだ。
白と赤のパジェリ酒、ハーンローンを買ったが、醤油らしきものは無かった。さすがにか……。
三十分程度で買い物を済ませて、船着き場へ向かう。そこにタイタニックみたいにデカイ船が泊まっていた。
「え……これに乗るのかな……」
鉄板で作られた大きな船は後ろに円形状のジェットエンジンみたいなものが見える。あれは魔道具なんだろう。百五十メートル級の豪華客船で高さは八階建てぐらいある。客数は有に二百名は乗れるはずだ。
口あんぐりで見ていたら、その船からハルトトの声が聞こえる。
「東陽! あっち! あっち!」
ハルトトの指をさした所に乗船受付があった。
「あ……おう。すぐに行く」
駆け足で行くと、そこにマリタが待っていた。
「あ、来た来た」
「わりぃ、待たせたか」
「うぅん。今、荷物を置いて降りてきたところ」
「そっか」
そのままマリタは受付を済ませてくれた。そして、近く寄ってきて小さいブレスレットを渡された。
「なんだ、これ」
「アンチ魔法の魔道具よ。東陽は魔法を使えないけど、一応付けておいて」
「船の中だと魔法が使えないのか」
「大きい魔法はね。この魔導具は完全に使えなくなる強烈なものではなくて、抑制するレベルのものだわ。船で暴れられたりしたら大変だからね。武器関連もあそこで一旦預ける事になるわ」
「……はは。わかった。一応つけておくよ」
防犯管理はしっかりしているな。確かにあんな船の中でドンパチやられたら、船ごと乗客全員沈没なんて事になりかねない。船長を襲う事だってあるだろう。現世と一緒だな。
俺はもっていた魔道具を船の従業員に渡し、船へ乗り込んだ。
船の名前はこっちの言葉で「海の声(ボイスオブザシー)」。中はホテルのような佇まいで従業員も多く働いている。部屋は一人一人に割り当てられ、大体四畳くらいだが、快適だ。テレビなどは無いので、みんなが集まる食堂や甲板は広く作られている。プール、カジノ、ジムのような運動できる施設も完備。長い船旅を飽きさせないようになっている。
マリタと一緒に部屋へと向かう。部屋への入口は船の内に入ってからだ。つまり外が見えるのは窓という事になる。階段を使って五階まで上がり、部屋に着いた。部屋の配置は四人が隣同士になった。
マリタと別れて部屋に入ると窓からランボヴィル港が見えた。大きいベッドがあり、簡単な椅子と机もある。少し装飾された布団やシーツ、また壁紙なんかがちょっとした高級感を演出している。
「思ったより悪くないな。テレビが無いから暇だろうけど……」
荷物を置いて、窓からランボヴィル港を見下ろした。五階から見る景色は、どこか現世と被る所があった。こっちではこんな風に見下ろせる所は少ないし、旅をしていたので機会がなかった。
豪華客船の近くには、貨物船が沢山泊っており、荷物の上げ下ろしが行われている。あれは木材だな……あれは食品か……なんて人が動く姿を見て、どこかほっとする自分がいた。大都会の刑事をやっていたせいか、人がいると安心する。人混みが嫌で始めたキャンプだったのに、こうキャンプばかりの生活だと人恋しくなるんだな……。人間って、とことん「無いもの強請り」なようだ。
ここから十日間の船旅となる。現世でもこんな船でそんなに長い間居たことがない。
「贅沢な旅だな……オウブ参りって」
もっと過酷な旅かと思っていたが、魔法と魔道具により快適そのもの。下手すれば現世の便利道具が揃ったキャンプより快適かもしれない。だから、笑顔で旅ができる。
オウブ参りが流行っているのには、そういう理由もあるのだろう。
窓の外を見ながら思い耽っていると、部屋をノックしてマリタが入ってきた。
「東陽、みんな甲板に出ているけど一緒に行かない」
「あぁ、すぐ行くよ」
マリタの後を追い、部屋を出て甲板へ向かった。一階と二階が甲板になっているが、今回は二階へと向かった。甲板は広く、至る所に座れるようにベンチが作られている。ハルトトとファビオが甲板の中腹程度に立っている。マリタと一緒に近寄った。
「みんな、揃っているわね。ここからは自由だけどハメを外さないでね。特にハルトト」
名前を指摘されて、ビクってなるとハルトト。
「わ、わかっているわよ。勝てばいいんでしょ」
こいつ、カジノに入り浸る気だ……。
「勝ち負けじゃなくて、適度に遊んでね。他にも色々と施設があるみたいだから好きに過ごしてね。ジェイド団としては、一日一回集まりましょう。夕食はみんなで必ず食べる事。わかった?」
マリタの言葉に三人は返事をした。そして、それぞれ歩き出したがハルトトは目をお金にしてカジノへと猛ダッシュして行った。
部屋に戻ると、大きな汽笛が鳴った。いよいよ出発というわけか。とりあえず一息つきたいので、水出しミラを入れ始めた。
出来たミラを飲みながら窓から港を離れる景色を見るのは感慨深いものだった。
その後、六階にある食堂に行くと誰でも使ってよいオープンキッチンがあった。お金を払って料理を食べてもいいし、ここで好きに使って作ってもいいって事か。なかなか斬新なサービスだ。
マリタを捕まえて、先ほど買った食品と調味料などを食堂に運んだ。ピーノ貝はホンビノス貝やハマグリに似ている。パスタがあるならボンゴレだな。
作り方は簡単だ、ペペロンチーノみたいにオイルにニンニク、唐辛子を入れて、香りが出たら貝を入れる。口を開けたら茹でたパスタと茹で汁を入れて、よくかき混ぜる。それで出来上がり。
簡単かつスピーディーで何より美味いという料理がボンゴレだ。
ささっと作って三人をリフォンで食堂に呼び寄せた。ハルトトだけ来るのを渋ったがマリタに怒られるぞって言うと嫌々ながらやってきた。どんだけギャンブル狂なんだよ、そしてどんだけマリタの事が怖いんだよ。
四人は広い食堂の窓際に座った。ボンゴレを目の前に出すと、香りを嗅いで涎が出ているのを感じる。ハルトトは既にフォークを二本持ってマリタの「いただきます」を待っている。
「はい、今日はお疲れ様。ここからは長い船旅だけど、へこたれないでね。東陽が作ってくれた料理を食べましょう」
マリタが合図をするとみんなが食べ始めた。
マリタはほんとにお母さんというか、お姉さんというか、精神的に大人びている。兄貴が消えて、色々とあったんだろうな……。
食べ始めるとハルトトが叫び出した。
「ぎゃーーー!! うまーーーーーーいい!!!」
そのままガツガツと食べ進める。ファビオはいつもの通り、天を仰いでいる。マリタも美味しそうに食べている。が、どこか心ここにあらずといった感じだ。
「マリタ」
「ん?」
「どうした?」
「え? 美味しいわよ」
「……そうか」
ここで深入りするのもなんだし、とりあえずは流しておこう。
みんな、夕ご飯を平らげるとそれぞれの時間を堪能しに別れた。ハルトトはどうせカジノだろうけど……。
俺も皿を洗って、部屋へと戻った。既に外は真っ暗。窓からは何も見えない。電気の無い生活ってこんな感じなんだな。部屋には灯りをともす魔道具があるので、それを付ければ照度は低いが見えなくはない。間接照明だと思えばスタイリッシュな感じすらある。
こんな真っ暗でも船は感知系の魔道具で進んでいるので大きく航路を間違える事はないそうだ。かなり静かに進んでいて揺れ等はほぼ感じない。まあ、この大きさになると基本はそうか。
部屋でぼーっとしていてもしょうがないので、船のパンフレットを見始めた。するとお酒が飲める所もあるようだ。
「バーみたいな所かな。ま、暇だし行ってみるか」
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