ロストエタニティ

~異世界シャル・アンテール編~
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魔神の眷属

公開日時: 2021年8月23日(月) 14:29
文字数:6,375

 翌日、ホテルのベッドで目が覚める。気候が温かいので少し寝汗をかいた。部屋にシャワーなど付いていないので共有の洗面所へ向かう。軽く顔と歯を磨き、タオルで顔を拭くとファビオも起きてきた。


「おはよう、ファビオ。思ったより、暑いな」


「おはよう。ウルミ連邦は温暖だからな」


「島が潰れていなければ、いい国だったろうに」


「そうだな……それだけ魔神は恐ろしい存在なんだ」


「ファビオは見た事あるのか、魔神を」


「遠目でな。とにかくでかくて、魔力そのもののような気がした」


「でかい? 魔力そのもの?」


 思っていた魔神と少し違っていた。もっとこう世界征服だ! ガハハ!みたいな奴かと思っていたが……。


「また、いつか現れるんだろうな……シャル・アンテールという世界は魔神が支配しているのかもしれないな……」


「魔神からの言い分みたいなのはあるのか」


「言い分? 魔神が?」


 あれ、何か変な事を言ったかな……。


「いや、攻撃してくるんだから、何かあるんじゃないのかって思って。生贄をくれー! とかさ」


「そんなものはない、そもそも魔神は話さない」


「え……そうなの」


「ただ殺戮を繰り返し、それが終わったら消える。謎だらけの存在だ。魔神が魔物を操っているとも言われているが、良くは分かっていない」


「そこら辺にいる魔物も魔神が操っているってこと?」


「オウブ大戦で人類は初めて魔神を倒した。昔は魔神が消えたら一緒に魔物も消えていたのだが、今回は魔物は消えなかった」


「どういう……ことだ……」


「それも分からない……だが、その後も各国の部隊の活躍で強い魔物はほとんど倒した。今は人が行かないような場所にしか魔物もいない。だから、オウブ参りができるんだ」


 そういうとファビオは顔を洗い始めた。

 魔神と言う存在はでかくて話さず、ただ殺戮だけをして、消えていく。目的もなく、ただ気まぐれに現れてって事か。ウィルスみたいな存在だな……。


 とはいえ、実は魔神とか魔物に対して興味があるわけでもなかった。心のどこかで俺はシャル・アンテールからいなくなるからと思っていたからかもしれない。そんな希望を見つけたわけではなかったが、根拠のない何かだった。


 部屋に戻り、荷物を整え、ロビーに行くとマリタ、ファビオ、ハルトトがいた。四人は合流してホテルをチェックアウトする。入口を出るとロサが待っていた。マリタが駆け寄る。


「ロサ。おはよう」


「お、おはようございます。あ、あの…… よろしくお願いいたします」


「そんなに緊張しないで。今日から私たちは仲間よ。年齢も近いし、気兼ねなくね」


「あ、はい!」


 まあ、俺は年上だけど…… とは言わなかった。

 そのまま、街の商店街へ向かい、旅の荷物を買い出しした。食料や服装など各々が選び、借りたスプルにそれを積む。ウルミ連邦とは今日で離れる。また数日前に来た道を戻り、ナイシアス連邦への船が出る乗船場へ向かった。


 ウルミ連邦に入る大きい階段下から、スプルでまた南下する。人出は多く、魔物も少なそうだ。照り付ける太陽を日陰で和らげてくれるヤシの木のような植物の下を進んでいく。


 マリタとハルトト、ロサはスプルに乗りながら色々と話しているみたいだ。時折、大きな笑い声が聞こえる。


 夕方まで、ほぼノンストップで野営地に向かった。野営地には多くの人が居て、この前よりも賑やかだ。各々がテントを張ったり、タープを張ったりして、焚火を囲い、飲めや歌えやで騒いでいた。やはりウルミ連邦の陽気な気候がそうさせるのだろうか。


 ジェイド団もさっさと風のテントを広げて、その中でたき火を囲んだ。今日はハーン(牛)の肉の串焼きにした。バーベキューのように間に野菜などを入れて、火が通りにくい肉は串で刺しておいたりした。あとは塩胡椒をして、火の周りで焼くだけだ。

 ロサがその串を不思議そうに見ている。


「こ、これって……なんですか」


「え? ハーンの串焼きだよ」


「それは分かるんですが…… や、焼くんですか」


「焼かないと食べれないだろ」


 するとハルトトがケタケタと笑った。


「アギュラ族は、肉を生で食べるのよ」


「えっ?! そうなんだ……」


 驚いてロサの方を見ると、涎を垂らしながら串に手を伸ばしている。俺に見つかると少し、ヤバイって顔をしたので、ニコって笑ってどうぞの意を示した。ロサはササっと串を手に持ち、生肉のままかぶりついた。


「美味しいー」


「ほんとに食べてる…… そういう種族って事か……」


「普通ならお腹を壊すわね…… でも、種族によって食べられるものって結構違うのよ」


「ハルトトはどうなんだ」


「私? プルル族は木の実とかは平気よ。森の中で育ち、そういうもので生きてきたんでしょうね」


「じゃあ、マリタのフォウマン族やファビオのバルト族でもそういうのがあるって事?」


「あるわよ。フォウマンは海藻類を生で食べられるわね。バルト族は他の種族が毒草になる草でもサラダみたいに食べているわよ」


「ふえー…… 驚いた。じゃあ、体の大きなグラン族はどんなのだ」


「グラン族は肉を積極的には食べないわ」


「え? あんなに筋骨隆々なのに肉を食わないのか。たんぱく質はどうしているんだろう……」


 頭にはセロストーク共和国で出会ったアクセルが思い出された。あの筋肉を草だけで……。とはいえ、草食動物はみんなそんな感じだ。確か微生物などがアミノ酸を作り出してくれるんだっけか……。


「グラン族はずっと森林や山の中で部族間抗争をしていたの。きっと肉を食べなくてもいいように進化したのね。今はフォウマン族の食生活にも馴染んで、肉も少しは食べるようだけど」


「なるほどな……。何か凄い話を聞いたわ。それにしても、ウルミ連邦ではたくさんの種族がいたけど、あんまり差別みたいのはなかったな」


 ハルトトが焼けた串焼きを手に取り、食べ始めた。ハルトトの串焼きだけ、少しミニマムだ。口に肉を頬ばりながら答える。


「もぐもぐ……。そういうのはグラン族がダメだって教えてくれたわ、歴史でね。フォウマン族とバルト族もずっと戦争してたけど魔神が全てを終わらせてしまったわ。結局、知恵があり、言葉が通じる人達は一つにまとまらないと魔神は倒せなかったのよ」


「魔神という存在が団結の力を産んだって事か」


「かもね……。オウブ大戦は終わったというけど、魔物は消えないし、ずっと不穏な事が起きている。力を合わせなきゃいけない時が必ず来るから、私たちは喧嘩なんてしてる場合じゃないのよね、きっと」


 現世では差別だ、何だって色々な事が議論されている。だが、シャル・アンテールではそれがかなり薄いと感じていた。これだけ種族が別れていたら、いがみ合うようなこともあると思ったが、それぞれの特徴や趣向に高いレベルで理解を持っている。自分と違う事をすんなり受け入れられている。それがとても素晴らしく感じた。

 違うからこそ、理解をして、それで済ませる。期待も強要もしない。シャル・アンテールで異物の俺がこうやっていられるのもそういう文化があったからこそかもしれない。


 ―現世よりそういう所では進んでいるかもな、シャル・アンテールは。


 みんなで食事が済んだら、野営地で騒いでいる人達の中に入って、酒を飲んで、歌って、踊った。ちょっと嫌々だったファビオも最後には一緒になって歌っていた。

 こういう一時の楽しい酒はいい。命がけって程ではないが、現世よりシャル・アンテールは危険が多く、いつ死んでもおかしくない状況になる。だから、後先考えずに酔って楽しんで忘れる事が必要な気がした。

 とはいうものの、現世での俺の仕事も命懸けだ。殺す側は殺される側でもあるという事。事件にさせない、闇に葬るという事は、自分も闇に葬られる可能性がある。


「そう思うと……。現世もシャル・アンテールも一緒か……」


 楽しい酒が現世の記憶を呼び戻した。嫌味なことだ。


 宴は数時間続き、一人、また一人と床に付くと俺も知らない間に寝てしまっていた。



 翌日の朝、目が覚めると、早い一行は既に出発しており、朝まで飲んでいたであろう人達はその場で大いびきをかいていた。


「うぅ……」


 頭が割れるように痛い。完全に二日酔いだ。昨日の人が集まっていたたき火が静かに煙を上げている。こっちで寝てしまったようだ。

 足元フラフラで水場へ行き、軽く顔を洗って、水を飲むと少しシャキっとした。楽しい夜だったけど、変な酔い方をしてしまった。


「あれ、みんなは……」


 ジェイド団を探すと、みんなはちゃんと風のテントの中で寝ていたみたいだ。


「あんだけ騒いでいても、ちゃんと戻ってきてるのは凄いな……」


「い、いえ! わ、私が運びました」


 ロサの声が後ろから聞こえた。振り向くと水を汲んできたロサが立っていた。


「おう、おはよう、ロサ。そうなんだ。記憶がないから何ともだけど……」


「は、はい。東陽さんは最後までそっちで飲んでいたので……。他のみんなは酔いつぶれたら、こちらに運んできました」


「そうか、ありがとう。ロサは飲まなかったのか」


「わ、私はお酒は苦手で……あのお水です」


「あ、サンキュー」


「さ、さんきゅ?」


「えーっと、ありがとう」


「あ、はい」


 ロサはそのままみんなを起こしながら水を配った。ハルトトはとりわけ酷い有様で、まだ起きても酔っている感じだ。どんだけハメを外したんだよ……全く……。


 全員が復活したのは昼前くらいで、スケジュール的には大幅に遅れたが、何とか乗船所へと向かい始めた。もう周りで向かっている人は少ない。野営地に残っている人は残っているし、出発する人は出発した感じだ。


「何か出遅れた感じだな」


 ボソっと言った言葉にマリタが返答する。


「まあ、楽しかったからいいんじゃない」


 普段はクールで知的な印象だが、こういう時に魅せる若い感性と表情は良い。


「そうだな。とりあえず、酔い覚まししながら進もうか」


 スプルの腹を蹴って進み始める。昼はもう誰も食べる気がしないので、乗船所までノンストップで行くことにした。


 夕方になるかならないかくらいの時間に差しかかった時に、何か不穏な気配を感じた。周りにちょうど人の往来が無くなり、ジェイド団だけで進んでいた時、スプルが動かなくなった。腹を蹴っても、降りて引っ張っても動こうとしなかった。

 ファビオがスプルの表情を見ながら、言う。


「どうしたんだ一体…… ん…… 何かに怯えているのか……」


 ファビオが辺りを気にし出す。マリタたちも反応して周りを警戒し始めた。


「どうしたの、ファビオ」


「気を付けろ、マリタ。何だかわからないがスプルたちは怯えている」


 ハルトトも杖を握りしめて、臨戦態勢を取った。ロサが耳と鼻を動かし、辺りを探るが特に何もなかった。


「ま、魔物の臭いとかはありません……」


 その時、静かに何かが現れた。空間が淀み、滲み、曲がった所から不意に身体が出てきた。フォウマン族の形だが、揺らいだ影のように漂っており、手が地面に付くほど長く、ガリガリにやせ細り、顔には赤く光るルビーのような眼があった。背中からは破れてボロボロの翼らしきものが見え、細く長い尻尾も見える。


 それを見た瞬間、俺を除く全員が固まった。絶対に見てはいけないもの見てしまったというリアクションだ。


「おい…… なんだこいつは…… 魔物か?」


 俺の言葉に誰も返事をしない。全員が息を殺しているような感じだ。それほどのヤツなのか、この影のような奴は。

 じっとその影に目を凝らすと赤い眼らしきものと合った。

 その瞬間、空間がねじれる。


 ジェイド団全員、周りの景色がモノトーンになるような世界へと入り込んだ。俺は素早く銃を抜き、その影に向かって放とうとしたが、ファビオが止めてきた。俺の腕を抑えたファビオの手が汗でビショビショだった。


「なんだよ、ファビオ。こいつだろ、この変な世界にしたのは」


「止めろ、東陽…… とにかく止めろ」


 ファビオの顔が真剣で、冷や汗をかいていた。あの誇り高いファビオがここまで追いつめられるなんて……。

 俺は静かに銃を降ろした。


 すると、その影はゆっくりとこちらに近付いてきた。誰の顔もみず、何かに反応するわけでもなく、ただ、ジェイド団の真ん中を通り抜けた。

 ジェイド団は動けずに、ただその場に立ち尽くしているだけだった。

 そのまま消えてくれそうな雰囲気だったが、何故か俺は振り返ってしまった。その影が何なのか、確かめたくなってしまった。


 そして振り返った瞬間、それは目の前にいた。顔と顔がくっつくレベルだ。反射的にそれを付き飛ばそうと手を伸ばした瞬間、モノトーンの世界から抜け、元居た場所へと戻っていた。


 ジェイド団は全員、冷や汗をかいてその場に倒れ込んだ。みんな肩で息をしている。


「おいおい…… 一体なんだよ。どうしたんだよ、みんな」


 肩で息をしながらハルトトが言う。


「ハァハァ…… こういう時に魔力の無いあんたが羨ましいわ……」


「え? だから、何だったんだよ、アレ」


「アレはね…… 魔神の眷属とか闇の眷属とかって言われている類のものだわ……私も初めて見たけど、聞いていたのとは全く別物だわ……」


 マリタも四つん這いになりながら、その言葉に反応する。


「こんなに凄いものなの…… もし魔神と対峙したらどうなるかわからないわね……」


 なんだか俺を除けて話が進んでいる。ファビオが汗を拭いながら


「東陽が撃っていたらどうなっていたか……」


「なんだかよくわかんねぇけど…… 何だったんだ、アレ」


 その言葉にハルトトがカッとなって噛みつく。


「魔神よ! 魔神! 何万人と殺す力を持った魔神の眷属よ!」


「その魔神の眷属が何してんだ、こんな所で。魔神は倒したんじゃないのか」


「原因は分からないわ…… でも、危なかった…… あのまま戦いが始まっていたらと思うとゾッとするわ…… 魔力とかそういうのが全く無意味な感覚になる…… アレが魔力そのものみたいな……」


「魔力そのもの? わかんねぇけど…… また襲ってきたりするのか」


「それもわからないわ…… 魔神の眷属なんてオウブ大戦時しか聞いたことがないわ。なんでここに現れたのか、何をしているのか、さっぱりわからない……」


 マリタが立ち上がり、話に入ってきた。


「生きてて良かったって…… そんなセリフが出るわね…… とんでもないものに遭遇したわ…… ハルトト、ロサ、大丈夫?」


 マリタに言われて、二人は頷く。


「うん。東陽、魔神の眷属はね。オウブ大戦時に魔神の近くにいた指揮官みたいな奴らの事よ」


「指揮官……」


「魔物と一緒に現れてゲリラ的に色んな所を襲撃してきたわ」


「魔物に命令をしていたって事か?」


「わからないわ。ただ、魔物たちの真ん中に居て、統率を取っていたようなの。攻撃もしてくるらしく、一瞬で数百人が消えた話もあるわ」


「そんなやべぇヤツなのか…… それが何でおれたちの前に?」


 ハルトトが叫ぶ。


「知らないわよ! とにかく命あっての物種よ! 一刻も早くここを離れましょう!」


 そういうと二日酔いはどこに行ったのやら、素早く荷物をまとめてスプルに飛び乗った。


「ハルトトの言う通り、離れましょう」


 みんな、マリタの言葉に従い、スプルに飛び乗り、進み始めた。どことなく、みんながそわそわしている感じだ。そんな中でロサが独り言のようにつぶやいた。


「ま、魔神が復活……なんてことはないですよね……」


 ロサの言葉は全員に聞こえていたはずだが、誰も答えなかった。答えたくないし、考えたくない。口に出してしまったら、そうなる可能性をもってしまう気がしているようだ。


 魔神……


 シャル・アンテールを恐怖のどん底につき落とす存在……。俺がシャル・アンテールにいる間に魔神は復活するのだろうか……。見たいような、見たくないような……。


 その後の旅路は全員無言で進み、夕方には乗船所へと着いた。足早にナイシアス連邦行きの船に乗るが、空気は重く、それぞれが自分の部屋に閉じこもってしまった。


 そんな中、船はナイシアス連邦へと出発した。

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