古くかび臭い宿舎で迎えた朝は意外にも快適だった。やっぱりベッドで寝ると大分違う。地面に毛布敷いて寝るのとでは雲泥の差だ。だが昔の人はこうだったはずだ。
ベッドでないとゆっくりと寝られないなんて、退化なのか、進化なのか……。
かなりすっきりと疲れも抜け、小鳥や草木が風で揺れる音で目覚めたのはメルヘンチックで、どことなく恥ずかしさがあったが、体力も気力も回復したことには間違いない。
隣で寝ていたファビオも同じようで、シャキっと起きている。
「よう、ファビオ。おはよう」
「おはよう」
ファビオはさっさとリビングに行き、ミア(茶)でリラックスしている。俺もミアを入れて席に座った。そういえば、食料はどうするんだ……。
「ファビオ、食材ってなんかあるのか?」
「調味料とパンを作る粉は持ってきた。あとはそこの畑の残りだな。タロテト(芋)を動物が掘り返していなければあるだろう」
「なるほど。あとはホウルク(ほうれん草)と狩猟って感じか」
「そうだな。川も近いから魚やエビなども獲れるだろう」
「結構、贅沢できそうだな。パンは朝、夜の分まで作っておくか」
俺はミアを飲み終わるとキッチンに立ち、パンを作り始めた。
ファビオはその間に宿舎の周りを見に行った。昔とは変わっているだろう。その間にラッタ(兎)等を見つけたら捕まえて来るらしい。川辺に近い事もあり、水も手に入る。食事に困るというのは杞憂だったようだ。
パンが焼き上がる頃にファビオは鳥を捕まえて戻ってきた。鳥の名前はパージ。キジのような鳥だ。早速、捌いて羽を落とし、吊るしておいた。夜はチキン料理だな。
魔法が使えてもこういう生活の営みはなかなか変わらない。町中では洗濯の魔道具サービスなどがあるらしいが、こんな山奥では魔法があったからと言って家事に大きな変化があるわけではない。料理も火を起こせるくらいで包丁を使って捌くし、掃除も風魔法で吹き飛ばすくらいで、あとは普通に雑巾がけしたりしなくてはならない。
現世では電化製品が幅を利かせていたけど、結局は魔法も家電も使い方って事なんだな。
朝食は簡単に、ホウルクのサラダとパン。ここにコーヒーとゆで卵があったら最高なんだけどな。
ファビオも特に不満もなく食べている。現世とは違い、この世界はまだ飽食ではない。食料は貴重であり、それを栽培、採取する場合でも危険が伴う。食べられるだけ幸せなのだ。
朝食が終わると早速、ファビオと外に出た。宿舎前のちょっとした広場で対面する。いよいよ修業を始めるというわけだ。
「東陽、まずはこれを渡しておく」
「ん? なんだ、これは」
ファビオから細いペットボトルみたいな大きさの魔道具を渡された。
「それを今から説明する。それは『聖水の羽衣』という魔道具だ」
「おぉ…どっかで聞いたことがあるような、ないような……」
「ちなみにバカ高い」
「え……いくらくらいなの?」
「二千万バルだ」
って事は二千万円くらいかな……。マンション買える値段だ……。
「そ、そんなに高いのか……」
「グラディー村を出発する時、東陽の魔法の件で少し揉めたが、俺とマリタは東陽が洗礼を受けようが受けまいが良いという考えだ。ハルトトは魔法の国ナイシアス連邦で育ったから、魔法を使えるようにならないなんてあり得ないと思ってしまうんだろうが、こっちの大陸には魔法を覚えていない人達も少し存在している。その者たちは、国に所属せずに流浪しているから流浪民と呼ばれているんだ」
「……聞いたなぁ。セロストーク共和国のオウヴ神官に」
「その者たちは洗礼を受けていないから、魔法を使えない。だが、魔物と闘っている。それは魔道具を駆使しているからなんだ」
「ふーん」
「東陽の持っている銃だって魔道具だ」
「あぁ……確かに……」
「それともう一つ、魔道具の方がいい理由がある。洗礼を受けても魔法を使えるようになるには訓練が必要だ。その点、洗礼を必要としない魔道具なら時短にもなる。だが、魔道具は魔法のように臨機応変さはないので、ケースによっては役に立たない事もある」
「限定って事だな。で、どんな魔道具なんだ」
「それは体に薄い水を張る魔道具だ。その容器に水が入っている。腕につけてみろ」
俺はファビオに言われた通りに、手の甲側の腕に装着した。聖水の羽衣からは二つのバンドが出ており、そこに腕を通し、手のひらと親指の間にバンドを通す感じだ。
「これでいいのか」
「それで上から下にするどく振り抜け」
ファビオが実践してくれたのを真似るように腕を上にあげてから、勢いよく下におろした。すると中から水が飛び出し、一瞬へその辺りでまとまり、そのまま身体にビシャってかかってきた。
「つめたっ!」
思ったより冷たく、声に出たが濡れた感じはしない。身体の周りの気温が下がった感じだ。よく見たら薄っすらと身体と水の間に何かが膜を張っていた。まあ、何かっていうか、きっと魔法なんだろうけど。
「なんだ、これ……どんな性能なんだ?」
「簡単に言えば全方位対応型の鎧だな」
「よろい……」
「全ての魔法攻撃を軽減してくれる」
「でも、水なら雷は?」
「雷ならその水をつたって、全てを地面に流してしまう。水で攻撃されても吸収するだけ。火、土ならダメージを軽減。唯一風だけが弱点だな」
「風で水が吹き飛ぶって感じ?」
「水は魔力で体から離れないようになっているが、風で水を弾かれながら攻撃されたら、そこは普通にダメージを食らうだろう。それと気を付けてほしいのは、限界があるという事だ」
「限界?」
「魔道具にも一応リミットがある。魔物はもちろんの事、人間の中でも魔力が桁違いな奴らがいる」
「……あー星の十傑みたいなって事?」
「あれは桁違いではなく、場違いだ。あそこまででなくてもそれなりに強大な魔力を持つ奴もたくさんいる。その魔道具の魔力を簡単に超えてくる場合だってある。そうなったらその魔道具は一瞬で壊れてしまうだろう」
「なるほど……やべぇな」
「簡単に壊れるものではないが、警戒を怠るなって事だな」
「わかった。だけど、これで訓練ってどういう事だ」
「もちろん、それだけではない。聖水の羽衣は防御の魔道具だが、訓練をするのは攻撃の魔道具だ」
「この銃じゃあ、ダメって事か?」
「東陽は銃の使い方を勘違いしている」
「え?」
「銃とは本来、敵を攻撃するだけでなく、遠い味方への支援にも使うんだぞ」
そんな使い方聞いたことないが、この世界の銃の在り方は違うのだろう。
「支援って……」
「例えば白魔法の弾丸で傷や毒を癒したり、闇魔法の弾丸で敵の前に毒沼を出現させたり……」
「弾丸を当てるのか?」
「攻撃の弾丸ではなく支援の弾丸は当たる弾けて魔法が拡がる。弾が別物だ」
「そうなのか……それってこの銃で撃てるのか」
「そんな旧式の銃じゃあ魔導弾は撃てない。色味は蒼く綺麗だがな」
「そうなんだよねー気に入ってるんだよなー」
「だが、今日からはこれを使ってもらう」
ファビオが出してきたのは、オレンジの銃だ。大きさはハンドガンではなく、ライフルに近い。六十センチ近くあり、上に銃口、下にカプセルを入れるような仕掛けが付いている。だが、持つ部分は片手で持つようなハンドガンタイプとなっている。装飾も鮮やかで太陽の光を具現化していた。
俺は聖水の羽衣を解いて、銃を受け取った。
「おぉ……ちょっと大きすぎないか」
「東陽のが小さすぎるんだ」
だが、見た目に反して軽い。
「撃ってみてもいいか」
「あぁ。あの辺の木に向かって撃ってみろ。通常弾を入れておいた」
「魔導弾ではないって事か」
「ただ、貫くだけの弾丸だ」
銃を構えたが、その大きさに何か合わない。両手で持とうとしたり、ライフルみたいに構えたりしたがしっくりこない。
「何をやっているんだ、東陽。片手で普通に撃て」
「いや、片手で撃ったら吹っ飛ぶか、肩が外れるかしそうで……」
「そんな反動はない」
ほんとかよ……この大きさって44マグナムはおろかS&WM500の倍近いんだぞ……確かに今まで使っていた銃の反動は極端に少なかったけど、これは怖いな……
「覚悟を決めるか……」
「いいから早く撃ってみろ」
一つため息をして意を決した。
「南無三……」
狙いを定めて、片手で引き金を引いた。パンという音と共に弾丸が放たれ、木に命中した。反動は確かに少なかった。軽く銃口が上を向くくらいだった。
「おぉ……すげぇ……これなら片手でも撃てるな」
「当たり前だ。片手で撃つ銃なんだから。次は魔導弾だ」
ファビオが水色のカプセルを渡してきた。
「それを銃の下に入れて、近くにダイヤルがあるだろう。それを弱に合わせて撃ってみろ」
「わかった」
ファビオの言う通り、銃の下にはカプセルが入る仕掛けがある。そこに貰ったカプセルを入れるとぴったりと収まった。グリップの所に縦に回るダイヤルのようなものがあり、横棒、弱、中、強と書いてある。カチリと回して弱に設定した。
「よし、行くぞ」
さっきの木に向かって照準を合わせて、引き金を引く。同じようにパンという音が響き、そのまま木に命中した。すると水風船をぶつけたように水が弾けた。
「おぉ……すげぇ」
「それが魔導弾だ。弱だと水が弾けるくらいだが、中だとより強力な水圧で出せる。通常は中設定が良いだろう。強は間欠泉の水圧をぶつけるようなもんだ。大型の魔物ですら吹き飛ばすが、カプセルは数回でなくなるだろう」
「それって結構重要だな」
「しかも……」
「しかも?」
「このカプセルが高い……」
あ~そういえばセロストーク共和国のアクセルが言っていたな。魔導弾はコストが高いって。
「どれくらいするんだ?」
「そのカプセルで五万バルだな」
「五万か……」
「カプセルは常に何種類か持っていく必要がある。火土水風雷光闇の七種類は必須だ」
「他にもあるのか」
「複合魔法も最近では魔導弾に応用されている。特に水と風で氷は人気だ」
「え、氷は複合なのか。双子の王子さんが出してなかったか」
「あぁ。あれだけ素早く、あの量の氷を出せるのはシャル・アンテール広しと言えどマッテーオだけだろう」
「じゃあ、すんごい技術を見てたんだな」
「当たり前だ。追われている身でなければ見学したいくらいだった」
「ははは……」
「というわけで、東陽にはその銃を使いこなしてもらう」
「わかった」
「とりあえず、全種類のカプセルを買ってきてある。好きに使ってくれ。金は出世払いだ」
「ありがとう。まあ、三日くらいでなれそうだけどな。撃つだけだし」
「そしたら、三日後に狩猟を任せよう。パージかラッタを雷の魔導弾で仕留めて訓練は終わりにしよう」
「了解だ」
「それとその服も変えよう。黒龍騎士団の服が何着かあるので好き選んで、洗ってくれ」
「まあ、さすがにスーツじゃあダメか」
「その服はバッグに入れて持っていけばいい」
「わかったよ。よし、始めるか」
その後、俺は全種類の魔導弾を撃って感触を確かめた。ただ撃つだけではなく、色々な事を想像しながらだ。この魔導弾はこういう時に使えるなとか、こういう変化も可能かなとか、想像力を持って一発一発撃ち込んだ。それが自分のためにもなるし、みんなのためにもなるからだ。
俺は弱かった。このシャル・アンテールではかなりの弱さだろう。現世では対犯罪のエキスパートだったが、こっちの魔法には敵わなかった。そりゃそうだ。こんな奇想天外な魔法なんて現世じゃ夢の世界だ。
でも、強くなるチャンスを得られた。この魔導弾は俺の生きる術になるような気がした。
三日後、俺はパージとラッタの両方を雷の魔導弾で痺れさせて捕まえた。その日、ファビオと二人で訓練終了の祝杯を挙げたのは言うまでもなかった。
だが、四日後にレイロング王国の三貴族を巻き込んだ大騒動に巻き込まれるとは思いもしなかった。
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