走りながら今までの事を整理していた。大統領府と教育部付近の爆発から始まった今回の事件。目的は大統領の退陣要求。
だったら、暗殺しても同じだ。大統領府にまで忍び込めるなら一発目で爆死させることも可能だったはずだ。
だが、犯人はそれをやらなかった。行ったのは民衆を使っての脅迫。居住区にどんどん近付かせて、爆弾を爆発させて、その脅しで大統領に退陣を迫っていた。
一見、辻褄は合う。
しかし、最後の町はずれだけは合わない。あんな所を爆発させても意味はない。死傷者も出ない。つまり、脅しにならない。って事は見つけさせるために、置いたと考えられる。見つけさせて、そこに人員を割き、注目を集めさせる。
注目をさせるという事は、注目してほしくないことがあるはずだ。
今、もっとも注目を集めていない所が怪しい。きっと、それが目的だ。
それを盗むのか、破壊するのかわからないが、今、一番注目を集めていない重要施設は……。
オウブ神殿だ。
一発目からフェイクだと考え、狙いはこの時間にオウブ神殿を手薄にする事だとしたら。
その推察が当たっていたら最悪の事態になる。この瞬間、オウブ神殿を狙われたら容易に制圧できるだろう。オウブを壊されたり、奪還されたりしたらやばいんじゃないのか……。どうなるか想像もつかない。
推察が間違っていてもいい。そうしたら、今まで通り大統領府を守ればいいだけだ。
神殿の中にはマリタたちもいる。だが、魔法は使えない。抵抗は難しいだろう。とにかくオウブ神殿がどうなっているかを確認しない事には始まらない。
後ろを見るとハルトトが走って追いかけて来ていた。
「ハルトト! 魔法でも何でもいい、オウブ神殿に速く行ける方法はないか?!」
「はぁはぁ……。しょうがないわね!」
そういうとハルトトは身体に風をまとい、一気に近付いてきた。俺の身体を掴み、そのまま上空へと舞い上がった。
「うぁっと!」
「ほんとは町中での魔法はダメなんだけどね。この緊急事態ならだれも気付かないでしょう。それにしても重いわねぇ…… まあ、何とか魔法をコントロールすれば持てるけど……」
俺の周りにもハルトトの風魔法がまとわりつく。重力から解放されるような上昇気流に乗っている。フワフワとしてて変な気分だ。
すると視界に聖樹ウヴヴが見え、そこへ向かう一団がいた。
「ハルトト! アレだ! あいつらだ!」
「オッケィー! いくわよ!」
ハルトトは一気に加速して、聖樹ウヴヴへと向かった。明らかに洗礼に向かう格好ではないし、防衛する意識も感じられない。ふてぶてしく、ダラダラとオウブ神殿へ入っていこうとするその素振りは、自信に満ち溢れていた。
「ハルトト! このまま奇襲する!」
「えっ?!」
「間違っていたら後でごめんなさい! ビンゴだったらそのまま奴らを制圧する!」
「りょ、了解! ……こういう時はビシってするわね」
「あいつらの目の前に俺を降ろせ! 俺が会話で引き付けている間に、ハルトトは攻撃の準備をしろ! 全員を足止めできるヤツがいい! 俺が攻撃態勢を取った瞬間に放て! いくぞ!」
「わかった! 怪我しないでよね!」
一団の近くに行くと何人かが俺らに気付いた。だが、そのままハルトトは突っ込み、俺を少し乱暴に一団の目の前に降ろした。俺は少し転がりながら、素早く魔導銃を構えて、照準を先頭の一番自信満々なプルル族に合わせる。ハルトトはそのまま森の中へと消えて行った。
「止まれ! オウブ神殿に何しに来た!」
「あん?」
一団はプルル族で構成されており、約十名程度。どれも人相が悪く、粗暴な振る舞いだ。先頭の男だけが落ち着き、異彩を放っていた。何人かはハルトトを目で追ったが、追跡はしなかった。
粗暴な男が猫を被って話しかけてくる。
「オウブ神殿を守ろうって事だよ。邪魔だからどけよ」
「守る? だったらその前に本部へ連絡だろ。連絡はしたか」
「何なんだ、お前は。フォウマンのくせに」
「連絡はしたのか」
「したよ。したした。ハダル団は防衛に向かうってな」
ハダル団……著名な調査団で、この事件にも手を貸していると聞いていたが……。
その言葉を聞いて、一番前の男の眉が動いた。ハダル団という名前を出した事を気にしているようだ。
「ハダル団がオウブ神殿を防衛とは聞いていないな。ってより攻撃しに向かう格好じゃないか」
「どういう意味だよ!?」
その時、先頭の男がゆっくりと手を挙げて会話を遮った。
「もういい。止めろ」
「あ、あぁ……」
粗暴な男は引き下がった。どうやらこいつがリーダーだろう。プルル族にしては精悍な顔つきで性格もガチャガチャしていない。
「フォウマン、名前は」
「東陽だ。お前は」
「レウスだ」
レウス? トトは付かないのか。プルル族は全員付くと思ったが……。
「で、そのレウスがハダル団のボスってわけか。どういう了見でここにいる」
「オウブ神殿を奪還する」
「奪還? 話が通じないな。犯人がオウブ神殿に入っていったのを見たのか。それにしては遅い進軍だな。犯人がもうオウブ神殿を制圧しているって言うのか」
「犯人? 違うな。本当の犯人はナイシアス連邦だ。俺らはそのナイシアス連邦からオウブを奪還する」
「どういう意味だよ」
「ナイシアス連邦がオウブを使って、こんな世の中を作っている。正しい世の中ではないだろ。ナイシアス連邦に従わない奴らは全員排除されている。奴らが正しいという根拠の一つにオウブがある。だから、奪還して間違っている事を知らしめるのさ」
「それで自分が正しいってわけか?」
「いいや。間違っているよ。だが、ナイシアス連邦はもっと間違っている。いつまでも古臭いアルトト様に御執心で、新しい物を取り入れない。世界を見ろ。海には船が走り、お前の手には魔導銃だ。アルトトの書記からそれを作ったのなら、ナイシアス連邦にも作りだせるチャンスがあったはずだ。それが出来なかったのは間違っているが故だよ」
「よくわかんねぇけど……。爆弾事件の犯人がお前らだって言うのはわかったよ」
こういう時は間髪入れずに、が大事だ。漫画やドラマのように話をここで全て聞く必要はない。すぐさまレウスに照準を合わせて、魔導銃を構えた。
レウス以外の連中は、すぐに防御態勢や攻撃態勢に移ったが、その瞬間ハルトトがハダル団の真後ろから地面を這う氷魔法を放った。何人かは足を氷で固められたが、それ以外は空中へと飛び上がった。だが、そこにハルトトの第二の罠、水魔法に風魔法をぶつけ、氷魔法にしたが、余った風魔法をそのまま空中へも放っていた。
多くのハダル団が空中で体制を崩して、地面に叩きつけられ、氷魔法の餌食となった。
「やったわ!」
ハルトトはその上空を飛んで、東陽の元へと着地した。レウスはそれには引っかからずに空中に浮いている。
「さすがハルトト。よくやったぜ」
「早く本部へ連絡して連行しないと……」
ハルトトがリフォンを取り出すとレウスが風魔法を身体にまとい始めた。周りが竜巻にでもあったように暴風が起きた。
「キャッ!」
ハルトトの手からリフォンが飛ばされた。
レウスは振り向き、ハダル団に一声かけた。
「おい。遊んでいるな」
そういうとハダル団たちは簡単に氷魔法を溶かしたり、壊したりして立ち上がった。みんな不敵に笑い、ダメージを受けていない。
その様子を見たハルトトに焦りの色が出る。
「ど、どういう事……。フルパワーで打ったのに……」
レウスが氷を溶かして、着地してこちらに向き直った。
「ここにいるのはハダル団の精鋭だ。一人一人が魔珠隊の部隊長くらいの力を持っている。その程度の魔法では練習相手にもならない。……おい」
レウスが後ろにいる仲間に首で合図すると、三人が同時に魔法を打ってきた。俺は素早く水の羽衣を着て、ハルトトも魔法で障壁を作った。だが、簡単に吹き飛ばされた。
「うおっ!」
「キャッ!」
二人はもんどり打って倒れた。ハルトトも大きくダメージを負っている。
「ハルトト、平気か……?!」
「な、何とかね……。でも、魔力の差があり過ぎて、これじゃあ話にならないわ。一か八かだけど……」
そういうとハルトトは起きながら、魔力を練り始めた。薄っすらと顔と腕に模様が浮き出てくる。それを見たレウスがボソっと言う。
「ほう……。魔刻紋か。未完成の禁術を取得していて、更にそれを躊躇なく使う度胸の良さ。気に入った。お前、名前は」
「ハルトトよ」
「ハルか」
「ハルトトよ!」
「ふん。そうやっていつまでもアルトトの遺産にすがっているから、ナイシアス連邦には成長も未来もないんだ!!」
レウストトが叫ぶと、その周りにいた三人がハルトトに向かって魔法を放った。だが、魔刻紋で飛躍的に魔力が上がったハルトトはその魔法を飲み込むほどの巨大な火球を放った。ハダル団が炎に包まれたが、一瞬ではじけ飛んだ。ハルトトが驚いて声をあげた。
「えっ?!」
よく見ると、その三人にも模様が浮かび上がっていた。魔刻紋だ。レウスが自慢気に語りだす。
「魔刻紋はそもそも魔法学校でイレギュラー的に生まれたものだ。反動が大きいので禁術となったが、リターンも大きいので裏社会では使われていたんだよ。どこでどうハルが魔刻紋を学んだのかは知らないが、より洗練されたものを使っているのはこっちの方だ」
レウスたちは勝ち誇りながら近づいてくる。
「ハルトト。俺が少しでも食い止めるから、リフォンでシュウトトに連絡を」
「わ、わかったわ」
そういうとハルトトは後ずさりしながら、リフォンの元へと移動しようとした。それにハダル団の一人が反応する。
「させるかよ!」
強い風魔法を放ってきた。それに対して、俺は身体を間にねじ込み、水の羽衣の力と自分の力で無理矢理制した。水がはじけ飛ぶようなバチン!という凄い音が鳴り、全身を振動が駆け巡った。
「ぐぅわ……」
「東陽?!」
「だ、大丈夫だ……早くリフォンを……」
そのまま、ハダル団に向かって、魔導銃を撃った。ハルトトが氷魔法で地面を濡らしてくれていたので、そこへ雷魔法を撃ち込んだ。だが、軽く痺れたくらいでハダル団には全く歯が立っていなかった。
その間に、ハルトトはリフォンを取り、シュウトトへ連絡。呼び出し音が鳴っているが一向に出る気配はない。
「出ないよ! 東陽」
「かけ続けろ! そのままにしておけ!」
口調が少し乱暴になったが、それだけ切羽詰まっているという事を自分で認識した。こいつらの魔力はデカい。つまり、強い。魔法に精通しているハルトトですら敵わない。
どうする…… どうすればいい……
ハルトトが横に戻ってきた。とにかくこいつらがここにいるという事を知らせなければならない。
「ハルトト。上へ向かって合図のような魔法は撃てるか」
「撃てるけど…… すぐに打ち消されると思うわ」
「援護する。撃て!」
「あー! もう!」
ハルトトが上空に向けて光輝く魔法を放った瞬間、ハダル団の一人がすぐにそれを撃ち落とした。その前に、俺が魔導銃で雷を撃った。その雷を更に別のハダル団の男が弾き飛ばす。そして、ハルトトの魔法も打ち消された。
さすがに焦りが出る。これでは手も足も出ない。
レウスがゆっくりと歩きながら、語り掛けてくる。
「仲間を呼びたいって事はもう打つ手がないって事だな……。では、どいてもらおう」
レウスが静かに手を前に出すと、強烈な風魔法が飛んできた。しかもランダムに回されるような竜巻をすぐに作り上げた。ハルトトも俺も逃れようとしても逃れられず、そのまま地面に叩きつけられた。全身に痛みが走り、呼吸さえ困難になる程の衝撃だ。意識すら飛びそうになった。
レウスはニヤリと笑い、聖樹ウヴヴへと歩き始めた。
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