宿舎に向かって歩き始めると、またファビオが川を確認し始めた。よくよく考えたら目印もコンパスも無く、航空写真さえないのに、森の中にある一軒家を見つける方が困難だ。
普通は魔法で空を飛んだりして確認するらしいが、隠密活動中に俺らにはそれは無理だ。また川沿い近くを歩くのも目に付くだろう。結局は、この森の中から川を確認して、一定の距離を保ちながら進むしかないのである。
一時間程度歩くと、何やら腐臭のような臭いがしてきた。魔物や獣の死体があるのだろうか……。
「ファビオ。何か臭うぞ」
「あぁ……近いな」
二人は確認をするためにその腐臭のする方へと歩いて行った。近くなればなるほど、鼻をツンざく激臭になってきた。
この臭い……覚えがある……
人が腐る時に発する臭いと一緒だ……
魔物か獣にやられたのだろうか。
考えを巡らせていると、ファビオが立ち止まった。その目の前には、バルド族の女性の死体が横たわっていた。ある程度腐っており、死後三日程度は経過しているだろう。顔や手足の先端は、何かに食われて食いちぎられていた。
ファビオは驚きのあまり固まっている。
「おい、大丈夫か、ファビオ」
「あ、あぁ……」
「もう腐っちまっているな。かじられてもいるから大分前に死んだんだろうな。なんだってこんな森の中に……」
「この辺はホウルクが採れるからな。だけど、一人で来るとは思えない」
「一人で来ないのはやっぱ危ないから?」
「魔物も多く、王国からも遠い。軍の警備も届いていない」
「そんな所に一人で山菜を採りにね……」
俺は死体を見てみたが、色々とかじられたり引っかかれたりしてて、死因などを特定する事はできなかった。
「ん~……ちょっともうわからんな……かじられたり何だりしてて……こんな森じゃあ、引きずられてきたとしても、もう草木は戻っちまって、わからんだろうな」
「待てよ……いや……だが……」
「なんだよ」
「……その昔、俺の所属していた黒龍騎士団の演習時に、この辺を縄張りにしていた魔物がいたんだ。退治したはずなんだが、その生き残りか、またどこからやってきたのかとな……」
「どんな奴?」
「ヴァルティペのような奴だ。オウブ大戦より前に、ここを縄張りにしていたんだが、突如として人を襲うようになったから、退治命令が出されたんだ。群れを成し、子供もたくさん産むので生息地を脅かしたのかもしれないな。一度退治して、ここからは人間の領域だという事を思い知らせて、十年以上は被害が無かったのだが……」
「群れってどれくらいの数?」
「十~二十頭近かったかな。少なくても五頭以上で動くので退治には骨が折れたよ」
……五頭もいたら、こんな死体は一瞬で食いつくされるんじゃなかろうか……
「なるほど。その魔物は鋭い爪や歯を持っているか? ナイフのように切れたりする?」
「そんな大きさはない。体長は大きくて一メートル程度。体重も二十キロくらいだろう。奴らは獲物を食べる時、一気に食べない。そうやって少しづつ時間をかけて食べていく」
「なるほど……猫の大きい版だな」
「ネコ?」
「俺の世界の動物だよ。とりあえず、埋めてやろうぜ」
「そうだな……」
ファビオは風魔法と土魔法を使い、地面に人が入れる穴を掘った。腐乱していたので、手では持てないから大きな葉っぱと枝で簡易的なストレッチャー(担架)を作った。そこになるべく崩さないように彼女を乗せて、穴に入れてあげた。
なぜ、風魔法で彼女を運ばないかは、この悪臭が酷いからだ。ここで風魔法を彼女に当てたら、ここ一帯は大変な事になるだろう。また、崩れてしまう可能性があるからだ。少しでも現状の姿のままを維持してあげたかった。
彼女に上から土をかけて、墓標ではないが小さい石を積み上げた。そして、二人して彼女の冥福を祈った。
俺は合掌をし、ファビオは胸に手を置き、黙祷した。
全く知らない人でも死はやはり悲しいな。これで成仏してくれとは言わないが、安らかに眠ってくれ。
「……行こうぜ、ファビオ」
「あぁ……」
二人は小さいお墓を後にして、宿舎へと向かった。
紆余曲折がありながらも、その後は順調に宿舎へと向かい、三時間程度で宿舎に着いた。少しだけ木などが整理され、宿舎の周りには人が住んでいた後のような井戸や薪などが放置されていた。一階建ての平屋だ。宿舎の横には荒れ果てた小さい畑もある。
「やっぱ結構、年季入ってるな」
「放置されて数年以上経っているし、もう誰もここには来てないからな」
扉を開けるとムワっと埃臭さが鼻をついた。木造建てで少しだけ虫に食われている部分もある。
「さすがに埃が凄いな……まずは掃除だな」
「まだ昼だ。一気にやってしまおう」
そういうと二人は掃除に取り掛かった。宿舎の中はこじんまりとしている。扉を開けると右側にキッチンというか土間があり、食事もそこで作れそうだ。左側はテーブルと椅子があり、四人座り用が二つある。向かいには二つの扉があり、両方とも二段ベットが二つづつ置かれていた。トイレと水浴び場はリビングの隣にあり、人が住むには十分であった。
ファビオが水魔法で井戸水を復活させると、宿舎の中にあった布を破いて雑巾にした。テーブル、椅子、棚を拭き掃除し、床を掃いた。ベッドもマットは干して、シーツは水で丸洗い。ロープを木と木に結んでそこに干した。宿舎の周りは雑草は生えているが、木は生えていないため日が入りやすい。すぐに乾くだろう。
一通りの事が終わって、リビングの椅子に座り二人は一息をついた。
「ふぅ~……さすがに疲れたな。何か飲み物ないのか、ファビオ」
「井戸水があるぞ。あとレイロング王国はミアという香り茶が有名だ。確か、宿舎の周りにも埋めていたはずだから、取ってこよう」
「じゃあ、その間にお湯を沸かしておくよ。火だけつけてくれ」
ファビオはキッチンの薪に火を点けて、そのまま外に出て行った。俺は汲んできた井戸水を適当な鍋に入れて、その火にかけた。直火なので、お湯が沸くのも早いだろう。待っている時間に先程の死体を思い出した。
あの死体……首に鋭利な傷があった……はっきり言って人工的な傷であり、ナイフのようなもので切られた跡だ。
俺はその事をファビオに言うべきか、迷っていた。俺たちは隠密行動中で、捜査なんてできやしない。正義感の強いファビオに言ったら犯人を見つけるなんて言い出さないだろうか。もしそうなったらレイロング王国の軍隊に見つかるだろう。
俺の頭にあの巨大な氷柱と電光石火に動く男がフラッシュバックする。
あのレベルが追手に加わってこられたら、俺たちは二人だ。何の抵抗もできないだろう。今は言うべきではないのかもしれない……。
目の前の鍋がボコボコと音を立てる。ファビオがミアの葉っぱを片手に戻ってきた。
「おい、東陽。沸いているぞ」
「え? あ、おう」
火から鍋を遠ざけた。
いかんいかん、周りが見えなくなるほど考えこむものでもない。俺の心にとどめておこう。
「わりぃわりぃ」
鍋を持ちながら席に戻り、ファビオが取ってきて葉っぱを入れた。ゆっくりと葉っぱから薄い緑色の液体が出てくる。
「お茶みたいだな」
「オチャ?」
「似たような飲みもんだよ。あ、香りが出てきた」
「もう飲めるぞ」
「早いな」
俺は二つのコップ注ぎ分け、葉っぱは取り出した。
ミアの香りは弱いミント系の上品な香りだ。ハーブティーのようで緑茶のようでもある。
「どれどれ……」
飲んでみると、すっきりとしてて飲みやすい。香りで癒されるし、飲みにくさも感じなかった。
「いいね、ミア。美味いよ。他にもこういうのってあるのか」
「パジェリの皮も煎じて飲んだり、ミアも発酵させて飲んだり、乾燥させて飲んだりとバリエーションがある」
お茶の文化があるとは驚いたけど助かるな。ずっと水しか飲んでこなかったから、旅の途中でもこれは使える。
一息つくに、お茶があるだけでこれだけハッピーになれるなんて思いもしなかったな。
「ミア、美味いわ。これ」
「口に合って何よりだ。今日は掃除だけで終わりそうだな」
「そうだな」
「特訓は明日からにしよう」
「……あ、やっぱするの?」
「当たり前だ。これは東陽自身のためでもあるんだぞ」
いや、わかっているけど……。
星の十傑の戦いを見た後で、それでも苦戦する魔物がいるという話だと、逃げる技術を身につけた方がいいのではないか。さすがにあのレベルの戦いにこんなチャカ一丁で行けるとは思えない。
「わかってはいるけどさ……あのレベルの魔法大戦争は逃げた方が……」
「まあ、俺とマリタに考えがある。任せておけ」
ファビオは不敵な笑みを浮かべた。果たして何を考えているのか……。
二人は軽い食事の後、埃臭いベッドの上に寝ころび、たわいない話をしながらそのまま眠りについた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!