アミーリア夫人が放った魔力は禍々しい黒球だ。バレーボールくらいの大きさで当たったらどうなるか、想像もつかない。それがかなりのスピードでダリオに向かっていった。
間一髪。ダリオに当たる瞬間、飛び出したファビオが槍でその魔法を弾いた。黒球は近くの木に当たり、爆発。数本なぎ倒した。
視線が一気にファビオに集まる。全員、行方不明になったファビオの出現に驚いている。
「兄さん……」
「……ダリオ。大丈夫か」
ダリオは心の乱れを屈託のない顔で笑って隠した。
「はい、ありがとうございます」
ミケーレはファビオの登場にも驚いていたが、アミーリア夫人の行動にも驚いていた。
「母上。一体なにを……なぜダリオを狙ったのです……」
アミーリア夫人はニヤリと笑いながら答える。
「とんでもない。私は魔物を狙ったのよ」
「そのような弾道ではなかった。明らかにダリオに向かっていました」
「それよりも私の夫を殺したファビオ。よく姿を現してくれたわね。早く捕まえるのよ!」
「母上! 話を逸らさないでもらいましょう! なぜ、ダリオを狙ったのです!」
ミケーレは行動的な見た目とは違い、思ったより理知的だ。今の行動をうやむやにしようとする事に気付いている。
その時、ファビオが口を開いた。
「アミーリア夫人。あなたが私を陥れたんですね」
「……」
「自分の夫を手にかけてまで、バルディーニ家で王の座を……」
「ふん! リチャードを殺したのはあなたでしょ!」
「私は殺してなどいない! 部屋に入った時には既に亡くなっていたのだ!」
「人の夫を殺しておいて歯向かうのかい!」
「あの日、リチャード様を殺し、私に罪を着せるために私を呼び出した。そして私が部屋に入ると、あとから入ってきて騒ぎ立て、私を投獄。その後、数々の刺客が私を襲ってきました」
「何の事かしらね……知らないわ」
「そして、今のダリオに対する攻撃で確信が持てました。全てあなたが仕組んだ事だと!」
「狙ったのは魔物よ……」
その言葉に感情をむき出しにするミケーレ。
「いい加減にしてください! 母上! どういう事か説明してもらいましょう!」
「ミケーレ……」
「父上をどうしたのですか?! なぜ、ダリオを狙ったのですか?! 答えてください!」
「……ミケーレ。これもバルディーニ家のためなのよ。アーノ家の子供たちにはここで死んでもらいましょう」
その言葉でミケーレは全てを理解した。リチャードを殺し、ファビオに罪を着せ、今ここでダリオを殺そうとした意味を。
「……母上。あなたは何てことを……」
ミケーレからは落胆の色が伺える。
その時、ゾンビのような魔物が魔力と共に禍々しい気を吐いた。周りが一気に腐臭と不快な魔力で満ちる。動ける兵士や救護班が逃げ惑った。それに紛れてアミーリア夫人の後方にいたルカもどこかに消えてしまう。騒然とした現場に様変わりした。
事態が悪いと判断したダリオがサラとレラの前に出た。
「サラ、レラ。闇系には私がいいでしょう。下がってください」
「ハッ」
サラとレラの二人はダリオの命令通り、後方に下がった。ダリオは静かに詠唱を始めると、ゾンビの魔物は一歩たじろいだ。光魔法の圧に驚いたようだ。ダリオは詠唱しながら、ゆっくりと距離を詰めていく。
そこにアミーリア夫人は先程と同じ黒球をダリオに向けて放った。ミケーレが叫ぶ。
「母上!!」
「くらいな!」
だが、サラとレラが持っていた槍をクロスさせて、それを受け止めた。しかし、そのまま爆発。激しい破裂音と共に黒煙が上がった。
煙の中から出てきたのは、微動だにしない二人。ダメージは受けているものの圧倒的な覚悟がある。
「ちっ! うざったいメイドたちだよ!」
サラとレラが交互に口を開いた。
「ダリオ様の敵は……」
「私たちの敵……」
「やかましい!」
アミーリア夫人がもう一発打とうとした時、サラとレラの前にミケーレが立ちふさがる。
「母上!」
「邪魔よ! ミケーレ!」
「もうやめてください!」
二人が問答をしていると、その後ろで大きな光の柱が出現。ダリオの魔法だ。
その光の柱はゆっくりとゾンビの魔物を癒していき、そのまま毒気を抜き、天国へと誘った。
ゆっくりとダリオが振り向く。
「サラ、レラ。ありがとう」
サラとレラが一礼をする。ダリオはミケーレの肩を叩き、アミーリア夫人の前に立った。
「アミーリア夫人。レイロング王国親衛隊、白龍騎士団団長の名に置いて、リチャード様の殺人容疑、ファビオの暗殺容疑、私への殺人未遂で逮捕いたします」
「はん! 誰がそんな事に応じるか!」
アミーリア夫人は魔法を詠唱し始めた。ミケーレがダリオの前に立つ。
「ミケーレさん……」
「すまない、ダリオ。……母上、言ってもわかってもらえないのですね。ならば……」
ミケーレはゆっくりと槍を構えた。
「レイロング王国防衛隊、黄龍騎士団団長としてお相手いたします」
槍を構えたミケーレは強いプレッシャーを放っている。どっしりと厚いプレッシャーだ。アミーリア夫人は詠唱しながらルカを呼んだ。
「ルカ! ミケーレをどかしなさい!」
しかし、ルカの姿は見当たらない。
「ルカ? ルカ?! ……あの役立たずが! もういいわ! ここでファビオを、ダリオを殺せれば!」
そういうとアミーリア夫人は周囲に黒い霧のような魔力を解き放った。じわりと嫌悪を抱く、重い霧だ。ファビオも一瞬たじろぐ。
「くっ……なんだ、これは……」
ダリオも詠唱を始める。
「兄さん、これは闇魔法の威力を上げるためのものでしょう。私が魔法で払うので、時間を稼いでください」
「わかった」
ミケーレと同じ立ち位置にファビオが立った。
「すまない、ファビオ。母がとんでもない事を……」
「……今は母上を止めましょう」
「あぁ……この黒い霧は母の魔力を増大させる。暗黒魔女と呼ばれた母の闇魔法は強烈だぞ。常に光魔法で体を守っておけ」
「はい」
ミケーレとファビオが槍を構えて、アミーリア夫人にプレッシャーを与える。だが、そんなことは気にもせずニヤリと不敵に笑うアミーリア夫人。両手には強大な魔球が出来上がりつつあった。
その一部始終を草むらに隠れて近くで見ていた俺は、この黒い霧の魔法の範囲に入ってしまっていた。凄く気分を害するこの霧に耐えられそうもない。魔力がない分、直で禍々しさを食らってしまうのだろう。
「おえ……こりゃダメだ……」
ファビオたちの様子を最後まで見ていたいが、この場で吐いてしまってはバレてしまう。俺はその場を静かに離れた。
黒い霧に耐えられないのと、実はもう一つ気がかりがあった。
ルカだ。
一目見た時から、完全にぶっ飛んでいる奴だと思った。社会の枠組みの壁を超える奴は、特有の空気を持っている。犯罪者に不気味な雰囲気を感じるのは、そういった理由からだ。何も感じない犯罪者はいない。ルカにも同じようなものを感じた。
今、魔物が暴れた際に、ルカが救護班を追っていったのを俺は見ていた。獲物を狙うような、おもちゃを見つけたような……そんな笑みを浮かべていた。
薄っすらと頭の片隅に宿舎近くで見つけた女性の死体を思い出す。
「まさかとは思うが……母親があれじゃあ、あいつもやべぇのかもな……」
ルカと救護兵が逃げていった森の奥へと、俺は向かった。
三百メートルくらい道沿いに行くとルカを見つけた。逃げ惑う兵士たちに紛れている。だが、視線は一点。若い救護兵の女性を見ている。
「何をする気だ、ルカ……」
ルカは救護班の一人の女性に近付き、一瞬で二人とも姿を消した。
「ちっ……魔法か。どこに消えた……」
もし時空を超えられたり、ワープしたりする魔法だったら手が付けられない。そんな魔法は無いってハルトトは言っていたが……。現に俺は何かを超越してここにきている……。
ルカがそんな魔法を使えるかどうかわからないが……得てして犯罪者は時に天才的な場合もある。
「厄介だな……」
俺は周りを見渡す。逃げ惑う兵士たちの姿はほとんど見えなくなった。段々と自分の息遣いが聞こえるくらい静かになっていった。
風で草木が揺れる音、小鳥と獣の鳴き声……。日常の森に戻りつつあった。
「違和感を探せ……何でもいい……いつもの森じゃない違和感を……」
刑事の現場で培った事だ。
何の変哲もない部屋、いつもの道路、通勤に使う車の中……。手がかりを探す時はいつだって違和感だった。少しでも違う所を徹底的に詰めていく。
相手だって見つからないように色々と細工をしてくるんだ。塵一つ、髪の毛一つ、見逃せない。タツさんにそうやって教わってきた。
「何かが違うはずだ……絶対に……」
五感をフル動員して、周りの違和感を探した。その時、微かだが草木が違う方向に曲がっている個所を見つけた。
ゆっくりと近づくと、その草木は奥へ風でなぎ倒されたような跡があった。
「(見つけた!)」
俺はその草木をかき分けて、奥へと入っていた。百メートル程度進んだ頃、男と女性の声が聞こえてきた。
「(いたな……)」
俺は腰を落とし、しゃがみながら目視できる場所まで近づいた。すると、ルカが女性に覆いかぶさっていた。口からは大量の涎を垂らしながら……。
「ルカ様……?! や……やめてください!」
「キヒヒ……いい女だな……何を止めて欲しい? 何をだ?」
「私の上から……どいて……ください!」
「い~~~や~~~だ~~~ねぇ~~~キヒヒ!!」
そういうとルカはナイフを取り出し、ゆっくりと女性の胸元の衣服を切り裂いていった。
「いやぁああああああ!!」
女性は大きな叫び声と同時に、魔法で突風をルカにぶつけた。ガオン! という凄まじい音がしたがルカに当たる直前に急に勢いを失った。ルカの横を少し強い風が通り過ぎただけだった。
「キヒヒ……無駄さ、おまえらの使う魔法は全部俺の闇魔法で威力は半減してしまう。この『漆黒の鎧』でな!」
ルカの周りには薄紫と黒の間で渦巻く魔力が見える。常にあの状態なのか、あいつは。
闇魔法には腐食、減退、負のエネルギーなどがあるとハルトトに教えてもらった。あの魔法はあらゆる魔法のエネルギーをマイナスに変えてしまうのだろうか。
こっちが考えている暇もなく、ルカは次の行動に移った。女性の肌着を掴み、引き千切ろうとする。
「きゃああああああああああああ!!」
「キヒヒ!! おらおら! 裸にひん剥いて殺してやるぜ!」
俺は素早く飛び出し、ルカの後ろから後頭部に銃を突きつけた。
「そこまでだ。ゆっくりと手を上げろ」
思わず出た現世でのセリフ。ちょっとだけ懐かしい。
「あぁん? 誰だ、てめぇ」
「誰だっていいだろ、手を上げてゆっくりと立て」
「何言ってんだ? 立たなきゃどうなるんだ?」
「撃つ」
「その球出しおもちゃでか?」
「あぁ。撃つ」
現世の警察官のほとんどが銃を所持しているが、よっぽどの事でない限り撃てない。日本は銃社会ではないからだ。自分や誰かの命に危機が迫った時にのみ撃てる。それですら世間からのバッシングは必ずと言っていいほどあるのだ。銃を撃つという行為はそれほど重い。
だが、俺たち特別事件対策本部は違う。犯人を射殺しても許される。むしろ射殺が任務の時すらある。それは国家の暗部であり、闇だからだ。
俺たちの仕事はメディアには乗らないし、載らない。世の中には表に出てはいけないものがある。全てを白日の下にさらすのは無責任であり、正義でも何でもない。社会の枠、モラルの枠、世界の枠からはみ出た人間は現法では裁けない。
だから屠る。闇へ。
つまり、俺は銃で人を殺す事に躊躇はない。まだ国家的な法や治安が確立されていないこのシャル・アンテールで、俺が一番馴染む部分かもしれない。
「キヒヒ……お前、俺が誰だかわかってんのか?」
「なに?」
「仮にも貴族だぞ? 俺に手を出したら……」
「知らねぇよ。それにそういう権力で犯罪をうやむやにする奴を消すために俺はいる」
いや、違うか。それは現世での俺の話だ。ここでは何でもない一般人だった。
「……あー違ったわ。まあ、いいや。早く立て」
「……一歩遅かったな」
「あぁ?」
ルカが不敵に笑うと俺の立っている足元の地面が崩れた。ふかふかの腐葉土みたいになり、更に泥状になっていく。俺は足を取られてバランスを崩した。
「ぉわっ!」
「キヒヒ! このバカが!」
ルカは素早く俺に襲いかかり、両腕を掴んできた。
「ぐっ……」
ルカの身体を覆っている禍々しい魔力が、掴んだ部分から腕に侵食する。次第に力が抜けていく。
「この野郎……」
「キヒヒ……なんだ? 魔法を使えないのか?」
「うるせぇ!」
ルカの腹に前蹴りを放ったが、腕は離さない。
「ごふ……キヒヒ……いいね、いいね。やっぱり抵抗してくれないとさ。こういうのは」
「このっ!」
更にヘッドバッドを叩きつけた。さすがにこれにはルカもひるんで、片腕を離して一歩後退した。
「がっ……」
「離せや!」
もう一発、ヘッドバッドを入れようとするとカウンターでヘッドバッドをされた。メキっと鼻の折れた音がした。
「かはっ……」
「キヒヒ……折れたな、折れたよなぁ」
「てめぇ!」
ルカの掴んでいる腕の脇にキック。そのままもう片方の足で飛んで顔面を前蹴りした。ルカは手を離して吹っ飛んだ。
掴まれた部分を見ると、どす黒く変色して、腐臭も感じられる。皮膚ごと腐敗させられた感じだ。力は入るがじゅくじゅくと痛む。かろうじて引き金は引ける感じだ。
鼻血は止まらない。完全に折れた。指でとりあえず真っすぐに戻した。ピキって音がして接合したっぽいがかなり腫れぼったい。
これはヤバいとすぐに聖水の羽衣を出し、まとった。
「あぁん? そんなもんは持っているんだな? まあ、今更だがな。その両腕はもう使えねぇだろ」
「銃が撃てれば充分だ」
そういうと俺は両手で構えて、すぐに引き金を引いた。調整ダイヤルは強。カプセルは水。ドシュン! という音と共に波動砲のような水がルカに向かって行った。
さすがのルカもその水圧に驚いて、両腕でガードしたが漆黒の鎧の効果で強い水鉄砲程度の威力になってしまった。
「くそ! 当たってはいるんだがダメージを与えられない」
「キヒヒ……思ったより強い魔力を出せるんだな、その魔導銃は。少し驚いたが俺にダメージを与える程では無かったな」
何でも半減か……。思ったより厄介だ。
いや、待てよ……でも、当たってはいるんだよな。
俺は素早くカプセルを入れ替えた。
「キヒヒ……そら、地面は泥沼だぜ」
ルカは魔法で辺り一面を泥沼にした。地面が腐るってこういう感じなんだと呑気な事を思っていたが、その隙にルカが飛び込んできた。
「これで逃げられねぇだろ! 殺してやるぜ!」
俺は泥沼に足を取られながらも照準をルカに合わせて、銃を構えた。
「終わるのはお前だ!」
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