ロストエタニティ

~異世界シャル・アンテール編~
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ブラザーズクルーズ

ウルミ連邦とスプル

公開日時: 2021年3月1日(月) 12:08
更新日時: 2021年3月7日(日) 10:08
文字数:4,579

ダリオ達と別れた俺たちは、市場に買い物へ向かった。次のナイシアス連邦へは、少し長旅になる。

 まず、レイロング王国の南にあるランボヴィル港へスプルに乗って向かう。二日程の行程だ。その後、船でウルミ連邦のサルビナ港へ。十日ほど船に乗る。そこからそのままナイシアス連邦へ向かってもいいのだが、現在大都市へと変貌を遂げた海上都市バブルに寄るらしい。そのバブルへは、サルビナ港を北へ四日ほどだそうだ。


「マリタとファビオが出会ったところだよな、ウルミ連邦は」


 マリタが答える。


「そうよ。詳しく言った方がいいかしらね。ウルミ連邦は大小の諸島で成り立ってて、世界のほぼ中心に位置するわ。そのため、各大陸の四つのオウブの力が均等に入っていて、どこかのオウブの洗礼を受けていれば魔法が使えるという世界唯一の場所となっているの」


「それは凄いな……」


「だから、セロストーク共和国、レイロング王国、ナイシアス連邦、ヒアマ国などからの流通が盛んで、貿易中心国家となっているわ。世界一、物資と人口の流通が多い国よ。そして、調査団の聖地でもあるの」


「調査団の聖地?」


「うん。調査団を発案したのはウルミ連邦のカムチー首相なんだけど、最初の頃の調査団って基本は軍人崩れや荒くれ者が多かったの。もちろん、そういう人達の受け皿としても機能する予定だったんだけど、あまりにも横暴が過ぎてね。調査団の功績より調査団の素行維持の方が大変になってしまったのよ」


「本末転倒な話だな」


「それで悪い調査団を教育や更生させる目的で作られた施設があるのよ」


「へー……なんて施設?」


「『セリオ』って名前。そこで悪い事をした調査団はこってり絞られるってわけね。それでも悪い事をするようなら下手すれば死刑よ」


「死刑か……」


「最初はそういう目的で作られたセリオだけど、今では大きく変貌したわ。ウルミ連邦は四カ国の魔法を使える稀有な場所よ。だから世界でもっとも調査団が集まるようになったの。すると、調査団頼みに依頼もどんどん集まってきて、今では最も多くの依頼と最も難易度の高い依頼が舞い込んでくるようになったわ。だから、腕利きの調査団達も集まってきているのよ」


「なんだ? 喧嘩でも起きそうだな」


「そうよ。でも、調査団同時でそんな事を始めたら街にまで被害が及ぶわ。だから、別の方法で発散させる事にしたのよ」


「別の方法?」


「セリオには楕円形の大きな競技場があってね。採掘や伐採などの各技術を競うコンテストや、魔法や武器別のトーナメントなどが開催されているわ」


「コロッセオっていうか……オリンピックていうか……そんな感じのか」


「チームで戦うランク戦などもあるわよ。調査団の技術向上やちゃんと任務をこなせるかって所も見られるので、年間三回の出場を義務付けられているわ。いずれジェイド団も出るわよ」


 マリタがそう言うとハルトトが反応した。


「確か希少な賞品とかもあったわよね。それ狙いで出よう」


 キシシって笑う目がお金だ、ハルトトは。


「ハルトトはお金が好きだなぁ」


「ちなみにバブルはギャンブルもたくさんあるわよ。スプルレースとかの競技ギャンブルや、カードでやるギャンブル、盤上でコマを動かしてやる知的ギャンブル、ただくじを引くだけのギャンブルなんかもあるわ」


 世界は変わっても人間のやる事は変わらんなぁ。


「ギャンブルの事しか言ってないけど……。とにかく、色々な娯楽があるって事だな」


「そうね。てか、その服は何?」


 ハルトトが俺が着ている黒龍騎士団のお古を見た。


「あぁ……黒龍騎士団の服だよ。スーツは荷物に入れてある」


「スーツ? まあ、いいけど。それ、モンロを塗ってないでしょ」


「モンロ?」


「虫よけよ。そんな古いともう効果はないはずよ」


 虫よけ……確かにこれだけ自然が溢れていて虫も多いのに、虫に悩まなかった。寄ってこなかったのには訳があったか。


「モンロってどんな奴?」


「なんて言ったらいいかな……マリタ」


 ハルトトに呼ばれてマリタが振り向いた。


「モンロは木の枝よ。皮をむくと白い中身が出てきて、それを服とか、鎧に塗っておくの」


「何か臭いとかで追い払う感じか?」


「臭いはしないわ。塗りたては少しねばつくだけ。時間が経てば、ねばつきもなくなるわ」


「それで……虫が寄ってこなくなるのか」


「うん。元は虫食いの木って言われていて葉っぱが無くなるくらい常に虫に食われていたらしいわ。それが百年くらい前に突然変異して、虫を寄せ付けなくなったらしいの」


「進化か……それとも……でも、前の服の時でもあんまり虫は寄ってこなかったぞ」


「多分、お母さんが洗濯した時とかに塗ったんじゃないかしら。基本、洗濯したら塗るはセットだから」


「あぁ……なるほど」


 でも、蚊取り線香もいらないなんて素晴らしいな。もっと言えばマラリアなんて蚊を媒介する病気なんかも防げるって事か。現世にも持っていきたいな……。


 そんな話をしていると四人は市場に着いた。マリタとファビオは旅に必要なものを買い、俺とハルトトは食料を買いに行った。スパイスやソーセージ、ハムっぽい保存肉も買った。途中、またハルトトの見守り隊が始まったが、マリタたちの方が買い物が早く終わったので不発に終わった。

 マリタとファビオの方は、三貴族の王子という事がバレて、大変だったらしい。ただ肉親や貴族内では腫物のように扱われていたファビオだったが、街での人気は高く、顔に痣があるという事で『青面王子(ブルーフェイスプリンス)』なんて呼ばれていたようだ。その点、マリタは少し安心したようだった。


 レイロング王国はバルトの国だが、思ったよりフォウマンも多い。商売をしているのはフォウマンばかりでバルトをあんまり見かけなかったのには理由がありそうだな。


 四人そろったら、今度はスプルを貸してくれる場所に向かった。スプルは馬とラクダの中間みたいな動物で、背に跨るとちょうど背もたれのようにコブが存在していた。三十センチくらいだがあるとないとでは大分疲労感が違うだろう。大きさもサラブレッドくらいの大きさで体高は160cm程度だ。全員、スプルに乗ったがハルトトは背が小さいのでマリタと一緒のスプルに乗ることになった。

 このスプルは人荷用で足は遅いが長時間歩き続けられるらしい。スプルレースなどのスプルは品種改良されコブは無く、乗り心地も悪いがスピードが出るようになっている。現世の競馬でも似たような事は行われているが、何とも言えないなぁ。


 沢山の荷物も積んでジェイド団はレイロング王国を出発した。

 ここから、とにかくシュロ―川に沿って進んでいく。現世でもそうだったが、こちらでも川を中心に文明が栄えているといってよい。

 川は人間にとってメリットというよりマスト。飲み水、排せつ、水浴びなど生命維持や生活に欠かせない事を行えるのだ。排泄をして、その川の水を飲むってちょっと危険な気はするけど……。

 とはいえ、魔法が使えるから水は一旦、煮沸させて冷ましている。一番安全な方法だ。


 スプルの背は優しく揺れる。馬より全然楽だ。歩くスピードもノッシノッシといったリズムだが、意外に進みは早い。凸凹道を特に問題もなくスイスイ歩いていく。


「凄いな、スプル。ラクチンだ」


 ファビオが振り向く。


「レイロング王国はスプルと共に大きくなった。今では主力ではないが、スプルは隊長格が乗っている。昔はスプル隊を組んでいた」


「へースプルに乗って魔神と闘っていたのか?」


「いや。その昔、セロストーク共和国とレイロング王国はずっと戦争をしていたんだ。アラルゴ大陸を二分する戦いだったのでアラルゴ大戦と言われている。第七次まであった」


「やっぱ魔神うんぬんじゃなくても、人間同士は争う運命なのか……」


「かもしれん。それでなくてもレイロング王国は貴族同士の争いで常に内戦状態だった」


「身分が生まれれば、火種が生まれる……ってわけか」


「でも、今は仲が良い。バルト族もフォウマン族も」


「そうか……」


「アラルゴ大戦があったからこそ、仲が良くなったのかもな。勝ち負けをしていく中で、民族は混ざり合った」


「なるほどな」


 そういう事か。だから市場では商売が上手いフォウマンが多かったのか。


 シュロ―川を下り、半日。本日の野営場に着いた。スプルの手綱を近くの木に結んで、周りを見渡したが誰もいない。


「誰もいないなぁ。そういえばオウブ参りしている奴らに会わないよな。ブームじゃないのか」


 マリタが荷物を降ろしながら答える。


「ちょっと時期が悪いのよ。ウルミ連邦のセリオで大きなイベントがあるから。だからみんなウルミ連邦に行っているわ」


「イベント? 何があるんだ?」


「『世界総合魔術大会』、通称マジックカップよ。簡単に言えば、魔法を使って戦うってわけね」


 昔のコロッセオみたいなもんか。それにしても何か凄い名前だ……。


「魔法で戦うって相手を殺したりするのか?」


「そこまでは、しないわよ。参ったするか、気絶したら終わりね。事故で死んでしまう事もあるけど、ちゃんと審判がいて、事故が起きないようにコントロールしているわ」


「凄いな、ちゃんとスポーツとして成り立っているのか」


 シャル・アンテールは魔法も使えるし、魔獣もいて襲いかかってくるから生と死が近いイメージをもっていた。だが、ちゃんとスポーツもあり、娯楽もあり、生きる事を楽しむ事もしている。死が近いから、死を軽視して満たすのではなく、反対の生を際立たせる事で、色濃くしているように思えた。


 生きている。


 そう感じることが少なくなった現世の人達に、『生を楽しむ』って事を今一度思い出してもらいたいって思った。


「ところで東陽」


「ん?」


「今晩の献立は?」


 マリタの目がランランだ。


「今日はそこら辺に生えているホウルクとソーセージとハムだよ」


「ソーセージとハムって?」


「あぁ……えーっと……」


 俺は食材の入った荷物からソーセージとハムを取り出した。


「これだよ」


「ホムスとスメね。楽しみだわ」


 ソーセージはホムス、ハムはスメって言うのか……。


 マリタはそのまま荷物整理を始めた。ファビオが風のテントを出して、ハルトトは焚火を付けた。

 俺は荷物からホムス(ソーセージ)とスメ(ハム)を取り出して料理を始めた。ホムスとスメは焼くだけ。時間もそんなにかからずにできあがるお手軽料理だ。

 焼き終わったら、そこら辺に生えているホウルクを取ってきて、作ったドレッシングをかけた。


 いつもと同じように焚火を囲むように座り、みんなの前に配膳をした。そして、食べ始める。


 一口食べてハルトトが立ち上がる。


「ホムスは美味しいわー! 発明した人は天才ねー!」


 マリタも続く。


「メマカの腸にマシフクの肉を入れるなんて、考えることが突拍子もないけど……美味しい」


 ファビオは相変わらず、感動で目をつむり空を見上げている。

 俺も一口食べる。パリっとした音を立てて中から肉汁があふれ出す。複数のスパイスが鼻腔を刺激する。


「美味いね。ほんとソーセージだわ。これなら保存食としてもいいし、何より簡単で美味しいのがいいね」


 四人はそのまま食べ進めて、すぐに平らげた。食事中の会話の中でメマカとマシフクは山羊と豚に似た動物だという事がわかった。となると、現世と変わらない作り方かもしれないな。


 少しして、寝床を準備。火の番を決めて、眠りについた。明日はランボヴィル港だ。

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