ホテルのロビーで集まったジェイド団。マリタが今後の事を話し始めた。
「とりあえず、あの三人が落ち着くまではナイシアス連邦からは離れられないかしらね」
すると、ハルトトが言う。
「私が残るから、みんなは先に行って。動けるようにはなったけど、万全じゃないし。私も治療がてら、彼らの事を見張っておくわ」
「それもいいけど、だったらみんなでここで一息付くのも悪くないわ。ここまでスピード重視で突っ走ってきたし」
ファビオがその言葉に同調する。
「そうだな。ここで全員、全快させよう。ヒアマ国は未だに内戦が多く、内情が不安定と聞くからな」
「よし、決まりね。ジェイド団はナイシアス連邦で一旦休息します。ハルトトの回復、ハンガクさんの回復が済み次第、行きましょう」
全員が頷いた。そして、それぞれの部屋へと向かった。
ただ、俺の傷もそんなに軽くはないんだけどな……とは思った。
次の日の朝、ファビオとハルトトは病院へ。俺とマリタ、ロサは軽く運動がてらいつもの広場へと向かった。広場には数人の先客がいた。向こうも派手に魔法でドンパチやっている。こっちも軽く魔法を使いながら戦闘訓練をしようという事になった。
よくよく考えるとすごい事でもある。マリタもロサも二十代前半で、戦う事を目的に身体を動かそうとするのだから。もちろん人間と戦うわけではなく、言葉が通じない獣や魔物を相手に戦うわけで、狩猟に近いイメージなのかもしれないが……。いや、現世と違うんだから余計な感性なのかもしれない。
そんな事を考えいると当の二人は、真剣に魔力を練って魔法を放っている。キャッチボールみたいに自分の調子を確かめるようだ。マリタがロサに言う。
「ロサは結構、魔力高いね」
「そ、そうですね。マリタさんや、ハルトトさんより強いかもしれませんね」
「やっぱり、ハルトトが言ったように少し魔力を吸収しやすいタイプなのかもね。洗礼の時は特に変化はなかった?」
「か、軽い頭痛はずっとしていましたけど、大丈夫でした。ウ、ウルミ連邦で倒れた時はずっと頭痛がしていましたけど、今回はすぐに抜けたので大丈夫だと思います……」
「そっか。でも、魔力が高いことはいい事よ」
「で、でもあんまり魔法は得意でなくて…… まだまだ修行中です」
「魔力を会得するのが遅かったからね。色々教えてあげるわ。得意な魔法とかある?」
「か、風です」
「アギュラ族に多い属性ね。武器はやっぱり弓か銃器かしら」
「あ、はい。り、両方使えますけど、今日は弓を持ってきました」
「じゃあ、あの木に向かって、矢に風魔法を使って当ててみて。少し風魔法を矢に乗せれば、飛んでいる間も矢をコントロールできるわ」
マリタが広場の脇にある一本の木を指した。ロサは一回頷き、少し気合を入れて弓を構えた。
「は、はい。では、行きます!」
ロサが放った矢は、すぐに竜巻を生み出し、ドリルのように木をなぎ倒した。そのまま矢は木に穴をあけながら森林の中を突き進み、勢いが弱まった所で木に弾かれて上空へと飛び出し、魔法の威力が薄くなったところでやっと落ちてきた。
マリタも俺もあまりの威力に唖然とした。放ったロサ自身も震えている。
「あわわわ……」
「ちょ、ちょっと…… ロサ…… 凄すぎるけど、全く制御できていないわね…… 今のほぼフルパワーじゃないかしら」
「ご、ご、ごめんなさいぃぃぃ! 加減がよく分からなくてぇぇぇぇ!」
「しょうがないわよ。何年も魔法を使っていなかったんだから。でも、これじゃあ危険すぎるわね。ゆっくり出力の練習からしていきましょう」
「よ、よろしくお願いしますぅ」
そう言って二人は練習を始めた。俺も持っている道具の整備をした。昼飯も適当に食べて、また練習。そうするとすぐに日暮れ近くになった。マリタたちに声をかける。
「マリタ。そろそろ戻ろう」
「そうね。暗くなる前には帰りたいわね」
マリタとロサが顔を見合わせて頷いた。歩き始めたその時、ロサが立ち止まった。マリタが気に掛ける。
「どうしたの?」
「……ます」
「ます?」
「に、匂いがします!」
「な、何の?」
「千堂さんの匂いがします!」
そういうとロサは一目散に森林の中に入って行ってしまった。マリタと二人で追うが、トップスピードになったアギュラ族には敵わない。森林の狩人と呼ばれる事もある。
「おい! ロサ!」
俺が声をかけてもスピードを緩めずにどんどんと森の中を疾走する。ロサは匂いの元を探そうと森林奥まで入っていってしまった。こっちも見失わないようにするのが精一杯で何も考えずに追った。三十分……いや、それ以上の時間、森を彷徨ったが、結局見つからなかった。シュンとするロサ。
「ご、ごめんなさい……」
「いいのよ、ロサ。でも、一体何だったのかしら……」
「つ、強くはないですが、かなり鮮明な匂いでしたので……」
「でも、残念ね。ここで取り逃がすとは……。一体何のためにこの森の奥に行ったのかしら……」
と、マリタが言って周りを見渡す。日没を迎え、かなり真っ暗闇だ。
「でも、ここまで森林に入っちゃうと困ったわね…… ロサ、街の方角とかわかる?」
「い、いえ…… ここまで来ると町の匂いがわからないです……」
「そうよね。じゃあ、もうここで野営しましょう」
このスピードある決断は、毎回すごいと思う。マリタはあっさりと魔法で空き地を作り、風のテントを出した。その後、マリタはハルトトたちにリフォンで連絡をし、俺は薪拾いをし、ロサは小動物を捕まえてきた。ロサが口にラッタ(うさぎ)を咥えながら、嬉しそうに走ってきた。
「簡単に捕まえるな、ロサは」
「に、匂いを追って、あとは一瞬で掴みに行けば捕まえられます」
「それができないっつう話なんだけどな。その鼻と一瞬の瞬発力がアギュラ族の特徴なのかもな」
リフォンを切ったマリタがやってきた。
「ハルトトには連絡しておいたわ。今日は野営するって」
「心配してただろ?」
「いいえ、楽しんで~だって」
「あのやろう……」
「そういえば、今アギュラ族とかの話をしてたけど、東陽の所にはフォウマンだけなの?」
「そうだなぁ。知能を持っているのはフォウマンだけだな」
「全員、私たちみたいだなんて気持ち悪いわね」
「そうか? まあ、白とか黒とか黄とかあるけど……」
「角は?」
「生えてない」
「爪は?」
「伸びてない」
「羽は?」
「え? こっちに羽の生えている種族っているの?」
「アハハ! いないわ」
急にぶっこんでくるところがマリタらしい。そんな話をしながら焚火を始めて、ラッタを捌いた。ロサはそのままが良いというので焼かずに渡した。俺とマリタの分はしっかり火を通して、かぶりついた。やっぱり美味い。塩だけで美味い。
腹も膨れると、その場に雑魚寝を始めた。とりあえず火の番を決めて、それぞれが寝に入ったが、獣や虫の声がすさまじい。そりゃ、そうだ。アマゾンでキャンプしているようなもんだ。魔法を使える二人と、この風のテントがあるから少しは安心だがそれでも得体のしれないモノの声や音は怖い。上を見ると木の間からとんでもない大きさの鳥が飛んでいるのも見える。
「翼竜って初めて見た……」
ぼそっと声に出してしまったが、現代人で見ている人はいない。誰もが初めてだ。当たり前のことを言ったのが少しツボに入った。その様子を見て、マリタが声をかけてきた。
「何、一人で笑っているの」
「いや、なんでもない」
「千堂さん、やっぱりこっちにいるみたいね」
「あぁ。嬉しい反面、どういった顔で会えばいいのか、なんてことも少し考えている」
「まずは再会を喜ぶべきじゃないのかしら。私は兄さんに会ったらきっとそうするわ。色々言いたいことあるけどね」
「そっか。ほんと強いよ、マリタは」
「そうかしら。シンプルに考えているだけよ」
「二人、一緒に会えたらいいな」
「うん……」
「明日、どうする?」
「朝になったら、一回空からナイシアス連邦の方角を見て戻りましょう」
「今じゃダメだもんな。町灯りが見えても真っ暗な森林を歩いていくのは無理だし」
「それに上にはたくさんのプテトアーレが飛んでいるから、食べられちゃうわよ」
「あの翼竜ってそんな名前なんだ」
「一番大きいのはね。他にも色々いるけど、好奇心旺盛で人間を食べようとするのは大体、プテトアーレよ」
「下からだとよくわからないけど、どれくらい大きいんだ?」
「うーん……。翼も入れると私の三人分以上はあるかな」
って事は四メートルちかいって事か……。
「そりゃ人間食うね。地上に大きいのはいないのか」
「この辺りはまだナイシアス連邦も近いからいないと思うけど、森林の奥まで行けばわんさかいるわよ。まだ未発見の動植物もたくさんあるし」
「……なるべく早く帰ろう」
マリタと頷き、床へと着いた。虫や動物の声で騒々しくても疲れていると簡単に寝れるもんだ。五時間程度寝た頃に起こされ、日の出が出るまでたき火の番をした。森林の葉の隙間から日の光が入ってくるのは幻想的で、思わず見とれてしまう。
その光に誘われるようにマリタとロサも起きた。
「おはよう。お二人さん」
「お、おはようございます」
「おはよう。朝ごはんでも食べよっか」
マリタが背伸びをしてから立ち上がった。ロサも同じように伸びてから立ち上がる。起きてすぐに動けるのは素晴らしい。
「わ、私、何か捕ってきますね」
「お願い」
そういうとロサは森の中へと消えていった。
「こういう時、アギュラ族は頼りになるわね」
マリタがロサを見送りながら、「ふふっ」と笑った。
残った二人で荷物を整理している間に、ロサが小ぶりのパージ(雉)を三羽捕まえてきた。すでに一羽をかじりながら、二羽を焚火の近くに置いた。
意外に食い意地があるんだな、ロサは……。
朝から焼き鳥なんて贅沢だが、引き締まって美味しい肉だ。三人であっという間に平らげてしまった。少し休んでからマリタが立ち上がる。
「じゃあ、帰りましょう。ロサ、風魔法で空に飛んでナイシアス連邦の方角を見てみて」
「は、はい! わ、わかりました」
ロサは少し焦りながら、集中し始めた。
「そんなに焦らなくても大丈夫よ、最初は身体を少し浮かせて、そこからコントロールして」
「は、はい……」
マリタが上を見た。何か障害物や動物や鳥がいないかを確認している。
「空ではプテトアーレに気を付けてね。飛んできたら降りてきてね」
「わ、わかり……?!」
と、言った瞬間、ロサの身体は急上昇した。完全に魔法を失敗している。
「ロ、ロサ?!」
空に飛んだロサを見上げならマリタが言った。その瞬間、一匹のプテトアーレがロサを綺麗にくちばしで咥えた。思わず俺も声を上げた。
「嘘だろ! おい! ロサ!」
「あわわわわわ!!!!」
そのままロサはプテトアーレに咥えられて飛んで行ってしまった。マリタと俺はあまりの出来事に少しの間、固まってしまった。すぐに我に返り、マリタへ向かって言う。
「マリタ! ロサを追え! 俺も荷物をまとめたらすぐに追う!」
「わかったわ!」
瞬時に状況を理解し、二人は動き出した。
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