燃え盛る炎が見える程の爆発。一体何人が犠牲になったのだろうか。確実に無差別な犯行だった。秩序が守られていると思っていたがそうではなかったようだ。ハルトトもその煙から目が離せないでいた。
「ハルトト…… こういう事は頻繁にあるのか……」
「あるわけないでしょ……」
「だよな…… あれって爆弾か?」
「爆弾? なにそれ。多分、魔道具ね…… 無属性の魔力を圧縮して、投げ入れたのかしら……」
「時間差で爆破できたりするか」
「さあ…… でも……」
「でも?」
「炎の魔力を氷の魔法で包んでしまえば…… 氷が解ける時間は稼げると思う」
「……それが時間差だ」
「なるほど…… それが時間差ね」
「爆破のあった場所は、どこだろう」
「あそこは大統領府と教育部の間だわ。大きい広場だと思うけど……」
まずは犯人からのデモンストレーションってわけか。
「まさか、あそこにフユトトはいねぇよな……」
ハルトトが俺の方に振り向く。苦々しい顔だ。
「縁起でもないこと言わないでよ。ったく」
「あーごめんごめん…… 治安部隊ってシュウトト?」
「そうね、兄さんが動くと思うわ」
「それじゃあ、あれはシュウトトに任せて、こっちはフユトトを探そう。まずは聞き込みだ」
「わかったわ」
爆発で騒然とする中、逆に好都合な事もあった。それはみんなが顔を出してくれたから、声をかけやすくなったという事だ。これに乗じて…… っていうのは良くないかもしれないが、フユトトを探すためには仕方がない。ハルトトと二人で片っ端からフユトトの事を聞いて回る事にした。
一時間程、別行動で声をかけまくると、何人かからフユトトを見たとの情報を得た。だが、時間夕方であり、買い出しに来たものだと思うとハルトトが言う。
「この辺は飲食店と商売店が並んでいるから、もっと商売の方に行かないとダメかもしれないわね」
「じゃあ、この街の入口近くか」
「そうね。でもこの時間だから人がいるかどうか……」
その時、先ほどと同じような爆発が聞こえた。更に教育部に近い所らしく、煙と悲鳴が聞こえる。街は騒然となり、なんだなんだと人が出てきた。これはチャンスとばかりに入口近くまで戻ることにした。
「ハルトト」
「なに?」
「シュウトトに連絡つくか?」
「あ、なるほど」
ハルトトはピンっと来たようですぐにリフォンでシュウトトに連絡を取り始めた。治安部隊なら、あの爆発でテンヤワンヤしているだろう。リフォンを取ってくれるかわからないが、何が起きているのかだけでも聞いておきたかった。
長い呼び出しの後に、運よくシュウトトがリフォンを取ってくれた。
「あ、シュウトト兄さん……うん……うん……アレは何なの?……うん……」
ハルトトがシュウトトから話を聞いているようだ。忙しそうだが、一応変われとジェスチャーでハルトトに伝える。
「大体はわかったわ……あ、ちょっと待って。東陽が話したいって」
ハルトトが東陽にリフォンを渡した。
「あ、東陽です。手短に聞きます。犯人の目星は?」
「シュウトトです。わかりません」
「犯人の要求は?」
「……」
「要求はあるんですか?」
「……今、調べている途中です」
この沈黙が意味している事は、犯人からの要求があったという事だ。外に情報が漏れないようにしているのだろう。
「わかりました。最後に……」
「はい」
「俺たちに手伝えることは?」
「……今のところは……」
「ギルドを通してでも何でもいいんで、手伝えることがあればハルトトに連絡を」
「了解しました」
そういうとリフォンは切れた。ハルトトにリフォンを返す。
「シュウトト兄さんは何だって?」
「あぁ……何か犯人から要求があったみたいだな。内容は教えてくれなかったけど、もし難しい要求だったらまだまだ被害は増えるかもな」
「難しい……要求……」
「例えば大統領府に住まわせてくれーとか、誰かと結婚させてくれーとか、魔法を使わないようにしてくれーとかな」
「お金だった方が楽って事ね」
「そういう事だ。一応、手伝いが欲しければハルトトに連絡するようにって言ってある」
「いいわね。ジェイド団として受けて、名を上げられるわ」
「連絡が来るかどうかわからないが、その前にフユトトとゼントトを見つけよう」
「うん」
ハルトトと二人で街の商店街へと向かった。やはり二度の爆発音が聞こえたので人が沢山出ていた。時間で言えば既に夜の十時過ぎ。寝静まっている時間だったが、今夜は嬉しい誤算だ。
素早く聞き込みをすると、すぐにハルトトがフユトトを見たという人を見つけた。八百屋のコヨトトという女性だ。古い馴染みでよく買い物をする八百屋らしい。ハルトトの元へ急いで、コヨトトから話を聞くことにした。
コヨトトはプルル族の女性で歳は中年程度だろう。小さいエプロンを付けている。
「遅いよ、東陽」
「悪い。それで、彼女が」
「そう。コヨトトさん」
「東陽です」
俺はコヨトトに向き直り、頭を下げた。まあ、こういう文化はナイシアス連邦にはないけど、自分に染みついた挨拶はなかなか抜けない。
「はいはい、コヨトトです」
「フユトトとゼントトはご存じで?」
「はい、よく来てくれますよ。休みの日は二人で来たり」
「それでフユトトを見たという事でしたが」
「はい」
「何時くらいにどこで見ましたか」
「二時間くらい前かしら……ゼントトさんと一緒に歩いていましたよ」
「あなたはその時間、何を?」
「閉店後の雑用をしていました。野菜を揃えたり、お金を数えたり」
「それで」
「それでふと顔を上げたら、二人が歩いているのが見えました」
「どこに向かいましたか」
「街の入口の方です」
「二人の様子はどうでしたか」
「どうって……そうね……」
「……」
「少しゼントトさんは興奮していたかしらね……」
「どんなふうに?」
「息遣い軽く早いというか……あ、それをいうとフユトトちゃんもいつもより元気がなかったかもしれないわ」
「他にあの時間、閉店後に雑用とかやっている人はいませんか」
「さあ……今日は一人だったからね……」
「わかりました、ありがとうございます」
コヨトトの話を聞いて、ハルトトと二人で街の入口へと向かった。入口には護衛隊もいるから、もしそっちに向かって行ったなら、有力な情報を得られるだろう。
歩きながら、ふと後ろを見ると三回目の爆発が聞こえた。段々と居住区の方へと近づいている気がする。あっちはあっちで何が起きているのか……。
「東陽……あの爆発もヤバいんじゃ……」
「あぁ……でも、俺らはまずはこっちだ。フユトトとゼントトを見つけてからシュウトトに連絡を取ろう」
「そうね……」
街の入口へと来た二人は護衛隊に話を聞くことにした。入口近くには常に十数人の護衛隊が常駐している。可愛い……と言ったら失礼かもしれないが、小さい鎧を着て、テクテク歩く姿には、可愛さを禁じえない……。
すぐにハルトトが話を聞きに行ったが、有力な情報は得られなかった。フユトトとゼントトの足取りはここでプツリと途絶えてしまった。心配そうにハルトトが俺を覗き込みながら言う。
「どうする? 東陽」
「どうするも何も手がかりがあった所に戻って、また線をつなぐしかないかな。商業区へ戻ろう」
「わかったわ、何かあったらお互いリフォンで」
「今日は少し不穏だ。巻き込まれてなければいいがな……」
「変な事言わないでよ」
「あぁ……どうしても職業柄、最悪も考えて行動しちまう……わりぃ……」
ハルトトは元気を装いながらも、時間が経つにつれ、焦燥の色が出てきた。心配になっているのだろう。俺だってそうだ。ハルトトの妹夫婦がいなくなり、あんな爆発があったら心配にもなる。この国の情勢がどんなもんかわからないが、あの爆発は明らかに無差別であり、テロ行為ではなかろうか。だとすると、巻き込まれる可能性もある。相手は相手を選んでいないのだから。
ハルトトと二人でコヨトトのお店近くまで戻ってきた。ほぼ全員が外に出て、爆発が起きた方向を見ながら井戸端会議をしている。すでに街は騒然としていて、軍も騒ぎだした。部隊を作って治安部隊が町中に派遣され、民たちに家に戻れと命令するが、民たちは何が起きているんだ?と詰め寄っている。約一時間ごとに爆発が起きているようだ。
その光景を見ながらハルトトと顔を見合わせた。
「こりゃあ、早く見つけないとな……」
「もう……なんでこんな騒ぎになっているのよ!」
「ハルトトは一旦、家に連絡を入れろ。両親の安否確認と避難を呼びかけた方がいいかもしれない。とにかく情報だ。フユトトとゼントトを知っている人を徹底的に当たるぞ」
「わかった」
そういうとハルトトはリフォンを取り出し、両親に連絡をした。すぐに繋がり、一番頑丈な建物の工場に逃げるようにと言った。リフォンを切ると俺たちはとにかく人に聞きまくった。何十人という人に聞いたが、全く出てこない。諦めかけた時、一人の子供が話しかけてきた。
「なんだい?」
「お兄ちゃんたち、フユトト姉さんを探しているの?」
子供の後ろの方を見ると家族そろって、爆発の方を見ている。子供は少し爆発には無関心で飽きてしまったのだろう。
「あぁ。知っているかい?」
「うん。今日も一緒に遊んでもらったから。あそこの倉庫に入っていったよ」
「倉庫? 入口のか。何番かわかる?」
「左から三番目」
「ゼントトは?」
「ゼントト兄ちゃんは知らない」
「時間はいつ? 何時頃だい?」
「一時間くらい前かな……」
子供は見たことをそのまま覚えている。純粋ゆえの有力な情報だ。すぐにハルトトを呼び寄せた。
「どうしたの?」
「この子の話を聞いてくれ」
俺は話しかけてきた子供をハルトトに紹介した。ハルトトはその子と話をすると、驚いて俺の方を見た。
「ほんとに?!」
「わからんけど、とりあえず行ってみよう」
「わかった! ありがとうね。でも、今は危ないからおうちに帰りなさいね」
子供は大きく頷いて、自分のうちの方へ走っていった。俺とハルトトは街の入口前の倉庫へ向かった。その間に四度目の爆発が聞こえた。確実に一時間に一回爆発が起きている。これは無差別であり、要求のある犯行だと思った。で、なければ時間差を仕掛ける事がおかしい。正直、フユトトも心配だが、この爆発も嫌な予感がした。
倉庫街につくと左から三番目の倉庫に向かった。倉庫は何個も並び、ここから街へ郵送しているのだろう。
「ハルトト、一周回るぞ」
「え? 中に入らないの」
「フユトト一人で倉庫に入る用事ってあるか?」
「ない……と思うけど、ゼントトと一緒にいるんじゃないのかな」
「そのゼントトは何故、フユトトをここに連れてきたんだ」
「……え」
「『分からない事がある時は用心しろ』。よく上司に言われた言葉だ。今、俺たちは分からない最中にいる。こういう時は一番気を付けなきゃいけない。フユトトがいつも来ない倉庫に来たってだけで俺たちは用心した方がいい」
「……何かに……巻き込まれていると……」
「分からない。だからこそ、慎重に」
「……わかったわ」
少し納得のいかない顔をしたハルトトだったが、素直に従った。そして、倉庫を二手に別れて一周回ってみる事にした。倉庫は大きい荷物も入れられるように高さも五階建てくらいあり、プルル族用というわけではなかった。広さはサッカーコート一面分。出入口は表と裏のみで屋根には通気口らしきものが見えるが、現在は閉まっている。中に入るには表か裏の出入口からしか入る事ができないが、鍵がかかっているし、それでは気付かれるだろう。ハルトトと合流して、反対側の話も聞くが同じだった。
「どうするの、東陽」
「魔法で感知できないのか」
「そんなのとっくにやっているわよ、倉庫は軍の荷物なども運ばれるからアンチマジックがかかっているわ。中に入らないと無理ね。それに中に入って、私が感知しようと魔法を張ったら、一発で感づかれるわ」
「そうか……何とか中を見る事はできないもんかなぁ……」
「通気口とか窓も色々見たけど、難しいわね……」
「……倉庫の管理をしている所に行ってみよう」
「なるほどね」
二人は倉庫街の近くにある管理棟へと向かった。いつもなら静かであろう管理棟付近も、あの爆発で外に人が出てきている。話しかけてみると、今から倉庫を巡回するらしい。同行してもいいかと聞くと意外にもフランクにどうぞーと言われた。その警備員について行きながら小声でハルトトと話す。
「ラッキーだぜ、ハルトト」
「だね。それでどうするの」
「三番目の倉庫に入ったら、隙を見て俺らは中に残ろう」
「二人いなくなったら、この人騒がないかな」
「じゃあ、俺が残ろう」
「いや、ここは私でしょ。魔法も使えるし」
女子に任せるのは気が引けるが、確かに俺は魔法を使えない……。何かと応変がきくのはハルトトの方だろう。
「そ、そだな……じゃあ、ハルトトに任せよう」
「うん……」
三人は倉庫を回り、一番、二番と終わった。そのまま三番へと向かった。一緒に来てくれているのは警備員、アラトトさんというらしい。結婚するかどうか迷っているらしく、周りながらずっとその話をされた。
三番の倉庫に来て、入る前にハルトトと一回顔を合わせる。小さく頷いて、中へと入っていった。
倉庫の作りはほぼ一緒。入口から大きな棚が並び、荷物が積まれている。フォークリフトのようなものはない。魔法で運んでいるのかもしれない。棚は綺麗に陳列されているが、迷路のようになっており、端から端まで見るような事はせずに、目の見える所を見て回るような感じだ。正直に言って粗い。
三番も適当に回って表に出た。鍵を閉めて四番に向かう途中でアラトトが振り向いた。
「あれ? ハルトトさんは?」
「あ、トイレに行きたいって管理棟に向かいましたよ」
「じゃあ、待ちますか」
「いえいえ。先に進みましょう」
「そうですか。ま、どれも同じようなもんですし」
三番の扉を閉めてから、時間が経って気付いたのが良かった。上手く潜り込んだみたいだ、ハルトトは。
そのままアラトトと二人で倉庫を回り、管理棟に戻ってから解散。ハルトトは先に帰ったと言って、特に怪しまれるような事はなかった。
俺は急いで三番倉庫へ向かった。
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