マリタたちと別れてから一週間。そろそろ洗礼も終わる頃だ。
その日、東陽は早くに目が覚めたので、レイロング王国の首都カルタス城が見える丘へと足を運んだ。近くまでは行けないのでシュロー川を挟んでの見学だ。
とは言うものの数キロ離れているので、火や光を反射するものを持っていなければ目立ちはしないだろう。また、魔法で索敵されても、魔力を持たない俺は感知されないはずだ。
カルタス城……いや、レイロング王国は古代ヨーロッパによく似ている。高い城壁に、教会に似た建物や屋根などが見え、所々に王国の旗がはためいている。
「イタリア観光みたいだな」
目に映る風景が現世と重なる。不思議なもので全く違う星でも同じような技術が育っていったりしてるのは面白い。
まだまだこっちは鉄鋼や医療などは大雑把で、これから技術革新していくんだろうとは思うが、魔法がある分、優位な部分と不利な部分がある。そういった部分をこっちでは融合して発展していくのだろう。
現に魔道具なんかはそうだ。水と風で動く船は凄かった。次はバイクや車なんかも魔道具で作られそうだな。
「そういやセロストーク共和国のアクセルの所にバイクみたいのがあったな」
動力やタイヤなど、課題はたくさんあるだろうがシャル・アンテール産のバイクを乗ってみたい。現世ではもっぱら車ばっかりだったけど、バイクで走るのは気持ちがいいんだよな。
ぼーっと、そんな事を考えながらカルタス城を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「こんな所にいたのか、東陽」
振り向くとファビオがいた。
「ファビオこそ、どうした」
「水浴びだ」
「なるほど」
そういうとファビオは目の前の川へと入っていった。見ていると気持ち良さそうなので、俺も入ることにした。川の温度は水風呂みたいに冷たいので浸かる事はないが、身体に水をかけてこするだけでも大分違う。
「石鹸とかあればいいんだけどなぁ」
「なんだ、セッケンって」
「体の汚れを落とすものだよ、泡だらけになって洗える。油と灰があればできるけど。まあ、それは今度だな」
「それで洗うとどうなるんだ」
「どうなるってより綺麗になるよ。汗のべたべたとかすぐに取れる。洋服だって洗えば、汚れが落ちたりする」
「凄いな……魔法みたいだ」
「そんな魔法あるのか」
「いや、ない」
「なんだよ」
そんなたわいない話をして、二人は水浴びから上がった。着替えて宿舎に戻ろうと獣道を戻っていくと、ファビオが足を止めた。
「どうした」
ファビオは顔の前で人差し指を立てた。静かにというジェスチャーだ。何かを感じ取ったようだ。
耳を澄まして辺りを伺う。草木は生い茂っており視界は絶望的に無いので、音だけが頼りだ。小鳥や草木が風でなびく音が静かに響く。自分たちの息遣いの音すらノイズになってくる程に集中した時、微かだが自然の音とは違う音が聞こえた。甲冑のカチャカチャする音だろうか……無数に聞こえる。
ファビオと顔を見合わせて、小声で話す。
「こっちに向かってきてるな、しかも大人数だぞ」
「何故だ……何のために……」
「理由を考えている暇はないな。一旦宿舎に戻り、荷物を取りに行こう。形跡を消す時間は無いから宿舎に来られたら俺たちがいる事はバレるな」
「……わかった」
俺とファビオはなるべく音を立てずに素早く宿舎に戻った。魔導具や荷物などを持ち出し、隠れるために森の奥へと進んだ。数十分程度で落ち着けそうな場所を見つけた。小高い丘で草木が生い茂っている。そこで身を隠しながら動向を伺う事にした。
少し経つと宿舎の方面に三十名ほどの軍隊が現れた。黄龍騎士団と書かれた旗を持っている。
「んー……なんて書いてあるんだ? 黄龍……?」
「ミケーレ=バルディーニが率いるレイロング王国の防衛隊だ」
「その防衛隊の演習で来るのか、この辺りは」
「いや、ありえない。やるなら、いつものあの広場だろう」
あぁ……双子王子と電撃侍が戦っていた場所か。確かにあっちの方が広くてわかりやすい。
「じゃあ、何でだ。だったらお前の事を探しているんじゃないのか」
「わからない……だが、索敵をしている感じはしない。ん?」
「どうした」
ファビオの顔が驚きで止まっている。何かを発見したようだ。
「おい、ファビオ」
「ダリオがいる……」
「ダリオ? 弟か? 次期王候補の?」
視線を軍隊の列の中腹に持っていくと、隊長っぽい恰好をした男が二人いる。一人は短髪で前髪を上げて、甲冑の胸には黄色の鱗が施されている。もう一人は髪が金髪で女性のショートくらいの長さ、そしてウェーブがきいている。身体は白い甲冑に身を包んでいた。その傍らに二人のメイド服っぽい恰好をした二人の女性がいる。
「あれか……どっちだ?」
「黄色の方はミケーレだ、黄龍騎士団団長。白い方がダリオ。白龍騎士団団長だ」
「なるほどね。隣にはメイドもいるぞ。フォウマンだ」
「サラとレラだ」
「一騎当千のメイドって奴?」
二人のメイドの体形は標準的でそんな風には見えないが……。
「弟がお前を探しに来たって感じか」
「わからん……」
その軍隊は宿舎には寄らずに、そのまま森の奥へと入っていった。その先には大きな鍾乳洞が口を開けている。目的はあの中のようだ。
「大丈夫そうだな、目的は俺らじゃなさそうだぜ、ファビオ」
「あぁ……だが解せん。わざわざ黄龍騎士団に同行してまでダリオが来るとは……」
「その鍾乳洞に何かあるんじゃないの」
「……まさか、魔物探しか」
「はぁ?」
「宿舎に来る途中に見ただろ、食われて殺された女性を」
「じゃあ、魔物討伐隊ってわけか。あそこの鍾乳洞にいるのかな」
「わからんがあのような暗がりは好きなはずだ」
「そっか。どっちにしろあいつらがあの辺にいるなら宿舎には戻れないな。この辺で野営できる所を探そうぜ」
「あぁ……」
俺とファビオは丘を降りて、少し離れた所に小さい広場を見つけた。鍾乳洞からも遠いし、何か動きがあれば丘にもすぐに登れて、軍隊の動きを把握できるだろう。
腹も減ったので近くの木の実やホウルクを集めた。火は起こせないから、そのまま食べた。
しばらく経つと鍾乳洞の方から音が聞こえてきた。何かをやっているようだ。ファビオの言う通り、魔物討伐だろう。
昼も過ぎた頃、そろそろ様子を伺おうと二人で丘から鍾乳洞に軍隊を観察した。何頭か魔物の死体が入り口近くに並べられている。大きい猫のような魔物だ。軍の方にも被害があり、兵の負傷者も何人かいそうだ。ダリオ率いる白龍騎士団が救護班として動いている。
「あれが魔物か」
「いや……前のやつとは違うな。だが、あれが犯人だったらそれはそれで意味のある討伐なのだろう」
「ん……鍾乳洞の上に誰かいるぞ」
俺が視線を鍾乳洞の上に移すと、魔女のような恰好をした女性と軽装な男がいた。二人は上から討伐隊の様子を見ている。それを見たファビオの顔が固まる。
「あ、あれは……アミーリア夫人とルカ……」
「誰だ?」
「俺が殺したと容疑をかけられているリチャードの妻だ。ルカは黄龍騎士団団長のミケーレの弟だ」
「つまりバルディーニ家勢ぞろいってわけか……」
よくよく見ると鍾乳洞の上にいる二人には禍々しさがある。遠目からでもわかるドス黒い感情が二人にはあった。犯罪者特有の一線を越える感覚だ。
「ありゃあ……ちと、要注意だな」
「何がだ?」
「あ、いや。こっちの話だ」
その時、アミーリア夫人が鍾乳洞の上から何やら魔法をかけた。少し経つと入口から黒い霧のような物が立ち上り、中から兵士たちが苦しみながら出てきた。
「何かやってるぞ! ファビオ!」
「闇魔法だ……! 攻撃しているのか……」
「仲間割れか……。その夫人とやらは何を企んでいるんだ……」
「わからん……」
慌てふためく鍾乳洞の入口は阿鼻叫喚の絵図となった。中から複数の兵士たちが首元を抑えて飛び出して、吐血し、倒れて行く。だが、ダリオが左手をかざすと、その黒い霧は一瞬で晴れた。
「さすがだ、ダリオ……」
「だけど、兵士はほとんど倒れちまったぞ」
ダリオが素早く指示を出しているようだ。白龍騎士団の数名が救護班として兵士たちに光魔法をかけている。鍾乳洞の上にいたアミーリア夫人とルカの姿は見えなくなっていた。
「おい、ファビオ……これ、一大事じゃないのか……」
「アミーリア夫人……何を考えているんだ……」
「どう考えても王座狙いだろうよ。息子のどっちかに座らせたいんじゃないのか」
「ここでダリオを殺すって事か? そんな事出来るわけがない……」
「バルディーニ家が全員そろっているんだろう? ダリオの強さはわからんが、黄龍の隊長にあの夫人、それに弟が加わったら、どうなる? それともそれすら弾き返すほど、あのメイドたちは強いのか?」
ファビオの額から汗が垂れる。その時、ダリオ達の後方からアミーリア夫人とルカが見えた。緊張が走る。だが、意外にもアミーリア夫人はダリオ達に気さくに話しかけていた。
その光景にファビオは少し安心したような顔をしたが、逆に俺は不気味さを感じた。これはなにか奥の手があるなって。
「どうする、ファビオ」
「どうするも何も……俺は何もできん……見つかったら……」
「ダリオもお前の事をそう思っているのか」
「いや……それは……」
苦々しい顔をするファビオ。ダリオは信じてくれてたんだろう。
「ダリオが危なくなったら、躊躇なく行くんだぜ」
「……わかった」
「すこし近付こう。ギリギリのラインまで」
「あぁ……」
俺とファビオは荷物を持ち、鍾乳洞の方へと歩き出した。
その頃、ダリオ達の方はアミーリア夫人とルカが合流した。救護班に交じり、みんなに光魔法をかけ回っている。
アミーリア夫人は光と闇、両方使えるようだ。
ルカは黙ってその光景を見ているだけだ。どこか上の空で心ここにあらずといった感じで佇んでいた。
鍾乳洞の入口が見える付近に俺とファビオは身を隠しながら、様子を伺っていた。その時、鍾乳洞から身体の大きな魔物が飛び出してきた。身体全体から毒気を発し、ゾンビのように崩れた肉片、むき出しの牙を持っている。さながらヒョウやライオンのゾンビのようだ。身体はもっと大きく象以上の大きさ。周りを威嚇しながらダリオ達の方に向かってきた。
ダリオの前にサラとレラが立ち、その魔物と対峙した。動ける兵士や救護班は、ダリオ達の後ろへと走っていった。ミケーレも槍を構えてその魔物と向き合った。
ダリオの後ろでニヤリと笑ったアミーリア夫人。やばいと感じた俺はファビオを突き飛ばした。
「ファビオ! あの女を止めろ!」
ファビオはつんのめりながらも、ダリオの元へと走り出す。アミーリア夫人は溜めた魔力をダリオに向かって放った。
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