ロストエタニティ

~異世界シャル・アンテール編~
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アルトト博物館

公開日時: 2021年11月4日(木) 15:35
文字数:2,650

 次の日、ハルトトは朝からスプルレースに飛んで行ってしまったので、暇を持て余すことになった。そこで思い出したのが、アルトトの博物館だ。このシャル・アンテールの至る所でその名前を聞いてきたので、興味がある。聞き及ぶ功績は政治や文化、魔道具、芸術、技術に至るまで、凄まじい。この世界のレオナルド・ダ・ヴィンチのような万能の天才だ。そして、それを敬うがゆえにナイシアス連邦では全国民の名前にアルトトの「トト」が付けられている。それは敬服の仕方は、もはや神と言っても過言ではないだろう。


 昼前にホテルを出て、博物館前へ歩く。白い壁で大きい建物だ。観光スポットになっているので他民族もたくさん出入りしている。


「さてさて……どんなもんかな……」


 観光客に紛れて、俺も中へと入った。中は意外なほど広く、たくさんの展示物が飾られている。壁一面には一部の「アルトトの書記」のコピーが貼られている。また、それを基に作った生活雑貨や魔導具なども部屋の真ん中に並べられていた。

 灯りは魔導具で照らされており、現世の博物館のように薄暗い部屋にライトアップされている壁画のようになっていた。ただ、高さが若干低めでプルル族も見えるように台が置いてあったりしている。


「思ったより……本格的だ……」


 やはりお客を呼べる観光スポットはそれなりに力が入っているという証拠なのだろう。みんな静かに展示物を眺めている。とりあえず順路に従って、一つ一つ見ようと思い、壁にかけられている展示物を見始めた。

 アルトトの書記は紙と言うより、木の皮のようなものに書かれており、文字は古いナイシアス連邦で使われていたアルトト文字なるもので、その翻訳が下のプレートに統一言語で書かれている。

 いくら翻訳と言ってもわからない言葉もあるので、全部は読めないが、ある程度は理解できた。展示物を半分程度、見終わった時に俺は完全に理解した。


 アルトトは現世に来ている。


 しかも俺とほぼ同じ年代に。


 一瞬、身体がブルって震えた。驚きが一気に身体を突き抜けたからだ。そしてアルトトの色々な事に合点がいった。アルトトは現世に行って、戻ってきている。だから、凄まじい技術や科学、思考、学問などなどを身に付けていたという事だ。

 何年いたのかはわからないが、言葉の分からない現世でここまで勉強して自分の知識としたのは、天才以外の何物でない。アルトトの書記に書かれている、まだ解明されていないものなどはシャル・アンテールの科学や技術が追い付いていないからだろう。

 例えば、セロストーク共和国のアクセルの所で見たバイクのようなものはそのいい例で、化石燃料やゴムなどがまだ開発されていないから、形だけを見よう見真似で作っただけである。

 アルトトは二千年の歴史をシャル・アンテールに持ち込んだと言っても過言ではないのだ。


 更にもう一つ、嬉しい事もあった。アルトトが戻ってこれたという事は、俺も戻れる手立てがあるという事だ。どういう方法かは検討が付かないけど、俺は戻れるんだという希望が湧いたのは言うまでもなかった。


 展示物を見ながら奥へ行くと、ナイシアス連邦の創設者、ナイシアスの事にも触れられていた。好奇心溢れるプルル族でアルトトと共に冒険へ出発したが、アルトトは行方不明になってしまった。その後、オウブを研究し、魔力から魔法という技術を確立。アルトトが戻ってきた際に、その技術を二人で更に自然五系統、星二系統に分類させた。アルトトが書記の執筆に入ると不安定だったプルト大陸を半年足らずで平定。しかし、その戦いにてナイシアスは病魔に倒れ、夭逝。のちにプルル族、アギュラ族で連邦政府を発足。アルトトを初代首席とし、その礎を築いたナイシアスは国名となった。


 ナイシアスはアルトトを凌ぐ天才だったようで、魔法技術、集団戦争、政略に強く、プルル族、アギュラ族をまとめ上げた。全世界への冒険を夢みていたようで、アルトトを連れ出したのもその強烈すぎる好奇心がゆえだった。建国後に彼の意志を継ぐナイシアス探検隊が組織され、全世界の情勢を始めてまとめ上げる。ナイシアス探検隊が発見した土地や種族、まだ国とも言えない集団などは、その後、ナイシアス連邦と交流を結び、急速に文明を発展させていく事となる。


 シャル・アンテールという世界の文明は、この二人から始まったと言ってもいい。政治、経済、思想、宗教、差別、技術、科学、魔法、一般常識や日々の生活まで、アルトトの書記は事細かく書かれている。恐ろしいのは、現世の模倣ではない所だ。シャル・アンテールで伸びて行く文明を先回りしているような文言も目立ち、資本主義や封建主義などの欠点をカバーする考え方なども示されている。下手をすれば現世の資本主義より先にある経済体制を見据えているかもしれない。


「……こいつは多分……地球の歴史上に存在した、どの人間よりも上かもな……万能とか、天才とか、そういう言葉でくくれない……」


 博物館を全部見ていたら、夕方になっていた。それほど、展示物にのめり込んでいた。色々な秘密が分かった気がしたが、肝心の部分が分からない。

 分かったのは、現世とシャル・アンテールが何かで繋がっている事。そして、神崎とのもみ合いの中で俺は飛ばされたという事だ。


 あの時、確か神崎の胸が光ったような……。それで目が覚めると、森に居たんだよな……。


「神崎が魔法を使ったのか……」


 だが、時空を超える魔法はシャル・アンテールにもないという話だった。


「結局、そこで堂々巡りになるな……とりあえずは千堂と出会う事が先決だな」


 千堂に会えば、何かが分かる。きっと……。


 博物館を後にして、俺はホテルへと戻った。ホテルへ戻ると、ロビーにハルトトとフユトト、それにもう一人のプルル族の男性がいた。ハルトトが気付き、声をかけてきた。


「おかえり、東陽。紹介するわ。フユトトの旦那さん、ゼントトよ」


 プルル族の男性が俺の前へと歩いてきた。


「初めまして、東陽さん。ゼントトです。普段は船着き場で荷物整理などの仕事をしています。休みの日はこっちに戻ってきています」


「初めまして、東陽です」


 言っちゃあ、悪いが……。礼儀正しい子供を相手にしているみたいでむずがゆい……。


 少し談笑をした後、フユトトとゼントトは仲良くホテルを出て行った。ハルトトとも今日の出来事を少し話をした。博物館に行った事を伝えても反応が薄かったので、きっとスプルレースで派手に負けたのだろう。疲れたような顔をしていたので、二人とも自分の部屋へ戻っていった。


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