療養中は病院とホテルを行ったり来たり。腕の痛みは緩和されているものの、たまにピキッと痛みが走る。ベッドの上でボーっとしている時間が長いが、そんなに寝られるものでもない。三日目には寝るのに飽きて、昼から外を歩き始めた。
適当な服に着替えて、ホテルを出ると土の匂いがする。リアス村は今まで寄ってきたどの国、村より自然が多い。道路もあるんだかないんだか。多少は整備されているが、大きい木を特に伐採することもなく、そのままなので道はジグザグだ。
よく見ると木の上に家もある。自由過ぎるだろ。
そんな森林と一体となっている村を歩き、昼飯でも食べにレストランへと寄った。木造作りの西部劇に出て来そうな佇まいだ。観音開きの扉に入ると、ほぼ西部劇のバーとなっていた。入り口近くはテーブル席が乱雑に配置され、奥に広いカウンターがあり、そこにバーテンダーがいる。いや、バーテンダーではなくオープンキッチン風なのでシェフか。
とりあえず、カウンターに座ろうとすると、何やら周りがざわついている感じがした。何かは分からないが、席に着こうとすると、ロサの姿が見えた。
「あれ、ロサ」
ロサはカウンターで生肉をほおばりながら振り向いた。
「と、とうようはん。お、おふにちは」
「あぁ。とりあえず口に入っているもんを食べてから話してくれ。なんだ、ランチか」
ロサは口の中のものを飲み込んだ。
「……ごくん。あ、はい。東陽さんは?」
「俺も暇だから外でランチ」
そういうとカウンターの中にいるバーテンダーにおすすめを聞いて、それを頼んだ。ロサに向き直る。
「で、なんでこんなガヤガヤしているんだ」
「わ、わかりません……。なんか私の顔を見ているような、見ていないような……早く食べて出ようとしていたところです」
周りを見渡すと、みんながそそくさと視線を外す。確かにロサを見ているような、見ていないような……。
「まあ、他所もんだからっていうのもあるんだろう。それより魔法の修行はどうだ?」
「そ、そうですね。マリタさんに教えてもらって、コツみたいなものは分かってきた気がします」
「いいじゃないか。魔力はすごいらしいから、使いこなせるようになったら色々とできることも増えるんじゃないのか」
「は、はい」
「ウルミ連邦だと魔法がなくても平気なのか」
「せ、生活には困りません。ほ、ほとんどはお金で解決する国ですから」
「そうなんだ」
ウルミ連邦はオウブがない分、経済が発展している。ウルミ連邦生まれは魔法を使えないからだ。使うためには、セロストーク共和国、レイロング王国、ナイシアス連邦、ヒアマ国のどこかでオウブの洗礼を受けなければならない。だから、魔法のない文化が土着的に発展している。
ウルミ連邦だけは、どこか現世を思い出せる思考のリンクがあった。
「ロサはずっとウルミ連邦なのか」
「も、物心がついてからはそうです。い、一応リアス村で生まれたらしいのですが、記憶にありません」
「洗礼を受ける前にウルミ連邦に何かしらの理由で行ったわけか。孤児院って事は、両親の事は知らないのか」
「は、はい。ほ、本当に小さい時にウルミ連邦に行ったので……」
「じゃあ、ウルミ連邦の方が故郷だな」
「そ、そうですね。リ、リアス村生まれって言われると、なんかこそばゆいです」
雑談をしているとランチが運ばれてきた。店員にありがとうと言うと、目の前に並んだ食材を食べ始める。グリルしてあるパージと付け合わせのサラダのワンプレートだ。皮目がパリっとしていて美味しい。森で出会ったてるちゃんと食べた料理を思い出す。
「うん、美味い。イケるわ。ロサは相変わらず生肉なんだな」
「は、はい。こっちの方が食べやすいので……。リ、リアス村では皆さんも食べているので簡単に手に入りますね」
「焼いたのは食べられないのか?」
「た、食べられますけど、生肉の方が美味しいです」
「まあ、趣向はあるわな。ロサはマリタの兄貴を見つけた後もジェイド団に残るのか」
「そ、そうですね。で、できれば残りたいです。ず、ずっとウルミ連邦で過ごしていたので、世界を見て回りたいです」
「でも、ナイシアス連邦とヒアマ国が終われば制覇じゃないの?」
「オ、オウブ参りと都市部は制覇ですが、まだまだ未開の土地とかありますから」
その言葉を聞いて、自分が勘違いしているのだと思った。まだ、シャル・アンテールには未開の地が多いのだ。だから、調査団が必要で、世界中を飛び回っているというわけだ。
「未開の土地か……。確かに調査団ってそれが本業だもんな」
「は、はい。だ、だからオウブ参りが終わってからがジェイド団の始動だと思っています」
「そっか。じゃあ、まだまだだな」
「は、はい。わ、私もまだまだ魔法を使いこなさないと」
そういうとロサは両手を胸の前でグッと握った。
そして、その時だった。店の一部で少し大きなざわつきがあり、何人かが外に出て行った。他の客も少し騒然としている。
「なんだ?」
「さ、さあ……」
俺らの会話でこうなったのか?
一株の不安も感じながら、ランチを終え、ロサとホテルへと戻り始めた。
多少の談笑をしながら、道を歩いているとアギュラ族の女戦士と取り巻き数名が俺らの前に立ちふさがった。
「ん? なんだい」
取り巻きたちが女戦士にボソボソと耳打ちをして、女戦士の視線がロサに映った。少し、びっくりしているようだ。
ロサもたじろいでいる。
その時、取り巻きの一人が女戦士の前に立った。
「おい、女。お前の名前はなんだ」
かなり威圧的な……。いや、怖がっているような態度だ。
ロサは何だろうって思いながらも答えた。
「ロ、ロサコロムって言います」
「ロサ……。アリオナじゃないのか」
「え? だ、だれですか……」
「お前は死んだはずだろ! どうやって生き返ってきた!」
急にすごんできた取り巻き。それを腕で制止ながら女戦士が前に出てきた。
「私が話そう。すまない、ロサ。私の名前はラウラ=レグラ。リアス村の雪豹戦士団団長だ」
「あ、はい……」
「実はロサによく似た人を知っていてね。先日、亡くなったんだが……」
「わ、私は生きています……」
「見たところ、そうみたいだ。だが、あまりにも似すぎている。本当にロサコロムという名前なのかい?」
「は、はい。それに私はウルミ連邦出身です」
「ウルミ連邦……。そうか、じゃあ、きっと人違いだ。彼女は病弱でずっとリアス村にいたからね」
その話を聞いて俺は一人の女性を思い出した。俺を助けてくれた人だ。
「あ、ちょっといいかな」
ラウラが俺に向き直る。
「ん」
「俺はジェイド団の東陽。ロサとは同僚だ。そのロサに似た人って……。アルムデナ=アルアバレナさんと関係ないか?」
その名前にラウラたちが驚く。
「やっぱり知っていたのか! 私たちはアルムデナ=アルアバレナを探している。妹のアリオナ=アルアバレナが亡くなって以来、どこかに消えてしまったんだ」
話がつながってきたぞ……。つまり、妹さんが亡くなって姉さんが行方不明になったんだな。妹を探していると姉は言っていたが……。少し病んでいるのか……。
「なるほど。その姉さんなら自分で作った山小屋を転々としているみたいだったよ。俺はそこの一軒で助けられた」
「どこだ、そこは」
「……見つけてどうする気だい」
「連れ戻す。彼女はリアス村に必要な人間だからな」
「それって悪いようにはしないって意味でいいかい?」
「もちろんだ、何をするわけではない。戻ってきてほしいだけだ」
「わかった。じゃあ、俺が助けてもらった場所を教えよう」
俺は助けてもらった山小屋の位置を教えた。正確な地図がないので、目星程度だが彼女らの鼻なら見つけるだろう。
彼女らはそれを持って、一礼をして去っていった。
「い、行ってしまいましたね」
「災難だったな、ロサは。確かに似ているんだよ、その人」
「そ、そうなんですね。で、でも、びっくりしました」
「さて、ホテルに戻ろうか」
ロサと苦笑しながらホテルへと戻った。
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