ロストエタニティ

~異世界シャル・アンテール編~
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魔物出現!

公開日時: 2022年4月26日(火) 13:03
文字数:3,228

 紛れもなく千堂だった。きっとロサが数日前に匂ったというのは嘘じゃなかった。真ん中分けした髪の毛、少しパーマがかかっていて、顔は甘く、少し色黒で健康的だ。着痩せするが、身体はシャープさとしなやかさが同居する細マッチョ。それにいなくなった当時と同じシャキっとしたスーツを着込んでいる。性格は穏やかで明るく、雄弁。女性受けしまくるイケメンだ。だが、プレイボーイではない。シャイな一面もあるかわいい男……。

 俺はその男の名を、もう一度叫んだ。


「千堂! やっぱり生きていたのか?!」


 あの頃と全く変わっていない。千堂だ。千堂は微動だにせず、そこに佇んでいた。


「おい! 千堂! 俺だ! 東陽だ!」


 ゆっくりと千堂は振り向いた。だが、その目は笑っていない。


「どうしたんだよ! やっぱりお前もこっちに来ていたのか!」


 多少の違和感はどうでもいい。今は千堂が、目の前にいることが重要だ。やっぱりこっちにいたんだ。千堂は俺と同じように神崎にシャル・アンテールに飛ばされたんだ。

 俺は走り寄り、千堂の肩をつかんだ。


「おい! 千堂!」


 千堂は目を合わせてニヤリとした。


「お前、変わっていないな! どうしたんだよ、スーツもそのままか?!」


 変わっていない?

 スーツ?


 ほんの一瞬、違和感と疑問が頭を過ったのと同時に、右側から強烈な殺気を感じた。振り返る間もなく、自分の右側に強烈な衝撃を感じる。ギリギリの所で体を揺らしたのが幸いした。右肩、右腕をプレス機で圧縮されたような痛みと感触を感じた。視線を移すと、そこには巨大な歯が並んでいるのが見える。ターゲットの魔物だ。


「ぐはっ……」


 聖水の羽衣が弾け飛んで、何とかその歯からは逃れられたが、右肩をやられた。千切れなかっただけ幸運だろう。上下から圧力が加わり、骨が折れている。


「こ、こいつは……?!」


 素早く、魔導銃を上空に向けて撃った。森を抜けた所でガカン!っという音と立てて破裂した。雷の魔法が入っていたのだろう。これでマリタたちにも届くはずだ。

 魔物は本当に口が大きく、口から小さい手足が生えているような感じだ。大きさは二メートル前後。目は口の左右についており、おでこからはちょうちんあんこうのように触角が伸び、それが千堂につながっていた。


「これって魔物が作り出しているって事か? おい! 千堂!」


 千堂に呼びかけるがニヤリと笑うだけで強い感情表現はない。


「千堂…… じゃないのか……」


 寂しさと千堂を利用されたという悔しさが入り混じった。それが一気に怒りへのテンションに変わる。


「好きじゃねぇぜ! お前の狩り方はよ!」


 左手で魔導銃を持ち、魔物へと撃ち放った。だが、意外にも素早い動きでそれを交わされた。魔物はじわりと横に動くだけで攻撃はしてこない。なんだったら、少しづつ離れて行っている。


「逃げるなよ!」


 怒りをぶつけながら、魔導銃を何発か撃ったが魔物はそのまま森の中へと消えて行ってしまった。


「くそっ……」


 追い駆けたいが、肩の骨折が酷く、思うように動けなくなった。


「東陽!」


 マリタの声が後ろから聞こえてきた。ガサガサと草木を乱暴に分ける音が聞こえる。ロサも来ているようだ。


「こっちだ! マリタ!」


 声を出して呼ぶとすぐに来てくれた。傷を負っている俺を見て、周りを警戒する。


「大丈夫? 魔物は?」


「あぁ……。その森の奥へ消えて行ったよ。厄介な魔物だぞ」


 消えたという言葉を聞いて少し安心したマリタは、俺の肩に光魔法をかけてくれた。ロサはあわわしてるだけだ。


「ありがとう、助かるよ」


「派手にやられたわね」


「一口でガブリだ。口の大きい魔物だったよ。そして、どういう原理かはわからないが、幻覚を作り出す。俺は千堂を見つけたと思って油断した所を噛まれた」


「千堂さんを……」


「もちろん幻覚だ。だが、かなりリアルだった。違和感に気付かなかったら、俺は頭を砕かれていたよ。こういう場所で触角を出し、それが幻覚に作用する。人や物に変化できるんだろう。俺は千堂だったが、二人は違うのが見えるのかもしれない。心で会いたいと思う人や心配な人……。きっとそういう人をアレは作り出すはずだ」


 マリタの魔法が効いて、痛みが和らいできた。


「会いたい人……。私だったら兄さんとか、心配している両親とかかしらね……」


「あぁ……。ロサも千堂やマリタの兄さんに会ったら気をつけろ。それは多分、あの魔物の幻覚だ」


 あわわしていたロサが振り向き、頷いた。


「は、はい!」


 骨折は治らないが肩の痛みは何とか和らいだ。一旦、リアス村に戻り本格的な治療をする事にした。


 リアス村に戻ると、まずは医者へと行った。アギュラ族は狩猟民族らしく、怪我も多いので医療は思ったより発展している。肩に魔法をかけてもらい、更に折れた部位はつないでもらった。あとはいつものように毎日魔法をかけてもらえば一週間程度で治るらしい。ここら辺のスピードは現世とは比べ物にならないくらい早い。痛みも消えることはないが和らげてもらえる。

 先程まで折れて動かなくなった肩だったが、水平くらいには上げられるようになった。


「すげぇな、ほんとに」


 思わずポロリと本音が出た。それを聞いたマリタが反応する。


「何が?」


「いや、魔法だよ。骨折なんて俺らの世界なら一カ月はかかる」


「魔法がないなんて信じられないわ。よく生きていけるわね」


「その分、機械などが発展してるからね。不自由はしないよ。ただ、医療などの世界は違うかもな。魔法があればもっと助かる命が増えるかもしれない」


「何だか魔法がないって話はおとぎ話のようだわ」


 そりゃそうだ。こっちも魔法がある世界に来て、おとぎ話の中にいるようなもんだと思っている。


「それより、詳しく話すぞ。あの魔物の事」


「えぇ」


「まず、大きさは二メー……。二マウくらいで、口が身体の半分以上を占めている。おでこから細い触角が出ており、その先端が千堂になっていた。つまりは、それが幻覚を見せさせる何かだという事だ」


「その千堂さんは話したり、動いたり?」


「いや、言葉は発しなかった。目線や表情も少し動く程度。だが、さすがに面食らったよ。一瞬、俺の思考は止まった。そこを間髪入れずに噛みに来た。その一瞬の思考停止でも、相手には十分すぎる時間だったよ」


「何か不気味な魔物ね」


「あぁ。それに失敗したら驚く程、早く撤退した。二回目の攻撃はなかったのを考えると、攻撃方法は少ないと見ていい」


「最初の嚙みつきが失敗すれば逃げるって事ね」


「そうだ。倒すにしろ、捕まえるにしろ、チャンスは一回だけだと思った方がいい」


「生死は問わないから平気よ」


「それと幻覚に惑わされないこと。マリタが見た時、下手すりゃ兄貴が出てくるかもな」


「……」


 マリタが少し困った顔をした。


「あ、いや。俺の千堂だったらやっぱり今、会いたい人とか、気になっている人が出てくるはずだと思って……」


「えぇ。わかっているわ。でも、ちょっと気になることもあるのよね」


「何が」


 マリタはロサに向き直った。


「ロサ、ナイシアス連邦を出て練習をしていた最初の日に、千堂さんや兄さんの匂いを感じたって言ってたわね」


「は、はい……。で、でも、とっても薄くて……」


「わかっているわ。あれってどうだったのかなって……」


「ど、どうって……」


「……いや、やめておくわ。決定的な事以外、今は信じない方がいいわね……」


 マリタが少し悲しそうな顔をした。

 マリタの考えはわかっている。もし、あの匂いが本当だとしたら、幻覚とは言え姿を見たら、心が揺らいでしまうかもしれないという事だ。『もしかしたら』に付け込まれるのもわかっている。それと同じくらいに『かもしれない』という希望を抱いてしまう。理論では解決できない精神的な問題で、人間らしい問題でもあるんだ。


 俺の応急処置を終えた後、三人はホテルへと戻った。俺の怪我の具合を見ながら、魔物退治に向かう予定となった。痛みは緩和しているが、骨がくっつくまでは三日。全治は一週間となった。とりあえず、三日は様子見となった。

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