朝は窓から入ってくる朝日と静かな汽笛で目覚めた。ベッドの上でゆっくりと体を起こし、窓の外を見ると街などは消え失せていた。見える陸地には山や森林が生い茂っている。よく見ると空には大きな翼竜のような物が何匹も飛んでいた。
「うわ……あんなのが頭の上を飛んでいたのか……」
よくよく考えたら川沿いの森林地帯を歩いてきたので、大きく空を見上げる事は無かった。あーいう地球では見ない規格外の動物というか、魔物を見るとここがシャル・アンテールだという事を再認識する。
とりあえず、シャキっとするためにベッドから降りてシャワーを浴びた。お湯は出るはずもなく、冷たい水だが、逆に体が起きるというものだ。シャワーから出ると身なりを整えて、軽く甲板で風にでもあたろうかと思い外に出た。
甲板のある二階まで下りると潮風が吹いていた。さすがに海の上なので風は強い。船は潮にのって優雅に進んでいる。心配していた海の魔物などの襲撃も無く、平和そのものの航海だ。
「この船であと九日か……」
思ったより長くかかりそうで少しげんなりとした。理由は暇だからだ。船にはジムやプール、カジノなど様々な物が設置されているが、自分で楽しいルーチンを考えなきゃダメかもしれないな。
そんな事を考えながら、朝食を食べに食堂に行くと多くの人がいた。夕食は時間がバラバラだが、朝食を食べるタイミングはみんな同じらしい。
乗客はフォウマン族、バルド族が多いが、中にはハルトトと同じプルル族や、セロストーク共和国の工房にいた体の大きいグラン族も見える。初めて見たが猫を擬人化したようなアギュラという種族もいた。
武器等は預けているので、みんなリラックスした服装をしている。民族衣装とでもいうのだろうか。種族によって何となく統一感があり、そして思ったよりお洒落で華やかだ。
朝食を終えると、軽くジムで汗をかく。ダンベルとかはないがそれに近しい物がある。持つところがあり、錘を変えられるようだ。また、無限に走れる魔道具もある。どういう理屈かわからないが、いくら走ってもその場から動かない。足に負荷がかかっているが前に進まないのだ。面白くてちょっとだけ長く走ってみたりした。
現世と、ある程度同じ形で身体を鍛えられるのは良い感じだ。一時間程度、汗を流して、部屋に戻り、シャワーを浴びる。昼食まではミアを飲んで部屋で過ごした。
昼食も食堂だが、カフェスタイル的な趣きだ。がっつり食べるというより、軽食のような気がする。パンに何かを挟んで食べたり、ミアを飲んで終わりだったり、あんまり重要視されていない感じだ。現世のサラリーマンたちはもっとがっつりメニューが多いけどな。
その後はプールでまた身体を動かす。とはいえ、泳ぐってより浸かっている感じだ。軽く泳いでは、景色を見ながら歩く。とにかく時間が無限にある気がした。
プールから出ても、まだまだ時間を持て余すから、食堂にある雑誌や本などを読んだ。統一言語の勉強にもなる。
夕食はマリタたちと合流。一日の事を話すが、まあ、同じ事の繰り返しだった。
夜はバーに行くことが日課になった。行くところが無いというのが正解なのだが、酒が入ると陽気になるのは異世界でも共通らしい。色々な人達と交流ができた事は良かった。よく考えたら、ジェイド団以外の人間と話すことは少なかったから、いい刺激になった。
結局、船旅の九日は暇との戦いだった。快適ではあったが、やはりやる事が限られている。だが、いい休暇だったかもしれない。
九日目、ウルミ連邦のもっとも南の島、レオーネ島のエンリカ港に到着した。完全にリゾートの南の島という感じで、ヤシの実みたいな木が生い茂り、白い砂浜が見えている。だが、一番の興味はその島の先に見える浮いている空中都市だった。
その都市は現世ですら見たことが無い建築物で、言うなれば四つの方向から登れる歩道橋の中央部分に都市があるような感じだ。もちろんそれだけでは重さに耐えられないので何本もの支柱が海に向かって伸びている。
その都市を見ながら呆然と歩いて船を降りた。そして、武器返却所へ向かいマリタたちと合流した。
「おぉ、マリタ。あの浮いているのは何だ?」
「あれは、海上都市バブルよ」
「海上……都市……バブル……」
「ウルミ連邦は派手好きな首相でね。オウブ大戦で真ん中にあった島は粉々にされてしまったのよ」
「島があったのか」
「まあ、今でもあるけどね。そこに柱を立ててバブルを作ったんだけど」
「な、なるほど……」
「ウルミ連邦はシャル・アンテールのほぼ中心地。どこかの国でオウブの洗礼を受けていれば魔法が使える稀有な場所よ」
「セロストーク共和国の洗礼だけでもウルミ連邦では魔法が使えるって事か?」
「そう。だから人が集まり、物資が集まり、貿易の要になっているってわけ。世界一の経済都市と言っても過言ではないわ」
シャル・アンテールで一番の衝撃は魔法だったが、それに匹敵する衝撃だ。例え作ろうと思っても作れる代物ではないだろう。
「いやー凄いわ……ほんとに……」
「さて、行くわよ。一旦、バブルへ」
「お? 行くのか」
「えぇ。ナイシアス連邦にもここから出る船で行くけど、さすがにすぐに船で行くには疲れるでしょ」
ハルトトが飛びあがって喜ぶ。
「さっすがマリタ! 行こう! 行こう!」
「ふふ…… どうせギャンブルでしょ、ハルトトは」
バレたという顔をするハルトト。どんだけギャンブル狂なんだ。
「ハルトトは船でもやってたんじゃないのかよ」
「やってたわよ、トータルでトントンだったわ」
「それは凄いな……」
「やっぱりスプルレースよ! 大きく儲けるにはね!」
「ここにもあるのか」
「当たり前でしょ! スプルレースは全国にあるわよ。年間スケジュールで国中を回ってレースをするんだから」
「へークラシックみたいなのもあるのか?」
「クラシック?」
「何だろ……世代最強戦とか絶対に取りたいレースとか」
「あるわよ。三歳レースは一生に一度しか出れないし、全レース勝てば五冠って称号を得れるわ」
「三冠じゃなくて?」
「五冠よ! 国別でレースをやるからね」
国別って事は、セロストーク共和国、レイロング王国、ナイシアス連邦、ヒアマ国、ウルミ連邦って事か。そこで何とかダービーとかやるんだろうな。宝塚記念や有馬記念みたいなのもあるのかな。
「ドリームレースというか、全世代最強戦みたいなレースは?」
「あるわよ。シャル・アンテール記念とオウブ記念が」
「ベタな名前だな」
「あー! 早く行きたいわ! みんな走るわよ!」
そういうとハルトトはバブルに向かって走り出した。
「あ、おい! しょうがねぇな、あいつ」
俺とマリタとファビオは荷物を抱えて、笑いながらハルトトの後を追った。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!