ロストエタニティ

~異世界シャル・アンテール編~
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グラディー村新婚殺人事件

公開日時: 2020年10月14日(水) 16:42
文字数:4,421

 マリタの部屋に集まった瞬間、マリタは衝撃の言葉を発した。


「殺人事件よ!」


 折角、温泉がある宿に泊まっているのに、こりゃ温泉は後回しだな……

 マリタはそのまま続けた。


「容疑者は既に取り調べ中。私たちは証拠を集めてほしいとの事」


 ファビオが手をあげて話し始める。


「依頼人は誰なんだ?」


「領土防衛隊治安維持部隊グラディー村担当長のフランツ=フェルヒさんよ。私のパパの後輩で、よく家に来ていたわ。私が調査団を作った事を聞いて、簡単な任務をくれたってわけ。ギルドに話を通してくれているわ」


「そうか……軍の仕事をこなしたら、ギルドでの依頼の幅も上がりそうだな」


「そういう事。東陽」


「ん?」


「ケイサツという仕事と似てるでしょ」


「まあ……そうだな」


「頼むわよ。って事で、今から現場に行くので用意して。すぐに宿舎の前に集合よ」


 マリタがパンパンと手を叩いた。三人は一度、身支度を整えるために自分たちの部屋に戻った。俺も部屋に戻って、荷物を漁っているとマリタが部屋をノックしてきた。


「東陽、いい?」


「あぁ、なんだ」


「これ、ヴァルティペの報酬」


 マリタは分厚い札束をそのまま持ってきた。100万バルらしい。


「凄いな……助かるよ。あ、じゃあ当面の生活費だけ抜いて、オリバーさんに世話になった分は返すよ」


 俺は十万バルを残してマリタに渡そうとした。


「そういうのは自分から渡してよ」


「……そうなんだけど……セロストーク共和国に戻れるかわからないから」


 俺の言葉にマリタはハッとなって、札束を受け取った。


「そうね、東陽は戻れたら戻るんだもんね」


 少し悲しそうな顔をするマリタ。


「みんなと旅をするのは楽しいし、感謝もしてる。でも、俺も向こうに残してきた人たちがいるんだ。戻る方法が見つかれば戻るよ」


「じゃあ、戻る方法がなかったらジェイド団にいるって事ね」


「そうだったら嬉しいね……勝手で悪いが……」


「なかなか複雑だわ……何か」


「俺もだよ」


 二人は顔を見合わせてクスっと笑った。こういうのをわかってはいるけど、止められないって奴なんだろうな。でも、ジェイド団に残って欲しいというマリタの気持ちは嬉しかった。少しでも役に立とうって気持ちにさせてくれる。

 マリタは一つ挨拶をして外に出て行った。


 身支度を整え、俺は部屋を出た。宿舎の前に集合と行ったが誰もいない。ちょうどいいので、ぼーっとグラディー村の様子を見てみる。


 宿舎は村の入り口近くだ。目の前にはアゼドニア湖が広がっている。湖の左右には山が見える。ユルゲンス山脈の間にできている湖で大きさは猪苗代湖くらいだろうか。この湖から二本の川が派生しており、その一つのアレイン川がセロストーク共和国まで続いている。アレイン川の周りに自生しているのが歩いてきたコンシュニア森林の樹木たちというわけだ。


 村の人口は数百名。そんなに大きくはない。家は木造の平屋が多く、貿易と湖で獲れる魚介類で生計を立てているようだ。村の端の方には畑もあり、食べ物には困っていないようである。セロストーク共和国とレイロング王国の境界にあるため、貿易の要にもなっているので人の往来は多く、物資も潤沢にあるのだろう。


 岸には貿易用の大きい船が二隻ほど停泊している。あれなら魔物に襲われても平気そうだ。人を乗せて運ぶ船もいずれは建造されるだろう。だが、今はザーノンという動物で渡った方が効率的な上に、この土地を印象付ける目玉にもなる。何しろそのザーノンという動物は……。


 見た目がほぼネッシーだからだ。


 先程から俺の目に飛び込んでくる恐竜。明らかにザーノンと書かれたプレートの奥にいる。あれはもうネッシーだ。首が少し短いネッシーだ。俺は唖然とした。


 背中に大きな船を催したベンチが付いているなぁ……あれだなぁ……。ネッシー見っちゃったなぁ……。この目で見ちゃったなぁ……。アゼドニア湖だからアッシーか。アッシーってなんやねん、送迎する男やん。


 なんてノリツッコミをしながらザーノンを見ているとみんなが宿舎から出てきた。みんな変わらずの格好で普通に武器を持ってきている。


「武器、必要なのか? 犯人捕まっているんだろ?」


 マリタが答える。


「一応ね、何が起きるかわからないから。移動するわよ」


 マリタが先頭に立って歩き始めた。現場はここからすぐ近くの民家だった。平屋で周りには獣除けの柵が打たれている。柵の外に何人か軍の関係者がいて、平屋の中でも捜査しているようだ。


「ちょっと話をしてくるわね」


 そういうとマリタは軍の人に話しかけに行った。俺は平屋の方に目をやる。古い木造の建物だ。玄関があり、入ってすぐに部屋。その右側には戸があり、庭がある。玄関の奥にも戸があり外に出ていける。左側は壁だ。

 マリタが戻ってきた。


「中に入っていいだって。聞いたことを説明するわ」


 マリタの説明を聞きながら、みんなで柵の中へ入っていく。説明の内容はこんな感じだ。


 殺されたのはユッタ=シューア、女性。二十三歳。

 死因は毒殺。

 容疑者はユッタの夫、ハンス=コッホ、男性。二十三歳。職業は漁師。

 昨晩、二人一緒に食事をしているのを近所の人が確認している。


 ハンスは詳しい事情を聴くために軍に同行。今、身柄はグラディー村の軍舎で取り調べを受けている。


 そして、ジェイド団への依頼は、毒殺した毒物の抽出だった。


「どうやって毒物を抽出するんだ?」


 俺は不思議そうに聞いた。ハルトトが答える。


「簡単よ、毒物って刺激とか臭いとか特徴があるから光魔法に引っかかりやすいのよ。マリタの光魔法でサーチしてすぐに見つけられるわ」


「そんな簡単な事を軍の依頼で? 軍に光魔法を使える人はいないのか?」


「確かにそうね……」


 ハルトトが腕組をしながら考え始めた。

 軍の依頼というからには軍ができない事をするものだと思っていたが、単なる人手不足か……。

 ジェイド団はそのまま平屋の中へと入っていった。玄関からすぐにキッチンというか、土間。奥に大きい部屋が一つで机と椅子がある。

 ここで毒殺されたというわけか。

 ふと奥の扉の先に人影が見えた。他の軍の人達とは身なりや恰好が良い。隊長クラスだと一目でわかった。外で芝生を踏んでいる。何かを確かめているのだろうか。

 俺はその人物に近付いた。


「あの~すいません」


「ん?」


 男は振り返り、俺を見た。歳は二十五六かそこら。髪は茶色でラフな七三分け。やせマッチョなフォウマンだ。上下薄いが銀色の鎧をまとい、剣も差している。


「ジェイド団って言うのですが……」


「あ~話は聞いています。私は領土防衛隊治安維持隊グラディー村担当のノエル=グロートと申します。この事件の責任者です」


「あ、ども」


 随分と丁寧な青年だ。ノエルに着いてきてもらい、マリタに紹介する。


「マリタ。ここの現場の責任者さんだ」


 マリタは駆け寄ってきてノエルに挨拶をした。


「初めまして、ノエルさん。私がジェイド団団長のマリタ=パウです」


「初めまして。フランツから聞いています、同じ隊のノエルです。ご尽力感謝いたします」


「いえ。それで被害者が倒れていたという所はどこですか」


「この部屋です。ここで彼女は倒れたようです。死因は毒殺だと思うのですが、その毒が出てきません。彼女の身体からも直前に食べていた食事からもこの部屋からもです」


「彼女の身体からも? それで何で毒殺だと……」


「状況からですね。夫と一緒に食事をして、その後夫は仕事で一旦外へ。その間に倒れた。夫は我々に連絡。現場に到着した時には被害者は死亡。夫には詳しい話を聞くために軍舎に来てもらっています」


「光魔法でサーチはもう?」


「はい。私も使えるので何度か試みましたが、全然……」


 首を振るノエル。ハルトトが割り込んでくる。


「魔法を使えて、剣も持っているわよね。あなたは赤魔導士?」


「そうです」


 装備でわかっちゃうんだな。そういう見破り方もあるのか。


「一応、本職の白魔導士さんにもやってもらった思った方がいいと思いまして……お手数ですがお願いできますか」


「わかりました」


 マリタは頷いてから、ゆっくりと精神を集中させ始めた。ジワリと淡い光がマリタの身体を覆い、やがて外に向かって放出されていく。

魔力の無い俺もその淡い光に当てられると膜のような物を感じられる。少し包まれている感じがして、優しい安心感を得られるのは面白い。

 そのまま大きくなっていき、平屋の外まで届いた。これでマリタが毒物を感知すれば終わりってわけだ。

 しかし、マリタは険しい顔をしている。


「どうした、マリタ。見つかったか?」


「……おかしい、全然ないわ」


「え? 見つからないのか?」


「少し強めに魔法をかけたつもりなんだけど、感知できない。どうして……」


 マリタの額から汗がにじむ。更に集中するが、マリタの表情を見る限り、感知できていないみたいだ。


「やっぱり……ないわ……」


 そういうとマリタは魔法を解いた。ノエルがマリタに近づいてくる。


「ありがとうございます。出ませんでしたか」


「すいません……」


「謝る事ではないです、無ければ別の方法で殺害したかもしれません。他の方法を探ってみます」


「はい……私たちももう少し調査してもいいですか」


「いえ、これ以上は私たちの仕事です。フレンツさんとギルドには私から言っておきましょう」


 ノエルは片手をあげて、そのまま立ち去ってしまった。少し疲れた様子のマリタ。集中して魔法を放出するのは多大なエネルギーを消費するらしい。

 マリタに手を貸すファビオ。


「大丈夫か、マリタ」


「えぇ……大丈夫よ。一旦、宿舎に戻りましょう」


 俺たちはそのまま事件現場を離れた。簡単に終わるかと思っていたが、そうではなかった。まさか、見つからないなんて思ってもいなかった。

 宿舎に戻る帰り道、まだ腕組みをして考えているハルトトに話しかけた。


「おい、ハルトト。さっきからなに黙っているんだよ」


「……もしかして、バニシングマジック……」


「あ? え? バニ……なんだって?」


「消える魔法よ……ヒアマ国に伝わるハバキ流魔術に相反する魔力をぶつけて消し去る方法があるって聞いたことがあるわ。毒物に応用できるかはわからないけど理論的には可能かもしれない……」


「毒物を消せるって事か?」


「正確に言えば魔法で作られた毒物ね。闇魔法で作られた毒物を、逆属性である光魔法で消す事は可能かもしれない。ただ……」


「ただ?」


「多分、禁止されている魔法だわ。ハバキ流魔術とはヒアマ国隠密部隊『忍者』が使う特殊魔法。人に使ってはいけない厳しい条例があったはずよ。あくまで魔物専用という事でね」


「じゃあ……容疑者のハンスは忍者って事?」


「わからないわ、マリタ。容疑者を確認した方がいいんじゃない?」


 ハルトトの言葉にマリタが振り向く。


「そうね……フレンツさんに連絡してみるわ」


 マリタはリフォンを出し、フレンツさんに連絡を取り始めた。少し話すと軍舎に来てもいいとの事だった。マリタの体調もそこまで悪くないようだし、みんなで軍舎に向かう事になった。


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