ロストエタニティ

~異世界シャル・アンテール編~
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混沌(カオス)の始まり

公開日時: 2021年12月24日(金) 23:50
文字数:3,400

 三番倉庫に着き、扉の前に立った。耳を当てて、中の様子をうかがうが、物音ひとつしない。ハルトトが中から開けてくれるまで俺は動けない。扉の前から離れ、並んでいる倉庫の影に身を隠した。扉は見える位置にいるので、動きがあればすぐに向かう予定だった。

 時間が静かに過ぎていく。一分が異常に長く感じた。リフォンも鳴らせない。声もかけられない。ただ、ハルトトを信じるだけ。

 現世でも千堂を待つだけの捜査があった。人探しや神経質な犯人を追う事も多かった俺は、隠密に行動する事を叩きこまれていた。ただ、静かに相棒を信じて待つ。簡単そうで簡単ではないのだ。諦めるのとは違う。信じて待つ。これが一歩目の速さに影響し、その一歩目が命を左右するかもしれないのだ。緊張は途切れさせない。


 十分程度経つと、倉庫から微かだが物音が聞こえた。ゆっくりと近づく。物音というより呼び出し音だ。


「(リフォン?! ハルトトのか?)」


 一気に扉に近付き、耳を扉に当てる。中から声が聞こえる。

 男の声……ゼントトか?!

 中で言い争いが始まった。ハルトトとゼントトの声だ。

 

 どうする?

 

 扉を叩いてハルトトに開けてもらうか?

 

 いや、ハルトトも俺がいる事は分かっている。何かあったら扉を開けるだろう。この場合、俺がいる事をゼントトに気付かれない方が良い。扉が開くまで俺はここで待っていた方がいい。扉を叩いて居場所を知らせるなんて愚の骨頂だ。中がどうなっているのかわからないのに、ハルトトの危険が増えるだけだ。


 ハルトトとゼントトの怒鳴り声が大きくなってきた。とはいえ、倉庫なので外に音は漏れないだろう。扉に耳を当てている俺しかこの声は聞こえないはずだ。だが、はっきりとは聞こえない。返せだの、俺じゃないだの、断片的に聞こえてくる。


 その内、静かになったと思ったら、中で爆発音が聞こえた。完全に魔法を使っている。


「(おいおい…… 中で魔法対決してんのかよ……)」


 だが、すぐにそれは止み、耳を当てていた扉を開けようとしてくる。これはハルトトではないとすぐに感じ、倉庫の路地隠れた。扉はゆっくりと開き、ゼントトが出てきた。腕に傷を負いながら、風魔法で街の外へと飛んで行ってしまった。

 開いた扉から俺は中に入った。中は少し物が倒れたりしているが大きな被害は無さそうだ。とはいえ、警戒は怠らずにと銃を構えながらゆっくりと入っていく。



「(ゼントトだけならいいが…… 仲間がいたら厄介だな……)」


 いないとは限らない。だからこその警戒。

 真ん中くらいまで行くと話し声が聞こえてきた。ハルトトとフユトトの声だ。

 ここでやっと警戒を解く。そして、姿が見えた二人に話しかけた。


「大丈夫だったか、二人とも」


 ハルトトとフユトトが同時に振り向く。フユトトは椅子に縛られていたみたいだ。


「東陽…… ちょっと厄介なことになったわ……」


「どうした?」


「あ、その前にリフォンに折り返していい? シュウトト兄さんからだわ」


「あぁ。フユトトちゃんも大丈夫かい?」


 ハルトトがリフォンを取り出して、かけている間にフユトトに状況を聞いてみた。フユトトが身体を両手で抑えながら返事をしてくれた。


「はい…… ありがとうございます」


「ゼントトはどうしたのかな?」


「あの…… この爆発…… 彼が…… その……」


「え? 爆発に関係あるのかい」


「ゼントトが…… ゼントトが……」


 そういうとフユトトが泣き始めてしまった。


「ちょ、ちょっと……え?」


 それを見たハルトトがリフォンをこっちに投げてきた。


「泣かさないでよ! 東陽!」


「わ、わりぃ」


「それ、シュウトト兄さんから」


 ハルトトがフユトトに駆け寄って慰めながら、リフォンを指差した。出ろと言う事だろう。


「あ、東陽です」


 声が少し矢継ぎ早で話すシュウトトが出た。


「東陽さん! 手を貸してください! ジェイド団としてで大丈夫です!」


「あ、はい! 今はどこに?」


「そちらに向かっています! ハルトトに聞いて、今倉庫にいるならそのままそこで落ち合いましょう! アンチマジックもかかっているので都合がよいです」


「わかりました。では、三番目の倉庫でお待ちしています」


「はい!」


 そういうとリフォンは切れた。そのリフォンをハルトトに返す。


「ほら、手を貸してくれってよ」


「えぇ。相手の要求を聞いた?」


「いや、こっちに来るから待ってろってだけ」


「相手の要求は大統領の退陣よ」


「こりゃまた…… 大きく出たもんだな…… まあ、国中を爆破しまくっているんだから、それくらいスケールが大きくなきゃな」


「その爆発をやったのがゼントトみたいなの」


「えぇ?! どういう事だ?」


「理由はわからないけど、何個かはゼントトが仕掛けたみたい。何人かの組織ぐるみでやっている事は確実よ。だからシュウトト兄さんもこっちに話を持ってきたんだわ」


「大体、どうしてゼントトだってわかったんだ」


 その言葉を聞くとフユトトが話し始めた。


「私が…… 見てしまったから……」


「何を?」


「ゼントトが…… 爆弾を仕掛ける所を……」


「どこで?」


「今日は子供たちに勉強を教えてあげてて、たまたま忘れ物があったので教育部へ戻ったんです。誰もいない教室に誰かがいて…… 声をかけたら…… ゼントトが爆弾を持ってて…… うぅ……」


 フユトトはまた泣き始めてしまった。ハルトトが慰めながら返事をする。


「それでゼントトがフユトトを口封じにしようって誘拐して、ここに連れてきたってわけよ。さっき私と話したけど、よくわからない事を言って魔法を使ってきたから返り討ちにしてやったわ」


「なるほど…… あいつは街の外に飛んで行ったぞ」


「そう…… じゃあ、これ以上あいつが爆弾を仕掛ける事はないわね」


 フユトトが大きく首を横に振って言った。


「いいえ。彼は『僕の役目はもう終わった』って言っていました。きっとまだ街の中には爆弾をしかける仲間がいるはずです」


「……なるほど。まだまだ続くわけか……」


 その時、倉庫内にシュウトトの声が響き渡った。


「ハルトト、東陽さん! こちらにいますか?!」


 ハルトトが空気を読まないシュウトトに舌打ちをして答えた。


「ったく…… こっちよ!」


 その声を頼りに奥へと入ってきたシュウトト。僕らを見つけると駆け寄ってきた。


「ハルトト、東陽さん! ……フユトト? どうしてフユトトがここに?」


 ハルトトが一つため息をついて、説明をし始めた。シュウトトは深刻な顔をしながらそれを聞き、ゼントトが関わっていると聞くと大きく落胆した。


「ゼントト…… それが本当なら、私やカトト兄さんは魔珠隊から外されてしまうし、家だってどうなるか……」


 シュウトトの身体が小刻みに震えている。怒りと悲しみが入り混じったような複雑な表情を浮かべていた。


「そっちの状況はどうなんですか。それを伝えに来たのでしょう」


「そうでした。失礼。今、この国は約一時間置きに爆弾で攻撃されています」


「攻撃? そう国は判断したって事か」


「そうです。これはテロであり、軍事攻撃と認定しました。よって国の全勢力を持って、これに当たる形になります。既に星の十傑の一人ソフィアトト様も動いており、軍も国中に配置いたしました。また、目ぼしい調査団にも声をかけて、一刻も早く犯人を捕まえろとの指令です」


「大きな話になりすぎだな……」


「犯人の要求は『現大統領ルピートトの退陣』です。犯人の目星は付いていません」


「その要求はどこからですか?」


「一度目の爆発近くに落ちていたリフォンからで、現在犯人との繋がりはそのリフォンのみです」


「なるほど。詳しい犯行声明を教えてくれますか」


「『現大統領ルピートトの退陣を要求。猶予は十二時間。十二時間後、ナイシアス連邦を無差別で爆破する』との事です」


「十二時間…… 何かルピートトの身辺でイベントはあるんですか?」


「明後日、第二期就任があります。それを阻止しようとしているのでしょう。反政府派、ルピートト様の政敵、反対派などには既に当たっておりますが手がかりは何も……」


「その筋じゃないって事か……」


「今は人海戦術で町中に軍隊、調査団含め、一気に出ております。少しでも情報が集まってくればいいのですが……」


 その人海戦術というのは優れた指導者がいて成果を上げられる。下手すればそれに乗じて更に犯罪が拡大するかもしれない。街を混沌にして混沌を制する事が出来るのか……。それはナイシアス連邦か、それとも犯人か……。


「(こりゃマズいな…… 犯人の方が一枚上手かもしれない……)」


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