ロストエタニティ

~異世界シャル・アンテール編~
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繋がった点と線

公開日時: 2020年11月3日(火) 22:55
更新日時: 2020年11月4日(水) 15:31
文字数:4,508

 ハンスの家に着くと、すでに封鎖は解かれ、誰もいなくなっていた。現世だったら、考えられないが科学捜査がないこの世界だとあたり前なのかもしれない。それにまともな取り調べや裁判があるのかも怪しい。ノエルがグロラルの証言を信じて、簡単にハンスを犯人扱いする感じ。それだけあればあとは何とでもなるというような気配を感じた。もしかしたら、冤罪も多いのかもしれないな。

 こっちの世界の捜査方法はわからないし、覚える気もない。俺は俺の捜査のやり方で誰がユッカを殺したのかを暴くだけだ。


 マリタがハンスの家のドアに手をかけたが、鍵がかかっていた。


「ダメね……」


「鍵がかかっているか……中は無理だな。マリタがこの前やったのはどの辺までが有効範囲だ」


「家の外にも出たと思うけど、一メートルもないわね」


「光魔法でサーチしながら、家の周りを一回りできるか」


「できるわよ、どれくらい?」


「できれば広めがいいんだけど……柵の内側は?」


「それくらいなら大丈夫よ」


「じゃあ、ファビオと一緒に家を一周頼む。ハルトト、聞き込みに行くぞ」


「はーい」


 と、元気に返事をするハルトト。


 ここからは二手に分かれた。まずは、隣の家に聞いてみようという事でハルトトと隣の家を尋ねた。ハルトトがドアの外から声をかける。


「こんにちはー。誰かいませんかー」


「はーい」


 ハルトトの呼び声に、ドアの向こうで女性が答えた。しばらくすると五十代くらいの女性がドアから出てきた。


「あら、プルル族なんて珍しいわね」


「こんにちはーちょっとお話を聞きたいんですけど」


「……ハンスさんの所の話かしらね……」


「はい」


「治安維持部隊の方かしら? 昨日、何回も話したのよねー」


 向こうが勝手に治安維持部隊って思ってくれたなら、こちらからとやかく言う事はない。ややこしくなるので、このまま話を進めた。


「何度もすいません。東陽、聞いて」


 ハルトトが手で急かす。


「あぁ……。ユッカさんが殺された日、あの家に誰か尋ねてきましたか」


 予想外の質問にハルトトが俺の顔を二度見する。殺された前後のピンポイントな話は後でいくらでも聞ける。俺は、その日の全体像を把握したいと思った。


「そうね……朝、ハンスが漁に出た後、お届け屋が来たかしら。その後、私の所にも来たから」


「それは朝? 昼?」


「昼、近かったかしら」


「その後は?」


「フレンツさんが来てたわ」


 ハルトトと二人で顔を見合わす。


「フレンツって治安維持部隊のですか? 何しに?」


「さあ……でも、中に入って三十分くらいは居たわよ」


 ハルトトと顔を見合わせる俺。あの日、フレンツがユッカしかいない家に来ていた。


「それはいつくらいですか?」


「夕方くらいね」


「ユッカさんはずっと家に?」


「……だと思うけど。ずっと料理のいい匂いがこっちにも流れてきてたから」


「ハンスが帰ってきたのは見てますか」


「見てはないわ。ただ笑い声は聞こえたわよ」


「なるほど……その後、ハンスが出て行ったのは知っていますか」


「いいえ」


「ハンスが戻ってきてユッカさんが死んでいたらしいのですが、その間に誰か見ませんでしたか」


「家で主人とご飯を食べてたから……ごめんなさい」


「いえ。えー……ご主人はずっと家に?」


「主人は岸辺の警備をしているわ。あそこに管理棟があるでしょ。いつもあそこに」


 婦人が指をさした先にザーノンの管理棟があった。


「もしかして、ローガーさん?」


「あら? ご存じ?」


「昨日、少し。そういえば、リガーニから苔が見つかったとか」


「え? また、あの人!」


 婦人が急に驚いて怒り始めた。まずい事を言ってしまったのだろうか……。


「……なにかあるんですか、その苔」


「漢方薬みたいなものね。昔から滋養強壮に効くって言われているんだけど、微弱な毒があって、興奮や幻覚を引き起こす場合があるのよ。今はセロストーク共和国の認可なしでは売買できないんだけど……あの人、どっかで売っているみたいなのよ」


「……闇取引みたいなことですか」


「んもぅ! 捕まったらどうするのかしら! 帰ってきたら問い詰めなきゃ!」


 そういうと家の中へと入っていってしまった。東陽は一応、ドアに一礼をして、ハルトトと一緒にその場を離れた。とりあえず、マリタと合流するためにハンスの家に戻ると、ちょうど一周してきたマリタと鉢合わせた。

 マリタは感知は出来なかったようだ。


「ごめん、東陽。やっぱり何も出ないわ」


「いや、ダメ元だよ。ありがとう」


「光魔法での感知はこれが限界ね」


「再度、聞くけどその光魔法での感知って何が感知できるんだ?」


 俺がマリタに聞くとハルトトが出しゃばってきた。


「光魔法は光魔法以外を感知するって感じね。光魔法は闇魔法でしか感知できないのよ。治療や再生に使う魔法なんで殺人には使われないと思うけど……。ダメ元で闇魔法でやってみる?」


「やると何が出るんだ?」


「光魔法を使った形跡ね、強い魔法ほど強く残るわ」


「何が出るかわからんが、やれることはやろう。ハルトト、闇魔法で頼む」


「はーい」


 そういうとハルトトが静かに魔力をコントロールし始めた。マリタの光魔法は薄い膜が張るような感じで嫌な感じはしなかったが、こっちは若干の禍々しさがある。


「闇魔法は腐敗、減退、腐食などの作用があるから、当たると光魔法より嫌悪感を感じると思うわ」


「洗礼を受けていない俺でもなんとなくわかるよ。何か……うん……」


 言葉で言い表せない気持ち悪い空間が体を包んだ。ハルトトは更に拡げてハンスの家を包んでいく。


「そうだ、マリタ。ハンスの家にフレンツさんが足を運んだらしいぞ」


「えっ? どういうこと?」


「隣のおばさんが見ていた。ハンスが漁に出ている間に、フレンツさんが来て三十分くらいで出て行ったらしい」


「フレンツさんが……殺したって事?」


「……可能性としては、あるかもな」


 一気に顔が青ざめるマリタ。フラリと倒れそうになる所をファビオが肩を抱いた。


「おい、東陽」


「可能性の話だよ、ファビオ。あとでフレンツさんにも話を聞きに行こう」


 その時、ハルトトが大きな声をあげた。


「ちょっと! ちょっと! どういうこと?!」


「どうした?! ハルトト!」


 ハルトトがサーチを止めて、三人の方に振り向く。その額には冷汗があった。


「凄い強い反応だわ……ユッカさんが倒れていた場所……光魔法を使った形跡があるわ」


「……それはユッカさんを助けようとして……」


「いいえ!」


 ハルトトが強い声で否定した。


「そんなレベルじゃない……。こんなの食らったら逆に体が崩壊を起こすわ……」


「なに? ……光魔法で殺せたりできるのか」


「……現実的ではないけど……死ぬほどの傷を負わせて、それを限界を超えて再生させる……健康体だと魔力も十分だから弾かれてしまうけど、重傷者ならそれもできない」


「マリタ、フレンツさんのジョブは?」


「白魔導士……」


「……軍舎に戻ろう。フレンツさんに話を聞こう」


 全員が頷き、軍舎へと向かった。


 光魔法で人を殺せるとは思っていなかった。完全に盲点だ。毒殺より光魔法での殺害の可能性の方が高いだろう。という事は光魔法のエキスパートを疑うのが筋だ。

 フレンツさんのジョブは白魔導士、そしてハンスとユッカ以外にあの家に入った唯一の人物。

 オリバーさんの後輩というが……果たして……。


 ジェイド団が軍舎に着くとノエルと隊士数名、そしてハンスが出てきた。


「戻ってきましたか。何か見つかりましたか」


 先ほどは少し怒って、軍舎に戻ったノエルだったが、大分穏やかな顔になっている。


「鍵がかかってて中に入れなかったよ」


「あーそうでしたね」


「知ってたんだろ」


「いいえ」


 食えない野郎だ、こいつは。


「で、ハンスをどこに連れて行く気だ」


「ハンスの家で実況見分ですよ」


 ハンスを見ると憔悴し切っている。とてもじゃないがまともな受け答えができるような状態じゃない。足はフラフラで目はうつろ。昨日はまだ、怒涛のように押し寄せる現実に、パニックを起こしながら精神を保てていたが、一夜明けてそれが一気に来たように感じる。

 その視線を遮るようにノエルが歩き始めた。


「では、失礼」


「あぁ……」


 ノエルたちはハンスの家の方へと向かっていった。


 軍舎に入ると既にフレンツとマリタが話を始めていた。


「フレンツさん、昨日ユッカさんと会っていたってほんとですか」


「あぁ」


 フレンツは椅子に腰掛け、マグカップに入っている飲み物を飲みながら、淡々と答えた。


「何のためにです?」


「治療のためだが」


「治療? それでユッカさんに魔法を?」


「あぁ……もちろんだ」


 フレンツの顔からは焦燥感はない。むしろ、何当たり前の事を聞いているんだという表情だ。


「マリタ……いったい、何の話だ」


「……フレンツさん、あなたがユッカさんを殺したんですね?」


 マリタが真剣な目でフレンツに言うと、フレンツは吹き出した。


「ぶっ……ははははは! 何の冗談だ、マリタ」


「あなたが!」


 フレンツの笑い声をマリタが大声で制した。


「あなたが……ユッカさんを……」


 フレンツは真面目な顔になり、マリタを見つめ直した。そして、ジェイド団、一人一人の顔を見つめていった。


「君たち……何か掴んだのかね」


 マリタが少し暴走気味に話を進めていたので、止める暇がなかったが、フレンツが犯人と決まったわけではない。ただ、フレンツに話を聞きたいだけだ。


「フレンツさん、少し質問良いですか」


「あぁ……」


 フレンツの言葉が重くなった。マリタと話すときは軽口だが、真面目な時はやはり重厚感がある。指揮官らしい。


「ユッカさんの家には何をしに?」


「治療だよ。ユッカは昔から体が悪くてな。定期的にワシが光魔法で治療を行っていた」


「何か病気なんですか」


「いや、虚弱体質だな。治療も痛かったり、ツラかったりする個所に光魔法を少し当てるだけだ」


「嘘! そんなレベルの形跡じゃなかったわ!」


 ハルトトが大声を出して否定した。俺はハルトトに向き、まあまあというジェスチャーをする。ハルトトは少しふくれっ面になって黙った。


「フレンツさん、こちらで確認した事を話します。何か思い当たる節があったらお願いします」


「わかった」


「まず、フレンツさんがユッカさんの家に入ったという証言者が現れました。あなたは夕方にユッカさんの家に三十分程度居たそうですね」


「あぁ」


「それで今度はハンスの家を闇魔法でサーチしました。するとユッカさんの遺体があった現場に光魔法の形跡がありました。それも人間では耐えられないような……」


「なん……だと……」


 フレンツの顔が一気にこわばった。


「これだけだとフレンツさん、あなたを疑う他ない」


「……だが、死因は毒殺だろ」


 フレンツのこの言葉にピンっと来た。奇妙な違和感を感じた。まだパズルのピースがハマっていない。

 死因は毒殺。犯人はハンス。

 だがハンスは容疑を否認。動機も不明。毒物は出てこない。

 ハンスの犯人たる証拠はほぼない。


 じゃあ、誰がハンスを犯人にした。


 光魔法のサーチを頼んだのは誰だ?

 証言者の意見を聞いたのは誰だ?

 その証言者を信じたのは誰だ?


 点が線に繋がっていく。ざわついた感覚が一人の青年の名前を導き出した。


「ノエルだ……」


 俺の言葉に全員が息を飲んだ。


「マリタ、ノエルだ! ハンスが危ない!」

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