ロストエタニティ

~異世界シャル・アンテール編~
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濃縮された世界(コンセントゥレイティドワールド)

公開日時: 2021年8月12日(木) 12:27
文字数:5,665

 マリタたちを待っていると、どこからともなく音楽が聞こえてきた。不意に音楽の方を向く。


「お、やっぱイベントには音楽だな」


 ハルトトはぼーっとしているので、そのまま置いて、その音楽に引き寄せられるように、俺は向かって行った。すると小さい人だかりの真ん中で知っている男が笛を吹いていた。


「あれ? てるちゃんか?」


 音楽を聴いている人たちの人混みを分けて、てるちゃんに近付くとちょうど演奏が終わった所だった。人がはけていく背中に向けて、手を振るてるちゃん。俺はちょうど人が居なくなった真ん中から顔を出す羽目になった。てるちゃんが俺に気付く。


「お、東陽じゃないか。オウブ参りは順調かい」


「久しぶりだな、てるちゃん。ウルミ連邦に来ていたとは思わなかったよ」


「うん、僕の調査団の仲間と合流するためにね」


「へー」


 二人で話をしているとフォウマンの男女が近付いてきた。女性はスレンダーで男性はしわくちゃパーマだ。冒険者のように革細工のバックやらブーツやらを身につけている。腰にはナイフや剣も見えた。

 二人がてるちゃんに話しかけてくる。


「てるちゃん、行くわよ」


「腹減ったよ、飯食おうぜ」


「あぁ」


 てるちゃんはやれやれとした顔をした。手に持っている吹いていた笛をバッグにしまいながら話しかけてきた。


「そうだ、東陽。僕の調査団、グリーン団のメンバーを紹介するよ。こっちのうるさい女性がリッカさんで、こっちのうるさい男性がえーくんだ」


「うるさくないよ」


 ツッコミが二人でハモっていた。


「あと今日はもう一人……あ、いたいた。あそこで変なマスクを被っている男がいるでしょ」


 てるちゃんが指差した先に、ガスマスクみたいなのを被って花壇の縁に座っているフォウマンの男性がいた。微動だにせずにまっすぐ中空を見ている。


「あれがマッチ」


「……マッチ……なんで、マスクを?」


「知らない」


「……あ、そう。……まあ、個性的な人が多いんだね」


「あれでも光魔法の達人だよ」


「え? 治す方なの? 闇魔法の方じゃなくて?」


「うん」


 人は見かけで判断しては……って言葉が頭に浮かんだ。


「うちは戦闘調査団じゃないからね。戦うより逃げる方が得意なんだ。これからギルドで色々とあるから行くよ。またいずれどこかでね、

東陽」


「あぁ、じゃあな。てるちゃん」


 手を上げて挨拶をすると、てるちゃんは仲間の所へと向かっていった。

 俺もハルトトの所へと戻る。顔を知っている人に会ったというのが、何かとっても嬉しくてニヤニヤしてしまった。

 それに気づいた自分は、少し恥ずかしくなった。子供っぽい感情のような気がしたからだ。


 ハルトトの所に戻ると、マリタたちがちょうど到着した。マリタたちはすぐに宿を見つけて、セリオに来てくれた。しかし、ファビオは何故か布で顔を隠している。


「どうしたんだ、ファビオ。顔なんて隠して」


「顔を知っている人に会ってしまってな。ちょっとした騒ぎになったんだ」


「やっぱこれだけ人が集まると知っている奴が出てくるか。貴族だもんな」


 一つの国の貴族というのはそれだけ強大な知名度なんだろう。確かにイギリス王子がテクテク歩いていたら、大騒ぎになるわな……。ファビオの身分だったら同じようなもんだ。


 とりあえず、合流した俺たちは、セリオの中へと入った。セリオ内は、自然をモチーフにした巨大な疑似フィールドがあり、観客席はそれを見下ろす形に作られていた。

 残った島を改造して作られた感じだ。

 入った入口はちょうど真ん中で、正面には巨大な山が見え、山の中腹から滝が落ちている。それが森林に飲み込まれると途中に広場がある。更に森林は拡がり、一番手前にはその滝の水で満たされた湿地帯が広がっていた。左右の端っこには石畳で作られた綺麗な広場と大きなオブジェがある。そのオブジェはどことなくオウブに似ていた。

 とにかく、その巨大なフィールドにド肝を抜かれた。現世でもこんなものはない。


「タハー……まさかセリオの中にこんな自然があるとはね……」


 ハルトトがどこからか買ってきたポップコーンみたいなのとジュースを抱えながら、席に座った。


「いい席ねー最高!」


 マリタとファビオも周りを見渡しながら席に座る。

 当日券でアリーナ席が買えたから空いているかと思ったそんな事はなかった。普通に人は埋まっている。


 フィールドの上を複数の丸い球体がビュンビュン飛んでいるのが見える。それを指差し、ハルトトに聞いた。


「ハルトト、あれは何だ?」


「あれは音声を拡げる魔道具と何とかビジョンの奴でしょ」


「なるほど、あれで映像を魔力に変換して飛ばすのか」


「そっちも見たいけど、やっぱり『濃縮された世界(コンセントゥレイティドワールド)』は生で観るのが一番よ」


 確かに、このフィールドで魔法で戦うなんて信じられないし、まだ想像もできない。果たして、どんなことになるのか。

 でも、その前にルールを聞かなきゃだな。


「マリタ、ここってどうやって戦うんだ」


 マリタもポップコーンみたいなのを食べながら、座っている。


「ん? あールールね。左右にオブジェが見えるでしょ。アレを魔力で破壊したら終わり」


「シンプルだな」


「細かく説明すると、まずフルとノーハンドっていう試合形式があるわ。フルは魔道具の武器を持てる。ノーハンドは素手よ」


「それも分かりやすいな」


「うん。今回はノーハンドだから素手ね。魔法だけで戦うわ」


「なるほど」


「あのフィールドに入ったら、選手たちは二つの魔道具を付けるわ。一つは無属性の魔道具。これは魔法を使う上で無属性の魔力がないと威力が出ないからね。あと、身体に薄い魔力を強制的にまとわされるわ。これは、命の危険になるような攻撃を食らった場合、強制的に自軍の待機エリアに戻されるの。そこで無属性の魔力が貯まるまで待機させられるのよ。その事をキルアウトって言って、回数を重ねると無属性が貯まる時間にペナルティが与えられて、戻る時間がどんどん遅くなるわ」


「やられたら、その分復帰に時間がかかり、相手に人数的な有利時間が増えるって事か」


「そうそう。二つ目の魔道具は、属性魔法よ。火水土風雷の自然五種と光闇の星二種をメンバー内で振り分けるの。自分が選択した属性以外の魔法は使えないわ」


「つまり火を選んだら、火しか使えないのか」


「うん。基本は7人で行う競技よ。それでフィールドの説明だけど、左右のオブジェから道が出てて、お互いの道の中央に広場が設けられているわ。簡単に言えば上中下段に分かれていて、上段、トップレーンって言うんだけどそこは山をモチーフにしたエリアで土と風に強化(バフ)がかかるの」


「おお、属性によって得意エリアが違うのか」


「中段のミッドレーンは特に無いけど、下段のローレーンには川が流れていてほとんどが水だから水属性に強化(バフ)がかかるわ。だから、大体トップ土風、ミッド火雷、ロー水って別れる事が多いわね。ただ、雷は移動の速さを利用して、神出鬼没に動き回る事も多いわ」


「なんだか……リアルでマルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ(MOBA)だな……」


「なにそれ?」


「いや、こっちの話。で、光と闇は?」


「光と闇は戦況に極端な変化を与えるので、オブジェの広場からは出れないの。自軍の道には広場との間にゲートがあって、その手前までなら光と闇魔法は届くわ。やられたら、一旦ゲートの内側に戻って光魔法で回復したりするの」


「闇は?」


「闇は敵が入ってきたら魔力を半減させたり、足止めしたりかな。光と闇は一人にしか発動できず、全体魔法は不可になっているわ」


「へー。じゃあ、流れとしては、まずは中央で戦って、ゲートを超えていくって感じか。そんでオブジェを壊すって感じ?」


「うん、相手のゲートは約一分間、何の属性でもいいから魔力を流し続ける事で開くわ」


「なるほどねー。大体わかった」


「あら、理解が早いわね」


 何故、理解が早いかと言うと、そういうオンラインゲームがあるからだ。頭の中で何となくイメージができた。ただ、それをリアルで見れるとは思っていなかった。


「さて、始まるわよ」


 マリタが席に座り直すと、会場に大きな声が響き渡った。先程から飛んでいる球体の魔道具の一部から出ているようだ。女性の声が反響する。


「これよりエキシビションマッチ、シリウス団VSツキノワグマ団を始めます。選手、入場」


 かなりクリアな音質に俺はビビった。


「すごいな……本当にスピーカーみたいだ」


「え? 何?」


 ハルトトが聞きなれない俺の言葉に反応した。


「あ、いや。リフォンみたいに魔導具で音声を届けることができるのは知っていたけど、こんだけ広い所でも使えるんだなぁって思って」


「そうね。伝達技術はオウブ大戦時に一気に発展したわ」


 現世でもよく聞く話だ。戦争中に様々な技術革新が行われたって。そういうのって答えがないんだろうな。良い事なのか、悪い事なのかという……。

 両端のオブジェ近くから扉が開き、選手が七名づつ入ってきた。すぐに女性アナウンサーが選手を読み上げる。


「さて、左から入場してきたのはシリウス団。ナイシアス連邦所属です。炎王の称号を持つムラトトが率います」


 観客からどよめきや歓声が巻きおこる。なんだかんだでスタジアムは一杯だ。

 アナウンサーの言われた左側に目をやるとハルトトと同じプルル族が五人、グラン族が一人、猫のように頭に耳があり、尻尾がある種族が一人いた。多分、あれがアギュラ族だろう。

 女性アナウンサーは続ける。


「調査団の中では魔法系最強との呼び声も高く、全員が素晴らしいスキルの持ち主です。ランクマッチ戦でもチーム三位となっております。続いては右から入場してきたツキノワグマ団。こちらにもスーパースターがいます。雷王カスイシゲザネ」

シゲザネの名前がいわれると、さっきと負けず劣らずに歓声が起きた。両方とも大人気みたいだ。


「ファビオ、雷王のカスイってあの星の十傑の奴か」


 顔の布を直しながらファビオが答える。


「本人ではない。親族だ。星の十傑はランキング外に設定されているのでランクマッチには出られない」


「え、そうなんだ。一位の上にいるチャンピオンみたいなもんか」


「チャン……? まあ、能力がズバ抜けていたり、特殊な魔法を使う人だったり、大きな功績を立てた人だったり、それ以外の理由でもここには出れない人達がいる。そういう人達はマスタークラスと言ってランクマッチには参戦できないんだ。そもそもランクマッチは希望制だから、自主的に出ない人もいるけどな」


「そうか。まあ、調査団には対戦闘だけじゃないって話だしな」


 女性アナウンサーの声が続く。


「ツキノワグマ団はヒアマ国所属です。注目すべきはカスイシゲザネが必ず開幕に出す絶対回避不能の飛電槍(ひでんそう)。この一撃からツキノワグマ団の試合は始まります。さあ、各々が位置に付きました。開始ブザーを待ちます。」


 左右の広場にそれぞれのレーンに選手たちが並んでいる。お互いに上段二名、中段二名、下段に一名が準備している。オブジェの前にも二名いて、あれが光と闇魔法の使い手だろう。

 一呼吸置いて、大きなブザーが鳴った。


「さあ、始まりました! 両チーム、一気にレーンを駆けて行きます!」


 両チームがレーンを駆け抜ける。その様子を見て、観客のボルテージが上がっていく。スタジアムがゆっくりと揺れていった。両チームが自軍のゲートを通った瞬間、中段で凄まじい炎が上がった。


「あーっと! 早くもムラトトの唯一にして無二の炎魔法、炎龍(えんりゅう)を出してきた!」


 ムラトトの左腕から龍の形をした炎が飛び出し、体の周りにとぐろを巻いた。


「おい、ハルトト。あの魔法は何だ?」


 ハルトトが何かを食べながら、答える。


「あれはムラトトが作った魔法、炎龍。ムラトトは障害者なのよ」


「え? なんの?」


「先端魔法放出症候群って言ってね。四肢のどれかからしか魔法を放出できないのよ。それ以外の所からは魔法を放出できないから、他の所は普段魔導具で補っているわ」


「そんな障害があるのか……」


「左手からしか出せないから攻守一体の魔法を考案したのよ。だから唯一無二の魔法っわけ。まあ、努力とコツを掴めば私たちも使えると思うけど、その障害は逆に繊細なコントロールができたり、魔力が強かったり、逆に弱かったりするから完全に真似る事はできないかもね」


「他にもそういう魔力関係の先天的な障害ってあるのか」


「あるわよ、洗礼を受けても魔力を得られない無魔力症候群や、得られても極端に弱い魔力になってしまう弱魔力症候群などがあるわ」


「そっちの方が深刻だな……」


「でも、魔導具が出来てからは大分障害も緩和されたわ。ほんとに技術革新って大事よ」


「……ハルトト」


「ほら! 出るわよ!」


 ハルトトの声に促されて、スタジアムを見ると一瞬だけ雷が発生した。その瞬間、炎龍とぶつかりすさまじい爆発が起きて、炎龍と一緒にムラトトがぶっ飛ばされた。その間にぶつかった場所へ真横から雷光が走った。

 ムラトトの身体が自軍のゲートの外に落ちたと同時にアナウンスが響く。


 『カスイシゲザネ、キルアウト』


 雷光が交差した所から、一筋の光がツキノワグマ団のオブジェクトへと走った。カスイシゲザネがオブジェクト近くに戻された。

 余りの速さに何が何だがわからなかったが、観客のボルテージは最高潮に達した。女性アナウンサーも興奮気味に叫ぶ。


「やはり初っ端から激しい攻防! 先にムラトトが飛電槍を警戒して炎龍を放出。しかし、場所が分かったカスイシゲザネは迷うことなく、そこへ向けての飛電槍! 激しい爆発を誘発してムラトトはぶっ飛びましたが、スピードが弱まったカスイシゲザネの一瞬の隙をついて、シリウス団の雷担当ドラトトが真横から致命的な一撃を加えてキルアウトを取りました!」


 女性アナウンサーの説明を聞かなければ、何が起きたのすらわからない。これがガチの魔法対決なんだろう……。


「そ、想像を遥かに超えた攻防だな……」


 格闘技などを見るとは訳が違う。確かに極上のエンターテインメントだ。

 両チームは更に戦いを深かめていく。

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