飛ばされた雷王カスイシゲザネは、自軍のオブジェクト近くにある、空間に閉じ込められ一分程度のペナルティを受ける。その間に、また無属性の魔力が回復されるというわけだ。
だが、炎王ムラトトもダメージ回復のため、自軍のゲート内から出られない。光魔法担当がムラトトへと治癒の光を送っていた。
その間、ミドルレーンの二人は少し見合った後、上下のレーンへと消えていった。
少し経つとローレーンにシリウス団雷担当のドラトトが姿を現し、相手の水担当を二人で攻撃。キルアウトを取った。
トップレーンにはツキノワグマ団火担当が奇襲。数的有利を得るが、シリウス団の方はしぶとく粘っている。
そこへ回復した雷王、炎王が復活。
カスイシゲザネは素早くトップレーンに向かい、更に数的有利を作った。飛電槍(ひでんそう)を繰り出したが、シリウス団の土担当にことごとく受け止められる。しかし、やはり数的有利は強く、シリウス団二名をキルアウトさせた。
その間にローレーンでは戻ってきた炎王も加勢し、シリウス団の水と雷担当がゲートを開けて一気に駆け上がっていった。
目まぐるしく変わる戦況に、観客は大興奮。どっかのレーンで何かが起こるたびに、大歓声が沸いた。盛り上がり方が異常だが、それもインスタントな娯楽が少ないシャル・アンテールでは当然のことなのかもしれない。
現世でも昔はコロッセオなどで人の殺し合いを見て、盛り上がっていた。死なない工夫がなされているこっちの方がよりエンターテインメントとして機能している。
試合はローレーンを執拗に攻めたシリウス団が勝利した。ツキノワグマ団はカスイシゲザネが相手のゲートをくぐった瞬間、ずっと闇魔法で減退させられ、力を出し切れなかった。多分、カスイシゲザネのワンマンチームなのだろう。
シリウス団は一人一人が安定しており、負けない戦いに徹底していたように見えた。危なくなったら、ゲート内に逃げ込み、チクチクと牽制攻撃を繰り返し、隙を見せたら数的有利を作って一気に攻めていった。
これは確かに色々と考察ができて、楽しいスポーツかもしれないな。
試合が終わり、女性アナウンサーが館内に退館を促す。ジェイド団も興奮しながらスタジアムの外に出た。海からの風は湿度が高く、生温い。少し汗をかく気候だ。
人混みの中を流れに沿って、四人が歩いていると、目の前に女性のアギュラ族が遮った。人間であり二足歩行で歩いているが猫っぽい顔をしている。耳は頭の上から出ており、尻尾もある。半獣半人といった感じだ。服装は軽装で、弓を携えていた。
彼女はオドオドしながら、こちらを見ている。ファビオが話しかけた。
「すまない、そこをどいてくれないか」
「えっ……あの……あ、はい! いや……あ……その……」
そう言いつつも、その場をくるくる回って移動する気配がない。その態度に苛立ったハルトトが噛みつく。
「ちょっと! 邪魔だって言ってるの!」
「はわわ……」
大声に驚くアギュラ族。
「あんたアギュラ族でしょ?! 勇敢な狩人が何をオドオドしているのよ!」
「わ、わ、わ……」
半べそをかきながら、震えるアギュラ族。マリタが前に出てきた。
「ちょっとハルトト。怖がっているじゃない」
「だってー」
「で、あなたは何でどいてくれないの? それとも何か用があるの?」
マリタが優しく語り掛けるとアギュラ族も少し落ち着いたようだ。
「あ……あの……私……あなたに……」
「わたし? 何かしら」
「その……あの……クリストフさんって知っていますか?」
その言葉にジェイド団全員が驚いた。
なぜ、彼女がマリタの探している兄の名前を知っているんだ……。
マリタがびっくりしながら聞き返す。
「兄さんを知っているの?!」
「あ、はい!……あの……こ、ここまで一緒に……旅をしていました。あなたの身体からクリストフさんと同じ匂いを感じたので……」
「ここまで?! その後、どこに行ったかは知らない?! 今、どこにいるの?!」
アギュラ族の肩を持って揺さぶるように問い詰めるマリタ。
「あいたた……し、知りません……! 今は……わかりません! ……私はここで……病気になってしまったので……」
「どういう事?! 詳しく聞かせて!」
さっきのハルトトより噛みつくマリタ。それを制したのはファビオだった。
「マリタ、一旦落ち着こう」
ファビオがマリタの肩に手を置く。
「はぁはぁ……ファビオ……」
「とりあえず、ホテルを取ってあるんでそこまで来てもらおう。あなたのお名前は?」
ファビオに聞かれてアギュラ族の女性が答える。
「あ、はい……ロサ・コロムと言います……ロサで大丈夫です……」
「ロサだね。案内するよ」
ジェイド団とロサは宿泊先のホテルへと向かった。ホテルは小さく、ロビーなどはないのでマリタの部屋へと集まった。
部屋にはベッド一つがあり、机と椅子が二脚しかなかったので、ファビオと俺は立って話を聞くことにした。落ち着いた所で、ロサにマリタが質問を始めた。
「さっきはごめんなさい。私はマリタ。さっきあなたが言ったクリストフ……兄さんを探しているの」
「う、うん……」
「兄さんに出会ってから、別れるまで……話を聞かせてもらってもいいかしら」
「そ、そうするつもりで話しかけたから……」
少しオドオドしながらもロサは話を始めた。
「私はアギュラ族だけどウルミ連邦育ちです……。家族はおらず、孤児院で育ったのでオウブ参りには行っていませんでした……。そ、それで二十歳になったのでいい加減、オウブ参りを始めようと思って……。セロストーク共和国に行きました」
「うん……」
「セロストーク共和国で洗礼を受けた後、レイロング王国に向かったんですけど、そこで魔物に襲われて……殺されそうになったところをクリストフと仲間の人達に助けられました。そこから一緒に旅をして、レイロング王国からウルミ連邦まで一緒に行動をしていました」
「それはいつ頃の話?」
「二年前くらいです……」
マリタがうんと頷いた。時系列的に確認を取ったのだろう。確かにクリストフが行方不明になったのは二年前だと聞いている。ロサが話を続ける。
「ウルミ連邦に着いてから、私の具合が悪くなり、倒れてしまいました。何日か意識不明だったそうですが、目を覚ました時には二人はもう……」
「いなくなっていた?」
「はい……この書きおきがありました」
そういうとロサは、ポーチから縄で巻かれた手紙を出し、マリタに手渡した。マリタは静かにその手紙を開いて、中を見た。
中にはロサの病状を気遣う言葉と先に進むと書かれていた。
「……これだけ? どこに向かうとかは……」
ロサは首を横に振った。
「わ、わかりません……。多分、ナイシアス連邦に向かったと思いますけど……」
「ナイシアス連邦……兄さんのリフォンがヒアマ国の定期船で発見されたんだけど、ヒアマ国に行くような事は言ってなかった?」
「い、言ってないと思います……ウルミ連邦の次はナイシアス連邦、ヒアマ国の順でって話してましたし……。それにあの定期船はずっとヒアマ国だけに行くのではなく航路を変えて運航されたりもしていますので……」
「……そっか。……たまたま見つかった時に、その船がヒアマ国の定期船だったって事ね……」
マリタは残念そうに一つ大きなため息をした。重苦しい空気が流れる。
「それでロサは、どれくらい治療をしたの」
「あ、はい。結局、寝たきりで一年ほど……。半年くらいリハビリをして、今は動けるようになりました」
「回復したのね、良かった。病気だったの?」
「はい。魔力が逆流してたみたいで……」
その症状にハルトトが口を挟んできた。
「二十歳になって急に洗礼を受けたからかもね。小さい時に洗礼を受けていれば器も小さいので、ゆっくりと魔力を高められるけど、大人になったら器もそれなりにあるから、そこにいきなり魔力が入ったことによって耐えられなくなったのよ」
「そ、そうだったんですか……」
「もう少しゆっくりと回った方が良かったかもね。テンポが良過ぎたのも一因だと思うわ。一年で回復して良かったわよ」
「あ、ありがとうございます。……あ、あと……その後ろの方なんですけど……」
ロサが俺の方を見てきた。
「ん? 俺?」
「あ、はい……。センドウヨウスケさんを知っていますか?」
「?!」
ロサの口から千堂の名前が出た事に、驚いた。やっぱり千堂はこの世界に来ている。一気に感情が爆発した。
「千堂を知っているのか?!」
「は、はい。クリストフさんと一緒に三人で旅をしていました。その……あなたからセンドウさんと同じ匂いを感じます」
「千堂は俺の仲間だ。こっちに、この世界に来ているんだな?!」
興奮を抑えられずに前のめりになってロサに詰め寄ってしまった。ロサは少し怯えながら答える。
「セ、センドウさんも同じような事を言っていました……。知っている世界と違うとかなんとか……。どこの国の出身なんですか?」
ロサの情報にジェイド団、全員が驚いた。俺の探している千堂がこの世界にいる事は確定だ。そして、このロサと旅をした。そこにはマリタの兄さんクリストフも一緒に行動していた。
「ちょ、ちょっと待て……! 整理しよう……」
頭を抱えながら、パニックになるのを抑えた。千堂がいる。このシャル・アンテールに。
「ふぅ~……。時系列で話していこう。多分だが、千堂はセロストーク共和国に俺と同じように飛ばされてきたはずだ。そこでマリタの兄さんと出会ったかどうかはわからないが、セロストーク共和国からレイロング王国に行く間で二人は仲間になっている。さらに、道中でロサを助けた。ここまではいいな」
ジェイド団、全員が頷く。ロサも何となく頷いた。
「よし、続けよう。そこでセンドウとクリストフ、ロサの三人でレイロング王国で洗礼を受けて、ウルミ連邦までたどり着いた。だが、そこでロサが倒れて二人と別れた。約二年前にって事だな」
「……はい」
「ロサはリハビリが終わったら、なんですぐにオウブ参りを再開しなかったんだ」
「ナイシアス連邦に行こうと思っていたのですが、一人だと怖いので、また仲間と一緒に行こうと思いまして……で、でもなかなか見つからずに……」
「……半年が経ったって事か」
まあ、この引っ込み思案な性格だと、一緒に旅をしてくれる人を見つかられなかったのかもしれない。
「今日はバブルビジョン発表会で人が集まっていたので見に行きました。そ、そしたら、二人からセンドウさんとクリストフさんの匂いがしまして……」
「でも、二年の前の匂いを覚えているって……」
そういうとハルトトが教えてくれた。
「アギュラ族はずっと森の中にいるので嗅覚が鋭いのよ。一度覚えた匂いは、そうそう忘れる事はないらしいわ」
「そうか、それは凄いな……」
関心してロサを見ると、恐縮した。
「あ、あ……でもあなたの方は確信がありませんでした……薄っすらと似たような感じだったってだけで……でも、独特なのです……あなたとセンドウさんは……」
きっとそれは、俺とセンドウが違う世界からやってきている事を意味しているんだろう。だからこそ、確信が持てた。彼女と旅をしてきたのは俺の知っているセンドウだって。
「……千堂は元気にしてたか」
「げ、元気でした……言葉は少ししか話せませんでしたが……とっても頭が良くて、明るい方です」
千堂は普段は明るく、流行を追いかけるようなチャラい所もあった。だが、仕事は冷血で冷然で冷徹だった。そのギャップに少し怖さを感じる事もあった。人を殺すという仕事は、どこかで人間と呼ばれる常識を壊さないといけない。俺はそれに時間がかかったが、千堂は飄々と超えていった。
突っ走る俺と、飄々とこなす千堂は相性が良かった。だから、ただの同期以上に依存してしまったのかもしれない。
千堂が消えた時、片腕をもがれたような苦しみを感じた。何をしてても何かが足りない。いなくなってから分かるというのは本当だった。千堂と言う存在は、それほど俺の中で大きな存在だった。
警察では千堂は失踪と位置付けられ、うちの部内でも凄まじい捜索が始まった。しかし、表と裏の社会の隅々まで知っている特別事件対策本部でも手がかりが一切出てこなかった。これはヤバイ事件に巻き込まれたと誰もが思った。
二年の月日が経ち、部内でも諦めムードが漂っていた。が、俺だけは地道に捜査を続けていた。
その執念が実り、神崎に繋がったのだが、まさかこういうことになっているとは夢にも思わなかった。
ロサの話で確実に千堂がシャル・アンテールいるという事が分かり、色々な気持ちが湧いてきた。見つかった手がかりの嬉しさとここまで苦労させられた怒りと……。
一度、自分を落ち着かせるために深呼吸をした。
「ふー……ロサ、話してくれてありがとう。マリタからは何かないか」
マリタは首を横に振った。
「私からはないわ……とりあえず、振り出しね」
「そうでもないさ……ロサ、一緒にオウブ参りに行こう」
「えっ?! いいんですか?!」
俺の言葉にみんなが驚きつつも、納得の表情を浮かべた。
「ロサの鼻は使える。千堂とマリタの兄貴に一度会っているというのも大きい。これからナイシアス連邦、ヒアマ国と巡る道中にも手がかりが見つかるかもしれない。その時に、ロサがいてくれたら心強い」
マリタも立ち上がり、ロサに歩み寄った。
「私からもお願いするわ。良かったらジェイド団に入らない?」
「えっえっ……」
急な申し出に困惑する、ロサ。
「う、嬉しいですけど……二人に会えるかどうかは……」
「会えなくてもいいのよ。でも、会える確率を上げさせて。オウブ参りが終わっても会えなかったら、その時にまた考えよう」
「……じゃあ……はい。よろしくお願いします」
ロサは勢いよく頭を下げた。ジェイド団に新しい仲間が加わった。
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