時刻は朝。乗っている船が港に着岸すると、大勢の客が出ていく。その流れに乗ってジェイド団も降りた。降りると係員が立っており、そこでアンチ魔法器具を外してもらう。更に奥へ行くと、荷物係おり、荷物を受け取った。周りはそういう人達で騒然としている。
ナイシアス連邦まではスプルで一日もかからない。早速、レンタルスプルを借りてナイシアス連邦へと向かった。ハルトトの故郷でもある。スプルに乗りながら話しかけた。
「ハルトト、ナイシアス連邦は港から近いんだな」
「オウブ参りって狙われるからね。魔法を使えない人が必ずいるから」
「だからなるべく近くに作ったのか」
「そうね。あとは船から陸地を見たと思うけど、マハルベク熱帯雨林が拡がっているのよ。だから、船をつけられる所がないわ。それにあそこはまだまだ未開拓地だからね。多くの調査団も行方不明になっているのよ」
「へぇー……アマゾンみたいだな……。人は住んでないのか」
「住んでいるわよ」
「えっ」
「元犯罪者とか、同盟を組んでいる小さい村とかも少しはあるからね」
「あぁ……流浪民って奴か……魔法は使えないんだっけ?」
「そんな事ないわ。小さい村にもナイシアス連邦は通達を出して洗礼を受けるように働きかけているから。この辺で魔法を使えないって人は少ないんじゃないかしら。問題は犯罪を犯して追放された人達ね。一回、洗礼を受ければ魔力は無くならないからね。犯罪をして追放される時にアンチ器具を付けられるけど、壊している人もいるし……」
「それは厄介だな……」
「まあ、追放された状態で大きな犯罪を犯したら指名手配されて調査団に狩られちゃうけどね、報奨金とかかけられて」
「調査団は本当に何でも屋だな」
「そうね。中には危ない調査団もいるから気を付けた方がいいわ」
「わかるよ、巨大な力を得ると勘違いする奴もいるからな。セロストーク共和国付近では調査団同士でやり合っていたもんな」
「バカバカしいわよね。まあ、名を上げようとする調査団もいるから。うちはマリタがしっかりしているから問題ないわね」
「そうだな。そんなバカな事はしない気がする。でも、ジェイド団はオウブ参りが終わったらどんな目的の調査団になるんだ?」
「さあ? ねえ、マリタ」
ハルトトが呼ぶと、前を行くマリタが振り返った。
「なに?」
「ジェイド団ってオウブ参りが終わったらどうするの?」
「そうね、ウルミ連邦かセロストーク共和国に本拠地を構えて、ギルドの依頼をこなそうかと思っているわ。ウルミ連邦のトーナメントやコンテストにも出て行くつもり。そのためにはもう少し人数は欲しいわね」
「ウルミ連邦はごちゃごちゃしてるからセロストーク共和国の方がいいな~。ファビオとロサは?」
ファビオとロサも答える。
「俺はセロストーク共和国の方がいい。ウルミ連邦には俺の顔を知っているヤツもいるから」
「わ、わたしはどこでも……あ、あの東陽さんは?」
ロサの何気ない質問にみんなが「あっ」っていう顔をする。ロサは俺が異世界から来たという事を話したが、ぼんやりとわかっていないようだ。まあ、突拍子もない話ではあるから信じられないのも無理はない。
みんなの心配を、俺は小さい笑顔でかき消した。
「そうだな……おれはどこでも行くよ」
「そ、そうなんですね」
「あぁ……そう言えば、マリタ。入団希望者の二人と会うとか言ってなかったか?」
マリタが頷く。
「うん、私たちの洗礼が終わってからね。今回は、私とファビオとロサの三人で行ってくるわ。ハルトトと東陽は待ってて」
「わかった。じゃあ、ハルトトの家とか行くか?」
ハルトトは嫌な顔をして答えた。
「嫌よ、家なんて。宿で過ごすわ」
「なんだ? 都合が悪いのか? 家出じゃないだろうな」
「そういう事じゃないの。別に家族の仲は悪くないわ。まあ、あんまり私と意見が合わないからね」
「反抗期かよ」
「だ~か~ら~そういうんじゃないって。まあ、ナイシアス連邦に行けば分かるわ」
そういうとハルトトは黙って進み始めた。何かあるんだろうな、きっと……。
しばらくするとナイシアス連邦が見えてきた。山を半分に切って、すり鉢状になっている。北に向かっているので、右が東側で山になっている。その奥の北側には湖が広がっていた。西側には見たことも無い巨大な木が一本見える。
入口はトンネルのようになっており、城壁と言うよりただの土壁が囲む。
防衛部隊もしっかり常駐しており、プルル族の小さい体に甲冑をまとったり、魔導士のように大きな帽子をかぶっている兵士もいる。それが木で作られた門の近くで目を光らせていた。
はっきり言って……かわいい……子供の仮装みたいだ。
ジェイド団は門で簡単な検問を行い、中へと通される。トンネルを潜ると丸い家が沢山立ち並ぶ。屋根は茅葺、壁は土、入り口は小さかったり、大きかったりしている。ちょっと縄文時代というか、今まで見てきた国と比べてもかなり古い建物が多い。
自然と調和しており、人工物は極力排除しているような雰囲気だ。古い建物はプルル族用に作られているみたいで屋根も低い。他の種族は入れないだろう。逆に屋根の高い建物は、比較的新しい建造物で他の種族も入れるようになっている。
それこそ雰囲気が一番異世界っぽい気がした。不思議の国のなんちゃらだ。
門近くのレンタルスプル屋にスプルを返して、ジェイド団は街の中心近くにあるギルドに向かった。入口から北へ向かうと建造物はどんどん人工的な物になっていき、要所の場所が分かりやすくなっている。
その一番手前に存在しているのがギルドだ。その奥に学校や研究所などが立ち並び、一番奥に湖を背に建っているのが大統領府のようだった。
オウブ神殿はギルドから西へ向かったところにあり、大きな樹があり、その中をくり抜いて神殿にしているようだ。それを指差しながらハルトトに聞いてみた。
「おい、ハルトト。オウブってあの木の中か?」
「そうよ。神殿があった所に、樹木が生えて今は中に取り込まれているわ。樹齢千年以上の木で、今でも成長を続けているの。私たちは聖樹ウヴヴと呼んでいるわ。ウヴヴのおかげでちょっとだけオウブの力が遠くまで届いているらしいわよ」
「確かに根っこで覆われている感じだな……ウヴヴっていうのか……」
こんなにでかい大木は滅多に見られないだろう。しかも都市の中にあるというのが、また凄い。ここの神殿は少しだけ入りたいと思った。
ギルドの前に行くと一人のプルル族の男が大きな声で街頭演説を行っていた。拡声器などはないから、木箱の上に乗って叫んでいる。冒険家がつけるようなブーニーハットを被って、少し汚れた洋服を着ている。
「皆さん! 魔力をむやみに使うのは止めましょう! 魔力はこのシャル・アンテールに、無限には存在していないのです! 必ず枯渇する時が来ます!」
魔力が無くなる? 少し興味深い話をしている。だが、街行く人は変な人を見るような目でその男を見ていた。そそくさと足早に逃げて行く。
「生活必需以外での魔力の使用は極力避けるべきです! そうしないといずれ魔力が使えなくなります! 調査団同士の戦いや無意味な討伐などで使用してはいけません!」
俺はジェイド団から離れて、その者の前に立った。何故そう思うのか聞いてみたいと思ったからだ。
「すまない。魔力はなぜ無限ではないんだ?」
「おぉ、聞いてくれてありがとう! 魔力はオウブによってもたらされるがそのオウブは何だと思いますか?」
「さあ……」
「オウブはシャル・アンテールの身体の一部で、魔力は血液だと思ってください。私たちは血液を吸う寄生虫です」
「なるほど、それで吸い尽くしたら魔力は無くなるってわけか」
「そうです! ご理解が早い!」
「なんで、そう思う?」
「え?」
「どんな根拠でそんなことを言っているのかなって。何かを掴んだからって話じゃないのか」
「もちろんです! 私は遥か北に存在する未踏の地、オリガス大陸へ行ってきました」
「ここから北って事は、ヒアマ国?」
「いえ、もっと北です。更に船で進ました」
「ほぉー……そういう大陸があるのか」
「小さい島の砂浜に流れ着いたので、大陸本土ではありませんでしたが、そこには驚くべき光景が広がっていました。小さなオウブが砂浜に沢山あったのです。私はびっくりして一つを手に取りました。ちょうど私の手に乗るくらいの大きさです」
プルル族の身体は大人でも人間の十歳くらいだ。その手に収まるというのだから野球ボールくらいの大きさだろう。
「そして、静かに握りしめると私に魔力が溢れました。全身が震えるほどの魔力です。これは凄いと思い、手の中の小さいオウブを見ると石になっていました。オウブの力は失われたのです」
「なるほど……その小さいオウブと神殿にあるオウブは一緒という確証はあるのか」
「もちろんです。オウブが新陳代謝をすることはご存じですか」
「あぁ……知らない間にオウブの下に石ができるって奴だろ」
「そうです。あの石と魔力を失ったその小さいオウブはそっくりになるんです。そこで仮説をたてました。オウブの質量は大きく変わってはないが変化はしている。大きくなったり小さくなったり……。それはシャル・アンテールからエネルギーをもらっているからではなかろうかと。新陳代謝と言っているのは洗礼で魔力をもらった人達が増えれば、その量も比例しているのではないのかと。つまりあの石は魔力を奪われたオウブだと思うわけです」
「で、その魔力の源はシャル・アンテールだと」
「そうです。どのような形でオウブにその力を注いでいるのかはわかりませんが、無限にあるものではないはずです。なぜなら石になるオウブがあり、一度石になると二度とオウブには戻らないのですから」
「今のオウブからの魔力を使い切ったら、魔力は無くなるというわけか」
「おっしゃる通り! だから私は無駄に魔力は使わないように、ここで皆様に伝えているのです!」
「いや、勉強になった。ありがとう」
「いえいえ! あなたも是非、魔力の制限にご協力ください!」
「あぁ……で、あんたの名は」
「私は、コウトト。冒険家です」
「俺は東陽だ。またな」
「はい!」
俺はコウトトに手を上げてギルドの方へと戻った。コウトトはまた大きな声で演説を始めた。
オウブにまつわる情報はシャル・アンテールでは多い。神格化されていたり、いいように使っていたりと人によって様々だ。その中でも今回の話は面白かった。確かに無限にあるエネルギーなんてないよな。あの仮説が当たっているかはわからないが、枯渇する時が来るんだろう。そんな時、このシャル・アンテールの人達はどう対処していくのか……。
現代の化石燃料問題、環境問題と似たような感覚を受けた。
ジェイド団で合流するとギルドに入った。ギルドはいつも通りに掲示板に依頼が並び、調査団でごった返していた。マリタがさっさと受付を済ませてきた。
「今日は宿に泊まりましょう。オウブ参りは明日からね」
みんながマリタの言葉に頷き、ギルドを後にした。
町中を歩き、旅行者用のホテルを見つけて部屋を取った。ジェイド団は各々の時間を過ごし、そのまま就寝。次の日を迎えた。
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