「触ってもいいよ?」
艶のある声で誘ってくるお姉さん。
「ホントに、いいんですか?」
期待を隠さずに訊いた。
「うん」
ぐふふふふふ。この店、おさわりオッケーだってよ。よっしゃあああ、さわさわしまくるぜえええ。
「抱っこもオーケー」
え。抱っこ? いや、そんなことしてもそんなに嬉しくないんですが(キヨスクの弁当ならありだけど)。普通そこは、さらに激しい段階に進むんじゃないの? 例えば、あんなことやこんなことやそんなこととかに。
と思春期真っ盛りの妄想はこのくらいにして、現実を生きよう。強かにね。
子猫が五匹、目の前のケージに入れられている。
つぶらな瞳。やわらかい体毛。片手で持ち上げられそうな体。見上げる姿はまさにいじらしさと愛らしさのかたまりだ。みーとかみゃーとか鳴いているのを聞くと、虜になってしまうこと請け合いで、現に、世界中の大半がその愛らしさに魅了され続けているのだから頭が下がる。
本当に、頭が下がっていた。ケージの側にいる人を見て。
「デュフフフフフフフ。ういのう、ういのう……」
これはどうなんですかね? 虜って言うより、眩惑の域な気がするんですが……。いや、どこがって血走った目が。ケージの中に腕を入れて、「オフフフフフフフッ、そんなにわらわが好きかえ? そうかそうか……!」なんて言いながらよじ上らせようとしてる辺りも。
鉄球をふんぬと持ち上げて、質問を投げかけた。
「抱かないんですか?」
あなたの子どもでしょう? と続きそうなセリフ。でもそう言うと、「何を言っているんだ君は。とち狂ったのか?」と素の表情で返されそうなのでやめておく。ともかく、そこまで好きならいつも抱いているはずだ。我が子のように。
「そうだな。ではでは……」
そう言って、部長はケージの中の子猫に手を伸ばした。だが、
「みゃー!」
飛んできた。子猫が全て。しかも顔面目がけて。
自分から近づこうとしていた部長はそれを避けることができず、
「おぶぶぶぶぶっ!」
激突。にゃんこ全員のユニゾンアタックにより、部長は大きな音を立てて倒れた。
ぶちょうをたおした! トラたちは299315けいけんちもらった。てれれれてってってーん! トラはレベルアップした。レベル2になった。ハナはレベルアップした。レベル8になった。クウはレベルアップしかけたけど、だるかったのでやめた。レベル1になった。コテツはレベルアップした。レベル5になった。漱石はレベルアップした。レベル56280になった。え。
「あははははは……」
お姉さんはけらけら笑っている。
飛び出した猫は部長に群がっていて、顔をつついたりたたいたりしている。頬をすり寄せているものもいれば、頭の上に乗っかっているものもいる。
「ドゥフフフフフッ。もふもふや、もふもふのオンパレードやあ……!」
表情はよく見えないが、口元からとても満ち足りているのだけはわかる。わかるけど……みっともなさすぎんぬんががぷ。
「何やってんですか……」
あまりの見苦しさに目を閉じたくなってくる。これで部長だって言うんだから、おかしくて窒息してしまうよね。
「いつもこうなるんだよね」
しょうがないなあという顔で、でもどこか楽しそうに、子猫を抱き上げケージに戻していく。
「そうなんですか……」
苦笑しつつ答え、思考を巡らした。もしやここにいるわんこやにゃんこは、部長をストレスの捌け口にしているのでは……。そうは言っても、部長が彼らに癒やしをもらい、心の糧としていることは疑うべくもない。なら、そこには相互扶助の関係が成立しているということだ。つまり…………昼ドラみたいにドロドロの関係ということですねわかります。
身も蓋もない結論に至っていたら、もふもふパーティの主催者がむくっと起きた。立ち上がり、制服をはたいて清々しい顔になる。
「ふ、弟子たちもやるようになった。だがあと一歩が足りんな」
どっかのカッシュさんを見守るマスターのようにドヤァする。
「いや、負けてましたよね? ほぼ一方的に」
にゃんこ師匠されるがままでした。すごく気持ちよさそうでしたけど。
そう言うと、腰に手を当て、
「わかってないな君は。あの状態こそが、私の勝ちなんだぞ?」
はいヘリクツきたー。ほんとああ言えばこう言うなこの人。
仕方なく納得し、
「はいはいそうですね。確かにあれは、部長にとっては勝ちかもしれませんね」
癒やされるためにここへ来ているなら、あの状態はまさに快勝だろう。でもわかってんのかな? 端から見たらとんだ冷やかしだってこと。店長とかに許可取ってんならいいけど……。わんことにゃんこも喜んでるみたいだし。
「じゃあ引き分けね」
と観覧席から。
「いや、負けるが勝ちと言いますから」
とステージにて。
「もういいですから部長」
とセコンドより。
勝ち負けとかもういいから。お姉さんも忙しいんだから。そう思って嗜めると、
「――それはいやなの!」
意味不明なタイミングでプイッ、された。
並一通りでなく困惑し、一瞬固まってから、
「いや、黙れって言ってないんですけど……」
苦笑を浮かべる。
するとはっとして、
「あ、間違えたごめん……」
急に謝られた。やっちゃった……という顔で。
急激に小さくなっていく部長に混乱してわけがわからなくなり、
「ま、間違えた……? あ、ああ。まあ、間違えることは誰にでもありますから……」
突然のしおらしさに動揺を隠せない。だが、この程度で思考が停止するほど柔ではない。俺は冷静沈着、臨機応変をモットーとする、大人な高校生紳士なのだ。例え相手が変人であろうと、突然可愛らしさを発揮するドジっ娘であろうと、感情に支配されることなどあってはならない。あってはならないのだ。絶対に。天地神明に誓って。
「とりあえず私の勝ちという事d」
「だまれえええええええええええええええええええい!」
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