面白くないラノベの見本

必ず一次選考落ちする作品
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FAll of You5

公開日時: 2022年12月7日(水) 21:00
文字数:1,920

 商店街を抜け、しばらく歩を進めていると、住宅街に入った。

 昨日より一回り小さく見える七緒の背中を見つめながら、思量した。

 悠の情報によって、普段の七緒水月が部長とかけ離れていることを知った。

 七緒。部長。容姿に大した差はないが、その気質は大きく違う。清楚可憐と自由奔放。温良優順と傍若無人。その性質は同時に存在せず、また、相容れない。

 そこで立ち返り思う。端倪すべからざる事案ではあるが、七緒は、どれほどの勇気を持って、部長になったのかと。清楚可憐な七緒水月が、全くもって性質の違う、自由奔放な部長になったのはなぜなのかと。七緒の行動の真意は、どこにあるのだろう、と。

 第二会議室で意識を取り戻して話しかけた時、七緒はどう思っただろう。部長にならなければならないと思い、焦っただろうか。七緒水月だとばれはしないかと緊張し、怖がっただろうか。最初の一言を発するとき、少しでも物怖じしたのではないか。人を騙す罪悪感に苛まれもしたはずだ。

 ふざけている時、悪いと思いながらも、少しでも楽しい会話ができればと考慮して頑張っていたのではないか。部室から出て、校外に出るまでだって気を張っていたはずだ。校外に出ても、自分を知っている人はいないだろうか、と想見していたに違いない。いきなり走りだしたのは、自分と俺の緊張を紛らわそうとしてやったことかもしれない。

 カフワに一緒に入店したことは、マスターが言っていたように、誰かを連れ立ってやってきたのは初めてらしかった。初めて誰かと一緒にコーヒーを飲んで、初めて誰かと一緒にマスターと話をして、初めて部長として七鳥と会話した。もしかしたら、七鳥とあんなに話すのは初めてだったかもしれない。マスターの演奏を聴かせるのも、俺が初めてだったのではないか。

 図書館に行こうと言い出し、俺が借りている本の返却期限を心配したのも、楽しませようとしてやったことかもしれない。図書館に入って突然いなくなったことも、自分が楽しいと思うことを実行しただけで、他意はないのではないか。そのせいで女の子に迷惑を掛けてしまったことは良くないが、それは部長なりの不器用なコミュニケーションだった、とはとれないだろうか。花崎を笑わせたことも、打ち解けようと思ってやったことだ。その時も、嫌われはしないか、なにか失敗はしないかと、不安でいっぱいだったのでは。花崎と話すのは初めてで、しかも部長として人前で振る舞うのはあの日が初めてだったのだ。そんな状況で、恐怖も何もなく、泰然としていられるだろうか。

 もしかすると、七緒は前々から「部長」として振る舞う練習をしていたのかもしれない。自然体で喋れるように何度も予行し、しぐさや身振り手振りも、そつがなくなるまで反復したのかもしれない。第二会議室で独りで。自宅の自室の中で独りで。それくらいの造作をかけなければ、急に自身のありようを変えることは難しいはずだ。よほどの器用さと柔軟性、順応性があり、加えて機転が利く人物でない限りは。でなければ、急激に変化させた気質に違和や不自然さを感じるはずなのだ。少なくとも、自分が見てきた部長はあくまで自然体だったように思うし(自分が人情の機微に鈍感ではないと信じての考察だが)、七緒の片鱗などおくびにも出していなかった気がする。

 ペットショップを出た後、悠に遭遇して、七緒は何を思っただろう。あまりの偶然に驚愕し、唖然としただろうか。なぜここでこの人と出会うのか、と嘆いただろうか。彼女は焦ったはずだ。慌てたはずだ。恐れたはずだ。自身の正体が露顕することを。いつ七緒水月という単語が出るかと気が気でなかったはずだ。そんなところへ、俺が決定打を放ってしまった。『部長』、という悠にとってのキーワードを。

 俺の皮肉を聞いた七緒はどんな気持ちだったろう。感情が溢れるのをこらえながら、何を思っただろうか。ごめんなさい、ごめんなさい、と、心の中で謝罪を繰り返したか。感情が発露した、ということは、精神が耐えられなかったのだろう。人を騙したことに対する罪悪感と、そんなことをしてしまった自分の情けなさに。

 小さい頃、イタズラをして母親に叱られ、泣いてしまったことは誰しもあるはずだ。幼い時は、母親に裏切られたような気持ちと、思い通りにならない不満とで声を上げてしまうのだが、でもどこかで、なんとなく、自身の罪と至らなさを自覚していた気がする。

 七緒の感情は、それと少し似ているかもしれない。見捨てられたようで、自由を奪われたようで、しかしそれは自身の過ちによるもので、だから己の浅はかさを嫌というほど思い知る。

 部長は――七緒は、そうまでして、変わりたかった。

 変えたかったのだ。自分の世界を。

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