面白くないラノベの見本

必ず一次選考落ちする作品
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ArcHive4

公開日時: 2022年9月7日(水) 07:00
文字数:2,322

 座してから数分が経過した。

 俺は高度な物理の本をめくっている。タイトルは「物理のシャンプー 力学・波動編」。読み進めるごとに頭を締め付ける万力のネジが回っていく、それほどに興味深い内容だ。

 にしても、シャンプーというタイトルが甚だ以って疑問である。シャンプーだと、きれいさっぱり洗い流されてしまうと思うのだが、気のせいだろうか。些事に囚われるべからず、という意味だろうか。……ふむ。よし、わかった。流すことにしよう、疑問と文字を。

 そういったインテリ擬の思考にも、読んでいるふりにもいい加減飽きてきたのが現状である。

 部長はずっと静かだ。あれから一言も喋ってはいない。未だ俺に気付いた様子はなく、話しかけてくることもない。


「ぷくくくくくくくく」


「!?」

 突然、隣の机から声が聞こえてきて、一方ならず驚いた。

 気を落ち着け視線をやると、見も知らぬ校友が腹と口を押さえて笑い転けている。

 もしや。そう思って顔を向けるが、部長はさっきと変わらず、血眼になって図鑑を睨んでいた。


「ははははそうかそうか。そんなにお前は私とにらめっこがしたいのか。よーしよしよし……。だーるまさん、だーるまさん、にらめっこしましょ、笑たら負けよ、あっぷっ――ブフッ!」


 蛇だろうか。今はページが見えないのでわからない。ないしは蛙かもしれない。


 部長はくすくす笑っている。件の生徒も同様だ。


「いやあ、マジ吹くわー。さすが福さんだわー」


 もしやふくろうなのか? はたと思った。


 それにしてもおかしいな。何かしていると思ったが……。そう考えながらも、ひとまず視線を本に戻した。


 波動編。波動。波動。……だめだ。どれだけ波動方程式を見ても、次元波動爆縮放射機のことばかり考えてしまう。波動という漢字が伊達すぎるのがいけないのだ。


「いひひひひひひひ」


 また隣から声が上がった。今度は机に伏して体を震わせている。

 すぐに部長の方を向いた。しかしさっきと様子は変わらない。あたかも本の虫の如し、を体現しており、こちらにはまったく気付いていない……ように見える。


 頁に視線を落とす。


「いひひひひひひひ」


 だんだんと老婆の魔女がせせら笑ってるようにも聞こえてきた。

 顔を上げる。変化なし。


 本を見る。


「いひひひひひ」


 上げる。

 戻す。


「いひひひ」


 上げる。戻す。


「いひひ」


 上げる。

 戻す。――と見せかけて上げる! 


「いひひひひひひひ」


 パチパチパチパチパチパチパ――


「――あ」


 ウィンクをしていた。連続で。『私に気付いて』とでも言わんばかりの表情と、アイドルのやる、首を傾げたポーズで。

 頭に虫が湧くかと思った。手遅れだった。


「……。何やってるんです」

 そう訊くと、さも当たり前のように、


「ん? ちょっと目にゴミが入ったみたいでね」


「ぶっ!」


 女子が吹いた。あんたさっきから受けすぎだよ。そのうち注意されるぞ。


「周りに迷惑です。さっきだって女の子が――」


「ああ、あの子にはひどいことをした……」


 目を閉じ、肘をついて顔の前で手を絡ませる。一昔前の映画かドラマにありそうなセリフとしぐさだ。(……ゲンドウさん、ゲンドウさん、おいでください)


『人は思い出を忘れることで生きてゆける。だが、決して忘れてはいけないものもある』


 オー・マイ……オー・マイ・ゲンダォウ……!


『冬槻、あとは任せる』


「ああ。唯君によろしくな」


『ああ』


 え。え? えッッッ?!!


 Calm down, calm down(魔手がそんな感じのことよく言ってた。意味は違うかもしれないけど).


「トラウマものですよあれは」


 あの子が中学か高校に上がった時、言い知れぬ恐怖に駆られて不登校にでもなったらどうする。あんな、将来有望なロリ美ゲフンゲフンキュートな子が。


 言うと、部長は絡ませた手を解き反論するかのように、


「違うんだ。最初はちょっとからかうつもりだったんだ。だがあの子の反応が面白すぎてな、つい度を超えてしまった。……後で謝りに行かないとな」


 最後のもなんか聞いたことあるな。わからんけど。


 それはともかく、余計、質悪いよそれ。わかっててやったってことだろ? いたずら小僧か。デニスみたいに狙うのはウィリーさんだけにしろよ(このネタがわかるあなたは魔法使いですか? それなら弟子にしてください。メンター!!!)。


「そうしてください。とにかく、周りに迷惑をかけないよう頼みます」

 ってあれ? おかしいな。この言い方だと、俺ならどんどんオーケーよ? みたいに聞こえるのはなぜ? いやいや、周りっていうのは俺も含めてって意味でさ、どんと来いってことじゃないのよ。なんで俺だと大丈夫、みたいな流れになってんの? おかしいじゃない。ちょっと! 責任者出しなさいよ、責任者! 


 時間は凍結する。


「作者ですが、どうしました?」


「往生せえやぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 突然現れた、コンピュータのブラウン管モニターらしきものを被った人物は、音もなく刀で斬られ、肩口からぱっくりと裂けた傷口から、噴水のような血を辺りに撒き散らして倒れた。


「ふぃー! これで少しはすっきりしたかな?」


「今時そんなベタなセリフを叫びながら斬られるキャラがいますか? コメディ以外で」


 斬られたはずの者は、自分が斬殺されたことなどなかったかのように五体満足であった。撒き散らした血なども跡形もなくなっている。


 志津馬が蠅を追い払うようにしっしっと手でジェスチャーをすると、


「でしょうね。それでは」


 と言ってモニター頭の者は雲散霧消した。


「……Fuck. 自己顕示欲の塊が……」


 空間は融解する。


 素朴な疑問は露知らず、部長は「キルキンチョ!」と返事をして図鑑に視線を落とした。

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