面白くないラノベの見本

必ず一次選考落ちする作品
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yOu kNoW

公開日時: 2023年9月21日(木) 06:00
文字数:5,811

 アマテラスとの戦いから、幾日か経った。

 俺は博士に呼び出され、人の体に戻してもらった。

 アマテラスこと七緒水月――今回の世界では部長。彼女と世界を救うためにシグマに入っていたわけだが、永遠とも思える時間を経てようやく、元に戻れたわけだ。

 やっとお役御免。

 人生何回分を経験したか考えるのもうんざりだ。

 今はただ……一苦労どころか千苦労(以上)して手に入れたこの平穏にどっぷりと浸かりたい。

 シグマの体も、人と同じ感覚にすることはできるが、『機械に入っている』という先入観と、『血の流れる元の肉体である』という概念と観念があることが大きく違う。簡単に言うと、『そう思っているから』、という思い込みなわけだけど。


 何をしているかと言えば、ソファに横になってテレビを見てる。……いや、見てるというよりは、眺めてるが正しい。放送の内容なんて頭に入って来てないし、人や物が動く映像になんとなく首を向けているだけだから。

 だってだるいんだもん。

 この体がコールドスリープから起きたばかりだからか、体力がまだ戻ってないらしいし。

 すぐ眠くなっちゃうんだ。

 寝てもいい……? 意識を閉じてしまってもいいですか……? ……だめ? 

 そう思って微睡んでいると、ふと、耳障りな音が聞こえた。

 息を急に吸い込んだような音だ。

 その音で、睡眠から無理矢理起こされるような不快感を覚えた。

 また聴こえた。今度ははっきりと。そのおかげで音の正体がわかった。

 テレビの出演者が洟〈はな〉を啜る音だ。


(……ああ、うるさい)


 その音が頭から離れなくて……。

 鼓膜にこびり付いているようで……。

 脳や体全体を犯すように不快感が煽られて……。

 それは何度か聞いている内に、自分の中で怒りとなっていることに気づいた。

 最初は我慢していたけど、他の音まで聞こえてきて、耐えられなくなってきた。

 家の外の音だ。

 工事か何かの機械音。大工か何かをしている金属音。車が通るたび聴こえるエンジン音。

 それらは全て人が出している音に聴こえた。

 そして音には人の感情が混ざっているように感じた。

 その無数の感情が、すべて人そのものだと思うと、まるで人ごみの中で揉みくちゃにされているようで、教室の中で必死に息を殺しているかのようで……。

 僕は、この世界が、ひどく……。


 ……ひどく煩わしいものに思えてきた。


 そのストレスを吐きだそうとして、洟を啜った。

 すると……。

 テレビの出演者が、それに反応するように洟を啜った。

 偶然だが、間が悪い、運が悪い。

 どうして僕が洟を啜った直後に同じことをするんだ? まるで仕返しみたいじゃないか。

 そう思ってイライラし、やり返すと、なぜか……また同じことが起こった。

 同じ出演者が同じく洟を啜ったのだ。まるで僕の仕返しが気に障ったみたいに。

 音は聞こえてないのに。場所は遠く離れているはずなのに。

 ……そんなはずはない。たまたまだ。偶然あのタイミングで……。

 そう思って僕も同じことをすると、やはり同じことが起きた。

 そのあとも、何度勘違いだと思って繰り返しても、変わらなかった。

 それどころか、他の出演者まで僕の行動を読んでいるかのように意趣返しのようなことをしてきて……。

 気持ち悪かった。訳がわからなかった。どうしてこんなことが起きるのか理解できなかった。

 自分が信じられなくなって、急に不安が押し寄せてきた。

 自分は異常なのではないか、と。

 自分だけがおかしいのではないか、と。

 自分のせいで、周りの人が不快に感じているのではないか、と。

 今まで僕は、それに気づかず周りを傷つけ続けていたのではないか、と。

 そうだとすれば、自分は周りの人間にとって害悪なのでは? そんな考えまで頭を過った。

 それらを続けざまに感じた僕は、どうしても確かめずにはいられなくて、飛び起きた。

 直接人に会って、確かめてみれば……!

 なのに。

 僕の体は、身動ぎ一つしなかった。


「なん……で……!?」


 突然、体が言うことを聞かなくなった。

 ……コールドスリープから目覚めたばかりだからか?

 ……記憶の移動がうまくいかなかったのか?

 ……なんでだ? どうしていきなり動かせなくなった?




「――確かめる必要はないよ、志津馬君」


 声の方へ何とか首と視線だけを向けると、博士がいた。白衣のポケットに手を入れ、事態をすべて把握している、とでも言うような、何度もそれを見てきたかのような疲れた目をしている。


「博士……なんでここに……?」


 いや、それよりも、体の方が問題だ。眠くなって自分の異常に気付いたと思ったら今度はこれだ。一体僕の体に何が……。


「博士、 体がおかしいんです! さっきから全然力が入らなくて! どうしても動けないんです!」


 助けを乞うと、俯きがちにメガネを片手で押し上げ、


「そうか、やはり今回も……」


 ぼそり、と、意味の分からない予感と恐怖を地に落とした。


「え?」


「まあいい。とりあえず落ち着きたまえ。それから一つ一つ問題を解消していこう」


 博士は至って冷静だ。まったく動じている様子がない。こういった事態も予測していたということだろうか。


「は、はい……」


「まず、君が今感じている心因性の異常は、間違いなく君のものであり、確かに存在する」


 心因性の異常? それは僕がさっきまで感じていたあれのことか?


「そ、そうなんです。急に不快感とかが押し寄せてきて、まるで、僕の感情が周りに伝わっているみたいで……そうだ、おかしなことだとは思うんですが、テレビの出演者に僕の感情が伝播しているような――いえ、確かに伝播していたんです。だって僕が何かすると出演者も――」


「ああ、わかっているよ。十分にわかっているとも。何せ私も同じだからね」


 その言葉に驚きと喜びを隠せなかった。


「博士も? ホントですか?」


 その言葉を聞いて、僕は同じ人間がいるのだという確証を得られた気がして、心底安心した。同時に博士に対する親近感を強く覚えた。


「本当だとも。私もその苦痛や苦悩を感じているし、知っているよ」


 博士はこの症状を長く経験しているようだった。それを感じるとまるで師を得られたみたいに心強く感じた。


「『これ』はなんなんです? それに手足が動かなくて……これは『それ』とも関係しているんですか?」


「一つずつ答えよう。まず君が『これ』という感覚から。さっきは君にわかりやすいよう異常と言ったが、一般的にはそうではない。君が感じている自身の異常は、異常ではなく、誰もが感じている普通のことであり、誰しも感じている普通の反応だ。それはおそらく全ての人が生まれながらに持っている性質。人としての性質と言えるだろう」


 生まれながらに持っている性質……? それなら、なぜ僕は今になってそれに気づいた……?


「君の体は思春期の只中だ。そういった人の性質や社会について多くを知る時期であり、同時に様々なことに対して敏感になる時期でもある。だから君は『それ』を強く感じ、異常と思ったのだろう」


「当たり前ということですか? これが」


「まあ、気づかず年を取る人もいるだろうが、大抵の人は、君くらいの年頃には『それ』を知るはずだ」


「そう……なんですか……」


 まだ納得はあまりできていないけど、大人が言うならそうなのだろう。自分の間隔を優先し、それが第一と考えてしまうのは仕方ないかもしれないけど、それが絶対である、なんてことはまずあり得ないことだ。それくらいは知識としてわかっている。


「ただ、君の場合、忘れていた、ということも言える。シグマに入っていた時間があまりに長かったせいで、人の性質を胴忘れしていたとかね」


「はあ……」


 機械の体から戻った反動ってところかな。……反動。そうか。博士がここに来たことはそれと関係してるんだ。多分、人の体に戻ることで、何か不具合が見つかったに違いない。だから僕の体は今、動かなくなってるんだ。


「博士はそれを教えるために来たんですか? それとも僕の体か何かに不具合が見つかったとか……」


「それも一つの理由と言えるだろう。君の体の不具合について言えば、それはさきほど見つかったと言える」


 さっき見つかった……? それはどういう……。僕が異常だと思っていた感覚のことか……? それとも……。


 と疑問を浮かべていると、また博士は眼鏡を押さえて俯き、



「断言しよう、志津馬。――君は今から死ぬ」


 意味不明な言葉を口にした。


 ……しぬ? シヌ? しぬってなんだ……? 何を言っているんだ……? 博士は……。


「しぬ? 死ぬ? ――死ぬってどういうことです!? 博士!?」


 気づけば、大声で叫んでいた。


「それを聞けば君はさらに絶望すると思うが、という答えは何度言ったか。なら今回はあえて言おう。生命として終わりを迎えるということだ」


 ……終わる? ……僕が? ……あれだけ死を撥ね除けてきた僕が、死ぬ?




 今死んだら、戻れないじゃないか……。


 取り返しが、つかないじゃないか……。



 何もかも無くなってしまうじゃないか!!




 意味が解らない。


 理由が分からない。


 原因が判らない。



 なぜいきなり死ぬなどと言われるのかわからない。



「君は今、死んだらすべてが終わってしまうなどと考えていると思うが、君の場合は別だ、志津馬」


 ……? ……どういうことだ?


「君の死は無駄にはならない。『次』に活かされるということだ」


「……何を、言っているんです……? 博士」


「君は数多ある実験体の一つなのだよ。だから君が死んでも、体や経験などは次の君のためになる。気休めにもならんとは思うが……」


 次の、僕……? 何を言っているんだ、この人は……?


「何を言っているんだ、この人は? だろう? その思考パターンはこの段階の今までの君にもっとも多く見られたものだ。私もいい加減聞き飽きたし、嫌気が差してきたところだよ。なので段階を省くために、君が考え付く疑問に答えよう」


 ……博士。あなたは……。


「まず最大の疑問。君が、なぜ死ななければいけないか? たが、答えは単純だ。病気だからさ、君が」


 ……病気? ……僕が? なんで……。


「君はあらゆる医者が匙を投げた、不治の病を患っている。これはあらゆる未来においても同じで、その病は将来、大きな社会問題にまで発展する」


 ……僕が不治の病? ……治らない病気? つまり僕は絶対に死ぬ運命にあるってことか……? なんだそれ……。なんだその話……。なんだそのあり得ない話は……。


 ……は、はは、ははははは! わかったぞ! どういうことか! 


「博士は僕を驚かそうとしているんでしょう? そのためにわざわざぼくが動けなくなる薬か何かを人に戻る時にでも投与して、こんな茶番を演じてる。そうなんでしょう? 僕が長い旅からやっと帰ってきて、それを祝うためにこんなドッキリを仕掛けている。そうなんですよね? ねえ博士?」


 そうに違いない! そうでなければこんなおかしな話があってたまるもんか! 馬鹿馬鹿しい! 


「――そうに違いない。そうでなければこんなおかしな話があってたまるもんか。馬鹿馬鹿しい。……どうかね? これで少しは嘘でないことが証明できたかな?」


 ……どうして僕の考えていることがわかる? それも一言一句違わずに……。どうして……。


「博士はこの体に思考を読み取れるマイクロチップでも入れたんでしょう!? だから僕の考えが――」


「ああ、入れたとも」


「え?」


 あまりにあっさりと答えられ、頓狂な声を上げてしまった。


「ただし思考を読み取ることはできない。少なくとも思考した直後にはね。あとからわかるようにした」


「ならどうして……」


「覚えているからさ。他のキミが同じ反応をしたことを無数に見てきたのだからね。嫌でも覚える」


 どう考えても眉唾な話に思えるのに、なぜか博士の青い瞳は嘘をついているようには見えなかった。死ぬような体験を幾度となく繰り返した僕と、違う僕の死を見てきたらしい博士には、何か通じるところでもあったのだろうか、そんなことを考えてしまった。


「話を戻そう」と言って、博士は眼鏡を指で押し上げた。「君は病気で、それは治らない。だが私はそれを良しとしなかった。私はその病を治そうとしている」


 治そうとしている……? それがなぜ、僕の死と関係するんだ……?


「ここまで言ってわからない君ではないだろう。今までの話を振り返ってみたまえ。自ずと答えは出てくる」


 …………。

 僕の死が無駄ではない。僕の死は次の僕のためになる。僕は数多ある実験体の一つ。


「あなたは……、僕の病気を治すために僕のクローンを作って実験しているんですか?」


「惜しい。肝心な部分が抜けている。自分が今までやってきたこと、私が話したことを思い出すといい。そこに明確なヒントがあるだろう」


 僕が今までやってきたこと…………。博士が作った、アマテラスの核にされた少女を救うこと。そのために、過去と未来を行き来して、思いつく限りの方法を試した。ただ一つ、アマテラスの開発自体を阻止することを除いて。


「七緒水月を救うという使命は嘘だったんですか? どうして七緒さんはアマテラスの実験体に――」


「嘘ではない。七緒君は救わねばならない。救われねばならない。それに七緒君は実験体にされたのではない。自ら実験体になることを望んだのだ」


 救われねばならない……? 自ら望んだ……?


 アマテラスを、どこかの悪人に命令されて作ったのも事実。遠隔制御装置を搭載しなかったのも事実。アマテラスの開発の阻止を禁じたのは、病を治すのはもちろん、七緒君のためでもある、と博士は話した。


「なぜです? なぜ七緒さんはそんなことを?」


「そこまで言わないとわからないのか? 君は木偶だな。あえて言わせてもらうとすれば、それは私の口から伝えることではない」


 軽蔑――いや、自虐的な感情が見え隠れしている。それはつまり……。


「でも、博士が関与しているのは間違いないでしょう? 話せることはあるはずです」


「やっと頭が働いてきたかね。スロースターターにも程があるな。……では、事実だけを述べよう。私が彼女に事情を説明すると、君の病を治すためなら、と言って望んだ。ただそれだけだ。それに関する補足事項は君が中断した思考の先にあるのではないか?」


 僕が答えに行き着くと知っているのか? ……待てよ。行き着く先を知っている……未来を知っている……僕の答えを知っている、覚えている……ということは――。


「あなたは、同じ時間を繰り返すことで、病を克服しようとしている……?」


 そう言った瞬間、博士の体が液体状に変化し、気づいたときにはそれが目前に迫っていて――



 ――僕の体は僕に貫かれた。

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