店を離れてから、先日、ペットショップを出た後のことを道々考えた。
部長はまだどこかへ行くところがあると言い、毎度のごとくふざけてきたが、果たして、あの後どこへ向かつつもりだったのだろう。もしかすると、今向かっている場所が、昨日、行きそびれてしまった目的地なのかもしれない。
それはそれとして、あの日は、店を出た後に悠と行き合い、部長の様子がおかしくなった。豹変、と言うといき過ぎた表現にも思えるが、実際、それまで自由奔放に振舞っていたにも関わらず、悠に会った途端、広げていた翼を折り畳んでしまった飛禽のようにしおらしくなってしまった。口数も極端に減り、どこかおどおどしていて、自信なさげな様子。それも当然か。七緒水月が談話部を作ろうとしていることを知っている悠に放課後に会い、彼女のことをどう思うか訊かれて興味が無いと答え、その後に談話部の部長として振舞っているところに出会ってしまったのだ。正体が露呈することを恐れて当然だろう。正体を隠していた後ろ暗い気持ちもあるだろうし、七緒と部長の気質の違いも、故意であるなら、世間的に見てあまり良い印象を持たれるとは思えない。
部長――七緒は、まさにあの時、窮地に立たされていたのだ。
悠に遭う前までが思惑通りなら、それは彼女にとって喜ばしきことであり、悠に会ってしまったことが不慮の事態なら、それはまさに好事魔多し、不本意なことであったろう。
そんな折、俺が談話部の部長として紹介したため、悠に気付かせてしまった。談話部の部長――部を作ろうとしている七緒水月――偶然出会った、部活動中の俺と一緒にいるただ一人の人物〈女子〉。
果たして、そこまで証拠が揃ってしまった七緒は正体を暴かれた。
事実を知った者の前では変装も意味を成さない。ただでさえ、眼鏡に、髪型を変える、という、危なげな変装なのだ。鈍感な者ならともかく、勘付かれるだろう。
では、俺が皮肉を言った時、涙したのは何故だろう。思い寄る理由は、罪を犯して矢面に立たされ、糾弾されることが怖かったから。
俺を騙して入部したと思い込ませた上、部の活動と称して色々な所へ連れ回し、自由気ままに振る舞って困らせ、あまつさえ二人の女子生徒まで勧誘し、巻き込んだ。
談話部の関係で騙した人間は少なくとも五人以上だ。
部長としては七緒水月を知らない人間を騙し、七緒としては部長を知らない人間を騙した。ただ、結果として騙すことになったのであって、七緒――部長には、その意図は全く無かったのかもしれない。いや、実際、無かったのだ。だからこそ別人として振る舞うことのジレンマに陥り、俺がかけた言葉により針の筵に座らされ、それまで保たれていた仮面が瓦解し、結果として感情の発露に耐えられなくなった。それはまさに、一人の人間が別人として振る舞うことの皮肉であり、そうすることへの皮肉のようでもあった。違う人間になど絶対になれはしないと。過去を切り捨て決別することなど決して叶わないと。そして、「変わりたいのなら、それまでを背負い、押し潰されそうになりながらも足掻き、苦しみ悶え、のた打ち回れ」、と、そう言っているのだ。「それを続ければ、いつか、どこかで、何かが変わるかもしれないぞ」、と。
『“私たち自身”が変わらない限り、悪魔の囁きが止むことはないさ』
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