二時限後に悠に捕まり、昨日の一件について話さざるを得なくなった。俺は、あのあと部長と別れたことを話し、昨日、帰宅してから考えたことを掻い摘んで説明した。
悠は、「DID? のことはよくわからないけど……」と肩をすくめ、「でも要約すると、騙されたけどそこに悪意はないって、そう言いたいんだよね?」と自分なりに要領を掴んだようだった。
返事をすると、全幅の信頼を置いている、とでも言わんばかりの表情を作り、口を開いた。
「じゃあ、禎生のしたいようにすればいいよ。うん、それが一番だと思う。だって、本当の七緒さんを知ってるのは、禎生くらいしかいないんだから」
その言葉に少し気圧されてしまって、それでも、
「いや、どっちが本当かとかはまだわからないんだけどな」
と訂正した。そして、「あ、そうだっけ……」と言う悠に対し、訊かなくてはならないことを質問する。
「お前、部長に談話部のこと訊いた時、俺の名前教えたろ?」
一瞬きょとんして、
「え? うん、教えたけど……。それがどうしたの?」
なんて答えるのに若干呆れながら、
「いや、どうしたもこうしたもないけど、なんで教えたんだよ?」
と訊くとばつが悪そうに「いや」、と言い、
「それが……その時は七緒さんだと思ってなかったから、禎生のこと気になってる眼鏡女子が現れたと思って……」
それを聞いてため息をついた。
「まあ、なんとなくそんな気はしてたけど……」
ごめん、と小さくなる自称ジャーナリストを尻目に、謎が一つ解けた小さな快哉を感じた。
三時限後の休み時間は、七緒に変化はなかった。端的に言うと、独りで読書をしていた。
あまり意味はないと思ったが、七鳥のクラスに行き、彼女に話を聞いた、
「きれいな人だとは思ってましたけど、やっぱり有名人だったんですねえ。ふーん……」
相変わらずの暢気そうな喋り方。体感時間もずれているのでは、なんて思ってしまう。
「でも七緒さん、なんていうか、近寄りがたいっていうか……近寄ると危ない感じがするっていうか……バイトしてて思ったんですけど」
「へ、へえ……」
近寄ると危ないって何を根拠に……。
「……ま、野生の勘なんですけどね!」
「そ、そう……」
七鳥、野生だったんだ……。
四時限の後、今度は花崎に話を聞きに行った。
「へえ。部長さん、そんな人気者だったんだね。まあ、あれだけ面白い人なら、私も納得かな」
クラスメイトには人気がないみたいだけどな。あと、普段はあんなに変じゃないんだが……今は黙っておこう。
「私から見ると……そうだね、面白いのは面白いんだけど、どこか頑張り過ぎな感じがしたかな? 人を笑わせるのって大変だから、頑張らなきゃならないのは当たり前なんだけどね」
部長は無理をしていた……。普段と違う自分になっていたという点では、それはもちろん無理がいくというのはわかるが……。
「上手く言えないんだけど……。高校生なのにさ、なんだかプロの芸人みたいな気概というか、使命感みたいなものを感じたんだよね。それこそ仕事してます! 人生懸けてます! 命掛けてます! みたいな。コントとか漫才とかよく見てるからそう思ったんだけど」
ふむ。ばれないためなら必死にもなるだろうが、そういったものをよく見ている花崎にそこまで言わせるとは。……いや、部長のあれは漫才やコントのように使命感を感じての言動ではなかったはずだ。行き当りばったりで、気まぐれで、自分勝手なおふざけ。調子に乗った行動。そこにばれないため、とか、自分を見せる、といった意図や思いはあるかもしれないが、仕事やプロの気概はないはず。
……しかし、実際に目の当たりにした花崎がそう感じたということは――――。
「ま、さすがわたしを笑わせた芸人って言ったところかな? ふふ」
花崎の中で部長は芸人らしい。
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