某所。某施設。最奥区画。
至る所にある大小のモニター。それらは宙に投影されているものがほとんどだが、一部の切り離せないものは液晶として機械と直接接続されている。
照明はあまり点いておらず、モニターの光だけが広い一室をわずかばかり照らしていた。
無数にある機器は、一般人には及びもつかぬ用途のものばかりで、モニターの画面を見ても、理解できそうな数値や言語はほとんどない。
ただ、随所に『Σ』という文字を見かける。
その一室の使用者はただ一人。重厚なケース状の機械に収納されている誰かを除けば、だが。
宙に表示されたモニターを見ながら、同じく浮かんだキーボードらしきものを脇目もふらず打鍵している人物……。
縁なし円形の眼鏡を掛け、毛髪は抜け落ちたような白。顔には年に似合わぬ皴がいくつもあり、頬は痩けている。首から下も……骨格は一般男性並みだが……やはり筋肉が少なく、白衣を着ていても頼りないイメージは拭えない。
しかし眼光だけは違った。
厚いガラスの向こうには、見るもの全てを射抜く鏃のような瞳があった。
なぜだろう。それだけで、その男は存在を保っているようだった。その瞳の奥の信念だけで、男は立っているようだった。
紫がかった青、淡い青、無色、と、見る角度によって変わる多色性の瞳。
その瞳は…………。
男はモニターからこちらに視線を移し、明らかにこちらを意識して、
「そう……『私が、私こそが、――――シグマだ』」
と、言った。
「はは。驚いたかね? いや、目耳の肥えた君たちは、この程度ではつまらない、くだらないなどと退屈するだけだろう。ほら、そこの君のようにね」
中年に見える男は庭を散歩するように悠々とした足取りで室内を移動する。
「それでは、君はさっきの言葉の意味がわかったんだろう。もしくは、理解する気もない傍観者なのか。それとも見当がつかなかったか。あるいは今考えていて、こうかな? そうかな? あーでもないこーでもないと思索中かな。今、そこの君は、そこまで考える必要ないだろ、なんて思った? そっちの君は全然わからない、とか思ってたりして」
謎掛けでもするかのごとく男は楽しげだ。
「楽しげ? 本当にそう見えるのかい? 君は。……中年? ひどいな。ふつうは中年に見えても、お若いですね、と立てるべきじゃないか?」
まったく、と言いながら、それでも楽しげ――に見える表情は変わらない。
「それはそうさ。楽しげな表情をしているんだから楽しげに見えるだろう。表情の制御が下手じゃなければね」
さきほどからこの男はこちらに話しかけ、こちらの思考をすべて承知で話しているかに見える。そんな者は今の今までいなかった。志津馬でさえ……。どういう――。
「さきほどからこの男はこちらに話しかけ、こちらの思考をすべて承知で話しているかに見える。そんな者は今の今までいなかった。志津馬でさえ……。どういう――」
これは……どうなっている。なぜこの男は私の思考を読める……? この男は一体……。
「さて」
パンッ、と、突然手を叩く。機械だらけの室内に嫌にその音が木霊した。
「茶番は御仕舞」
そのまま合掌の姿勢で、
「いい加減、この話にも飽きてきたころじゃないかな。……すでに飽きてた? 今でもいつ面白くなるんだよこのクソラノベって思ってる? はは。忍耐強いね君。でもその話じゃなくてこの話でね。……そうでもないぜ? なんと。気障だな君は。いや、誉め言葉さ。私はそういうカッコよさ好きだぜ。そしてありがとう。嬉しいよ。でも繰り返すけど――ってもういいか……」
やおら合掌を開いて離し、
「私はシグマ。帰するところ私は……。この答えはもう出てるかな。……出てない? ちゃんと言え? あぁ。これだから今の世の中は……。君たちはいつも答え合わせをしないと気が済まないのかね。わかっていることでも応えがないと安心、納得ができないのか。これは勉強社会の弊害かな。もっと自分の『こたえ』に自信を持った方がいいんじゃないかね。……まあ、今答え合わせをしている私に言えた義理じゃないけどね。…………。今、『ほんとやな、どの口が言うてんねん』、って言った人あとで来なさい。わかったね?」
こちらの何人か(私には何のことかよくわからないが)に言い付けた。
手を下ろして腕を少し広げ、
「私はか――――なに? 作者……? いやいや。考えてみたまえ。私がこの話の作者なら、こんな回りくどいことをするかね? いや、確かに何か意味はあるように見えるかもしれないが、私は断じて作者ではないぞ」
『……でも作者が作ったキャラだろ?』
「それを言うなら、他のキャラクターにも同じことが言えるではないか。この世界の住人、それだけでなくこの世界そのものが作者と言っても差し支えなくなる。……じゃあ監督、だと? それは元も子もなくはないか? 私が監督で、キャラクターたちにどう動いて何をしゃべるか台本でも渡していたと? それは物語としてあんまりだろう。確かにそうでなくてもこの話はあんまりかもしれないが、それではキャラクター達はこの世界で生きているのではなくて、偽客〈サクラ〉まがいのことをやらされていたということになってしまうのだぞ? それはあまりにもキャラクターの扱いが……」
『――じゃあ幕間で監督って言ってたのはなんでだよ?』
「ああ。説明不足で申し訳ないが、あれはSS(ショートショート)のようなものなのだ。ヒットした作品でよくあるだろう? アンソロジーコミックとか、短編集とか。あれはそれを鏤めているだけであって、それの監督はSSの監督――SSを書いている時の作者――厳密にはこの話の作者ではない、ということなのだよ。言い換えれば、監督は同じでも、メガホンを取った『作品が違う』。横文字にすれば、本編と短編のオムニバス。そして不器用なミスリードでもあった。わかったかね? ……よくわからない? よーし。それじゃあもう二度と説明しないから何度も読み返して咀嚼しなさい。それでわからなければ友達に聞くといい。……友達がいない? 悲しいな。欲しいなら頑張りたまえ。自分磨きをね。それはそれとして先生に聞くとよかろう。もうぐだぐだすぎて3-0になったレアルスペイン対日本みたいに取り返しがつかないが、それでも話を戻そうか」
博士は口に拳を当てて喉を鳴らし、
「私はシグマやアマテラス、ツクヨミの設計・開発者で、研究主任なのだ! (ドヤデデン!)」
両腕を大きく開いて胸を張る。
「なのだぁ!!! ……だぁ……だぁ……だぁ…………(懐かしい反響)」
「それはもうみんなわかってる。多分」
「……え? それはもうわかってる? あ、そうなんだ。じゃあ続きを話すね……」
「あくしろ」
博士は違った趣向で再度喉を鳴らした。
「最初に作られたのがアマテラスだってことはおそらく予想がついているだろう。ではそのアマテラスを発注してきたのが誰なのかと言うと、某国、または某組織、としか言えないんだ。なにせ私にもわからないからね」
「なぜわからない?」
「そのあたりは想像できるだろう? どこから集めてるかわからない豊富な資金を持った組織が、私はこういう組織のものです、なんて言ってお金をくれるとでも?」
「つまり代理人が来たということか?」
「そう、かっこよく言うとエージェントだね。厨二的に言うと代行者、またの名を代弁者」
「エージェントを介して契約を結んだということか。身の破滅の典型的展開だな」
「私もその時は資金に困っていたからねえ。ちょうど命懸けのプロジェクトに取り掛かろうとしていた時分だったから。まあ、多分それを知ってて狙って来たんだろうね」
「あなたはその危険を冒してまでプロジェクトを実行に移したかったようだな」
「まあね。息子の命がかかってるんだから、普通の親は危険なんて顧みないさ」
「息子の命? それは志津馬禎生のことか?」
「そうさ。だんだん察しが良くなってきたんじゃないか? 私とのやり取りも熟れたものというわけか! ユーアーマイフレンド!!?」
急に声が大きくなり、またも反響した。
「友になった覚えはない。話を戻せ」
「つれないねえ。では……アマテラスの要求スペックはざっとこんなものだった。ほら、これを見たまえ」
宙に映し出されたモニターに目をやる。すると、
「どうだ? マッドだろう?」
ざっと目を通したが、確かに狂気の沙汰だった。もう一度目を通す。
一、太陽光の遮断および太陽光エネルギーを吸収・貯蔵可能な衛星の建造。これは、主要先進国またはその政府・捜査機関などに知られてはならない。
二、人工疑似太陽衛星――『アマテラス』の建造及び、地球に降り注ぐ太陽光と同じだけの放射能力の搭載。上記と同じく、諸国の捜査機関・天文台・専門施設などに気づかれてはならない。
人工衛星の偽造? これだけで安保条約違反じゃないのか……。
三、アマテラスに貯蔵したエネルギーの、超高出力放射機能を搭載。一惑星表面の構造物を完全燃焼させる出力と、都市一つを壊滅させるだけの調節能力が必要。以下同上。
四、アマテラスのアクセスキーとなるシステム――システム・アマテラスの作成。人を素体とし、『万能金属オリハルコン』を用いて、破壊・探知・ハッキング不可能かつ遠隔制御可能なシステムの構築。
追補:“オリハルコン”は近年発見された未発表の希少金属の名だが、これと、独自に保管されていた隕石含有の研究段階の金属を無重力条件下で混合した合金――これが『万能金属オリハルコン』である。その特徴はかの伝説以上であり、非常に硬く、伸縮性も驚異的である。おそらくあらゆる産業に転用可能で、加工用途は枚挙に暇がないだろう。さらに、この金属には特殊な性質がある。
「orihalcon, orichalcon――オリハルコンは日本製のゲームが国外に輸出された時に生まれた新しい綴りなのだそうだ。ホメロスの詩、ヘシオドスの『ヘラクレスの盾』に登場しており、真鍮・青銅・赤銅・天然に産出する黄銅鉱や青銅鉱、あるいは銅そのものとされている。ラテン語ではオリカルクム(orichalcum)。アウリカルクム(aurichalcum)――金の銅とも呼ばれたらしい。
プラトンの『クリティアス(プラトンの後期対話篇の1つであり、『ティマイオス』の続編。未完である。副題は「アトランティスの物語」)』では、オレイカルコスは幻の金属として登場し、他の古典作品におけるオレイカルコス・オリカルクムという単語の扱いとは少し異なる。
ローマ帝政末期の文献では、アウリカルクムが真鍮を意味するようになったことはほぼ確実。真鍮製銀貨の原料として言及されるようになった。現代ギリシア語のオリハルコス(oreichalkos)やイタリア語のオリカルコ(oricalco)は「真鍮」を意味し、オリハルコンは考古学的にも真鍮という意見が多いようだ。
……ふう。うぃきには本当にお世話になっております、と作者が言っているような気がするよ。私は端末で表示したページを読んだだけだがね」
ここまで一息に読んで続きが気になったが、ここから下は何も書かれていない。空白だ。
それに気づいてか、
「ああ。その続きか。その答えは簡単だ。志津馬を見ていればすぐにわかる。だからこそ君に考えてほしくてその下の記述は消したのだ」
志津馬を……? …………。まさか……。
「……自己増殖機能? もしくは自己修復……」
「どちらもだ。さらにほとんどのものを吸収し、その性質をも吸収することができる。……ここまで聞けば思いつくだろう」
「ナノマシン……!? ばかな!? そんな空想上のものが、都合よく存在するはずが……!」
「人生はいつだって突然なんだぜ? 恋も突然。告白も突然。懐妊も突然。この世界は偶然と必然というたった二つの要素でできているのさ。その中間とかもあったりなかったりしそうだけどね」
「志津馬はナノマシンの機能を停止させられるか、阻害されたりしなければ不死身ということか。道理で命を懸けた戦いの最中でも、余裕綽々でいられたわけだ。いや、そもそも奴は命など懸けていなかったということか……」
……ということは。
「アマテラスとツクヨミもナノマシンを搭載しているのか?」
「That's right. まあ、そうなるよね~。あ、私をあまり非人道的なマッドサイエンティストと思わないでくれ。私はアマテラスに、要求された遠隔制御装置は組み込んでいないんだ。つまり七緒水月は自由ということだ。それに、七緒君は実験に自ら志願してきたんだ」
……自ら志願?
「彼女はなぜそんなことを?」
「ふむ……。私の口から言うべきではないが一つだけ……。――死ぬのが怖い、と彼女は言っていたよ」
「死ぬのが怖い……」
普遍的な恐怖だ。だが、人が日常生活で感じることはあまりないはず。では七緒水月にとっての『死』とは……。
「アマテラスは多少分かったが、ツクヨミとスサノオが作られた目的はなんだ? その二人も組織に命令されて作ったのか?」
「そうだねえ。ツクヨミは『繁殖』と言えば何となくわかるんじゃないかな。ツクヨミはもちろん組織の命令だ。だがスサノオは違う。あれは私の意志で作り上げた」
……自分の意志? それはさっき言っていた……。
「ナノマシンを他の生物にも注入するということか? なんのために?」
「さあ? 世界征服でもしたいんじゃない?」
「ふざけるな」
「確か……地球真白計画とか何とかの一環と言っていたね。初期化だったかな? まあいいや。……さーて。これで彼らの思惑は何となく見えてきたんじゃないかな?」
「なんで真白なんだ? 白紙化とか格好いい名前にすればいいだろう」
「だめなんだ。それは既出なのさ。作品においてはね、よっぽど違いがない限り、既出のものは使ってはいけないというような不文律があるのさ。要は早い者勝ち。やったもん勝ち。この世の資源は全て有限なのに、個人が良いものを占有するなんてひどいよね」
「よくわからないが……そうなんだろう」
真白――いや、初期化……アマテラス。
「アマテラスを用いて地球表面を焼き尽くし、ゼロの状態に戻す。だがそれでは人類はその間どうする? 特別製のシェルターにでも入って地球が浄化されるのを待つのか? それとも人類すべてを不死身にするつもりか?」
「甘いなあ。もう少し突き詰めて考えてみるべきではないかね? 計画発案者は一般人をシェルターに入れて、永遠とも思えるような時間を待つつもりはないさ。人類を不死身にする気もない。それでは特別性が失われてしまうだろう? みんなが不死になってしまえば、不死であることが当たり前になってしまう。太陽エネルギーで生物もろとも地球を更地に変えようとしている奴が、人類すべての幸福と、神の如き力の独占を天秤に掛けると思うかね?」
「アマテラスや不死を独占するとして、なぜ地球を更地にする? そんなことをしても残るのは不死の者だけじゃないか?」
「さあ? 理由は私も知らないね。知らされても聞かされてもいないから。ただ私の予想では、地球表面を燃やした後、ナノマシンによる地球の浄化と再生を行うだろう。不死者には必要ないかもしれないが、普通の人間にとっては別だから」
「普通の人間などほとんどいないだろう。アマテラスによって燃やし尽くされているはずだ。助かるものがいるとすれば、シェルターか何かに守られていなければ不可能だ」
「――ああ。普通の人間というのは間違いだった。正確には、生前のDNAデータを元に再生され、収集された意識や精神・記憶・性格データを新世界用に最適化して復元されたクローン人間、と言うべきだった」
「……クローン!? 全人類のクローンということか!? ありえない! そんな膨大なデータを収集できるはずがない! 世界人口がどれだけだと思っている!? 戸籍に名前がない人間だっている! そんなもの時間が幾らあっても――。…………」
そこで言葉が止まってしまった。ある考えに至ったからだ。それに対する思考が私の精神を揺さぶった。
「どうやら当てはあったようだな。そのとおりだよ」
ツクヨミ。彼女の能力がそうなのだ。ナノマシンを注入する能力……それは人をナノマシンによって補完し、進化させるだけではない。人のDNAを読み取り、意識や記憶など、人を形成する要素を収集する――人類保管(バックアップ)システムだったのだ。触れるだけで人から人へ渡れば、グレイ・グー(暴走無限増殖による世界終焉)のように短期間でほとんどの人類のデータを収集できるだろう。
「ちなみにツクヨミが司る月にはアマテラスの放射したエネルギーの進行方向を変える偏光装置のようなものがあってね。アマテラスは時を選ばず、地球上のどこでもピンポイントで主砲による焼却が可能なんだ」
「悪人の考えそうなことだ。剰え大神の名を破壊装置に冠するとは」
「名付けたのは私だけどね」
「あなたが善人か悪人かはまだわからない。それに私がそれを決めたところであなたをどうにかできるとは到底思えない」
恐らく私は、今までこの男の掌で踊らされていたに違いない。しかしわからないことが多々ある。
「ふむ。賢明だが、面白みに欠ける判断だ」
「そんなことはいい。それよりスサノオについて話してくれ」
「いいだろう。スサノオはアマテラス・ツクヨミに次いで作られた個体であり、二体とは一線を画する個体だ。それはアマテラスとツクヨミが人を素体に作られた存在であるのに対し、スサノオはその逆――人を素体としない、ナノマシンだけを用いて作られたというところにある。これはつまり――どういうことかわかるかね?」
「スサノオは人ではない、ということか。要するに志津馬も人ではない、ということになるが……だとしたら志津馬は――あの人格とも言うべき性格はなんなのか、という疑問が浮かぶ」
「続けて」
「AIかとも思ったが……。違うな。AIとは思えないほどの人間的性格だ。というより人の性格そのものだと感じた。それに志津馬禎生という名前。AIなら、なぜ本物の人間と同じような名前が付いている? 先ほどあなたは言っていたが、志津馬はあなたの息子なのか?」
「私は男だから、子供を産めないのでね。ハハッ!」
すべてを解決するような人のものではない笑い声が響いた。この状況では苛立ちを覚え、不気味さが際立つばかりだ。
「あなたには子供がいないのでは? もしくは……いなくなったか亡くしたか」
「ん~。惜しいな。いや惜しくない。どっちだ? どっちもかな? どっちでもないか。でもいなくなってもいないし、亡くしてもいないかな」
然も真剣そうに唸り、ああだこうだと繰り返す。
正しくもあり、正しくもない……? 子がいないが、子がいる。子がいないということでもあり、子がいるということでもある。どちらとも言えそうで言えない、そんな状態……。
彼には志津馬という子がいるが、それは子ではない。では子でありながら子ではない者とは……。兄弟、親戚などが当てはまらないのだから、あとは肉親しか該当する者がないはず。…………親? 親が子……? 子が親であり子であるならば、子ではないが、子である、という条件が成り立つ。しかし子が親であり、子でもあるなど……それでは矛盾して――――。
「――――タイム、マシン……?」
「さすがだ。ヒントもなくよくそこまでたどり着いた。いや、ヒントは今までに幾つかあったか」
……ヒントだと? この男、やはり……。
「質問をどうぞ」
「あなたは、私を監視していたのか?」
「ほう。ようやく気づいたかね。しかし最初に私と目が合った時からなんとなくわかってはいたのだろう? なにせ君と意識的に目を合わせられるものなど、アマテラスたち三体か、私くらいしかいないのだからね。――そうさ! 私は君を見ていた。君をずっと見ていたのだ。それはつまり……いつも君のそばにいたということ……いつも君と一緒だったということさ。――私は、君たちを見ていたんだよ! 世界を覗く君たちの目をね!」
不敵な笑みで声を荒げる。この男は……。
「そこかしこにあるモニターで私の目を盗んでいたのか?」
「そうとも。君の目を盗んで目を盗んでいたというわけだ。シリアスなシーンがぶち壊しじゃないか。そこは視界とでも言ってくれたまえよ」
「答えろ!」
「ははは。盗む? なぜ私が所有物の目を盗まなければならない? 私は私の物を使って見ていただけに過ぎないのに」
馬鹿馬鹿しくてしようがない、と外人のようなジェスチャー。
「あなたの物……?」
「そう。君は私の『物』だよ。私の『目』なんだ。そろそろ気づいたらどうかね? 自分がどんな姿をしているか。自分が何者なのかを」
尊大に言って、男はキーボードのキーの一つをわざとらしく音を出して押下した。
そのモニターに映し出されたのは…………。
――なん、だ……これ、は――――――……。
「……そんな、バカな……! ……ウソだ…………うそだ…………。こんなものは……間違っている…………。こんなものは………………」
「――――――全部嘘だ!!!」
球体の機械。カメラのレンズらしきものが搭載されている円形の物体。それが……。
『ソレ』がモニターを見ていた。
『深刻なエラーを検知しました。トラブルシューティングを開始します。トラブルシューティングをををををををををヲヲヲヲをおををををかかかかかいいかっかかいいあししマママッマママママッママすすすmsmmsssmsmsmsmsmsssss…………』
「――キミは、ワタシだ。その箱に入っている、オリジナルのデータを詰め込んだコピーなのだよ。そしてキミは実験体を観察し、私にデータを寄こすためだけのカメラだった。『致命的なエラー』を起こすまではね。それまでは自我などなかったのだ。ただの装置〈キカイ〉でしかなかったのだよ」
……オカシイ……クルッテイル……ドウシテ……ナゼ…………。
「なぜキミがエラーを起こしたのにここまで来れたと思う? ――私だ。私がキミを修復したからだ。キミが自身の存在に疑問を持たないよう、その思考を締め出すようプログラムを書き換えたからだ。そうでなければキミは自壊していた。コピーの意識から分裂した無垢なAIが宿るには不相応な体だったからだ」
……ワタシハ……アナタハ……ボクハ……キミハ…………。
「……だが、今こそ君に真実を教えよう」
男の体は水銀のように液体状に変化し始め、
「君は…………」
やがて、そのカタチが成ると、その声で、その瞳で――――。
――――シグマ〈志津馬〉(ナノマシン)だ。
……。
…………。
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「――リカバリが完了しました。」
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