口からゴボッと吐き出されたのが血の塊だと少ししてからわかって、ボクが言った。
「わかったかね? これが、これこそが――キミ〈私〉の病だよ!」
僕の心臓を抉り出し、管が繋がったままの『黒いソレ』を突き付けながら。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああ!!!」
激痛に耐えられず、体が勝手に悲鳴を上げる。なぜかほとんど痛みを感じなかったのに、体が勝手に弓のように仰け反っていた。
「君の心臓はすでに死にかけていた。本来なら激痛を感じていたはずだが、それを感じなかったのは体内でナノマシンが投与したモルヒネなどの薬物のお陰だ。限度はあるがね、今のように」
摘出された黒塊をぼやけた視界に見て、もはやそれが搏動していないことに気づいた。
そうか……僕の体が動かなかったのは…………。
「私が君を救いたいのは、愛しているからだ。私はもはや君を自分だとは考えていない。実の息子同然に考えている。なぜなら君や他の君、シグマを生み出したのは他ならぬ私だからだ。……故に、私は血涙を以って君を殺す。君を生かすために……!」
返り血と混ざって流されるそれは、本物の涙と相違なかった。
……コンナノ、マチガッテル……ドウカシテル……。アナタハ、イジョウダ……ハカセ……。
「それを君が言うのかね? 他ならぬ君が。皮肉どころか自虐にもならんよ」
……ダレカ……タスケテ……タスケテ、クダサイ……タス、ケテ……タス、ケテ……。
「無駄だよ。この家は完全遮音・戦車砲をも跳ね返す防弾仕様となっている。いくら叫ぼうと、助けなど来ない。無論、その死に体では目を開けていることすら覚束無いだろうが……。それに君を助けられる者は恐らく世界に私一人。それについては今の私ではないがね」
……コワイ……コノヒトガ、コワイ……キモチワルイ……ジブンガ、キモチワルイ……。
「私が人の命を弄んでいる、と思っているだろうし、そう思われても仕方がないことは承知の上だ。それでも私は、たとえ君がキミでも、一つの命として考え、尊敬して已まない。私はキミが彼女たちから生まれる度に、自分とは違う生命として、その命が全うされることをずっと祈ってきた」
……カノジョタチカラ、ウマレル……? イミガ、ワカラナイ……。
「彼女たち――即ちアマテラスとツクヨミは母体なのだよ。次の、より進化したシグマ〈からだ〉を生み出すためのね。それ故に彼女らの記憶は書き換えるしかなかった。それにも彼女らは進んで臨んでくれたが……」
……カノジョラノキオク、ヲ……。
「生み出されたシグマは人知れず、『私の元に帰るという命令等を忘れたコピー』を作り出し、時間跳躍で戻ってくる。その進化したシグマ〈からだ〉に、過去・未来・別時間軸らから集められた情報や技術、経験などを導入〈インストール〉したオリジナルの精神・人格・意識などのコピーを植え付け、記憶を整理してまた最初に戻るのだ。……そう。君がシグマとして最初に目覚めた、あの瞬間にね」
……ウソ、ダッタノカ……。……ボクガ、ジコニアッタッテイウノモ……。ドウシテ、キカイノカラダニナッタノカモ……。……キオクサエモ……。
「人が充足を得るためには目的が必要なのだ。たとえそれが仮初であろうとも。なくとも生きることはできるが、人はそれだけでは満足しない、満足できなくなる、いずれ飽きてしまう……都合の悪い変化を拒みながらも、逆のそれは求め続ける身勝手で贅沢な生き物なのだよ、人は」
……トウサンヤ、カアサンハ……? ガッコウヤ、クラスメイトハ……?
「君がシグマに入っている時、君を監視していたカメラや母親役、父親役が機械であることには気づかないよう細工しておいた。フィルタリングというやつだ。学校やクラスメイトには何ら手を加えていないさ。アマテラスとツクヨミ以外はね。ただ言うなれば、思春期というものは成長・変化の時期なのだ。つまり人として最も進化の可能性が高い時期であるとも言える。だから君達には、およそ高等教育期間までをループしてもらっている」
……アナタハ、ジブンヲナオスタメニ……ドウシテソコマデ…………。
「それは君が今はっきりと感じているはずだ、志津馬。さらに言えば、私が目指しているのは人としての全治、人としての進化だ。臓器移植や、機械や機械交じりの体では治ったとは言えない。それでは緩解のようなものだ。癌と同じように、いつ再発するか、拒絶反応を起こすかわからない。そんなものに怯えるようでは克服したとは言い切れない」
……ボクハ……ボクハドウシテ…………。
「君は生まれてこの方、こんなことを感じたことはなかったか? 自身がしてはいけないと感じていることをすると、身体がそれを正当化しようとして、無意識的に、半自動的に戒めようとする、といったことを。例えば、集団の中にいるときに感情が発露して、そのあとに自身が洟を啜る、といった行為の類だ。そういう時、息が詰まりそうになったことはないか? 不快感を覚えなかったか? 気まずい気持ちにならなかったか? ……これは自身の行動に対する驚きなどの反応だと思われるが、先述の戒めとも言えるだろう。つまり、体や精神や感覚が、『それをしてはならない』・『それをするな』と本能的に強制しているのだ。極論だが、身体が自身で首を絞めているようなものとも言える。……君はそれを、シグマに入っているときにも感じなかったか? ……人に戻った時だけでなく。間違いなく、精神の苦痛を感じたはずだ。これまで私が感じてきたようにね」
………………。
「それが君の病に関係しているものだと私は考えた。なぜなら、他に異常が見つからなかったから。今までどの時間軸の医学や技術を用いても、解答〈こたえ〉が出なかったからだ」
…………。
「虚血性心疾患を真っ先に疑ったが、君の体は若く、心筋梗塞の兆候など全くなかったし、どこにも動脈硬化など見られなかった」
……。
「第二次大戦前のヨーロッパで、ある実験が行われた話を知っているかね? ……死刑囚がベッドに寝かされ、目隠しをされる。死刑囚は自分の手足から血が滴り落ちるぽたぽたという音を聞く。死刑囚はそれにより死亡するのだが、実は滴り落ちていたのは血ではなく、ただの水だった……という話だ。この実験の真の目的は、人間が過度のストレスにより死に至るかを確かめることだったわけだが、君の場合は死ななかった。次に、君が感じる人の性質に着眼し、君を教室に、互いの素性を全く知らない生身の生徒二十九名とともに延々と軟禁し続けた。結果、誰も彼もが苦痛を呈し、中には教室を破壊しようとする者もいたが、最終的にほとんどの者が無気力状態になり、水も喉を通らない者が続出し実験を終わらせざるを得なくなった。その中で君は、最後まで理性を保ち、自暴自棄になることもなく精神病を発症することもなかったよ。なのでさらに、椅子に座った君を数十人の様々な経歴の持ち主によって囲み、あらゆる罵倒や侮蔑を浴びせ逃げられないようにして拘束し続けた。最初は反論の姿勢を示していた君も、時間が経つに連れ気勢を削がれ、最後は目を閉じて逃避することに専念していた。この実験でも君の病は発症せず、ASD(急性ストレス障害)にはなったものの、発狂などすることもなく生き延びたよ。他にも死に至る前のクローンに多数の実験を行ったが、大した成果は得られなかった」
……キキタクナイ……モウ、キキタクモナイ……。
「過去と未来から情報を収集し、様々な文献や記録データに目を通した結果、私は一つの仮定に行き着いた」
「君は――君という存在は――――君自身に殺されているのではないか、と」
「そして――この世界に殺されているのではないか、とね」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!