「おお……!」
「どうだ、感想は?」
俺は部長に勧められてにゃんこを抱っこしています。その、なんて言えばいいか……かわゆいです。
「かわいいですね」
としか言いようがない。しかしそれだけでは言い表せないこの愛くるしさ。無邪気な愛らしさ? 純真無垢な愛嬌がある? 作者のミジンコ語彙力では到底表現できない。その可愛さはまさに、目に入れても痛くなイタタタタタタタ! そんな爪立てんなって! 赤くなってる! 赤くなってるからっ!
と焦っている俺をよそに、
「一家に一台は欲しくなるだろう?」
昔の通販番組でよく聞いたセリフ。
「家電製品じゃないんですから……」
まあ、欲しくなるのはわかるけど。だって、こんだけかわいかったらなあ。ひょっとすると、人間より人落とすのうまいって言えないだろうか。
それはさておきお嬢さん、ほっぺスリスリしてもよろしイタイイタイイタイイタイ! 刺さってる! 刺さってるからそれ! ガリって! ガリってほらっ!
軽い流血沙汰に見舞われていると、出血大サービスの通販番組が始まった。
「今から三十分以内にお電話いただいた方のみ! 三千九百八十円! 三千九百八十円にてご提供させていただきまーす!」
夢のジャパネットにゃにゃにゃ~♪ ってこら。
「やめなさい」
解脱できそうな心境をもって戒めた。
にしても安っ! サンキュッパかお前。
「にゃあ~」
違うって。「アタシ、そんにゃ安い女じゃにゃい」だって。
「さらにさらに! 三十分以内にご注文いただいたお客様にはもう一点! もふもふクリーナーをお付けいたしまーす!」
ばんざいだにゃー。っておい。
「やめんかこら」
会話の堂々巡りに、一家の大黒柱、波○の如き威厳を以って戒めた。
変な商品名付けて抱き上げんな。そいつは漱石なんだぞ。
「みゃあ~」
ほらみろ。「私、恋も仕事も一番じゃにゃいと満足できにゃいの」って言ってるじゃないか。子供扱いされるのがいやなんだよこいつは。
にしてもませてんなーお前ら。(……あれ? お前女の子だったの? じゃあ名前はナツメってことでいいかしら? オーケー? よしよし)
腕が疲れてきたのでにゃんこを下ろし、同じようにしていた部長へ切り出した。
「そういえば、部室で自己紹介するとか言っておきながらできてませんね」
穴があったら、いや、むしろ自分で穴掘って飛び込みたい痴態のせいでうやむやになっていたのを思い出した。誰のせいで誰のせいで誰のせいで誰のせいで誰のせいで俺のせいか(越後製菓♪)。
「そうだな」
腕を組んで頷く。
「じゃあ、部長からどうぞ」
あの時は俺も譲れなかったが、今は違う。ゆずりあい宇宙の精神で相対することができる。
だが……。
「いや、君からでいい」
なん……だと……(キッチンブリーチ)。どういう風の吹き回しだ。暴風? 暴風雨が来るの? パーフェクトストーム? それか今までが嵐で、ようやく落ち着いた天候になりかけてるとか?
「そ、そうですか。じゃあ……」
と拳を口の前にやって喉を鳴らそうとしたら、
「名前は志津馬禎生。趣味は読書で、主に純愛に見せかけた淫靡・猥褻な小説を好む」
質の悪いインターセプト。
「ちょっ! やめてくださいよ! 他のお客さんに聞こえるじゃないですか!」
キョロキョロしながらデマを中止させようとする。見せかけてないから! これっぽっちも! 純粋に純粋なラブストーリーだから!
「じゃあエロエロ?」
無心に遊ぶ子供のようにはっきりと訊いてきた。
「しー! しー!」
その単語はだめだって! さっきより断然聞き取りやすいから! ね! ね!?
必死にダムの決壊を堰き止めようとしていると、洪水は立ち所に収まり、
「じゃあ私の番だな」
何食わぬ顔で言う。人のセリフ取っといてじゃあじゃねえよじゃあじゃ。普通だと? じゃあじゃあ、行きつけの店に入って、ジャージャー麺食ってるジャー・ジャー・ビンクスに遭遇したところを思い浮かべてみろよ。……ほらな、ありえないだろ?
かと言って、さっきのネタを引っ張られると俺の社会的地位が危ぶまれる。ここは部長の意志に適う方が賢明だろう。
「じゃ、じゃあどうぞ……」
自分から言い出すとは思っていなかったので、ちょっと不気味だ。
と考えていたら姿勢を正し、喉を軽く鳴らす。そして……。
「私の名前は部長です」
「おい」
真面目にやれ真面目に。さっきのタメが台無しだろうが。
「趣味は――」
「苗字と名前を言え」
ったくこの人は。自己紹介もまともにできんのか。これだから最近の若いもんはこれだから最近の若いもんはって言われるんだよ。
選手宣誓のような勢いで、
「苗字はこざとへんで、名前ははらいです!」
「はらい!? こざとへん!? 他の部分はどこやった!?」
叫びながら、ほとほと呆れ果てた。もうムリ! 俺には! この人を! 制御することはできません! お手上げララバイです! 行動の意味わからないし、言ってることチンプンカンプンだし、全てにおいて、――What!? です!!!
我が努力は賽の河原だったのだ、と諦観の新境地を開いていると、部長はゆっくりと動きを見せ始め、
「趣味は…………」
胸の前に、手首を曲げた状態の両手を前足の如く構え……。
上半身と首を、相手を魅了する目当てで媚びるように傾ける……。
そしてそのポージングを極めると同時に――
「――ヒミツだにゃ!」
……。
…………。
………………。
……………………。
……………………………………。
「――ヒミツだにゃ!」
……。
…………。
………………。
……………………。
…………………………。
…………………………………………………………。
「部長」
「にゃ?」
そのポーズをするにあたり、注意しておかなくてはならないことがある。それは、
「少し無理があります」
人には向き不向きがあるってことです。まあ、ちょっとひどいかなとも思ったけど、手放しでホメるのも間違いだろ、と思い直して、現実(萌え)の厳しさを教えることにした。
その言葉に、俯いていたにゃんにゃんもどきは、プルプルと震え始め……。
にわかにそれが収まったかと思うと――、
「にゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
右フックが弧を描いた。その鮮やかな軌跡は、前回と同じ場所にピンポイントで吸い込まれていき…………、
「ぉぶッ!」
猫パンチでボグゥ。
錐揉み回転で吹き飛びながら思った。
……にゃ、にゃにもぶつことにゃいじゃにゃい。
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