「アポトーシスという細胞の死に方がある。個体の最適化のために能動的に誘発される、増殖制御機構として管理・調節された細胞の自殺――積極的、機能的細胞死とも言われる――すなわち予めプログラムされた(組み込まれた)細胞死だ。例えば、カエルの尾がなくなる時。また身近なものでは、人の指が形成される時に、指の間が最初は埋まっていて、あとから細胞が死滅することで手の形になるなど」
「私は、君の病は、このアポトーシスの一つだと仮定した。人類を群体としての個と捉えた時、一人一人は一つの細胞と考えられる。人類という個体をより良い状態に保つため、予め決められた人間が死する。なおかつ、もしくは、決められた条件に合致した人間が死する。この『死』の意味だが、これは命がなくなるだけではなく、様々な意味を持つ。多くは病死だろう。殺人も多いと言える。社会的な死も少なくはない。精神の死もままある。事故死は多いが、運が絡むから除外、そうも言いきれない。運が各人に設定されており、振り幅があるとしても、振り幅に範囲が定められているのなら、それが条件に合致すれば死は起こる。つまり決められていること……これを運命(さだめ)と言う」
「では何によって決められるのか、だが……生物の場合は親だ。ヒトなら父母。二人の遺伝子に組み込まれている。その組み合わせによって決まるのなら、遥か昔の祖先の時代から『死』は設定されていることになる。要するにヒトがサルだった時から……いいや、それよりも前だ。単細胞生物として海に漂っていた時から……あるいは他の星から移住してくる前から……ないしは神のような存在が人を作った時から――これを聞いたものが笑(嗤)ったとすれば、私はその軽視に笑(嗤)いを禁じ得ない……君はそれを見たのか? と」
「条件は説明する必要を余り感じないが……不要・害悪・気紛れ・欲求・疲労・戦争・飢餓・運命・寿命・本能……枚挙に暇がない。あるならあるだけあるだろう」
「……詮ずる所、人は死を免れ得ず、塩基配列にすら死が組み込まれていると言える」
……。
「論点がずれている、と思ったかね? 一個人の死を論じていたはずなのに、人類どころか生物の死についての話になっている、と。私は言ったはずだ。君の死は君自身によるものでないかと。そして世界によるものではないか、とも。この二つは一見関連性のない別個の仮定に思えるが、そうでもない」
「人の感情が伝播するように、人の意識や思念などが深海のようなところで繋がっているのだとしたら……一個人の死は――細胞の死は――――……全体〈個〉の総意〈意志(意思)〉である」
「……ゆえに、君の死は――君という細胞に予め組み込まれていた自殺であり――人類という個をより良い状態に保つための機能として望まれた、あるいは望んだ死――『自殺であり他殺』なのだ」
「さらに言えば、それは地球という個として見た時の細胞死かもしれない。将又、銀河や宇宙を一つの世界として見た時のものやも。あくまで仮説だがね。だが他に答えが見出せないのであれば、残ったものが現状、最適解となる」
キジョウノクウロンダ……キョウジンがミチビキダシタボウロンにスギナイ……。
「空論で結構。暴論でも誇大妄想でも何とでも言いたまえ。そんなことより、いい加減生命を維持されるのも疲れてきただろう? だからそろそろ終わりにしよう」
キョウジンはボクノミミモトにカオをチカヅケルと……。
「……肝心の君の病だがね。私はこう名付けたよ……」
アクマノノロイノヨウナササヤキヲ、ボクノノウニフキコンダ。
――――アポトーシス・ネクローシス(機能的細胞死による心臓壊死)、とね。
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