C組までやってくると、A・B組もそうだったが、人の出が多くなっていた。みな、それぞれの部活へ行かなければならないのだろう。
人が蟻の如く連なって出ていく中で、休み時間をかけて見てきた中心付近の席に視線をやった。けれどもその席の主はおらず、机に椅子が押し込まれていて多少動揺した。……下校したのだろうか、そう思い生徒玄関に向かって走ることも考えたが、まずは人に聞いてみたほうが良いだろう、と思い直して気を落ち着けた。
今しがた出入り口から出てきた男子生徒に声を掛けた。すると、風采が上がらない男子は、俺の顔を見て何かに気づいた様子で、
「君、SHRの前に扉の前で立ってただろ?」
と、訳知り顔をして訊いてきた。
そうか、顔を覚えられていたか、そう思いながら頬をかいて質問に答えた。
「ああ、七緒さんにちょっと用があって」
それを聞いた中肉中背の彼は、途端にいやらしい顔つきになり、
「ははあ。君もああいうのが好みのタイプなわけか。まあ、わかるよ。僕も容姿だけなら七緒さんは良いと思うからさ」
阿るようにそんなことを言う。続けて、
「でもね、性格がだめだね。どこかお高く止まってるっていうかさ、何を考えてるかわからないし。あれかな、腹黒いっていうのかな。いつも綺麗な作り笑顔でいるけど、あれはあれでちょっと不気味だよ」
まるで井戸端会議をする主婦のように論った。
家族を蔑まされたような気分を作り、拳を握りしめかけたが、聞こえないように息を吐き、力を抜いた。
冷静さを取り戻すと、情報収集のために言葉を継ぐ。
「でも、評判はいいだろ?」
悠がそう言っていたはずだ。
まあね、と間の手を入れてから、
「でも、面の皮が厚いだけだよ。文字通りね。勉強ができるし見た目もいいから、心の底では周りを見下してるんだよ」
と憚ることなくルサンチマンを吐き出す。
面の皮が厚い……つまり外面がいいということと、その外面にそつがなさすぎて気持ち悪い、という意味をかけて言ったのだろう。元の意味は違うが、鉄面皮という言葉もあるように、この男にしては頑張った例えなのかもしれない。秀才か凡人か、善人か悪人かも第一印象だけで決めつけるのはよくないが……。
「なんて言うかさ、壁が厚すぎるんだよね、彼女。よそ行きの顔が出来過ぎてて近寄りがたいっていうか」
さきほどから曖昧模糊とした表現が多く、発言にバイアスがかかっている気がする。だがそれも順当なのかもしれない。彼は七緒水月の外側のみしか見ていない。おそらく彼女と碌に接することもなく、想像ばかりが先走ってしまっているのだろう。彼女がどういう人間かは、歩み寄って……いや、近寄ってみなければわからないというのに。
「で、もしかして用って、告ることだったり?」
しばらく無言でいたせいか、誤解が飛躍してしまったようだ。しゃべくる手合は、放っておくとこうなるから始末に負えない。
「いや、ほんとに話がしたいだけなんだ」
いまさらながら誤解を解こうとすると、にやけ顔を作り、
「ははっ、それって、告るって言ってるも同然じゃん。君、わかりやすいなあ」
性格まで決めつけられてしまう。どうやら上滑りの暴走は止まらないらしい。こうなってしまっては誤解を解くのも面倒臭い。度し難いその暴走にこちらも乗っかってしまった方が早いだろう。
「まあ……そういうわけなんだ。でも七緒さん見当たらなくてさ、もしかしてもう帰ったかな?」
後頭部に手を当てて恥ずかしそうなふりをする。事を円滑に運ぶためには、演技も必要だ。面の皮、というやつも、理不尽で不条理で妥協の必要な社会では、どうしても不可欠で肝要なものなのだろう。
余計なことを考えている間、彼は記憶を手繰っていたようだ。うーん、と唸っている。そして、「多分……」と頼りなさげに口を開いた後、
「廊下の突き当りで、階段側に曲がったから、二階か、それより上の階に行ったんだと思う」
と、有力な情報を提供してくれた。
「そっか。じゃあ上の階に行ってみるよ。ありがとう」
フレンドリーに礼を言って歩き出すと、軽佻浮薄の唾棄しかける木っ端は、
「がんばれよー」
と背に声を掛けてくれた。
呆れが礼に来そうだ、と苦笑しながら階段に向かって足を動かした。
さて。七緒は上階に上がったらしいが、彼女の行きそうなところといえば……。
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