「君は……」
「テオ様!?」
「悪い。悪気はなかったんだが……」
レイナと上手く視線を合わせることができない。
驚きを浮かべる顔を向ける二人の視線を受けて、目を逸らした。何を口にすればいいかわからない。さっきのレイナとのこともあるが、それ以上に今の2人の会話を聞いてしまっては、言うにも言えない。
「聞かれしてしまったか」
「……」
俺は言葉を口にせず、無言で首肯した。
「君のことだ。大体のことは察したのではないか?」
「まぁ……」
「そう気を張るな。君の言動は妙に小慣れた感じがあった。今日だって村の様子を見て回ったのだろう」
どうやら隠しても無駄なようだ。
ただの老人だと思っていたが、その見解は失礼だった。
しかしこのまま愛娘が連れてかれていいのか……。親というものは、子供に危険な真似はさせたくないはずだ。それも承知の上であるならば、この親子はどれだけ強い心を持っているのか。ただの辺境の村でおさまっていていい器ではない……。
いくら決意が固くとも、本心は裏腹なのが常だ。
俺も含め3人が静まり返ると、時を刻む針の音が響き、村長が苦渋を漏らした。
「奴さえ、奴さえ来なければこんなことには――」
「奴? 相手の頭を知ってるのか?」
「はい。先月から近くの山の洞窟を根城にしているのですが、名を――ガザル、と」
「――!? それは間違いないのか?」
「え、えぇ」
ガザルという名を俺は知っていた。
しかしその名を聞いた途端、俺はその男の”人攫い”という行動に納得よりも、疑問を呈してしまった。
●
「では、私たちを助けてくださるのですね!?」
感極まった表情でレイナが声を上げた。
「少し違う。俺が助けるのはレイナ、あんただけだ。他の女の命は保証できない」
レイナは一瞬どういうことだと首を傾げたが、後ろにいた村長は理解したようだ。
「どちらにせよ、あんたには一度そいつらの元に行ってもらう。辛いことだが、頼めるか……?」
「……はい!」
少しの逡巡の後に発した彼女の言葉には、強い意志が籠められていた。
自らを犠牲にしてでも、他者を助けんとする勇者たちが抱く思想。それを彼女は持ち合わせているのだ。
その心に俺は嘆息する。言ってしまえば、彼女はまだ人を助けるということを理解していない。いや、助けることは分かっても、救うことの意味は分かっていないのだろう。他者への救済の心が如何に重く、己を陥れていくものかを。
今だって、俺は他の女を救いにいくつもりはない。救済の心などとうに捨てた。これはレイナから頂戴した恩を返済する、いわば等価交換。
それ以外の感情を俺は持ち合わせていないし、持ち合わせてはいけない。
俺はもう、勇者ではないのだから。
彼女が他の女を助けようと息巻いても、俺はそれに乗らない。
俺はもう、勇者ではないのだから。
自分の心に刻むように、俺はそのことを何度も反芻した。二度と同じ轍を踏まないように……。
「あとどれくらい時間があるんだ?」
「2時間ほどでしょうか……」
「十分すぎるな。悪いが今から俺が言うものを用意してくれ」
「分かりました!」
希望に満ち満ちた顔をするレイナだが、どうもその顔が気にくわない。
まるでかつての自分を見ているかのようだ。
心の中にある蟠りに苛立ちを覚えながら、俺は黙々と準備に取り掛かる。
今の俺に、他者を確実に救えるほどの力はない。
それならば頭を使うしかない。と言っても、中途半端な教養しかない俺に大した策はないが。
少しでも可能性があることに頼り、最終的には運に身を任せるしかない。
「これで大丈夫か?」
「あぁ、感謝する」
「それはこちらのセリフです。娘を、レイナをどうか、お願いします――」
村長も一緒になって、俺が頼んだ物を用意してくれた。
俺は借りた部屋に行き、用意された物を使って、自身の策の鍵となる物を作る。
2時間という十分すぎる時間を名一杯に使い、時を過ごす。
「よし、できた」
残ったのは20分ほどだろうか。
目の前に完成したばかりの小包を並べ、最終確認をする。
――問題なさそうだ。
少しの安堵を覚えながら、これからのことを考え気を引き締める。
問題はここからだ。作戦が成功するか失敗するかも全てここからの行動にかかっている。
「レイナ、準備はいいか?」
「はい」
家の外に出て、約束の時を待つ彼女は少し強張っているように見えた。
戦闘経験のない一般人、無理もない。寧ろ、希望を捨てず抗おうとする姿勢を見せるだけでも十分だ。できるならそれで終わりにしてもらいたかったところだが……。
作戦の最終確認をして、俺は作った小包をレイナに渡す。
「言っておくが、これは致命打にはならない。タイミングだけは間違えないでくれ」
「分かり、ました」
やはり緊張している。これから連れ去られるわけだから緊張していた方が現実味はあるが、作戦に支障を来たしかねない。
もうこんなことをするのも、言うのも嫌だが致し方ない。
「肩の力を抜け。深呼吸しろ。いいか、俺はお前を助ける。何があっても、だ。だから安心して行け」
脅迫地味ているのが抜けないが彼女には十分だったようだ。心ばかしか顔が晴れた気がする。
『供物を捧げ!!』
村中に広がったその声が、俺らの耳に届くのにそう時間がかからなかった。
目の前にいたレイナの体がビクつく。前で結んだ手は固く握り締められ、口もきつく結ばれている。額から滲み出る多量の汗が彼女がどれだけ恐れているか、これから相手にする輩が如何に彼女らに恐怖を植え付けたのか、言外に告げていた。
俺は彼女の肩を軽く叩き、目を合わせて頷くと彼女もゆっくりとそれに応えた。
彼女の意志は固い。
賊が彼女の元に来る前に、部外者の俺は身を隠す。
「貴様が今回の供物か?」
一人の男がレイナを舐め回すように見定め、舌舐めずりをする。
長身で線の細い体、桃色の長髪は彼の言動も相まって嫌悪感を助長させる。
幹部か何かの一人だろうか。
男はレイナの顎に手を添えて、覗き込みように彼女の顔をじっくりと見る。
「中々の上玉だ、さぞかしお頭も喜ぶだろうよ。しっかし残念だなぁ、こんな上玉が目の前にいるってのに、俺らはあんたを一度として味わうことができねぇ」
三日月に湾曲する口はレイナの嫌悪感を煽り、恐怖心を沸騰させた。
口から伸びた長い舌でレイナの頬を下から上に舐める。
クソ野郎め……。
遠目で様子を窺う俺ですら、男への怒りと嫌悪を隠せない。間近にいる村長は、レイナの実父はどれだけ悔しいだろうか。
しかし、ここで感情に任せて作戦が水の泡になっては、レイナの覚悟を汚すことになる。
それを知っているからこそ、村長はひたすらにその覚悟を信じるしかない。
「なんも反応しねぇなんて、つまんねぇ女だな。美しいのは見た目だけってか、ケッ。行くぞ、おめぇら。あまり遅いとお頭が面倒だからなぁ」
周りにいた賊がそれに返事をすると、レイナを縄で縛り拘束した。そのまま彼女が逃げないように囲みながら連行していく。
村長の目の前でそれをするのも彼らの性格の悪さ、いや、人格の破綻を肯定している。
歯をくいしばる村長の唇からは一筋に赤い線が地面に垂れていた。
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