失墜勇者は復讐に猛る

堕ちた勇者は魔王と”契約”しゼロから偉業を刻む
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6頁 人攫い

公開日時: 2020年9月6日(日) 10:32
文字数:3,845

 混濁した意識が少しずつ晴れてくると、鳥の囀りが聞こえてきた。

 つられて瞼を持ち上げ、窓から差し込む朝日が明瞭としない瞳を刺激する。

 まだ柔らかな毛布の中にいたいという気持ちを抑えつけて、俺は未だ目覚めない体を持ち上げた。

 二度、三度と瞬きを繰り返し、意識が覚醒する。


「朝か」


 寝ぼけ眼で呟いた言葉が朝日によって淡く消え去る。

 若干乾燥した口内で舌がべた付く嫌な感じに、内心舌打ちをしながらベッドから出ようとしたところで、コン、コン、コン、と三度扉が叩かれた。

 続けざまに扉を隔てて声を掛けられる。


「テオ様、おはようございます。レイナです。朝食の準備ができていますので、もし起きておいででしたらどうぞ下に降りてお召し上がりください」

「起きてるよ。悪いな、ありがたく頂くよ」

「はい、ではお待ちしておりますね」


 短く応えた後、俺は軽く服を整え、適当に寝ぐせを均して部屋を出た。

 昨日はあまり気にならなかったが、木造の階段は踏むたびにぎしぎしと音を立てる。


 見た目よりも老朽化が進んでいるようだ。と失礼極まりないことを考えながら一階に進む。

 とりあえずは朝食をいただくとしよう。

 居間に足を運ぶと湯気が立ち昇ったスープとパン、瑞々しい野菜を使ったサラダが卓上に置かれていた。

 俺に気づいた村長が挨拶をくれ、座るように促してくれる。


「テオ殿、おはようございます。どうぞお座りください」

「おはよう、ございます」


 上座にはレイナの父親が座り、その傍らにはレイナともう一人、レイナをそのまま小さくしたような――おそらく妹だろう――が座っている。

 空席を確認すると俺は村長さんの正面に座ることになった。


「自然の恵みに感謝を」

「「「自然の恵みに感謝を」」」


 例によって食事前の決まり文句を言い、村長さんから順に食事に手をつけていく。

 こういった場合、客人である俺が最後に手をつけるのが通例だ。

 3人が食事を始めたのを確認して、口にスープを流し込み乾燥した喉を潤す。


 森の中でリンと食べた食事も中々だったが、これはこれで食欲を唆る。

 食糧に困窮していると言うわけではないらしい。

 しっかりと水分の含んだ野菜は噛むたびに口の中で弾け、瑞々しさと野菜本来の甘さで満たされる。食べやすくもしっかりとした弾力のあるパンは十分に空腹を満たしてくれた。




 食事を終えた俺は村長宅を出て、予定していた村の見回りもとい確認を行うとする。

 皿洗いくらいは手伝おうとしたのだが、「お客様にはそんな真似させられません」とレイナに止められてしまった。


 村の規模自体はそう大きくなく、全体を見回るのに2時間もかからなかった。

 同時に、この村が置かれている現状も大体察しがついた。

 休憩がてらベンチに座っていると、パンパンになった紙袋を抱えたレイナが歩いてきた。


「テオ様、お疲れ様です。どうですか、村は。こんなときじゃなければもっと活気だっているのですが……」

「そんなことない。のどかな場所じゃないか」


 とはとてもじゃないが、口にしたとしても心からは思えない。

 人通りは少なく、仕事をしているのは年寄りや小さな子供ばかり。

 特に若い女が少ない。というより、レイナ以外に見当たらない。

 違和感しかない、というのが正直な感想だ。


「お隣よろしいですか?」

「あぁ」


 少し横にずれて場所を開けると、レイナが横に座った。

 ひょいと見えた紙袋の中には食材が入っている。どうやら買い出しに行っていたようだ。

 柔らかな日差しと涼しい風が通り過ぎる。


 体を背もたれに預け、俺がその暖かな空気に浸る一方で、横目でレイナの様子を伺うと、膝上に置いた紙袋を抱いて蹲っていた。

 どこか暗い様子の彼女に、俺は勝手に呟いていた。


「……レイナ。お前、逃げなくていいのか?」


 びくり、とレイナの肩が跳ねた。心なしか震えているようにも見える。


「ど、どうしてですか……?」

「あまり、俺を馬鹿にするな。村を回って大体は理解した」

「何を仰っているのか私には……」


 声が震えている。

 何か隠しているのは間違いないが、口を割るつもりはなさそうだ。

 それならこちらから切り出すしかない。

 今日村を周って思ったことも踏まえて、この村の現状についての俺の見解を無遠慮に言葉にした。


「この村、モンスターに襲われたりしてないだろ」

「えっ」


 予想にもしてなかったのか、レイナは驚きを顔に浮かべてこちらを見てきた。


「モンスターに襲われたにしては、平和すぎるんだよ。普通モンスターに襲われた村ってのは田畑が荒らされて食材の確保が困難になる。お前の紙袋の中身――そんな一杯に買えるほど食材は余らない。ましてや見ず知らずの旅人に食事を提供するなんて持ってのほかだ」

「……それは」


 視線を落とし、言葉を濁すようにレイナは黙りこくった。

 しかし俺には関係ない。ただ無慈悲に現実を突きつける。


「それからモンスターに襲われたのに建物の損壊が見当たらない。確かにボロボロのところもあるようだがあくまでも老朽しているだけだろうし、墓地が少な過ぎた。この村の大きさにしてはな」

「……お見通し、でしたか」


 お見通しだ。

 これでもつい最近まで勇者だったのだ。

 似たような境遇の村はたくさん見てきた。


「人攫い。こういった辺境の村ではよくあることだ」


 そう俺の見解の最後を口にした途端、レイナが勢いよく立ち上がった。

 手にしていた紙袋を落とし、中に入っていた食材が地面に散乱する。


「――よくあることだ、ですか? そんな他人事のように……いえ、テオ様にとっては他人事なのでしょうが、あなたにこの村の人たちの気持ちが分かりますか!?」


 思わず俺は瞠目した。

 そしてすぐに自分の失言を自覚する。

 謝罪の言葉を口にしようとするが、彼女が声を荒げて叫んだことの驚きが勝りうまく言葉が出ない。


 どうやら馬鹿にしていたのは俺の方だったようだ。

 何から口にするべきかと逡巡し視線を落とす。

 すると、ぽた、ぽた、と隣で地面が滲んだ。

 不意に俺は顔を持ち上げレイナに目を向ける。


「レイナ……?」


 小さな手を握り必死に歯をくいしばる彼女の瞳から大粒の涙が流れ落ちていた。

 謝罪はおろか、かける言葉一つ出ない。自分でも不甲斐ないと感じながら、俺は彼女の涙を止められない。


「ごめんなさい……っ」


 言って、彼女は俺に背を向けて走っていた。

 彼女を引き止めようと動いた手は届かず空を掴む。ここで引き止めても俺に彼女の心を癒してやる術はない。変に刺激するよりもよかったのかもしれないが……。


「あんな顔して……強がりにも程がある」


 暫く俺はそこに立ち続けた。




 気づけば西の空が紅く染まり始めていた。

 レイナが去り、1人になって何故か数刻前とは違う違和感を……というより嫌な予感がした。

 何か大事なことを見落としている気がする。

 昨晩からのレイナとの会話から、村の様子も全て思い返し、考え、悩み、頭を回す。


「まさか――!?」


 思い立ったが瞬間、俺の体は動いていた。感情的に、かつ衝動的に脚を奮起させて路を駆ける。

 自分の愚かさに辟易としながらを必死に地面を蹴り叩いた。

 肩を上下させて足を止めた俺の前には他の家よりも少し大きい――村長の家もといレイナの家が静かに構えていた。


 気息を整うのを待たずに、乱暴に扉を開けて家の中に入る。

 居間に向かうが誰もいない。足音を立てながら家中を回り、1つの扉の前で足を止めた。

 中から声が聞こえる。

 俺は壁に背中をつけて、扉に耳を近づけた。


「どうしてお前が……」

「仕方ありません。条件に合う村人も、私だけになってしまいましたから」


 男性と女性の声――村長とレイナで間違いないだろう。

 二人の声音は昨晩のような柔和な雰囲気はなく、固く、重く、暗い。

 タイミングがいいのか悪いのか、俺は核心をつく言葉を耳に入れてしまった。


 ――『あまり時間がありません』。


 昨晩、彼女に言われた一言が脳内で蘇る。

 もっと早くに気付くべきだった。この村が”人攫い”に遭っていると勘付いた時点で一番に考えるべきだった。


 ”人攫い”。


 俺は以前にも、人攫いの被害にあった多くの人々をこの目で見てきた。被害者や近親者、遺族の苦しみを直にだ。

 俺はそれまで忘れ去ろうとしていたのか……。

 自己嫌悪の渦が脳を掻き乱す。この村も同じ、そう思っていたのが浅慮だった。


 この村を標的にした”人攫い”。

 その最後の供物として、レイナが連れていかれようとしているのだ。村のことを思って、自らを犠牲にする覚悟をしているのだろう。

 今まで多くの同年代の女性が連れ去れるのを見てきたはずだ。こういうのは被害者は元より、それを見ていることしかできない人もまた、耐えがたい苦渋を噛み締める。


 ――彼女が最後。


 考えてもみろ。もし彼女がいなくなったら村はどうなる。賊はこの村から手を引くのか。そんな保証はどこにもない。むしろ”人攫い”をする多くが、用済みになった村を処分する。


 それも加味した上で、彼女は身を差し出そうというのだろうか。


 彼女には寝床だけでなく食事までもらった――何よりあんな悲しい――数刻前の――これから迫る恐怖に怯える――涙を浮かべた――彼女の顔を見ておいて、黙ってはいられない。


 握り拳を作り、目を滾らせ、俺は足を動かした――が、一瞬の油断が裏目に出た。

 ギシッと老朽化した木床が悲鳴を上げた。



「誰だ!」


 村長の声がドア越しに俺を捕まえた。

 変に動いて音を立てるわけにもいかず、ここで関係なしに逃げてしまえば、彼らすら村民以外の人間に対して。非難的になってしまうかもしれない。

 冷静に、抗うことをしなかった。


 内側から、警戒されながらドアが開けられた。

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