レイナは賊が根城としている洞窟の奥へと連れて来られた。
俺もバレないように奴らの後をつけて来たわけだけど、見張りすら置かないのはこいつらの余裕の現れなのか? 愚行すぎる。
開けた場所に出ると、岩肌に囲まれたこの空間には不釣り合いな豪華なソファにふんぞり返っている男がいた。
頭目のガザルで間違いない。
周りにはゲラゲラと下品な音を並べている子分たち。
蝋燭で灯りを補完した薄暗い空間で、男どもは縄で縛られたレイナを品定めするように下から上、上から下へと視線をなぞり、ゴクリ、と生唾を飲み込む。
しかし、俺がこの洞窟内に進入できた時点で、作戦の七割は成功したも同然だった。
レイナが部屋の中央くらいで足を止められ、拘束が解かれたところで俺はバレバレの合図を出した。
「今だ!」
それに応じて、レイナが髪の裏に隠すように忍ばせていた、茶色と黒色の二つの袋を取り出し、黒色の袋の方を地面に叩きつけた。
勢いよく地面に衝突した袋は粉塵をまき散らし、飛散した粉が一帯を埋め尽くすように広がっていく。さらにもう片方の手に持った茶色の袋を、握ったまま腕を上げ、中に入っていた粉を自ら被った。
よし、作戦通りだ。
口に笑みを浮かべる俺に反して、呆然とする賊は彼女が何をしているかも分からずに、ただ傍観している。中には、彼女の奇行を面白がり、腹を抱える者すらいた。
俺の声に気づいた数人は彼女を他所にして、周囲を右に左にと視線を走らせるが、彼女の行動に対して何かを起こす者はいない。
次の瞬間レイナは勢いよくしゃがみ両手で耳を塞いだ。
「あとはお願いしますッ」
その動きでようやくレイナの行動の意図に気づいた者がいた。
ガザルだ。
何かを思い出したように目を剥いたガザルは、粉塵が視界を埋め尽くす中あらん限りの声で叫んだ。
「てめぇらっ、息を止めてしゃがめっ!!」
その声音に映るのは焦燥か。恐怖か。
きっとガザルの過去に眠っていた事象が蘇り、本能的に体を突き動かしたのだろう。
だが粉塵を散らす叫声はほんの数秒遅い。
巻き上がった粉塵が充満し、その一端が明かりを灯す松明に接触した瞬間――ジリッと音を立て火花が散った。
数秒前までは揺らめくだけだった松明の火が豹変する。
一抹の火花は次々と周囲の粉塵に反応し爆発した。爆発が爆発を呼び起こし、連鎖していく。
爆風を伴って生じた破砕音の隙間から聞こえる断末魔。それもすぐに爆風と爆発音によってもみ消された。
ただの村娘であるレイナには惨憺たる状況だ。酷にもほどがある。
もし俺が言ったことを護っているのであれば、必死に耳を塞いで、目を瞑り、しゃがんでいるだろうが。
それでも耳に入ってきてしまうのが現実だ。彼女が一瞬でも緩んでしまえば瞑った目を開き、この惨状を目の当たりにしてしまう。
できるならそれは避けたい、と内心吐露する俺は疾駆した。
一番近くにいた男に飛びかかり、口を塞いで首を切る。
「んぐぅ――」
繰り返した。
一人、二人と煙に紛れて躊躇なく敵の命を奪った。
洞窟全体を巻き込んだ爆発が止み、舞い上がった塵が漂う。
不気味な静寂だ。
「くそっ、息をしている奴は声を出せ!」
――――――。
ガザルの言葉に返す声はない。
ガザル以外に意識のある者はいなかった。というよりも、ガザルだけが残されていた。
案の定、俺の策だ。
爆発による粉塵が、周辺を埋め尽くしたのに乗じて、陰に隠れていた俺はすぐに動いた。
以前に比べて”能力値”が大幅に下方修正されてしまったが、”能力値”はあくまで戦闘や私生活の動きの底上げするに過ぎない。
培ってきた技術そのものは廃れず、体に染みついている。
視界が霞む中で的確に敵の位置を把握し、接近。
あとは口を塞いで殺す。それだけだ。
勇者というより暗殺者に近い動きで、迅速にガザル以外の敵を仕留めた。
世間での勇者というのは、それこそ正々堂々と且つ威風凛々としていて常に王道を突き進むのだろうが、実際は違う。
人を、民を、国を、世界を救うために、考えうるありとあらゆる手を尽くして、命を賭す。それが本当の姿だ。
間違ってもお伽噺の英雄譚のような、綺麗事だけを残す【英雄】とは縁遠い存在だ。
俺は賊の死体からナイフを拾い上げ逆手に持ち、するりとガザルの背後に回り込んで、蛇のように絡みついた。
「悪いな……」
ズッ――、と肉が絶たれる不細工な音が、煙の中から漏れ出た。
突き刺したナイフを伝って、肉塊を突き刺す気色悪い感覚が俺の腕に伝う。
何の躊躇も慈悲もなく、俺はガザルの息を奪った。
本来ならもっと葛藤があってもいいだろうけど、不思議とそんな感情は起こらない。
ガザルの死を確認して、俺は今も必死にしゃがんでいるレイナの元に駆け寄った。
「レイナ? レイナ、もう大丈夫だ」
頑なに身を丸め続けるレイナの肩を揺する。
爆発のショックだとか煙を吸ってしまったとかでレイナに被害が及んだのではないか、と危惧したが杞憂だったようだ。
「はい?」ときょとんとしながら、大きな瞳を向けてきた。
よっぽど強く耳を塞いでいたようだ。
「終わった」
「え、もうですか!?」
「あぁ、ここで待っていてくれ」
「どこか……いかれるんですか」
しゃがんだまま上目遣いで、こちらに視線を伸ばすレイナ。
美しいながらも年相応の可愛らしさのある彼女の目線に、俺は目を逸らした。
少し顔が熱い……気がする。
「探すんだよ。攫われたっていう女たちを」
「でしたら私もっ!」
バッ、と腰を上げた彼女に手を掴まれて引き寄せられ、息のかかる距離まで顔を近づく。
頼む、頼むからそれ以上近づくな……っ!?
気のせいにも思えた顔の熱が、はっきりしたものとして、俺の頬を赤くした。
何をこんな娘一人に動揺しているんだと自分を叱責したくなり、苦虫を噛み潰したように口を曲げる。
「問題ない。もし残党がいて戦闘になったら邪魔なだけだ」
辛辣ではあるが、仕方ない。こういう正義感に駆られた人間は、はっきりと否定してやらないと付き纏ってくるからだ。
「ですが……」
俺は大きいため息を一つ吐いた。
こういう時、人の良心というのは面倒臭い。辟易としながら俺は冷たくあしらい、洞窟の奥へと進んだ。
目的の女性らを見つけるのに、そう時間はかからなかった。
ガザルのいた場所の右側に、適当につけられた扉があったのだ。
わかりやすいと思いながら、扉を開けるとすぐに地下に向かう階段があり、そこを下りると別の空間が広がっていた。
洞窟の壁をくり抜いたような空間に、鉄格子が嵌められている牢屋が連なっていたのだ。
女性らはそこに気を失った状態で、拘束されていた。
彼女たちの服や髪に清潔感があり、妙な違和感を感じたが、頭目であるガザルが死んだ今、彼らの目的は今では知る由もない。
無事なら問題ないかと少し安堵して、俺は自前の針金を取り出した。格子につけられた鍵穴にそれを入れ、器用に位置を調整する。
ガチャリと鍵が開く音がすると、音を引き摺りながら鉄格子の扉が開いた。
「よし、これで全員か?」
「はい……テオ様、本当に、本当にありがとうございますっ」
涙混じりにレイナが感謝の言葉を連呼する。
それだけ思い悩んでたと言うことだろう。歯痒さはあるが、今回は彼女の思いの強さがなければ、俺が助けることもなかった。
全て、彼女の力だ……。
村の娘たちを救うことは、先日に相手したコボルトを倒すことよりも容易だったかもしれない。
実際のところ、レイナが頑張ってくれたのは大きいのだが、彼女は今泣き疲れて後ろで寝ていた。
他の村娘も同じだ。
村娘を救出した俺は賊が使っていた荷馬車を拝借し、整備された路を辿っている最中だ。
終始手綱を引いているせいで、時折休みたくなる衝動が邪魔をしてくるが、俺以外は寝てしまっているしできるなら夜営も避けたい。
忍び寄る睡魔と怠惰の情に重しを乗せて、俺は手綱を引き続ける。
「ガザル……何故お前が堕ちた」
ガザルはある国の騎士団に所属していた見習い騎士だった男だ。その心は常に上を向き、騎士道精神を体現したような人物で、とても人攫いをするような男ではなかった。
同一人物であるはずなのに重ならない彼の姿に俺は叱咤する。
先ほどの手口は俺が彼から教わったものでもあった。
国が崩れ、行く先を失ったのだろうか。
彼は堕落してしまっていた。
そんな彼を残念に思うと共に、俺は哀愁を感じた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!