今、俺は門前払いというやつにあっていた。勇者として各地を旅していた時は、どの村も街も快く迎え入れてくれたのだが……いや、仮に勇者じゃないにせよ、厳し過ぎる気もする。
それにこの世界において、こういった地方に点在する村というものはそう裕福ではない。
こういった旅人の受け入れをすることで、村の評判を上げ、行商を盛んにさせるのが通ではないのだろうか。
「旅の者だ。少しの間でいい、寝床と食事を分けてほしい」
「ダメだ。何人たりとも村民ではない者の立ち入りを許すわけには行かん」
「ッ。せめて一晩だけでもいい。馬小屋でもいいし、この際食事もいらない。譲歩してくれないか?」
いっちょまえに門番など置いて、国気取りか。
「ダメだ」
それの一点張りだ。
「しつこいようで悪いが、旅人を拒むのは村のしきたりか何かか?」
「それは……」
「では、村人を入れることのできない村内での……そうだな疫病のような病の類、あるいは揉め事でも?」
「違う! 変な詮索はよせ、旅人は出て行け!」
「なるほど、仕来りとかの内部事情でないとなると、外的要因によるものか?」
横暴だな、だが図星のようだ。この村は外側から何らかの妨害、またはそれに準ずる何かによって、何らかの被害を受けているとみて間違いない。
「もうお前と話すことはない!」
このままではまともな寝床は確保できずに野宿になりそうだ。
これならリンと一緒に安全且つ大きめの街まで付き添ってもらった方が賢明だったかもしれない。などとうつつを抜かしていると、村の入り口の奥――村の中から誰かが近づいてきた。
「お待ちなさい。どうやら、その人は違うようです」
茶色の強い長髪を揺らし歩く姿は、どこぞの国のお姫様のようにも思える。
来ている服がボロボロだったり、健全な女性よりも線が細かったりするところを見ると、貴族のような裕福民ではなさそうだが。
「なんだと――ッ、レイナ様ッ!? 失礼しましたっ、ですが、お言葉ですがそのように安易に向かい入れてしまっては――」
「彼に敵意はないようですし、責任は私が持ちます」
どうやらお偉いさんのようだ。
村の中から現れた女性――レイナと呼ばれている――は、力強い目で門番を制した。不本意と思いながらも門番は彼女に渋々納得したようだ。
「旅の方、どうぞこちらに」
「助かる」
それから、俺はレイナに村の中へと案内された。
門を過ぎるときに門番にはひと睨みされたが、いちいち反応しているほど暇でもない。
とりあえずは寝床の確保だ。
少し前を歩くレイナに声をかける。
「無理を言ってしまったようだが」
「いえ、こちらこそ不遜な対応申し訳ございません。今、この村はあなた様の言うように状況が芳しくなく、旅人に対して少々過敏なのです」
「少々ね……このままだと宿屋に泊まるのも一苦労――ッ」
咄嗟に両手で口を塞いだ。
村の状況が良くないと聞いて言うような言葉ではなかった。
このまま彼女の気に触れてしまってはいけない。
脂汗が額から滲むのを感じながら、恐る恐るレイナの方を見やる。
彼女の顔が見えるとそれが杞憂だったことに安心した。
「ふふ、正直な方ですね。しかし、お恥ずかしながらこの村には宿屋はございません」
「え?」
「ない、というより、なくなったの方が正確ですね。ひとまず今夜は私の家にお泊まりください。大したおもてなしは出来ませんが、歓迎はしましょう」
「あー、それはありがたいんだが、あんたはいいのか? その調子だと村全体が旅人に批判的なわけだろ? 村人から反感を買うんじゃ」
「問題ありません。私はこの村の長の娘です。多少の融通は効きますし、私の家族は旅人に友好的ですから」
なるほど、それならあの門番の動揺にも頷ける。
彼女の口振りから察するに、村長自体は旅人の受け入れに賛成だが、村民の圧力に押し切られてしまった。と言ったところか。
それなら尚更よくない気もするが……あまり長居はしない方が良さそうだ。
周囲に目を運びながら、俺はレイナの後ろを歩く。
村内の道はしっかりと整備されて、木造の家が無数に並んでいた。
決して大きいとは言えないがそこまで生活に困窮しているような様子は見えない。
今が夜で、静まり返っているところもありそうだが。
5分もしないうちに、目的地に着いた。村長の家と言うだけあって、他の家よりも少し大きめの規格で造られているようだが、どちらかというと普通の家に増設したと表現した方が的確かもしれない。
家を囲う柵を過ぎ、家の中へと入る。
「お入りください……あ、申し訳ございません、まだお名前をお聞きしておりませんでした」
「テオだ」
「テオ様ですね、ではどうぞ」
「あぁ……」
彼女の家の中に入ると中は暖かかった。
村は静まっていたが、この家はそうでもないらしい。
中に入るとすぐに床の間に案内され、部屋中央に暖をとっている人影が1つ。
猫背気味で筋肉質ではないが、やや広めの肩幅から男性の老人であることがわかる。
「お父様、お客様をお連れしました。旅人のテオ様です」
「えぇと……夜分遅くに失礼します。この度はお嬢さんからご厚意を頂戴し、甘えさせていただきたく思ったのですが――」
暖の前にいた老人はゆっくりと腰を持ち上げ、直立すると振り向き俺を一瞥する。
「門番が不敬な態度をしていたら申し訳ない。何分この村は今ピリピリしておりまして……」
「そのことでしたら娘さんが助けてくださりましたので、えぇと」
「そう堅くならなくていいですよ」
とのことなのでお言葉に甘えさせていただくことにしよう。
「寝床を提供してもらえるだけでありがたい」
「そういうことでしたら2階に空き部屋がございます。今夜は冷える。ゆっくりとお休みください。レイナ、部屋に案内して差し上げなさい」
「分かりました、お父様」
一礼したのち、俺は2階の空き部屋に案内された。
「この部屋をお使いください」
「分かった。お気遣い感謝するよ」
「敬語は苦手ですか?」
にっこりと笑みを浮かべる彼女に、何故か安心した俺はすっと肩の力が抜けた気がした。
「俺は教養が中途半端だからな。あんたがいいって言うならこの調子で許してくれると気が楽だ」
「構いませんよ」
「そうか、助かる。にしても、随分と綺麗にしてるんだな。まるで…………いつでも旅人を泊めるためにしてあるみたいだ」
「え――――」
レイナが動揺を見せ、目を横に逸らした。
整頓された部屋、埃のない床や寝台。不自然に綺麗な空き部屋に違和感を覚えた俺は、考えるよりも先に口に出ていた。
空き部屋にしては綺麗すぎる、と。
「ここまでしてもらって悪いが、俺はそう人が出来てないんだ。どうしても疑いから入ってしまう。気を悪くしたら謝る」
「いえ……そう、ですね、テオ様のおっしゃる通りです」
「というと?」
態度が悪いのは言葉を口にしている自分でもよくわかる。が、レイナには目を瞑ってもらおう。
鎌をかけるだけのつもりだったけど、思いの外レイナの顔は深刻そうだ。
神妙な面持ちで一瞬逡巡すると、決心したように彼女の視線と俺の視線が交差した。
そして一言。
「この村をお救いくださいませんか」
不幸だとか運がないだとか、そう言う問題じゃない。
「村を救ってください」――何をふざけた事を抜かしているんだ。
俺は数分前に訪れたばかりの無関係の人間で、大した装備もない旅人に過ぎない。
何を根拠に俺に懇願すると言うんだ。
「厚かましいことは承知です。しかしテオ様しかいないのです」
「何を言ってるか分かってるのか? 俺には村規模の問題を解決するほどの力は持っていない」
「そうかもしれません。ただこの辺境の地を訪れる方はそうおらず、来たとしてもこの村の庇護を受けずとも生きのびられる方だけで……」
深い溜息を吐いて、俺は納得した。
確かに地図を見ても、ここら一帯は山や森に囲まれており、路があると言っても村周辺だけだ。
そんな場所に訪れる旅人はそれなりの力があるし、先の門番の対応を思えば、訪れた人たちは無理して村に入らずに野宿を選ぶだろう。
確かに、タイミングよく訪れた俺は格好の餌食と言うわけか。
「仮にその願いとやらを受けるにしても、内容も知らされずおいそれと頷くわけにはいかないな」
「分かっております。簡単ではありますが、説明させていただきます」
「あぁ」
胸に当てた手に力が入っているのが見えた。
見ず知らずの人間に村の大事を告白するのだから無理もないが。
泊めてもらう身としてもできるなら安全に過ごしたいので、レイナの話に耳を傾ける。
「先月のことです。この村は突如山から降りてきたモンスターに襲われ、壊滅的な被害を受けました。それからというものの村民はモンスターのみにならず、外部の人にまで警戒をするようになりました」
「なるほどな。それで、俺に何をしろと?」
「テオ様には、この村から西側の山にある洞窟を根城としているモンスターの討伐を、依頼したく思います」
“能力値”のない一般人がモンスターに襲われるというのは最早日常茶飯事だ。
今もこうしているうちに世界のどこかで一つ、また一つとモンスターの餌になっている村々があるだろう。
彼女が言うには、この村もその餌食となってしまったようだが。
「報酬はそう多くありませんが、ご用意できる最大限をお渡しします。あまり時間がありません、どうか慈悲深きご決断を――」
心の底からの願いなのだろう。
祈るように目を瞑り頭を下げて俺に懇願する。
モンスターの討伐という事なら俺自身の“能力値”を上げるという意味でも願ったり叶ったりだ。それに、彼女には寝床を提供してもらえた恩がある。
この話を切り出すための建前だとしても、達成後には報酬もしっかり貰えるという。
それなら――。
「って、普通なら良心が働くんだろうが、悪いな――」
「ッ!? お願いしますっ、おこがましいことは承知の上です! どうか、どうか村をお救いくださいッ!」
「――今日は寝かせてくれ」
俺は必死に懇願する彼女を無視して、毛布の中に身を投じた。
数分程レイナがベッドの傍らに居座っていたようだが、観念したのかドアが開く音を最後に、彼女の気配は消えた。
悪いことをしたと思っていないわけではない。
だが、それは彼女もまた、同じはずだ。
しっかりと洗濯されたであろう毛布は案外気持ちよく、レイナがいなくなったことも含め心が落ち着いたのか、そう時間を要さずに睡魔がやってきた。段々と重くなる瞼に逆らわず俺は瞑目する。
まずは明日次第だな。
数秒後、心地よさそうな寝息が閑散とした一室に現れては消え、現れては消えてを繰り返した。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!