骨壺の隣に添えられてあったノートにはこう綴られてあった。
”1974年5月5日 日曜日”
世間はゴールデンウィークだ。
俺の中では何だか気持ちは晴れない。
今日に至るまで、自分のやってきたことは間違いだったとは思わない。
1973年11月に高度経済成長が終わると、この九州にあるちっぽけな会社は今後の生き残りをかけて、競合他社との熾烈な争いに挑まなければいけなくなった。一時的に知名度が上がっただけの我々では資金力も、そして技術力も大手には及ばないことに気付かされた。どうすれば、潰れることなく生き残れるのだろうか。
自分の中で何をすればいいのか、悩むことなく答えは決まっていた。
それは望月兄弟と小鳥遊を業界から蹴落とすことだった。
やり方は簡単だった。
悪魔降臨会というのは、本で一度読んだことがある。藁にもすがる思いでこれしかないと思い、望月兄弟と小鳥遊に声をかけた。”今後は益々競合他社との生き残りをかけた争いは熾烈を極めるだろう。潰れないためにもまずは競合他社を蹴落とすために悪魔の力でも借りようじゃないか。”とね。俺の意見を聞いた望月裕は俺を見て鼻で笑った。”漫画の見過ぎじゃないのか?”ってね。そこで俺は示した。
予め自らの手で作ったウィジャボードとプランシェットを彼らの前に披露した。
俺はこう言った。
”サタン様、いらっしゃるのなら我々の前に姿を現してください。お願いします。”
最初は疑り深い目で望月兄弟も、そして小鳥遊も観ていた。無論傍でじっと見ているだけだった福冨も本当に現れるのかといった表情で俺を見ていた。
それでも俺はめげなかった。悪魔はこの世の中に存在する。
最近に読んだメリーランド悪魔憑依事件をもとにしたウィリアム・ピーター・ブラッティの小説”エクソシスト”を読んで今までの考え方が変わった。悪魔は実在するんだと改めて確信した。そこでウィジャボードとプランシェットを作成し、さらに悪魔を呼びやすいように五芒星を自らの血で描き丸で囲むと、同じような絵図を我が家の隠れた部屋にも、会社内の隠れた部屋にも描き、いつでも悪の力で蹴落とせるようにした。俺が執拗に言い続けると、プランシェットは誰も触っていないのに勝手に動いた。”YES”とね。それをみた望月兄弟や小鳥遊は言葉を失うと、俺は言い放った。”このプランシェットに手を差し伸べたら、お前たちが聞きたい質問に対して答えてくださるだろう。”とね。すると望月兄弟と小鳥遊の目の表情が一瞬になって変わった。俺の行ったちょっとした行為で”サタンはいる”、そう信じてやまなかった彼らは俺が毎度主催する悪魔降臨会に足げなく参加し、狂うように神への信仰を裏切り、俺と共に悪への道を突き進むことになった。
サタン様を呼ぶために、苦労は尽きなかった。
夜遅くまでサタン様を呼ぶための呪文は何度も何度も行った。
最初は本当に現れるのだろうかと不安に思ったが、俺が儀式を行うにつれて徐々に姿を現すようになっていくと、俺にお告げをしてくださった。
”朕の忠誠なる信仰心を示したいのなら数多もの命を朕に生贄として捧げよ”
その言葉を頂いてから俺は変わった。会社の経営が不味くなったから人員削減を行いたいと社員に謝りながら説明し15名を解雇にした。そして解雇にした社員8名に対して”最後の仕事だ”と言い放ちこの部屋へと連れてきた。俺の血で真っ赤に染まったサークルを見た彼らは次々とこの部屋で互いに傷つけ合いそして命を落とした。
俺は自らの手を汚さない方法でいとも簡単に人を殺すことが出来た。
残りの7名は俺の屋敷に招き、そこで狂うように生き残りをかけたサバイバルゲームを行い命を落とした。
17名いた社員のうち、俺と福冨を除く15名はサタン様に命を捧げて下さった。
これも注射器を使い、痛い思いをしながら我が血をサタン様に身を尽くしたことに効果はあった。そう思うと、たとえ俺が殺人で罪に問われたとしても証拠という証拠がないため立証することはできない。誰が犯人か、全員が各々にその場にあった武器を用いて殺し合いを行ったのだから、物証でも示しがつかない説明のしようがない事が起きたと言って終わるのは大いに予想が付いた。
消えなくてはいけないのは福冨だけになった。
福冨には前科がある。それを知っていた俺は、才能がある福冨を解雇にはしない方法であることを起こした。それは嫌がらせだった。日々着払いの嫌がらせの文章が入った宛先不明の荷物を送る、そして公衆電話からの無言の嫌がらせ電話、毎日のように繰り返し続いた行為に福冨は精神も肉体もやつれ果ててくると、俺が仕込んだと分からぬタイプライターで綴ったメモを見て、悪魔降臨会の参加者でもあった福冨は”お告げに違いない”と思い込み、再び悪の道に走ることになった。
福冨が闇に墜ちる姿は最高だった。
守銭奴の母さんは俺が金に困っていようが手を差し伸べないだろう。
分かっていた。経営難でと言っても聞く耳を持たなかった。
その上、大黒柱なら家族のために全裸になってでも稼げと言ってきた。
借金を抱えて倒産するぐらいならその前に倒産してくれそういう考えだ。
借金の面倒までは見ないと突き付けられたも同然だった。
俺は母さんに復讐をした。
それは母さんが大家として管理をする物件の住民に装い、クレームを突き付けることだった。毎日のように管理をしている物件がこのようなことになれば大家としてその都度出向き対応をしなければいけなくなってくると、母親もまた福冨と同様にやつれ果ててしまった。そんな時に俺は母親に最終通告をした。
”息子一家をこの手で殺害せよ 第三者による殺人の証拠となりうる指紋・毛髪・足跡・抵抗を示さないように抵抗痕の一つも残さぬように 指紋は全て息子による心中だと装いなさい 朕は神だ 今あなたが抱えている悩みについても払拭をしてあげると誓おう 心から約束する”
精神的に参った母親の家にメモ書きだけ投函しても、俺の家には何もアクションなどは起こらなかった。だがしかしいずれ、この内容のメモと公衆電話からの電話が頻繁にかかってきたと分かれば母親も人間だ。気持ちが変わるに違いない。
染澤潤一郎
内容を一通り読んだ花山は熊に渡すと、読み終えた熊は米満に渡し、最後は侑斗がノートに綴られた内容を読み始めた。
「全ての事件は潤一郎が絡んでいたというのか。」
熊がそう語ると、米満が疑問に思ったことを侑斗に話し出した。
「仮に一連の事件が潤一郎によるものだとしたら、潤一郎が死んでから投函されたメモ書きの説明はどうなる。まさか死んでから行ったとでもいうのか?」
米満の質問に侑斗は答えた。
「タイプライターだからね。出来るよ。潤一郎は殺される前からすでに悪魔に身を捧げていた。潤一郎は死後に悪魔に服従する悪霊と化した。経営難により度重なる借金で出産費用にもあてられなくなった茉莉子にとっては、兄一家殺しに賞金がかかると分かれば藁にでもすがる思いになったに違いない。最初は嘘だと分かっていてもそれが毎日のように電話や公衆電話でかかってくればね、悪は弱っている人ほど憑いてくるんだよ。福冨であれど、望月兄弟であっても、そして小鳥遊にとっても、気持ちは同じだったんだよ。商品の開発のために多額の資金を注ぐことも惜しまなかった望月裕にとって、高度経済成長の終わりは自分たちの首を最終的に絞める結果となった。彼らに摘発されないと分かっていて、強かに染澤と望月の会社で眠る企業秘密のデータを盗み出せた小鳥遊は泥棒の天才とも言える。そこは敏腕営業マンだからこそ成せる業だったのだろう。多額の現金を使わず、人の知恵とノウハウだけで勝ち残った小鳥遊こそが勝者になったのだからね。しかし言えることは、望月兄弟にしても、小鳥遊にしても、皆それぞれ潤一郎が仕組んだ悪の罠にハマってしまった。果たしてセツさんが本当に潤一郎を殺したのならば、何故骨壺ごとコンクリートで流し固めた上に”九州に禍を齎さぬように他の血へ埋葬してくれ”など言って他の人に依頼をするのはおかしな話だと思わないか。だとしたらここにも、潤一郎の思惑がある。」
侑斗が語るとある可能性を示唆した。
「小鳥遊とセツは同時期に潤一郎によるタイプライターのメモ書きを貰っていたのじゃなかろうか。潤一郎が亡くなったのは、家族が殺されてから一夜が明けた1974年7月24日のことだろう。だとしたら殺人犯として書類送検される潤一郎を先祖代々の墓に入れるのはまずいということになってくる。普通なら、例えば都井睦雄のように、先祖代々の墓の隣に、墓地を管理する人に対して事情を説明した後に埋葬の許可を頂いてから遺灰を埋葬する。それを潤一郎が嫌がったのだろう。いち一人の殺人事件の被害者として埋葬されるのではなく、彼は彼で自分の手を汚さぬようにその場に居合わせた関係者や身内の人間をこき使ってまで殺害を行わせた。天国に行けるわけがない。九州以外を選んだのはセツさんの願いなどではなく、悪意に満ちた潤一郎の願望そのものだったのだろう。」
侑斗の話を聞いた米満は「だとしたらおかしくないか。小鳥遊が出張で恵那市に行くまでにこのルートをたまたま通りかかり、目に留まった二股隧道が一番墓場としては相応しいと思い、この地を選んだと考えるのが筋じゃないか。」と侑斗に話すと、侑斗はこう答えた。
「そもそも武雄市から恵那市に出張の依頼っていうのもおかしな話だと思わないか。あったとしてもせいぜい中国地方もしくは四国地方だろ。あまりにも遠すぎる。ゆえに営業の依頼があって駆け付けてほしいとお願いをしたとは到底思えない。九州から遥々この地を選んだのには、そもそも朝鮮トンネルが曰く付きであるということを知っていたからあえて出向かせるようにしたとしか考えられない。」
侑斗が導き出した案に米満が語り始めた。
「侑斗君の話が真実なら、潤一郎の御望み通りに小鳥遊が朝鮮トンネルの横の洞穴に遺灰を埋葬したことになる。だとしたら何も遺灰が入った骨壺にコンクリートを流し入れたりする必要性などはあったのか。」
米満が侑斗に語ると、埋められてあった潤一郎の骨壺を掬い上げて、蓋を開けた。
すると中から犯行指示書と思われる大量のメモが見つかった。メモの束を避けたと同時に骨壺の中にはコンクリートが流し込まれ固まった状態にあった。
それを一枚一枚めくり始めた米満は「これが例の指示書のメモなのか。染澤セツさん、望月裕さん、望月樹さん、望月茉莉子さん、福冨克哉さん、小鳥遊悟さん宛ても残っている。これはどうしてだ。なぜここ(=骨壺の中)にあるんだ!?」と理解が出来ずに叫ぶと侑斗は答えた。
「そんなものは念力では動かせないだろ。潤一郎の遺灰を埋葬したのは恐らくだが樹夫妻がいなくなってからの話じゃなかろうか。メモを回収したのはセツさんだろう。回収可能な全てのメモを回収し終えたところで、骨壺の中に入れたんだ。それこそ彼らに宛てたメモが残されているという事は、殺人を疑われないための一連の犯行を証拠として残さないために潤一郎が徹底したのだろう。例えば死ぬまでに犯行指示書をある場所に置いておくように指示を出したとか。それが旧染澤邸の敷地内であった可能性は捨てきれない。潤一郎は最期の地となった我が家とそして生前に頻繁に訪れた公衆電話にしか現れない地縛霊だ。きっと潤一郎の死後、彼の死を悼み現れた母親、そして望月兄弟や小鳥遊さんや福冨さん、樹の妻の茉莉子夫人まで旧染澤邸に訪れて花を手向けに来ていたのだろう。姿は現さないが潤一郎の怨みの念が憑いて来てしまっていた形で呪いが拡散されてしまった。」
侑斗がそう語ると熊が恐る恐る語り始めた。
「この骨壺おかしくないか。コンクリートでしっかりと固めたのなら、どうして真ん中で綺麗にぱっくりと割れているのだろうか?潤一郎の骨の一部らしきものが見えて不気味そのものだ。」
熊がそう語り骨壺の中を何気なく触れた瞬間に、背後から何者かが襲い掛かってきて首を絞め始めた。
花山が熊に「後ろに誰かがいる。金縛りで動けない!」と語ると、侑斗が急いで駆け付けると怒りの形相をした潤一郎がそこにいた。死んだときと同じ状況で、腹部には生々しい切腹自殺を図ったかのように偽装された傷跡が残っていた。花山は何とか動こうとして何とか金縛りを解くことが出来て、熊の元へと這いつくばった状態で近付こうと試みたが、睨み付けるような厳しい視線を直視した拍子で体ごと思いっきり道のほうへと突き飛ばされてしまった。熊は既に潤一郎に憑かれていた。
「一心同体という言葉があるように、遺灰は魂が必ず帰る場所でもある。地縛霊であれど、骨壺の中を開けると出てくることはわかっていた。染澤潤一郎さん、いやサタンに忠誠を誓った悪霊と言ったほうが正解か。安心して潤一郎さんが昇天出来るように僕がお手伝いをしてあげるよ。」
侑斗がそう語ると、右手に数珠を持った状態で熊のところへと駆けつけて御祓いを行おうとしたが、伸ばした右腕で突き飛ばされてしまう。米満が「やめるんだ!」と叫び駆けつけるが、「お前も目の前の爺さんと青二才と同じ目に遇いたいのか。社会人になりたての若造には分からないことか。」と言い放つと、目の前に透明のバリアが張られたような感覚に襲われ、前に進みたくても進めない状態になった。
そんな中、米満は倒れている侑斗を起こすと話し始めた。
「ここにいては電波が圏外だ。電波の届くところに行って、楠木先生とそれからキリスト教関連の悪魔ならば神父を呼ぶ必要がある。侑斗君一人ではまた憑かれるだろ。無能だとは言わないがここはあまりにも事情が異なり過ぎている。熊さんのことは俺と花山さんで何とかする。助けを呼んできてほしい。大至急!」
米満の言葉に侑斗は「わかった。何とかする。」と答えると、後ろから花山が侑斗に声をかけた。
「車にはまだキーが刺さったままの状態だ。笠置ダムの近くにまで行けば、電波は通っているはずだ。道のりに真っ直ぐに行けばつく。」
花山に教えられた侑斗は「わかりました。すぐ行きます。」と返答し、花山の車のところへと急いで駆け付けると運転席へと乗り込み、エンジンを掛けようとしたがエンジンキーが回らない。
「クソッ、クソッ!」
四苦八苦しているときに足元から誰かの視線を感じた。下を覗くと、顔が煤だらけの作業員の霊が侑斗を睨みつけていた。それを見た侑斗は「助けたい気持ちはやまやまだけど、今は前に進ませてほしい。お願いだ。必ずこの地に戻り天国に逝かせてあげるように御経を唱えてあげる。」と話すと自然と消え、また同時にエンジンがかかるようになった。
「急いで笠置ダムまで行かねば!」
侑斗はその一心で笠置ダムへと向かい走らせた。
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