剣の乙女と学院騎士団

秋永真琴
秋永真琴

2 言葉を他に知らない

公開日時: 2020年9月12日(土) 10:00
更新日時: 2020年9月12日(土) 11:59
文字数:2,166

「ヒトシ、アユ」


 いきなり団長代理に名前を呼ばれて、新人衛士ふたりはとっさに気をつけの姿勢をとった。


「犯人がどんなやつか、名推理して」

「め、名推理ですか!」


 ユキトの無茶な命令――というか単なる与太を真に受けて、ヒトシが目を丸くする。


「あの、自分の頭では何とも……」

「俺よりは賢いってアユが言いたそうにしてる。思いつきでいいよ」


「――他校の剣道部」と、アユミはつぶやいた。

 皆の視線が集まる。


 副将が闇討ちでもされなければ、全国には進めるだろう――昼間にトーマと交わした軽口が、現実になってしまったのではないか。


「止せ、アユミ」

 トーマは声を強めた。「そんな罪を犯したら大会どころではない。発覚すれば廃部だ。いや、そういう問題じゃない。確かに闇討ちとは言ったが、こんな惨いことはさすがに――」

「部員が直接関わったとは限らないよ」


 剣に純粋に懸けてきた兄弟子の発言を否定するのはつらかった。だが、アユミは衛士だった。衛士として、現実的に考えなければならなかった。


「部の関係者の独断で、それこそ、暗殺者ギルドのメンバーを雇ったのかもしれない」

「アユミ――」

「ごめんなさい、トーマくん。ねえ、大会で最初にあたるのはどこ? 強くない学校がやるとは限らない。常勝のところほどプレッシャーがかかっているかも。同じ予選ブロックの強豪校は? 剣道の名門なら、例えばブンキョウ区の乙姫学舎オトヒメガクシャ。それとも――」

「予断は禁物だ」


 ロウに短く諭されて、アユミは我に返った。


「――失礼しました」


 つい、私情を篭めすぎてしまった。自分はロウの目にさぞ浮き足だって映っただろう。恥ずかしさに身が縮む。


「俺にキレるのとは感情の向きがさかさまだよなー。愛じゃん、愛」


 ユキトのからかうような、ひがむような言葉に、衛士たちから低い笑いが起きた。縮んだ身が今度は腹立ちで膨らみそうになる。


「ほほう、アユミと主将はそういうアレか」

「アユミさん、そういうアレですか」


 ミツハルが愉快そうに、ヒトシがやけに切迫した表情で、それぞれ訊いてくるのも困った。ユキトといっしょになって自分をおちょくるのは勘弁してもらいたい。なんとトーマまで苦笑している。


 ――人が亡くなったというのに、みんな呑気な。


 憤りかけたが、ふと思った。嘆き哀しむばかりでなく、こうして冗談を飛ばせるくらいのゆとりを持とうとするのも、ひとつの真剣さではあるのかもしれない。ユキトがそれを狙ったのかどうかは疑わしいけれど。

 そんなふうに思い直したのは、トーマの横で、頭を抱えたまま無言でいるジンのせいもあった。

 よほどショックを受けたのだろうが、先生なんだからもう少し毅然としてほしいと思うのは、アユミの身勝手だろうか。

 数秒間、宙を見つめて、ロウは方針を決めたようだった。


「明日の午前中、全校集会で一般生徒におおまかな事情を説明し、校外への外出をいっさい禁止する。衛士団は巡回シフトをレベル1から3に変更。よろしく頼む」


 きびきびとした口調で指示を出す。

 アユミを含めた衛士一同が、それに応えて敬礼した。



     *



 ロウに命じられて、アユミはトーマとジンをそれぞれの寮まで送っていった。

 それはロウの、アユミとトーマに対する無言の心遣いでもあっただろう。


 夜も更けたが、足元はほのかに明るい。

 遊歩道の石畳そのものが淡く発光しているのだ。

 街ではほとんど見かけなくなった〈魔法灯まほうとう〉だった。石材に半永久的な光の魔力を篭めたものである。外の世界よりはるかに深く、この学校で魔術が現役で息づいている証といえた。


 トーマはすでに動揺から脱しつつあった。顔色はまだ冴えないが、目に力が戻ってきている。剣道部主将としての責任感か、明鏡流めいきょうりゅうの剣士としての矜持か。

 対照的に、ジンはますます疲れて見えた。橋の上に立っていれば、通りがかった十人中十人が飛びかかって自殺を止めるだろう。


「許せないよ」


 気がつくと、アユミは声を押し出していた。


「剣をこんな暴力として使うなんて、許せない」


 人の死が悲しくないわけではない。だが率直に言って、アユミの胸を満たすのは、もっと別の感情だった。

 正義感――そう名づけるのはてらいがある。しかし、身の内から湧き上がるものを表わす言葉を、他に知らなかった。アユミは今、正義感に燃えている。


「護るから」


 言い切る怖さはあった。だが怖さを振り払って、言い切った。トーマにというより、自分に対する宣言だった。


「まだ未熟なわたしだけど、トーマくんたちを――この学校を、護るから」


 気がつくと、左手が腰の鞘に触れていた。

 この重み。わたしがわたしらしくあるための――


「そうか」


 トーマは、慈しむようにアユミを見た。慈しまれたいのは自分のはずなのに。

 こんな素晴らしい幼なじみに、この局面で報いなければ、衛士の道を選んだ意味がない。


 トーマは憔悴しきったジン教師をうかがった。「先生、どうか気落ちしないでください」

「しかし、トーマくん……」

「大丈夫です。心配はいりません」


 どちらが年長だかわからない。

 ただ、さっきは少し苛立ってしまったが、アユミはジンのこんな弱さが決して嫌いではなかった。やさしい先生なんだな、と思った。部員の死を心から悼んでいる証拠であろう。


「頼むぞ、アユミ」

「うん。トーマくんも大変だろうけど、がんばって」

「ああ」


 アユミとトーマはふたたび見つめ合い、力強くうなずき合った。

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